651 休みが少なくなると気分が落ちないか?
「……あなた、どういう体力しているのよ」
「起きて目が合った時の開口一番がそれなのは恋人同士としてどうなんだ?」
スエラに始まり、メモリア、ヒミク、エヴィアと四日連続で別の女性とデートしている。
俺がやったことは世間的に見れば、八割以上の男を敵に回すような行為だけど、昨晩は一緒に夜を過ごした彼女は、薄くて軽い、されど適温を維持してくれる魔法のタオルケットで肌を隠しながらジト目で俺に文句を言ってくる。
「スエラでしょ、メモリアさんでしょ、ヒミクさん、それに昨日はエヴィア様、まぁ、エヴィア様はできないけど、特級危険物の魔剣の手入れをしたって聞いてるから、どっちにしろ魔力と体力が消費しててもおかしくはない。はっきり言って、昨日のあなたは間違いなく疲労困憊になってもおかしくはないのよ。なのに、なのに」
「うん、まぁ、昨日ケイリィは可愛かったぞ」
「ばか」
見た目では同年代か、あるいは年下に見えがちなケイリィである。
しかし、そこはダークエルフということで見た目イコール年齢ではない。
俺よりもはるかに年上な彼女は、恋人と言う関係になってからなにかと世話焼きになっている。
仕事然り、プライベート然り、夜然りと。
だから本来だったら昨夜もケイリィが主導で行くところだったが、生憎と魔力適正十まで進化した俺の肉体は生半可なことでは疲れないのだ。
彼女のステータスを上回っているので、あっさりと主導権は強奪、そこからはちょっとツンツンしているケイリィをデレデレにする作業に入ったわけだ。
「もう、妙に体の調子がいいのが腹立つわ」
「良いことなのに怒られるのは異議を申し立てたいぞ」
「文句じゃないわよ。もう、察しなさい」
今朝も俺が先に起きて、寝顔を眺めていたらぱっちりと目が合ってしまってそれから彼女の褐色の肌が少し赤くなり続けている。
「ほら、もういい時間じゃない、お風呂に入ってあなたも準備して」
「一緒に入るか?」
「入ったら、昨日の続きになっちゃうでしょ!!」
この後の予定を考えれば、ベッドにいつまでも寝転んでいる暇はない。
最終手段として、魔法で体を綺麗にすることはできるが、それでは味気ない。
日本人ならしっかりと湯船につかりたいものだ。
幸いにして、この屋敷は常時風呂に入れるように二十四時間お湯が張ってある。
しかも魔法で常時綺麗になるように設定してあるので衛生面は問題ない。
ダンジョンと言う特殊空間チート様様だな。
一応、大きい風呂と個人風呂と言う少し大きめの個人浴槽もある。
俺は個人浴槽で体を洗って服を着て、リビングでゆっくりと待つ。
女性の身支度には時間がかかる。
ここで仕事の一つでもやっているのがいい時間つぶしになるかもしれんが。
「ほら、ほら、どうだ?」
「「きゃきゃきゃ♪」」
それよりも娘たちの相手をしていた方が、家族サービスになっていいのだ。
ユキエラとサチエラはだいたい人のいるリビングにいることが多い。
ベビーベッドもあるし、ここには子供用のスペースも設置している。
スエラとヒミクがここで行動することも多いからなおのことだ。
魔力で小さな動物を形作り、ちょっとした動物園のようなものを見せて、子供たちの喜ぶ姿を見る。
隣には普段着のスエラが微笑ましそうにそれを眺めている。
「ちょっと、今日は私の時間なんだけど?」
「おっと、すまん」
「あら、ケイリィもう少しゆっくり準備してても良かったんですよ?」
「その手には乗らないわよ。ほら、子供たちが可愛いのはわかるけど、このままだと子供から離れられなくなるわよ」
そして気づいたら、呆れ顔で俺の背後にケイリィが立っていた。
腰に手を当てて仕方ないと言わんばかりの顔だ。
「ほらほら、お二人さん。そろそろお父さんとのデートの時間はおしまいよ」
