661 少し見ないうちに逞しくなっている
なんか緊張してきたな。
地下施設内にあるとある個室を用意できる居酒屋を予約し、久しぶりにあいつらにプライベートの時間を使って会えるかと思うとなぜかそんな気持ちになった。
仕事終わりの後にすぐ飛んできたから、スーツ姿だが、それは気にしない。
だけど、今だけはちょっとだけ窮屈だと感じて、しっかりと結んでいたネクタイを緩めた。
「ちょうどいい時間か」
俺は待ち合わせの時間に合わせるように向かっていた。
そしてそれは正確だったようで、スマホで時間を確認すれば店の前につく頃には5分前になっていた。
「あ!人王様いらっしゃいませ!」
「ああ、皆来てるか?」
「はい!他の皆さまもすでに来ていますよ!!」
本当だったらどこかで待ち合わせして一緒に行きたかったんだけど、仕事の関係上ギリギリまでそっちを優先せざるを得なかった。
故に先に向かってもらったわけだが、それだけのことだけどあいつらと距離を感じてしまうな。
立場が変われば、人との関係も変わる。
店員に役職で呼ばれ、すぐに店長が出てきて色々と挨拶をしてくるが今回はプライベートだと説明して、取り出してくる色紙を下げさせる。
人王御用達の店として宣伝したかったのだろうな、少し残念そうにする店長には申し訳ないが、そのまま店員に案内してもらおう。
「こちらになります」
そして、店の奥にある個室に案内してもらって、店員さんが扉にノックをして。
「失礼します」
扉を開ける。
「お!来たっすね先輩!!」
「あと三十秒遅れていたら始めていたでござるよ」
そこには、立場が変わろうとも姿勢を変えない海堂と南がいて。
「ああ、気にしないでください。いつものことなので」
「Yes!何も見なかったそれが一番ネ!」
その態度に店員が戸惑っているのを見て北宮が苦笑しつつ問題ないと言い、アメリアがスルーを推奨している。
「こちらにどうぞ」
「すまんな」
そしてさりげなく上座の席を残していた勝が俺を案内してくれる。
最後まで大丈夫なのかと心配そうに見ている店員さんに、大丈夫だと手を振って説明するとホッとしたような顔で、何かあれば呼んで下さいと言い残して去っていった。
「さてまずは、生の人!」
「それ、よく聞くけど飲むの次郎さんとあなただけよね」
「ビールのうまさは拙者にはわからないでござる」
「ビールはうまさじゃないっす、ノリとのど越しっす!!」
なんだか懐かしくなる海堂の掛け声で始まった、宴。
大事な話があると事前に話してあったが、そこに肩の力を入れて挑まないのがこいつらだ。
俺としても、酒が入りながらの方が話しやすいし、ここで堅苦しい雰囲気に舵を切る気もない。
「海堂、アルハラにだけは気を付けておけよ。俺は生でいいが」
「わかってるっすよ。うちの女性陣を敵に回したら明日を生きていけないっすからね。じゃぁ、俺と先輩が生っすね。他の人は何を飲むっすか?勝君とアミーちゃんはソフトドリンクっすよ?」
一応釘を刺しておく。
世間ではハラスメント行為に対してかなり敏感だ。
うちの会社はそこら辺は前時代的といえばそれでおしまいだ。
特に鬼族の宴会なんて、アルハラ?何それ美味しいの?状態だ。
それに、北宮も南もただアルコールで潰されるようなやわな女性ではない。
「わかってるじゃない」
「そんなことをしたら、夜道を歩けなくするところだったでござるよ」
当然と、言いつつカシスオレンジを頼む北宮と、ピーチウーロンを頼む南。
前職の職場だと最初の酒はビールと固定されていたが、そんな戯言をここに持ち込む奴はいない。
「南、ほどほどにしておけよ」
「わかってるでござるよ~でも~いざという時は私と北宮を背負って帰ってくれる人がいるから安心して飲めるでござる」
「ちょっと、私は」
アメリアはリンゴジュースを頼んで、勝はウーロン茶を頼んで各自の飲み物が来た。
そう言えば、南と勝の関係は進展していたが、北宮と勝の関係はどうなったんだ?
