655 気を引き締めるときはしっかりと
「マジかよ」
「想定外」
『これぞ正しく、ビギナーズラックというのか?』
「あははは」
竜王が来る時間を賭けた勝負はまさかまさかの俺が勝ってしまった。
ステータス数値で、運は断トツで悪いはずなんだけどな。
それなのにもかかわらずまさかの俺の勝利、賭けの内容的に結構おいしい商品が俺の手元に転がって来た。
「あっ?こっち見んなよ」
その勝利を授けてくれた竜王はチンピラのようにこっちを睨んでいるけどな。
相も変わらず俺に対して喧嘩腰な竜王は、俺の反応と周りの視線を牽制するように苛立ちを隠さない。
恐怖心を感じさせるほど殺気立っていないから本気じゃないのはわかるが、ちょっとでも対応を間違えると殴りかかってきそうな雰囲気は相変わらずだな。
彼が友好的な対応をするのは社長くらいだろうか。
俺に対しては下に見ている傾向が強い。
もしや将軍位を賭けたあの戦いのとき、竜王を無視して教官と戦っていたことを根に持っているのだろうか?
あれから随分と時間が経って、久しぶりに対面したと言うのにこんな敵意丸出しなのはいかがなものかと。
触らぬ神に祟りなし。
これ以上触れても険悪な空気が悪化するだけだ。
「……」
「えっと、巨人王なにか?」
それにもう一つ気になることもある。
「今日はあの剣を持っていないのか?」
その気になる視線を送ってきている人物である巨人族の将軍こと、巨人王のウオーロック。
ジッと岩のように座っている巨体は不動。
その御仁は竜王よりも早くは来たが、それは僅差の一分違い。
ギリギリまで仕事をしていたのがわかるように正装ではなくて作業衣のままの登場に驚いたが、それを指摘する人物はいない。
この魔王軍にも軍服というか、制服みたいな物は一応あるが、それを将軍が着ることはない。
俺は仕立てのいいスーツを着ているが他の将軍も各々好きな恰好をしているから統一感なんてないようなものだ。
その中でも町工場の親方って風貌の巨人王は、この部屋に入って来てからずっと視線を俺に固定したままだからある意味で一番やり辛い。
賭けに勝ったと言うのに素直に喜べないのはこの視線の所為だ。
「流石にここに武器は持ち込めませんよ」
「……そうか」
その理由はどうやら俺の相棒をもう一度見たかったようだ。
エヴィア曰く、巨人王が他人の武器を褒めることは滅多にないらしいからな。
俺と会ったらまた見たいと言うのも納得できる。
「はい」
「……」
「……」
ただ、一つだけ言いたい。
言えないのは重々承知だけど。
心の中くらいはいいよな?
地味に会話のテンポが悪い。
話を広げようにも、その話題の元になりそうな鉱樹は今手元にない。
流石にここに武器を持ち込むことはできない。
だから巨人王、そんな少し子供っぽくへこむのは止めてくれないか。
地味に罪悪感に苛まれる。
隣にいる教官たちはニヤニヤしながら見ていて、助け舟を出してはくれない。
そんなやり取りをしている間に時間というのはあっという間に過ぎて。
「魔王様来室です」
最後の将軍であり、現在側付きとして社長に仕えている樹王が転移でやってきた。
そして妙な雰囲気になっているこの部屋の空気を一掃してくれる。
正直助かった。
ナイスタイミングと俺の中で樹王の評価が上がるのを感じる。
緩んでいた空気が一気に締まり、揃って座席からた立ち上がり、玉座に向けて直立不動の姿勢を取る。
転移の気配、魔力の流れで転移するタイミングがわかり、そしてそこから誰が来るかもわかっている。
ちょうど玉座の前に現れるように社長は転移してきた。
「やぁ。皆、集まってくれたことに感謝するよ」
そして社長はこの組織のトップにしては仰々しさというモノがない。
だが、自然と彼になら従いたいと思える様な、上に立つ者としての風格を持っている。
近所の人に挨拶をするような気軽さで片手を上げて挨拶をしているのに、思わず敬いたくなると言う気持ちを心の底から生み出させてくる王者。
そんな社長はそのまま玉座に座る。
それが合図になり俺たちも各々の席に座る。
「さて、本当であれば将軍が集まったこの機会に交友を深めたいところだけど、私のタイムスケジュールが決まっているからね。早速だが本題に入ろうか」
話の流れを作るのは当然社長だ。
この個性的な面々が揃う中、あの人が話さずしてだれが話す。
『魔王様、エヴィアの奴がまだ来ておりませんが?』
しかし、時間になっても全員が揃っているわけではない。
フシオ教官の言う通り、エヴィアの姿がない。
彼女もこの軍議に参加できる資格があるはず。
それなのにも関わらず、時間になっても現れない。
何かあったか?
