653 始まって嬉しくないものは存在する
新章突入です!
フシオ教官を取り戻した我らが魔王軍は息を吹き返したかのように今では安定を取り戻した。
少しぐらついていた、社長の地盤を見事に修繕して見せた教官。
そして、助けてもらった礼と言うことで俺の方にちょっかいをかけて来ていた貴族連中の妨害工作の対処をやってくれたおかげで、随分と仕事がやりやすくなった。
「貴族の邪魔が入らなくなっただけでここまで仕事がスムーズにできるようになるとは」
ダンジョン島の屋敷、ダンジョンの入り口の上に作った役所代わりの建物はこの島を見渡せる高所に設置されている。
そこから遠目に見えるのは、ゆらゆらと揺れる青い火の玉。
そしてその火玉の近くでスーッと足を動かさず空中に盾と剣を携えて移動しているのは、夜中のスパイ活動を抑止するためにフシオ教官が貸してくれたゴーストナイトたち。
最近じゃこの街にもスパイが入り込んでいると言う情報を元に相手の動きを制限するために夜間巡回をしてくれている。
見た目は透き通っている鎧なんだけどな。
戦ってみると彼らは中々強い。
個人で戦う技能よりも集団で戦う技能に優れていて、すぐに異常が発生した場所に集結できる転移魔法を得意にしているから、一人と戦うとすぐに群がってくるから恐ろしい。
彼らのおかげで治安がさらに良くなったと言っても過言ではない。
そして怪しいスパイを何人か捕まえることもできている。
だいたいが縁故での作業員入社ということでどこかの貴族と繋がっている。
「それでも、この問題はいただけないわよ。ねぇムイル様」
「そうじゃな、ワシの方で防諜対策をしていたつもりだが、まさかイスアルの密偵が忍び込むことになったとは」
その治安向上に喜んでいる暇がないのが、出来立てほやほやのダンジョンと言うわけだ。
ケイリィと普段から忙しく走り回っているムイルさん。
我らが人王陣営の右腕と左腕が揃って問題視している現実と向き合うために俺は窓から振り返って、明るい執務室の机に置かれているテーブルにある報告書を手に取る。
「尋問の結果は?」
「吐いた言葉の信憑性が定かではないが、どうもイスアルと繋がっている貴族連中がバックについているらしいの。なかなかの技術を持っておった」
内容は、このダンジョン島の情報を調べるための物だ。
調べられたのは、島の表側の顔である市街区の方だ。
「本命はダンジョンの方か」
「正確には、ダンジョンとこの地球での繋がりと言ったところかの。人の口に戸は立てられぬ。このダンジョン島に関しても戒厳令が敷かれておるが、それでもちょっとした噂はいろんなところで立つ。それを完全になくすのは土台無理な話じゃ」
「ああ、魔王軍が別の世界と友好的な関係を作っていたら向こうからしたら面白くはないよな」
「そう言うこと、その繋がりの拠点がここってバレたのは仕方ないとして、ここまで内部に食い込んできたのは予想よりも早かったわ。はぁ、私たちのあの苦労は何なのよ」
「その苦労があったからこの程度で済んでいるんだよ」
ダンジョンの中に入れるのは本当に限られている人物だ。
その限られた人物たちも現在稼働し始めた、ポーション農場と、加工工場、そしてダンジョン内で建設中の交易施設だけだ。
それより下は完全に防衛設備に入っているから、俺を含めてそこに入れるのは片手で足りる。
「ダンジョン内に入った形跡はない。それがわかっているだけでも幸いだよ」
「そうね」
スパイはあらかじめ想定していた。
貴族関係なんてもう来ることが前提になっていた。
「だけど、予想よりも早いな。それって」
だけど、イスアル関係のスパイは想定よりも早い。
それが意味することを考えて、頭をつい掻いてしまう。
「戦争が近いってことね」
「嘆かわしい、とは言えんの。ワシらも戦争の準備をしているようなものだ。向こうの準備を否定できる立場ではないの」
スパイの活動が活発化している。
それは少しでもこっちの情報を得たいと言う意図がありありと感じさせる。
戦争の準備が終わったから、今度は攻めるための最後の情報収集と言うことか。
「はぁ、ついに来たか」
「こっちのダンジョンは完成とは言えないわよ。ダンジョンテストの到達点も予定よりも手前。海堂君たちがかなり頑張ってくれているから最初よりも良い状態に持ってこれたのは事実だけど……」
「そうだな、だが、こればっかりは読みを間違えてしまったこっちの落ち度だ。相手はこっちよりも一枚上手だった。それだけだよ」
攻められるのなら防衛しなければならない。
社長はこっちに攻め込むであろうイスアル側の防衛設備としてダンジョンを当てる気だ。
その完成度合いは満足なものとまでは行っていないのが現状。
のんびりとやりすぎだと言われるかもしれないが、これでもかなり改善されている。
初期のダンジョンと比べれば難易度は爆上がりしている上に魔力の効率も向上している。
余裕が生まれたことによって、深層部の改造に着手している将軍もいる。
その段階で向こうから攻めてくると言う兆候が見られた。
「来るとは思ってたが……」
「ワシとしても冬はないと踏んでいた。だが、このタイミングで攻めると言うことは向こうは越冬の準備もできていると言うことか」
宣戦布告がない。
向こうからしたら悪い存在を倒すだけの聖戦なのだ。
宣戦布告は人間同士がやることであって、魔王軍相手にやるものではない。
「ここからはいつ来てもいいように、気を張らないといけないのか」
「気を張りすぎて疲れたところを襲ってくるかもしれないわよ?」
「あるいはそう思わせて油断しているところを襲う算段かもしれんの」
「考えれば考えるほどドツボにはまるって言う作戦かもな」
そんな常識があるから、先制攻撃をした方が有利と言う風習がこっちには出来上がってしまっている。