聞けるタイミングがあれば聞いておくかと、良い意味で微妙に怪しい雰囲気を醸し出すやり取りを見つつ。
店長がかなり気合を入れて、素材を用意したのが目に見えてわかるような料理の数々が運び込まれている。
絶対に予算より高級な食材を使ってるよなこれ。
「「おおお!!」」
「次郎さん効果ね」
「そうなの?」
「間違いない」
海堂と南は純粋に驚き、北宮は冷静にこの料理の意図を見抜き、アメリアは首を傾げ、勝は北宮の言葉に追随した。
テスターとして一緒に仕事をしていた時から異世界の食材の目利きをずっとやってきた勝だから出来る技だな。
「ささ!皆飲み物は持ったっすね!!それでは不肖、海堂忠!一児の父親としてこの飲み会の音頭を取らせてもらうっす!!」
しかし、いつまでもその料理に感心しているわけにもいかない。
宴を始めなければ、この料理たちを味わうことはできない。
放っておいたら、このうまそうな料理たちも冷めてしまう。
そんなもったいないことはできないと、海堂が音頭を取る。
「よっ!合法ロリに手を出した男!!」
「それは言わないお約束っすよ!!しっかりと愛があるっすから!!」
そこに茶化しに入る南にもう酔っているのでは?と思うようなやり取りを見せる。
ああ、何だろうか。
落ち着くな。
スエラやメモリア、ヒミクにエヴィア、そしてケイリィと彼女たちと一緒にいる時間は家族としてのやり取りで心の底からここが居場所だと思える暖かな安心感がある。
だけどここはそれとは違う、笑い、楽しみ、そしてちょっとした刺激がある。
そんな場所に帰ってきたと、思った。
変わらない、変わってほしくない。
そんな願望が俺の中にあったのだとこの光景を見て感じさせる。
「ああ、もう!さっさと始めなさい!料理が冷める前にあなたたちの頭を私が冷めさせてあげましょうか?」
「「あ、はい、早々に始めさせていただきます」」
そしてそのやり取りが北宮に鎮圧されて、その景色がまた笑いを呼ぶ。
「ええ、と、先輩との久しぶりの宴会に乾杯!!」
「最近、先輩の影が薄かったでござる!乾杯!!」
「あなた、普通にできないの?」
「イエーイ!!」
「お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」
掲げられるグラスに合わせて、俺もジョッキを掲げる。
「ぷはぁ!!五臓六腑に染み渡るっす!!」
そして宴会が始まって早々にジョッキのビールを飲み干す海堂に続くと言うわけではないが、教官たちと一緒に酒を飲んでいるとビールは水と変わらない。
鍛えられた肝臓は、こんなものかと挑発するかのごとく。
「「お代わり(っす!)」」
即座に注文に手を伸ばす。
「このお店のお酒無くならないかしら」
「大丈夫でござる。その前に海堂先輩が沈むに一票でござる」
ペースとしては、これでもゆっくりのつもりなんだけどな。
流石の俺でも、店一つ分の酒の在庫を空にするのに時間が足りない。
「しかし、リーダー随分と久しぶりでござるな。最近じゃパーティールームに来ることもないでござるし」
「そうね、時々顔を出して私たちの成果を確認しているようだけど、ほとんどダンジョンに入ってないじゃない」
「入れない立場になっちまったからなぁ、今じゃ作る側だ」
そんなことを思いつつも、このやり取りも懐かしく感じつつ、南の問いに答える。
「そんなに忙しいノ?」
「ああ、忙しい、体が三つくらい欲しいって思うくらいだ」
忙しい自慢をしたいわけじゃないから、冗談交じりの答えになる。
「ただ、まぁ、望んでやってることだからな。辛くはない」
「それならよかったヨ!」
「そっちの調子はどうだ?あまり見てやれてないが、報告書では順調に攻略をして改善案を出しているようだが」
そして俺ばかりの話じゃなくて、ここで現場の生の声を聞いてみる
