654 呼び出しは緊張するものだ。
戦争の予兆を日常で感じるようになってからはやくも一週間が過ぎた。
直感が冴えていると言えばいいのか、もうそろそろ何か起きると勘が囁いていた。
だからだろうか、多少無理をしてでもダンジョンの運営の他にも、ダンジョンの資料まとめを前倒しにした。
「ハハハ!まさかお前とこの席で隣り合わせになるとはな」
『然様、本当に生とはわからぬものよ』
その前倒しの成果である資料が間に合ったのは偶然と片づけていいのか。
はたまた神の采配か。
神様が現実にいると言う事実から運命という物に人生を左右されているのではと一時は疑心暗鬼になった。
けれど結局は気にしていても仕方ないし、冗談でヴァルスさんにそこら辺を聞いたら。
『あの神たちがそんな直接的に運命をいじれるわけがないでしょ』
そう言う返事を呆れ顔で返してきた。
だから資料が完成した翌日に、社長からの使いで午後一時に特別な会議室に案内されることになってもこれは俺たちが選んだ道だと思える。
「いずれ来るとは思ってましたけどね。しかし会議室って聞いてましたけど、これって」
その結果でこんなことになっているのは笑えるけどな。
「将軍だけが踏み入れることのできる特別室だな。あそこ見ろよ、あれだけで屋敷が立つ名画だぜ?」
『話す内容は魔王軍の将来を決める重要な内容ばかり、ある意味で会議室で間違ってはおらん。壁に飾られているのは名匠が描いてきた絵、そして彫刻の数々。一つでも傷をつけてみろ、莫大な請求がお主に飛ぶぞ』
こんな会議室は知らない。
と、特別な転移魔法で案内されたときの第一印象はそれだった。
色々な会議室は見てきたつもりだったけど、ここまで豪華な会議室に通されたのは人生初めてであることは間違いない。
かの有名な、大英博物館の異世界版とでも言えばいいのか数々の名品が潤沢に飾られている。
会議室とは名ばかりの展示室と言えばいいのだろうか。
数々の調度品が占める広い部屋。
その中央に俺たちが座るであろうテーブルと椅子が設置されているのだが、場違い感が出ないようにそのイスとテーブルもそれ相応の物が用意されている。
この中央のテーブルの脇には小さなテーブルが用意され、そこには背筋を伸ばした姿勢を維持し立つ豪華な服を着た書記官。
さらに少し離れた場所には調理器具を用意したテーブルがあり、軽食と飲み物を用意する執事とメイドが十人も並んでいる。
それもあくまで飲み物と軽食を用意するだけの人員で、椅子ごとに専属の使用人がつけられている。
美術館は基本的に飲食禁止のはず、魔法で保護しているからセーフということだろうか?
それともまた別の理由があるのだろうか。
まぁ、どちらにしろ問題はないのだろうと判断し、ちらっと名品の数々の間に配置されている甲冑を見る。
美術館とかで甲冑が飾られているのを見たことがあるが、コレの中にはきちんと中に人が入っている。
帯剣し、片手には槍を持っている。
青銀の鎧を着た騎士。
強いと感じさせる気配を醸し出すこの部屋を警護する騎士たち。
見覚えがある。
あれは確か。
「目の付け所がいいな、近衛だ」
『魔王様を守る直下だ。ジロウも見たことは有ろう。あれの中身を』
「ああ、そう言えば。外に出た時に警護していましたね」
日本政府との交渉の時に事前警護の打ち合わせの時に彼らとは会ったことがある。
フルフェイスの兜で顔を見ることはできないが、何人か魔力の波長で覚えがある。
一度実力確認で手合わせをしたときに感じた魔力の波長。
この場に揃う面々のことを考えれば彼らがいてもおかしくはないのだが、ここまで揃っているこの場を会議室と言って案内した人物は間違っているのではと思う。
どう見ても会議室、なんて言葉じゃ似合わないぞ。
「なんか、落ち着きませんね警備付きの会議って言うのも」
