660 会議一回で結果が決まったら苦労はしない
「はぁああああああああああ!」
俺は深い、それは深いため息を吐きながら人王として活動するための執務室の椅子に座った。
少しでも疲労を減らそうと思ってのため息だったが、気持ち多少マシになった程度かなという程度の効果しかない。
「お疲れ様、その様子じゃあまりいい結果ではなかったようね。もしかして終わらなくて次回に持ち越しって感じなのかしら?」
そんな俺の姿を見てか、苦笑しながらケイリィが立ち上がり、近づいてくる。
時間としては、日付が変わる少し前。
きっとスエラたちは寝ている時間だ。
そんな時間まで仕事をしながら、俺を待ってくれていた。
こんな時間帯に戻っても、苦笑一つこぼすだけで、そっと俺に手を伸ばしてくる。
それがどういう意味か察し、ありがとうと言って俺はとりあえず、正装を軽くとき身軽になるために上着を脱ぐ。
そしてその上着を受け取って、上着掛けに彼女はかけてくれる。
「いや、会議自体は多少問題はあったけど、問題なく終わった。いや、問題はあったが終わったのか?」
そんな彼女の質問にあやふやな返答しかできないことを申し訳なく思いつつ、会議の結果を思い出す。
「煮え切らない言い方ね」
「そうとしか言いようがないからな、とりあえず守り手にアミリさん、攻め手にキオ教官と竜王が入ることになった。大々的に動き出すのは相手が攻めて来てからの話になるから、この話はムイルさんまでにしてくれ。スエラたちにも言うな」
「わかったわ。それにしても随分と攻めることを意識した人選ね。守り側の機王様はわかるけど、攻める方は本当に正面からの戦いになりそうね。私としてはそのどちらかが前衛を務めてもう一人はサポート役で樹王様か不死王様が選ばれるって予想してたけど、これだと正しく殴り合いって感じの戦いになりそうね」
「最初はそっち方面で話が出てたんだけどな。ちなみにだが、殴り合うのは竜王で、教官は後方で暗躍することが主任務だ」
「はぁ!?なにそれ完全に鬼王様の持ち味を殺してるじゃない。魔王様がそんな判断をするなんて……」
信じられないと言わんばかりに、驚いて淹れてくれたお茶を一瞬こぼしそうになっている。
だけど、その溢れる身体能力で、こぼしそうになったお茶を空中で湯呑にキャッチして俺に出してくる。
「それには、訳があってなぁ」
信じられないと考えこむ彼女に、俺が考えた策を参考がてら提案したことを話した。
「あれが、通ったのね。まぁ、鬼王様の性格を考えて私たちも盲点で効果的な策だとは思ったけど、魔王様も認めちゃうのね」
「俺に求められてたのは、ありふれた硬い作戦ではなくてこの軍にない突飛な発想だと思ってな。そのまま採用されることはないだろうけど、一案としてはありかなぁッと思って真剣に考えたら思ったよりも受けが良かったのは予想外だった」
「そもそもの話、鬼王様が受け入れるって言うことが予想外よ。次郎君が提案したからって言うのも含めても、あまりそう言う役割に良い感情は持ってなかったでしょう?」
「まぁ、な。そこが問題の部分なんだよ」
その考えた策が思いのほか好評過ぎて、キオ教官から照れくささを隠した背中への平手打ちをもらい、フシオ教官からは不満の視線をもらってしまった。
さて、こんな策を考える地盤が俺にあるかと言われれば、なくはないと言うしかない。
この会社に入ってからは基本的に学習の日々だ。
しかも日本の日常じゃ使うことのない知識を貯めこむ毎日。
そんな中に軍略という項目が入り込んだのは当然の流れだったりする。
「問題って、さっきも言ってたわね。どこら辺が問題なの?大まかな配置が決まってここからは詳細を詰めていくって段階になっただけよね」
「俺が作戦を立案したのだから、しっかりとサポートしろって社長と教官からの直々の指名だ」
「……それって」
「仕事が増える」
付け焼刃とまではいかないが、研ぎ澄まされていない程度の俺の知識の寄せ集めの案が採用されてしまった。
しかも、キオ教官にとってはかなり未知な分野での作戦。
効果は未知数。
そんな作戦をやること自体が賭けに近いことなのに、社長は何を根拠にしているのかわからないけどできると確信しているのか、教官の後方支援をするように指示を出して後は教官と打ち合わせしろとお達しを出した。
その流れを説明した途端、ケイリィは目元を手で覆い、天井を見上げてしまった。
「今でもスケジュールかつかつなのよ。これで前線の支援に、他の将軍のサポート、他に領地の経営に地球側との交渉。過労死待ったなしよ」
彼女の頭の中にはきっと俺と同じスケジュール一覧が描かれているはずだ。
俺の頭の中で計算しても、どうあがいても時間をひねり出せるような状況ではない。
「はぁ、仕方ない。仕事を減らすか」
「減らすって、今でも結構ギリギリなのよ?これ以上どこを削るって」
「まずは俺の役職を一つ引き継ぐ」
だったら、リスケするほかない。
「……第一課の課長職ね。そこが一番リスクが低いけど……誰に引き継ぐの?それとそれに関してうるさく言ってくるわよ?いいの?」
「この際だから多少無理を通す。色々と外野がうるさく言ってくるかもしれんが、そのころにはもっと騒がしいことが起きてる。こっちまで飛び火している暇はないはずだ。人選に関しては、まぁ、あいつらしかいないだろう」
仕事を減らすなり、変更するなりして、今の状況に対応するしかない。
こんなことで一々驚いたり怒っていたら前の職場でやっていられなかった。
急な仕様変更や納期短縮、それと比べたらまだ何とかなる範疇だ。
その第一弾として、俺がダンジョンテスターから完全に離脱する。
挑戦者から運営側に回る。
