657 方針を決めるのは中々大変だ。
社長、このタイミングで中々面倒な質問を投げてくるな。
話自体は分かりやすい。
北と南、所縁のない土地か、所縁のある土地か。
暗躍する将軍と激動の将軍。
この組み合わせだけで四パターン生まれる。
その四パターンで自分がどういう風に役割を果たすかを今ここでプレゼンしろと言っている。
「「「「……」」」」
流石の将軍たちでも長考に入るか。
即答し、他者よりも早くアピールすることはできる。
だけど中身のない意見は瞬く間に社長に論破されてしまう。
本来であれば一度持ち帰って熟考してから回答する案件だと俺は思う。
しかし、社長が今見ているのは即応性だ。
何が起こるかわからない状況で、少し考えるので時間をくださいと言うのは柔軟性や決断力不足を自ら認めたと言える。
「ちなみに人王、イスアルとのつながりのない君ならどういう風に攻めるかな?」
全員が考えこむ中で、社長も沈黙を維持する必要がないと思ったのか俺に話しかけて来た。
社長が欲しいのは固定観念に捕らわれない提案。
いや、この場合は歴史に縛られない作戦と言った方がいいだろうか。
俺は地球生まれの地球育ち。
何度かイスアルの地に足を踏み入れたことはあるが、基本的には無関係な存在だ。
そんな俺の立場で、どう攻め込むか考えを聞きたいと言うことか。
「……自分なら王道を行き、相手を疑心暗鬼にさせます」
「ほう、もう少し詳しく話せるかい?」
考える時間は一分にも満たない。
だけど、考える猶予はあった。
故に、構想段階ではあるが話せる範囲の考えを伝える。
「攻め手、陽動に回る派手な行軍を見せるのは南側がいいでしょう。下手に土地勘のない北側から攻めることをすれば土地勘のない分地の利を生かすのに時間がかかりますし、南部に余力を残した戦力がいるかもと注意が集まる可能性があります」
「ふむ、続けてくれ」
まず考えるのはメリットとデメリット。
奇襲をすると言う意味ならダンジョンは指定した座標に前触れもなく出現させることができる。
後にあふれた魔力によって発見されることが典型的なパターンだ。
これに例外はない。
であるなら奇襲というメリットを生かすなら土地勘がある場所で時間を味方につけた方がいい。
「意表を突くと言う点だけで言えば北部の方が有力ですが、継戦を考えるなら安定性が求められます。であるなら、事前情報が集めやすい南部を拠点にするのがいいかと」
「だが、過去の歴史でその手法は大いに使われてきた。故に南部は忌み地として知られ警戒もされている。さらに国境線には巨大な城壁も建造されている。攻めることは困難になるよ?いかに将軍たちが強力無比だからと言って無敵ではない。であるなら南部で城壁を占領することを企てた方がメリットも大きいと思うが?」
俺と社長の会話は、いわば他の将軍への参考だ。
こういう意見がある、だが私はこう思うと社長の考えをヒントにして、社長の思いつかない方法で解決策を将軍たちに模索しろと言っている。
「そう言ったメリットもあります。ですが私はそれよりも見えない敵を作り出す方が重要だと考えます」
「見えない敵?」
「はい、見えない敵ほど恐ろしいモノはいないです」
「それはいるかいないかわからない兵を作ると言うことかな?」
「その通りです」
その中でも俺は自分の考えを披露する。
戦争と聞いて俺なりに何か作戦を立案する機会があるかもしれない。
「仮に魔王軍が反撃した時にイスアルにいる人たちの思考パターンはそう多くないかと、一将軍が反撃に出てきたときに返ってくる反応は大きく分けて三つ。恐れる、侮る、そして疑うです」
俺にできることを考える傍らで、俺は戦争について忌避するのではなく現実として受け止めることを考えた。
社長に説明しているのは俺なりに現実として戦争を受け止めた結果、たどり着いた答えだ。