「まぁな、俺たち以上に強い奴はそうはいねぇ」
『なに、地位の高い物が常に働きすぎるのも世界としては歪よ。それは強者とて同じ、格下の相手をわざわざワシらがする必要もない。彼らは我らを守る責務がありその副次的な効果でワシらの手間を省いてくれている。それだけのことよ』
俺的には誰かに守られて会議をすることに違和感を感じ、こんなの会議室じゃないと思っての発言であったけど、キオ教官からすれば守られることに不満を感じたようだ。
それをフシオ教官がやんわりと制し、場を取りなす。
このやり取りもなんだか懐かしく感じる。
そんなやり取りをしつつ上座にある一段高くなっている見るからに玉座っぽい椅子をちらっと見る。
見るからに職人が丹精込めて作りました感を醸し出す椅子。
俺が座る席もそれ相応に豪華な椅子だけどあれには劣る。
俺が知っている会議室なんて、オフィス用品で販売している一個五千円もしないようなキャスター付きの椅子だぞ。
将軍になってからは革製のお高い椅子に変えたけどそれでもまだ理解できる範囲だ。
だけど今座っている椅子は、間違いなくオーダーメイドの椅子だ。
金で装飾している椅子がある会議室なんてあるのか?
テーブルなんて、大理石だぞ。
彫刻もしっかりと彫られている。
なんか歴史でもつづられてそうな感じの物語風の彫刻、俺の部分には竜と戦う戦士の絵が彫られている。
正直ここまででお腹いっぱいなのに、天井にぶら下がっているシャンデリアがさらにこの場を会議室ではないと脳が否定してくる。
案内人に席まで案内されたが、正直座ることを一瞬ためらってしまったのも無理はない。
将軍になって、色々と人間関係とか金銭感覚がバグり始めているけど、こちとら元社畜の小市民だぞ、いきなりこの環境に慣れろと言うのは無理がある。
先に教官たちが座っていなければ、そのまま立って誰か来るのを待っていたかもしれない。
「それにしても他の奴ら遅いな。俺なんてすぐに飛んで来たって言うのによ」
『前線からとんぼ返りができるお主がおかしいのじゃ。部下の苦労が目に浮かぶの』
先に来ているのはこの二人。
フシオ教官は帰還して日が浅いからまだ領地の立て直しが忙しいはずなのに、フットワークが軽い。
前線で活動しているキオ教官ほどではないが。
「樹王は多分魔王様と一緒に来るでしょうから最後になるとして、他の将軍で前線に出てるのは、機王でしたね」
このフットワークの軽さがこの大鬼の特別なところなのだろう。
『ああ、そこの散発的な襲撃で相手をかく乱するのと違い、あ奴はもっぱら情報収集をしておるからな、まとめる資料も多いから遅くなるじゃろう。こやつの場合は、どこで何を襲ったどれくらいの被害を与えたで済む話じゃからな。その資料ももっぱら部下が作っておるのじゃろ?』
「おう!」
「優秀な部下がいるのはいいですけど、威張ることではないのでは?」
ただ、カリスマはあるのだろうが大雑把すぎるのが玉に疵というやつか。
圧倒的物理特化。
事務作業を任せられる部下がいるのが不幸中の幸いか。
『昔からこういうやつじゃ、気にしない方がいい』
「そう言うものですか」
「おう!そう言うものだ!!」
そんな話の流れもフシオ教官は慣れたモノ。
言うだけ無駄だと諦め、軍事的に問題ないならとやかく言うこともないと言うくらい悟っている。
「参加するのって、将軍だけなんですよね。こういう時って普通貴族とかも参加すると思ってましたけど、エヴィアに聞いていた通り本当に来ないんですね」
「腰抜けのあいつらがここにいてもうるせぇだけだ」
『さての、まったく心当たりがないの。気づいたら来なくなっておったわ』
「白々しいほどわかりやすい嘘をありがとうございます」
そして、本来であれば軍事行動をするのに関係がある貴族たちはこの場にはいない。