「彼女には別件を頼んでいる。今回の会議には来れるとは思うけど、恐らく最後の方になるだろうね」
どうやら社長に頼まれごとをされたようだ。
遅れると言うことは急な指示ということだろう。
彼女が事前に会議の時間を把握していたのなら、その段取りを怠るとは思えない。
社長の本題を聞く前に気になることができてしまった。
しかし、何をしているかを聞くタイミングは今ではない。
他の将軍も気になっている様子はうかがえるけど、社長が理由を言わないと言う事実に誰もが質問を飛ばさなかった。
唯一質問したフシオ教官が納得と頷いたのを見て、他に気になることはないかと社長が視線で確認したのを最後に、それを聞く機会は失われる。
それでいいと社長は頷き。
「さて諸君戦争だよ。それも過去でもなかなか見ないほどの大戦になると予想される大戦争だ」
ついに本題をぶち込んできた社長の表情はまるで遊びに誘う時のような気軽さで大それたことを言い放つ。
意識を切り替えて本題の方に集中するが戦争なんて単語が随分と身近になったものだ。
社畜をしていた時代なんて戦争という単語はニュースか漫画でしか聞かない。
なのにこの場では大真面目に当たり前のように出てくる。
「どうやら向こう側も本気のようだ。食料の備蓄、兵力の確保。さらには天界からの支援。剣は振り上げられ、あとは振り下ろすだけという段階だ。こっちの遅滞戦術などお構いなし、これだから数が多いって言うのは面倒だ。人海戦術で開戦までの猶予を減らしてくるんだ」
ツラツラと仕事が辛いと愚痴をこぼすような気軽さで淡々と戦争が始まることを社長が告げている。
現実味がないのに、説得力を持たせる。
それが社長だ。
「さて、そんな猶予のないこの時に集まってもらったのは他でもない。諸君らには前線に立ってもらうことになる。その覚悟があることは聞くまでもないね」
誰も反論することはない。
魔王軍の剣であり、盾である将軍が前線に立たずとして何が将軍かということだ。
俺を含めて全員が当然だと、受け止める。
「問題は、今回は我々が攻める側ではなく守る側ということだ」
緊張感なんてみじんも感じさせず、自然体で聞く姿勢を維持する将軍たち。
俺は表情だけは取り繕えている自信はあるけど、それでも若干体が強張っているのがわかる。
武者震いではない、大勢の人が命を失う。
そんな環境に元社畜が参加する上に、戦争の中核になり始めている現状には、やはり思う所がある。
「こちらの大陸に攻め込む算段があるってことか?だが、完全不完全関係なく遺跡のダンジョンは根絶やしにしたはずだぜ、生き残っているダンジョンも向こうとの世界との繋がりはないのは確認済みだぜ大将」
しかし、俺個人の考えなど今は捨てろ。
重要なのは国の行く末を左右するこの戦争にどう向き合うかだ。
相手から攻め込まれる情報が入っている。
それを聞いて指をくわえて、見逃すなんてことはない。
「鬼王に同意、世界を繋げるための手段は神が用意した手段。次元の距離は物理的な距離ではない。月の神ルイーナが隔てている概念障壁はそう簡単に突破できるものではない」
だから戦争が始まる要因は相手側からということになる。
こっちが攻め入るとしたらダンジョンが完成してからの話になる。
そしてまだ完成の目途は立っていない。
元から数百年単位での準備予定だったのだ。
それが数年で完成するわけもなく、その準備期間を狙われて攻め込まれようとしていると言うわけか。
しかし、物理的に陸地が繋がっているならともかく、大陸とイスアルは世界が文字通り違う。
唯一の連絡通路であるダンジョンは社長の指示でほぼ根絶やしにされ、そして転移魔法で来るための転移地点も軒並み魔王軍で抑えている。
大規模な軍隊が進軍するための通路がない。
キオ教官とアミリさんの懸念は最もだ。
前線にいる二人が世界を渡るための方法を察知できてないのなら手段としては難しいのでは?