「ああ!」
「あぅ?」
俺の手を取り立ち上がらせようとするケイリィに抗議するユキエラ。
父親を連れていかれると理解しているユキエラに対して、首をかしげて疑問符を上げているサチエラは今の状況を理解できていない様子。
「もう、これじゃ私が悪い女じゃない」
「お父さんを連れて行こうとする悪い女性でしょ?」
「スエラ?」
「はいはい、そんな怖い顔しないの。ほら、ユキエラ、サチエラ、お母さんと一緒にお散歩しに行きましょうか」
流石のケイリィも子供には敵わない様子で、泣かれないか不安な顔。
そこを茶化せるのは流石親友と言うことか、そして助けるのも親友と言うわけか。
魔法で興味を引いて、浮遊魔法でちょっと浮いて、舗装されていない道でもしっかりと通れるベビーカーに娘たちを乗せている。
その手際は手早く、あっという間に済ませて。
「それでは、ゆっくりと楽しんできてくださいね」
「ああ」
「私たちが出かけるよりも早く出かけたわね」
お邪魔しましたと、笑顔で部屋から出て行った。
そこに嫌味などの悪感情はなく、純粋に楽しんで来いと背中を押されたような感覚。
綺麗に立ち去って行ったスエラを見送り。
「それじゃ、俺たちも出かけるか」
「ええ♪」
俺がそっと右手を差し出すと、ケイリィは嬉しそうにそこに抱き着く。
出かけると言っても、出かける場所は限られている。
俺の管理する屋敷のエリア、ヒミクと一緒に行った地下施設、エヴィアの管理するダンジョンの特殊空間。
では、ケイリィと一緒に向かう場所はどこかと言えば。
「随分と様変わりしたな」
「ええ、急ピッチで作業を進めているから随分と町らしくなってきているわよ」
もう一つ俺が管理している太平洋側に浮かぶダンジョン。
通称、人王のダンジョンだ。
その表層部である人工島に俺とケイリィは転移でやって来た。
仕事場でデートをするのかと思われるかもしれないが、この人工島は既に居住ができる程度には施設は揃っている。
店を運営するには俺の許可が必要だけど、メモリアの実家であるトリス商会の系列にいくつかの許可を出してここに物資の運搬と一緒に店の経営を任せている。
フェリのおかげで、この島は既に魔力に満ちて軍の人たちものびのびと活動できている。
表通りは既に整備が完了。
おかげで。
「日本にこんなファンタジーな市場通りができるとはな」
「買い物客の大半は作業員だけどね。許可制であっても屋台を出せるようにしたのは正解だったわ」
昼時の時間帯、この通りは作業員たちで賑わう。
俺とケイリィはお忍びと言うことで、認識変化の魔道具で姿を変えて、その通りをゆっくりっと見ながら歩いている。
ウインドウショッピングとはちょっと違うが、やっていることは似たような物。
「食べ物だけじゃなくて、思いのほか色々な種類の服や雑貨みたいなものも売っているんだな」
「買い物って言うのはいい息抜きになるのよ。必需品だけじゃなくて娯楽品も扱った方がストレスのはけ口になるの」
「確かにな。許可は出しているが、書類と実物じゃ大きく違うな」
日本や海外の代物のなかに大陸の品が混じると中々面白い絵面になる。
有名な少年週刊誌の隣に、手書きの分厚い大陸の小説が並んでいたり。
名の売れた作り手の民族衣装の隣に、量販店のTシャツが展示されているなんて光景もある。
「これでも仮の姿なんだな」
「ええ、ここからもっと沿岸部に拡大していって整備していくの。いずれはこんな風に仮設屋台じゃなくて、しっかりとしたお店も出してね」
仕事の成果を確認するデートなんて、俺たちらしいと思う。
でも、仕事をしている感覚はない。
「あ、これ可愛いわね」
「これは、どっちの世界の物だ?」
「魔力は感じないけど、この作り方はジャイアントっぽいのよね」
普通に買い物を楽しんでいる。