地位の高い貴族くらいならここに来るかもしれないけど、魔王軍の場合は少し特殊だ。
事前にエヴィアに聞いていたけど、本当に将軍だけの集まりなのだ。
正確には貴族はここに参加する権利を持ってはいる。
だけど参加したら最後、参加したことを後悔するから誰も来ないのだ。
それは教官たちが言っている言葉でなんとなく察しが付く。
エヴィアから事前に聞いているから、教官たちが言っている言葉の意味も分かるしこの会議の流れもわかる。
軍を動かすプロセスとして、まずはここで決まった内容を後日社長が貴族に通達し、それからすり合わせが始まりやっと軍を動かすという流れになる。
何でそんな面倒な流れを組んだと最初は思った。
だけどエヴィアからそこら辺の理由を聞いてああと納得もできた。
その理由とは、ニヤニヤと笑っている御仁たちに起因する。
もし仮にここで貴族と将軍が同席し、話し合うものなら全力で将軍たちは魔力で圧をかける。
魔王の次に実力のある将軍たちからの全力の圧。
過去その状況で話を通すのが魔王軍の通例になっていた。
おかげで話し合い何それ美味しいの?状態になるとエヴィアに昔聞いた。
そのままでは貴族たちに不満が溜まると言うことで、ある意味で貴族たちを保護するための措置であり、社長からしたら身内で堂々と会議できる名目ができるというメリットもある方法でこのプロセスを挟んだということだ。
もちろん、貴族たちに足を引っ張られないように色々と規則を設けてはいるようだ。
それで今まで問題なく行動できているのは偏に社長の実力とカリスマの為せる技だ。
その社長が作ったこの部屋はいわば軍議を行うための中枢的な役割を持った部屋というわけだ。
入れるものは皆特別。
入れたら一種のステータスになるくらいだ。
「遅れた」
「んや、竜王の野郎と巨人王の奴も来てねぇ」
そんな部屋で時間まで待機していると、案内の者に連れられたアミリさんが登場した。
集合時間まではまだ余裕がある。
もっと時間ギリギリの登場になるかと思っていたが、遅れたと言いつつも約束の時間の前には到着するのは流石だ。
アミリさんは転移し終えてそのまま歩き自分の席に向かう。
席は俺の向かい。
彼女もこの部屋に来るのは慣れたものなのか、専属の使用人に椅子を引かれて迷わずその席に着いた。
「竜王と、巨人王は?」
「まだ来てねぇよ」
『竜王は時間ギリギリじゃろ、巨人王も定刻の直前にくる奴じゃ』
将軍たちにも時間ギリギリにくる人がいるのか。
腕時計を見てみたら約束の時間までまだ十五分ほど余裕がある。
俺は二十分前に来て、教官たちはそれよりも早く来ていた。
となると残りの竜王と巨人王は十分ほど後に来るか?
「竜王のやつ、何秒前に来ると思う?」
「賭ける?」
『面白い、前回は負けた故に今回は負けんぞ』
「私に計算で挑むのは無謀、勝率は八十七パーセント」
「面白れぇ、俺の勘に勝てると思うなよ?」
そんなことを考えていたら竜王が来るタイミングを予想すると言うことで賭けが始まってしまった。
流れるように言葉が繋がっているあたり毎度恒例ということらしい。
三者三様で自信を露にし、何を賭けるかで話し合っている様子を傍観していると。
「次郎、お前は何秒前だ?」
「賭けは平等」
『然様、まさかここで不参加を表明するほど空気が読めぬわけではあるまい?』
そう思っていたが、三人に圧を掛けられ、数秒考えた後。
「じゃぁ、一分前で」
賭けの内容は聞いていたし、賭け品に関してもそこまで重くないので適当に言った。
これが吉と出るか凶と出るか運命は誰にも分からない。
今日の一言
呼び出しにいい印象はない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!