いずれ来るとは思っていたけど思いのほか近かった。
「海堂君と南ちゃんね」
「ああ」
「まぁ、あの二人なら仕事上は問題ないでしょうね。うるさいのは地位とか血筋とか気にする輩ね。あなたが後ろ盾になると言っても、経歴の浅い将軍を甘く見ている派閥は多いわよ」
「それは仕方ないって割り切るしかないな、戦争で活動するからキオ教官とアミリさん、それと竜王のダンジョンは活動期に入るからテストはできなくなるが。テスターとしての仕事は減るだろうけど無くなることはない。ギリギリまで他の将軍たちのダンジョンテストは行われる。そのダンジョン内での活動は他の将軍たちが目を光らせるから介入される心配はない。だったら、うるさくなるのは会社内だけだ。それもエヴィアが目を光らせているから迂闊に手を出すような輩はいない」
その引継ぎをあいつら二人にやるとなれば、なんだか感慨深い気持ちになる。
あの二人に関して言えば実績はテスターとしての活動しかない。
そう聞くと、課長という地位に着くには早すぎるといわざるをえない。
だけど、あの二人以上に今の一課を任せられる人材もいないのもまた事実。
ダンジョンテスターという点で言えば過不足なく活動をしてくれるその信頼がある。
「海堂に至ってはアミリさんの配偶者っていう立場がある。それを見て機王の七光りというやつもいるだろうが、それは後でどうとでもなる。ネックなのは……」
「南ちゃんの方よね。彼女、地位とかそう言うの本当に気にしないから」
「ああ、後ろ盾うんぬんよりも先に、あいつのやる気の問題だ」
しかし、その信頼も別の方向をむけばまた別の信頼が見えてくる。
海堂なら責任を持って課長職をやってくれるが、魔力適正という才能が壁となる。
実力主義を宣っている魔王軍に於いて、その壁は海堂にとって重石となる。
それを跳ね除けるだけの根性は持ち合わせているが、遅咲きになるのは否めない。
対して南は魔力適正という才能に関しては問題ない。
上から数えた方が早い高魔力適正、そして彼女自身も魔法使いとして努力を怠らない。
だけど、根っからの責任嫌いはいただけない。
海堂はなんだかんだ言って社会人として経験を積んできた。
だからこそ、上に立つ者としての心構えが多少なりともある。
しかし、南に関して言えばそれがない。
この会社が初めての職場で、天職。
しかも、俺の方針で自由にやれと手綱を握らなかった弊害がここできた。
「才能はあるのよね」
「ああ、間違いなく才能はある」
もし仮に、今この場で課長をどちらかにするかと聞かれたのなら、俺は迷いつつ海堂を推薦する。
だけど、一点、その問題を解決出来たら南の方が向いていると最近では思うようになった。
「ケイリィに言われてから、少し南のことを考えたんだが、あいつは間違いなく視野が広い。しかも自分の視点だけではなくて第三者の視点も兼ね備えている。統率者としての才能が群を抜いて高い」
「誰かのことを知れて、自分の知識と比較できる稀有な才能よね。それがわかってたからあの時も南ちゃんを推薦したのよね」
彼女は色々と残念な部分が垣間見えているが、それは南が意図的に垂れ流している分野だ。
そうやって自分の欠点を晒すことで周囲の人をふるいにかけて、相手の性格を探る防衛本能に近い処世術。
「……知っているつもりだったが、仕事が追い込まれてようやく向き合ったって思う。そんな俺が言うのもなんだが、そうじゃないと生きていけなかったあいつの人生ハードモード過ぎだろう」
それが、もうすぐ大学生という青春時代を終えようとしている女性が持っていていい能力ではない。
そしてそれが役に立っているのはなんの皮肉だとも。
「後ろめたいって思ってる?」
「多少はな、だけど、あいつの中ですでに終わって、前に進みだしていて笑い話にしようとしていることを俺が後ろめたいって理由で一つの道を閉ざすのは間違っているだろうな」
俺たちからすれば、その才能は一種の幸運。
棚ぼたではないけど、ある意味で俺の〝弱点〟となるテスターたちを守ることができる才能。
「って、言ってもこれも言い訳だな。単純に南に頼った方がこっちの都合がいいってだけだな。ああ、理解した。上に立つって、こんな感じに割り切らないとやっていけないのか。くそったれ」
「はいはい、悪態をつかないの。感情に流されたらあなたについてきた人たちが大変な目に合うんだから。あなたがやっていることは間違っていないのよ」
「正しいとは言ってくれないんだな」
「それを決めるのは私じゃなくて、あとの世代の歴史家たちよ。私たちにできるのは今この時正しいって思えることをやることよ」
その力を頼ると言い訳しながら利用しようとしているのが果たして正しいことなのだろうか。
それを決めるのも、歴史家か。
「せめて誠実に向き合うのが筋か」
そんな他人任せの判断の中でも、俺がやるべき責任はあるか。
俺の仕事が忙しくなったのだから、その仕事を引き受けてくれる奴を探す。
それ自体は社会でみればごく当たり前に行われることだ。
「そうね、リスケするついでにあの子たちに会って来れば?ここ最近忙しすぎて会えてないでしょ。それに、ここで会っておかないとここから先まともに会える時間なんてないかもしれないわよ」
「それもそうだな。となるとどうにかしてあいつらとスケジュールを合わせないとな」
そこに抵抗を感じる必要はない。
だったら、久しぶりになるあいつらと会うのを少しだけ楽しみにしても罰は当たらないだろうな。
今日の一言
一度の話し合いで決まった方が効率はいいが、もっと改善できる機会を失うかもしれない
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!