650 仕事を完全に忘れるのは難しいが、時々は忘れたい
「しかし、この忙しい時によく遊べるな」
「はははは、今一緒にいるエヴィアがそれを言うか?」
スエラ、メモリア、ヒミクと連休を利用してのデートを続けている俺に向かって、魔王軍が色々と忙しい時期に家族サービスをしているのは非常に申し訳なく感じるけど、この後ヴァルスさんの力を使ってでも挽回するから勘弁してくれ。
「まぁ、それもそうだな。それに貴様はこの休日のために仕事も前倒しで終わらせている。それに良く働く方だ。今は魔王様が樹王に働かされているから運営自体は問題ないだろう」
妊婦のエヴィアは最近ではデスクワークがメインになっている。
だからか、体を動かすことを求めている雰囲気がある。
適度な運動は妊婦にはいいとされるが、この超人的な身体能力を持っている俺たちで適度な運動は間違いなく胎児には悪い影響しか及ぼさない。
エヴィアとデートの時は何をするか一番悩んだ。
グルメツアーは過食が怖く、夜更かしは体調不良に繋がり、スポーツ関連も過度なものはダメ。
色々と制限されることが多い。
そして何より、今の俺たちはだいぶ忙しい時期を過ごしている。
仕事に関して、気になるとデートに集中できなかったりもする。
立場ある人間が揃ってデートをするなんて中々すごいことをしていると思う。
だけど、連休を過ごしている俺と違ってエヴィアはそろそろ休暇を取ってもいいのではと思われるくらいに働いている。
そんなエヴィアにどんなデートをするかと考えていたら、彼女から二人でしたいことがあると言われ、動きやすく汚れてもいい格好で待っていてくれと頼まれて、何をするんだと思いつつ、一緒にベッドで寝て、次の日は少し早めに起きて、余裕のある作業着に着替えて移動して今に至る。
「ここは?」
「私のダンジョンの宝物庫だ。と言ってもほぼ私の私物を置くだけの空間になっている。最近何かと忙しいからな、タッテでは手入れの出来ない物もある上に、今の私は子供を身ごもっている何らかの影響が胎児に出てしまったら敵わん」
そこはまるで美術館と言わんばかりに、綺麗に展示された刀剣類や鎧がずらりと並んでいる。
鎧の大きさが、統一されているのはエヴィアが装備する武具がここに集結しているからだろう。
「と言うことは……俺は今日、ここで片付けの手伝いをすればいいのか?」
「ああ、お前なら魔剣も触っても平気だろう。それに武器の手入れも慣れているからな」
そっと、エヴィアに差し出された旅行ケースのようなトランクを受け取って中を開いてみると俺でも知っているような手入れ道具が入っている。
掃除デートとでも言えばいいのか。
エヴィアの側には、メイド服のタッテさんが立っているから二人っきりと言うわけではない。
けれど出来るだけ存在感を消すように気配を薄めている彼女は気を逸らしたら見失いそうだ。
「申し訳ありません、魔剣の中には私では手入れができないエヴィア様の主力武器が数点ございまして、その魔剣は手入れを怠るとすぐに機嫌を損ねる物でして」
「鉱樹みたいな武器ってことか?」
だけど今だけはその希薄さを解除して普通の状態で頭を下げている。
俺は気にしないと、手を振ってからエヴィアに、その魔剣はどういう物かと聞く。
「ああ、そう言う認識で構わん。武器の中でも長い時間を隔てて意識を持ったタイプの魔剣だ。そう言うのは頑固だが一度屈服させればなかなか強力な武器になる。前に熾天使を串刺しにして血を吸わせたから大丈夫だと思っていたが、その魔力に味を占めたらしい。随分と舌が肥えてわがままになった。ここで一つ躾けなおそうと思ったのだが、妊娠してしまったからな」
魔剣と言うのは色々と癖が強いというのは知っているけど、ここで意識を持った剣が来たか。
鉱樹以外に意識を持った武器を見たことはなかった。
だけど教官や社長は鉱樹が意識を持っていることに対してさほど驚いているようには見えなかった。
感心はしていたけど、逆に言えば物珍しい程度の感想だった。
それはすなわち、鉱樹以外に意識を持った武器は存在すると言うこと、さすがに神剣は例外であるが、もしかしたら変身能力をもった武器も存在するかもしれない。
「OK、エヴィアが困っているなら手伝うのは問題ない」
「ああ、正直に言えばお前がいてくれて良かったと思う」
「はい、私としてもエヴィア様の伴侶があなたで良かったと思います」
「なんか、照れるな」
それもちょっと楽しみだなと思いつつ、宝物庫の手前の方はタッテさんでも手入れの出来る魔剣類らしく、危険な魔剣はさらに奥にあるとのこと。
移動しながら彼女たちの感謝を受け取ると、照れくさくなり頭を掻いてしまう。
「もし、エヴィア様以外に伴侶の方がいなかったら私は側室に名乗りを上げていたかもしれませんね。あなたと言う方は是非ともノーディス家で囲いたいと思っていますから」
「ははは、お世辞でも嬉しいですよ」
冗談だよな。
ちょっと、視線が本気な雰囲気があるけど、冗談だよな?