「それに関しては、ルナリア」
「はい、先日人王と不死王が捕まえて来た騎士たちに尋問を行ったところ興味深い情報を得られました」
他にも手段があるのか、あるいはあの二人でも察知できないほどの秘匿してきた特殊な方法があるのか。
「……へぇ、その興味深いモノって言うのは俺たちに喧嘩を売る理由になるって?」
どちらにしても樹王が得た情報は魔王軍にとってかなり重要な情報になる。
竜王ですら興味を持って、話を促すほど。
「どうやら、人間たちの中にダンジョンを研究し解明している人物がいるようです。その彼がダンジョンの模倣品を完成させたと」
「「「!」」」
そして樹王が口にした内容は俺たちを驚かすのに十分な内容だった。
ダンジョンを造る。
それは神にしか許されない奇跡のはず。
俺は目を見開き、他の将軍の顔色をうかがう余裕すらない。
「不可能だと思いたいところだけど、自分達の正義に酔った彼らはペラペラと私たちを滅ぼす算段を宣ってくれたよ。その情報を元に調べたらダンジョンコアの模倣品である核をいくつか発見することができた。だけど、肝心の設計者の姿は見つけることはできなかった。模倣品とはいえダンジョンだ。我々のような防衛設備は作れないかもしれないけど通路としての役割は十分に果たせる。そしてその通路は、設計者であり制作者である彼を見つけるまでは減ることはない。すなわちこちらに攻め込まれる時期は遅れることはないと思ってくれ」
その驚きを察して、社長が事の詳細を語ってくれる。
相手は必死に俺たちに不利な状況を押し付けるために行動をしているのだ。
魔王軍を打倒するために策を考え、手段を増やし、勝利への道を踏み込む。
「そんな状況を黙って見逃すほど我々は優しくはない」
その道を踏み潰す必要がある。
その手段を減らす必要がある。
その策を超える策を考える必要がある。
「まずは相手の出鼻をくじく、機王、君のダンジョンを使わせてもらうよ。数で来るのなら数で押しつぶす」
その道筋は既に社長の頭の中に存在する。
相手の攻め手の防衛を前線で情報収集してきたアミリさんに迷いなく振った。
「命令を受諾、我が軍にお任せあれ」
その命令にアミリさんは頭を下げ間髪入れず応答する。
「うん、他の将軍は攻めることは得意だけど守りとなると君以上に安心感がある将軍はいない。期待している」
そしてその返答に満足そうにうなずく社長は、先ほどの指示とは一転、次の話題に行くことを一瞬だけ躊躇う。
その躊躇い方に俺は既視感を感じた。
なんだ?
急に部屋の空気が重くなった。
スッと視線だけで、テーブルを見回してみたところ、機王以外の将軍たちの目の色が変わっていた。
「さて、守りは彼女に任せればいいとして、次は攻め手の話にいこうか」
ああ、なるほど。
どこか見覚えのある顔だと思った。
「「「「『では、俺【私】が』」」」」
「「「「『あ?』」」」」
難題を解決する手段がない時の困ったときの顔だったか。
今日の一言
引き締める必要がある時とない時を見極めろ
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!