「恐れるは単純に魔王軍に対して脅威を抱くこと、これは目の前の脅威に対して向き合い逃げるか戦うかを選択することになるでしょう。そしてこれが最も多い反応です」
一つ目と人差し指を立てる。
恐れることは生存本能として当たり前のことだ。
相手を脅威に思わないと対処しようとは思わない。
戦争において最も重要なことだ
「侮る、これはある意味我が軍にとっては一番都合のいいモノでしょう。相手はダンジョンが一つ現れた程度と思って戦力を小出しにしてくれます。この程度あればいい、失敗しても前回以上の戦力を出せばいい。焦ったころには致命傷になっている。ある意味では理想的な展開です」
二つ目と指を立てつつ、これは戦う者として一番してはいけないことだと俺は思う。
戦う相手の戦力を侮るというもっとも戦争ではしてはいけないことだ。
一つ目の恐れると言うのは、それに抗うと言う気持ちを生み出す原動力にもなる。
だけど侮ると言うのは逆に原動力を減らす結果をもたらす。
余裕と侮るは天と地ほど差がある。
前者は自分の実力を把握して、どれくらい力を出せばいいか理解している実力者の考え。
後者は自分の実力を過信して、足りていないことに気づかず必要な力を出さない愚者の考えだ。
戦争をするなら侮ってくれている方が一番楽なのだ。
「三つ目、俺はある意味でこれが一番重要だと思います。疑うこと、咄嗟に出来ることではないですが一度生み出せば、それは毒となり拭えぬ不安になり、相手の思考のまとまりを無くすことができます」
しかし、そんなご都合主義が起きるはずがない。
「魔王様、もし仮にあなたがイスアルの軍勢を率いる立場の人間として考えるなら過去の歴史を考慮し、ダンジョンが一つだけ出現という状況を見た際にどう考えますか?」
「ふむ、君のさっきの言葉を借りるなら、凡人なら恐れ早急に目の前の脅威を排除することを第一目標にする。愚者なら、相手はこの程度の戦力しか送り込めないと侮り、前線で戦う者たちが勝手に勝ってくれることを願うね。そして三番目の知恵者なら、この程度の戦力だけで終わるのか?と疑問を抱くだろう」
「はい、三番目の疑うことができる将なら本国に報告を送り、こう聞くでしょう。他にダンジョンが出現している場所はないかと」
「……ふふ、なるほどよめたね。人王、君は中々面白く、そして策士だね」
ならばその都合をこちらで用意するまでのこと。
社長は面白いと笑みを浮かべて、俺の考えを見抜いてしまったようだ。
他にも数名、なるほどと納得したようにうなずく将軍たちの姿がちらほらと。
気づいていない将軍たちには触れず、俺は素直に頷き。
「はい、一斉に捜査網が構築されるはずです。あるいは警戒網と言えるでしょう。どちらにしろ、国中、あるいは世界中に警戒心が生まれダンジョンを探すはずです。ですが」
「探しても探しても現れたダンジョン以外にダンジョンは見つからない。本当にあるのか?ただの思い過ごしではないのか?だけど過去の歴史を考えるとダンジョンが一つだけというのはおかしいと考えるわけか」
本当にこの社長は頭が切れる。
俺が割と真剣に考えた作戦を、あっさりと見抜いてしまっている。
「一番警戒すべきは神託です。神という超常的な存在による探知はどうあがいても回避することはできません。ダンジョンを設置した段階で探知されます。ですが、それが送り出されるまでにはタイムラグがある。であるならそのタイムラグを最大限に生かします。手足の動きを遅くすればいい。人間の思考的死角、一度探したところはもう一度探すまで時間がかかるという思考の隙をつきます」
だけどここで説明を放棄するわけにはいかない。
そしてここからが重要だ。
作られた警戒網の対策。