本題は海堂たちの出世の話だが、報告書では知れない部分は多々ある。
調子がいいと言う部分の裏で、実はなんて話はよく聞く話だ。
「聞いてくれるんっすか!?」
「お、おお。なんだ海堂、そんなに溜まってるのか?」
よく言えば悩み、悪く言えば鬱憤と言えばいいのだろうか。
戦闘という、一見暴れればストレスの発散できそうであるが、冷静に考えれば危険と隣り合わせの現場で働いていることと変わらない。
魔力によって身体能力は格段に上がっていると言ってもだ。
口元にビールの泡で出来たヒゲを付けた海堂に、そんなコントみたいになるかと思いつつ、話を聞こうとそっちの方に体を向けると。
「どうもこうもないっすよ!?なんなんすか!!二課と三課は!!こっちの改善内容にいちゃもんつけて来るし、攻略中のテスター同士でトラブル起こすし!!」
「なに?」
思いのほか深刻な内容の話で、思わず声のトーンが一段下がってしまった。
そんな報告は聞いてない。
ケイリィがその手のトラブルを俺に報告しないとは思えないが。
「正確には、報告書に書かれない程度の嫌がらせで終わってるってだけよ、それもテスターじゃなくて向こうの課長さんの派閥の面々が言ってくるのよ」
「そうそう、一々相手にするのも面倒でござるからスルーしてるでござるが、拙者らがリーダー直属の部下だから余計に風当たりが強くなっている感じでござるよ。明確な妨害はしてこないでござる」
嫌がらせか、それはまた対処が面倒な。
一見すれば業務妨害と言えなくはないが、ことが小さすぎると明確な被害を訴えることはできない。
俺が動いたら、小さなことまで気になる器の小さなやつと言われる始末だ。
「そんな顔しないで大丈夫でござるよ~リーダーの手を煩わせるほどのことでもないでござる。海堂先輩は、他のテスターたちの嫌がらせの矢面に立って庇っているからストレスを貯めこんでいるだけで、そっちの方は拙者たちがしっかりと対応してあるでござる」
後でケイリィに確認しなければなと思ったが、俺が行動するまでもなかった。
カクテル片手に、ニヤリと三日月のような笑みを浮かべる南。
教官たちの教え通り、舐められたら蹴り飛ばせという行動理念が染みついているようで、思ったよりも深刻な状態ではないようだ。
「そうね、むしろ向こうの方が大変な目に合ってるわね」
「何をやったんだ?」
「なにも~、昔〝香恋〟たちにやったことをバージョンアップしただけでござるよ~。だから最近は全然成績が上がらなくてエヴィアさんに睨みつけられて、それどころじゃないでござるよ~。向こうに配置したテスターたちの扱いに対しても監査が入ったようでござるし」
そして、南よその言い方だと北宮が……ん?
「それなら安心って……南、おまえ北宮のこと名前で呼んでたっけ?」
そこでさりげなく南が北宮のことを名前で呼んでいたことに気づく。
「呼んでないでござるよ~呼び始めたのは最近でござるね」
「……北宮、まさか」
「そこで何で私に聞くんですか、普通そこはそのまま南に聞く流れでしょ」
そのやり取り、もしやと思ってちらっと北宮を見ると少し顔を赤らめて目を逸らす彼女の姿があり、その会話のやり取りが聞こえていてびくりと背筋を揺らす勝とニヤニヤし始める海堂の姿を見て、理由を察した。
「深くは、お前たちが話したいときに聞くわ。その関係に関しても俺が言ってもブーメランになるだけだしな」
距離感もだいぶ近いとは思っていた。
「……そうね」
これは俺の気づかぬうちに関係が進んだ海堂のパターンと同じか。
「おめでとう」
「……ありがとう」
こんなやり取りをしながらも、酒宴は続いていくのであった。
今日の一言
成長し、後輩は巣立っていく。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!