この通りにいるのは社員だけではなく、社員の家族とかもいるから子供が親に手を引かれている光景も目にすることだできているから、姿を変えている俺たちも休日に買い物に出ているカップルだと思われている。
たまに昼休憩に入っている作業員から怨念の籠った視線を向けられるが、気づいていないふりをする。
「ねぇ、どっちが似合うと思う?」
「そうだな、どっちも似合うが」
こんなお約束のやり取りをしつつ、ケイリィが手に取ったのは手作りのスカーフだ。
それぞれ丁寧に刺繍がされていて手が込んでいるなと思うような一品。
いくつかのスカーフを何回か首元に当てていて、その中から気に入った物を選んでほしいと来たか。
「左の薄緑色の奴だな」
「へぇ、じゃぁこっちにしよう」
「店員さん、支払いはこれで」
「あいよ!兄ちゃんいい買い物したね!!」
そこで役に立ったのが、店員さんのアイコンタクト。
割合的に俺も一緒に選んでいたグレーのスカーフよりも、緑かなと思ってはいたが、それでも確信はなかった。
なのでそっちとちらっとアイコンタクトしてくれた店員には感謝する。
金を受け取っている相手が将軍だと知ったらどういう反応をするだろうかと思いつつ、新しく買ったスカーフを首に巻き、ご機嫌な笑顔を見せてくれる彼女とゆっくりと進歩していく街並みを眺めていく。
「治安維持も問題なさそうだな」
「ええ、今はこの街に入れるのはしっかりと選定してあるから変な輩が混じる心配はないわね。外部との接触も最低限にしてあるから」
「その分娯楽には力を入れないとな、接触にも許可がいるからこそ行動範囲の制限がかかってしまう」
「映画館やショッピングモールとか、他に飲食に酒場、ストレスのはけ口って言うのはいくらあってもいいわね。陳情で、ちょっとあれな方向の意見がちらほらと出始めているのはどうしようもないわね」
「ああ、あっちか。あっちに関してはスパイが入り込む可能性と治安やら衛生方面で許可が出しにくいんだよな」
区画整理をしているから、スラムとかが発生する心配は今のところはない。
不法住居者もいないし、ここに滞在している人たちは全て住民登録が済んでいる人々だ。
よって治安も憲兵によって維持されている。
この島自体が俺の領地だが、いずれここにスパイが入り込む可能性があるわけで。
「それでいいと思うわよ。必要だとは思うけど、欲に身を任せて変なのを引き込んだら目も当てられないわ」
その一番入り込みやすい、ピンク産業はトリス商会の紹介状があってもストップをかけている。
女性であるケイリィもそこら辺に対して理解はあるが、積極的に取り入れるようなことはしない。
「それより、この前私が出した書類で通したお店がこの先にあるのよ。茶葉農家と直接取引しているトリス商会がスポンサーになっているの」
「普段はコーヒーばかりだからな。紅茶とか新鮮だな」
しかし、そんな仕事の話ばかりしていたらせっかくのデートが台無しになる。
休暇も明日が最後だ。
ケイリィと二人でデートする機会もこれから中々取れなくなる。
手を引く彼女に連れられるがまま、行きたいと言うお店に向かう。
「そうでしょ?普段コーヒーメーカーで淹れてるのも悪くはないんでしょうけど、やっぱりプロが淹れた奴の方が美味しいに決まってるじゃない」
「そうだろうな」
本当に楽しみにしているのがわかる。
ニカッと明るい笑みは、プライベートでしか出さない彼女の顔。
こんな彼女との一時を仕事の話で潰すのはもったいない。
「そこのおすすめはあるのか?」
「色々あるわよ、例えばね」
彼女とのつながりは始まったばかり、ここからさらに続くのだから少しでもいい思い出を作ろう。
今日の一言
もうすぐ休みが終わる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!