「神の言葉は絶対、間違いはない。それは向こうの認識であり常識。そこに疑念を挟める楔を打ち込みます。あると言っているのに見つからない。あるはずなのに見つからない。その矛盾を含んだ疑問を深層心理に植えこむことで神への信頼を落とし、やる気をそぐ。そこで」
「第二陣、暗躍する将軍が動き始めると言うことか。なるほど、なるほど、色々と細かい部分で詰める必要はあるけど、大枠としてはかなり良い部類の作戦だね」
上司が絶対のブラック企業あるあるなのだが、上司の言葉自体に間違いがあったとき、それが判明した時、有能な上司なら謝罪できる。
しかし、無能な上司の場合は責任を他人に押し付ける。
この対応の差で部下のモチベーションは大きく変わる。
何度もあるはずだから探せと言われ、言われた場所を探すが見つからない。
見つけられないのは現場の責任。
ダメ出しと口出ししかせず、改善案を提案しない現場をかき乱す害悪。
そんな印象を現場に植え付ければ植え付けるほど、上と下に齟齬が生まれ、亀裂が大きくなる。
その亀裂が致命的になればなるほど、被害は拡大すると言う寸法だ。
拡大すればするほど、派手に暴れている側も暗躍する側も自由に動けるケースが増える。
「前線に注意を払う必要を生み出しつつ、背後の脅威を匂わせ全力で対処できないようにする。前線への支援にもなる作戦。では人王、この話の流れだ。君の作戦を採用するとして君ならだれを推挙する?」
我ながら頭をひねっていい作戦を考えたと思ったが、ここで社長がとんでもない爆弾を落としてくれた。
作戦を考えたのなら、ついでに配置人員も考えてくれと言わんばかりのキラーパス。
背筋が凍るような視線が一斉に俺に集まる。
名前をあげなかったらわかっているなと言わんばかりの氷の棘を心臓に刺されるような感覚。
死が一瞬見えたような気がしたけど、実際俺の心臓は動いている。
「……そうですね」
黙っていることはできないので、少しでも時間を稼ぐために顎に手を当てて考える。
正直言えば、この作戦を考えるにあたって事前に想定していた人物がいるのだが、それを言うと完全にへそを曲げる御仁がいるのだ。
「あくまで、決定権は社長にありこの意見は参考程度にとどめてほしいですが」
「随分と前置きを置くね。そんなに推挙するのに緊張する相手なのかい?」
「ある意味では」
ここまで前置きを言って、言わないと言う選択肢は生まれない。
大きく深呼吸をして、この作戦で推定している人物の名前を上げる。
「まず、前線で暴れる将軍ですが、これは竜王あなたにやってもらいたい」
「あ?」
意外、そう言う顔で初めて竜王は俺の顔を見て来た。
俺の付き合いからすると完全に前線担当は鬼王であるキオ教官を推挙すると思っていたのだろう。
キオ教官は当てが外れ、目を見開き、そしてすぐに不機嫌そうに顎を撫で始める。
しかし教官、少しだけ猶予をください。
「次に暗躍する将軍なのですが」
どちらかというとこっちの方が緊張するんだ。
「鬼王を推挙します」
は?
と、この場にいる全員が一瞬思考を止めてしまった。
暗躍、謀ということを悉く嫌い正面からの戦いを好む鬼王をこの作戦に推挙すると言う暴挙。
それは社長の思考をもってしても予測できなかったようで、目を見開き、教官両名からはどういうつもりだと言う無言の圧をいただいている。
今はまだ、社長が俺に質問しているという話の流れがあるから教官二人も抗議を飛ばしてこないが、もし仮にそれがなかったら殴りかかられてもおかしくはない話だ。
だけど、この作戦の肝はいかにして敵軍に知らせず迅速に獅子身中の虫を生み出せるかどうかにかかっている。
「今からその理由も説明します」
そこを考えるとやはり俺にとってはこの選択が一番だと思う。
今日の一言
自分の言葉に責任を持て。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!