「となると婿殿も軍議に呼ばれるか」
「ああ、そう言えばそんなことエヴィアに言われていたな」
戦争があるなら国として、それを迎え撃つ支度をしなければならない。
その方針を各勢力ごとにやってしまったらまとまりのない軍隊が出来上がってしまう。
大枠としての国の方針を決めるのが軍議、戦時体制でないと発令しない特殊な物だ。
俺が将軍になる前にやったとしたら天使が襲撃してきたときだろうな。
今回俺はそこに将軍として参加すると言うわけだ。
「勢力関係や、提供できる資源、その他必要な書類を集めておいた方が良いか」
「そうじゃな。こちらは戦力を出せないからの。その手の支援は約束したほうがええじゃろ」
「メインは食料関係ね。戦争になったら嫌になるくらい食料の消費が激しいのよね。こっちは地球って言う食料を輸入できるルートを確立しているから、下手なことをしなければ相応の支援になると思うわ」
そこでナニをするかと言えば戦争中での俺の役割を明白にしておくことだ。
戦力は俺を含めても他の将軍と比べればだいぶ少ない。
個人戦力だけで言えば大したものかもしれんが、逆に言えばそれだけなんだよな。
なので、出来ることを明確にするために現状のポーションの品質状況、生産可能数、輸送コスト諸々含めた資料を作る必要がある。
「そうだな、備蓄も始めよう。霧江さんと……あとはお袋にも頼って食料の調達ルートを作る。下手に他国の政府に知られないように細心の注意を払う」
「それと並行してスパイのあぶり出しじゃな。どれだけネズミが潜んでおるかわからんが、あれだけではなかろう」
「じゃぁ、私はどれだけ備蓄できるか計算するわね。予算全振りするわけにもいかないしね」
「頼む。ムイルさんもあまり無理のないように」
「あい分かった」
俺が将軍になった年に戦争が起きるのか。
まったく、人生どうなるかわからない。
俺が入ったときはテスターは戦争に参加しない契約になっていた。
だけど、どんどん関係が進むにつれて今じゃイスアルと魔王軍の戦争で主力になっている将軍になっている。
それぞれやるべきことをしっかりと決まってケイリィとムイルさんが部屋を出て行って、俺も執務室にセットされたパソコンで軍議に提出する報告書の作成に取り掛かる。
「今の俺のダンジョンの戦力……」
戦力と言えばすぐさま思い浮かぶのは、純粋に戦うための武力を思い浮かべる。
地球の現代戦は、正面から武力と武力をぶつけると言うケースはレアだと聞いたことがある。
所謂、遭遇戦と呼ばれる物だ。
戦争の大半は作戦による隠密行動からの制圧戦だと聞く。
しかし、こっちの戦争はそのレアケースの遭遇戦がメインになる。
前時代的、と言えば聞こえはいいがハッキリ言って命を削る戦争は出血を過剰に強いる行為だと思う。
ダンジョンと言う魔力があれば無尽蔵に戦力を補強できる防衛設備でも、それは強いられる。
それは何としても避けなければならないことではないだろうか。
「作戦立案って、本業じゃないんだけな」
魔王軍に入ってから日は浅いが、それでも俺もれっきとした彼らの仲間であるのだ。
やったことがないと言う理由だけで、他者の命が助からない可能性を放棄するのはどうかと思う。
「やれるだけ、やってみるか」
このダンジョンでできること、相手が持ち出してくるであろう戦力。
それらを考えて俺にできることは何かを考える。
「補給路の確保は全面的に俺が担当すべきだな。そっちの方が効率的だ。となると補給を効率的にかつ安全にできる方法を考えればいいのか……」
色々な種族が混じる中でどの陣営でも重要だと言えるのは食料や武器、そして薬品といった消耗品だ。
それらが万全でなければ命を落とす。
「そして効率よく情報を得られるように動くのがいいのか?」
さらに相手がどんな戦力か情報があればあるだけ戦力として役に立つ。
相手を知り己を知ればって言うしな。
「ただ、そのどれもが当たり前で、みんなやってることだ。それを今更強調しても戦の素人感が出るだけで終わってしまう。となれば、誰もがやったことがなく、それでいてなおかついいと思えるようなことを……」
何か、何かないか。
黙々と書類を作りながら、それと並行して戦争のことを考える。
戦争ということに関してはエヴィアに色々と学んでいる。
何なら彼女から紹介された教師に軍事的な知識を学んでいたりもする。
基礎的な部分から応用的な部分まで一通り習っているが、これはあくまで将軍として身に着けるべき基礎なのだ。
実戦で身に着けたキオ教官や、不死者になる前から身に着けているフシオ教官と比べると児戯と言ってもいいレベル。
そんな俺ができることと言えば現代で得られる知識を使った汎用性といいたい。
だけど、しっかりと現代知識を吸収している魔王軍にその手の汎用性が通用するかといえば無理だと断言できる。
なにせ地球は知識の宝庫だ。
それを見て、何もしないと言うことを魔王軍の面々がすると思うか?
答えは否、断じて否だ。
よくある現代知識無双がこの魔王軍相手には通用しないのだ。
「狙い目は常識に隠れた部分か」
しかし、全てがそうではない。
やはり生活で培ってきた部分は、どうあがいてもリセットすることはできない。
当然だと思い込んでいる部分、同じだと思い込んでいる部分。
そこが魔王軍にとってかなり大きい役割を果たせるのではないか。
「だけど、相手の情報収集に対して近代戦を持ち込んでいる魔王軍にどこまでできるかね」
それもかなり暗雲が立ち込めているけど、やれることは全力でやらなければならない。
今日の一言
もうすぐ始まると予兆を感じるときがある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!