エヴィアに視線を送ってみるが、彼女は肩をすくめてさてなと疑問への答えをくれず、タッテさんを嗜めることすらしない。
「お世辞ではありませんよ?」
「ははは、今はその手の話はお腹いっぱいなので、聞かなかったことにしておきます」
「そうですか、ではお腹が空いたときには最初にお声がけをしていただくと言うことで手を打ちましょう」
むしろ黙認しているかのような雰囲気すら醸し出している。
タッテさんとエヴィアの仲は主従にしては随分と距離感が近い。
エヴィアにしてみれば、タッテさんならいいかという判断になっているのかもしれんが、流石にエヴィアとのデート中にこれ以上の話題はなしだ。
「ええ、お腹が空いたら」
「はい、待っていますね」
どうにか終わらせられた。
だけど、なぜだろう。
外堀を埋められた感が拭えない。
日本人の遠回しの言い方は、こっちの世界の貴族連中にとってはYesと捉えられる可能性があると言われているから嫌なら可能性を残すなと言われている。
だけど、タッテさんとの関係を悪化させたくない身としてはこの返答が精一杯だったりする。
「タッテ」
困った俺に、エヴィアは珍しく少し困り顔をしながら助け舟を出すようにタッテさんを呼ぶ。
「はい、何でしょうお嬢様」
「私の子供が男だったら、次郎がもらってくれなくてもそっちの側室になればいい」
「「えっ」」
それってありなのか?
流石、貴族。生まれる前から婚約者を作ると言う発想。
一般人の俺には思いつかない思考だ。
俺の驚きの声と、タッテさんの驚きの声はきっと違う意味だ。
俺は純粋に驚き、タッテさんはいいのですか?という確認だろう。
「私としても、子供の側に信頼できる存在がいるのは助かるからな。悪魔ならこの程度の歳の差は誤差だ」
「誤差なんだ」
「ええ、誤差ですわ」
一瞬脳裏にショタコンと言うワードが思い浮かんでしまって、つい確認してしまうが母親のエヴィアが認めてしまっては、常識的には問題ないと言うことに俺はもうこれ以上は何も言うまいと思う。
タッテさんがどこかしら致命的な問題があるのなら話は別だが、俺の常識にない婚約話以外の点に関して言えば特にないのだ。
容姿端麗、性格も少しからかい癖はあるけど相手を立てることができるほど包容力がある。
戦闘能力に関してはそこまで高そうではないけど、家事全般が得意で家庭的。
もし仮に幼少のころから側仕えでいたら、初恋は彼女になるのではと思うくらいにいい女性だ。
「まぁ、将来の話だ。まだ男か女かもわからん。女が生まれたのなら世話係になってもらうが」
そんなタッテさんとエヴィアの会話は本当に距離感が近いなと思う。
「ついたぞ」
「ついたって、え、これ何か封印しているのか?」
そんな俺とエヴィアの子供の将来に大きく影響しそうな会話をしている間に目的地に着いた。
俺はてっきり台座か何かに保管されているのかと思っていたのだが、置いてあるのは棺。
しかも鎖で雁字搦めに封印され、その棺の周りはロゼッタストーンみたいに文字がぎっしりと書かれて、そこから魔力の波動が出ている。
地面にはしっかりと魔法陣が書かれていて、それは結界を内側に向けて張ると言う特殊なタイプの奴。
「ああ、私の切り札の魔剣の一本を封印している」
「……」
封印と言う言葉を否定せず、切り札と言うくらいに強力な魔剣がこの棺の中に入っていると言うことか。
「俺、持って大丈夫なのか?」
「気をしっかり持て、そして障壁は解除するな、手入れするだけならそれを気を付けていれば問題はない。迂闊に素手で触るな。私でも特殊な鎧と魔力障壁の二重保護をしなければ魂に影響が出る」
「どんだけ強力なんだよ」
「なに、効果はいたってシンプルだ。すべてを切る。それだけだ。ただ対象が物理的にも魂的にも概念的にも無差別に切り裂く代物だ。加減を間違えれば空間をも切り裂く、神に恨みを持った過去のジャイアントの将軍が自身の命と魂をかけて打ち抜いた一品だ。所謂、神を殺すための魔剣だ。その怨念と代価が非常に重い一品で私に出会うまではそれ専用の神殿が用意されて封印していた」
「そんな物騒な物よく壊されなかったな。相手側からすれば危険極まりない武器だろ?」
説明内容が、まずデートで聞くような内容じゃないんだよな。
聞く限り封印を解くことすら躊躇うような一品。
「この魔剣自体が不壊の概念を付与されている。当時、魔力適正が九という高魔力適正の将軍の魂を賭けて造り上げた概念だそう簡単には剥がれん。加えて、近づく存在全てに代償を強いるタイプの無差別の魔剣だ。並の存在どころか名の売れた実力者であっても影響を受けて発狂する」
「……ちなみに、代償は?」
「極限の戦意向上、神への怨恨付与、魂の消費、そして尽きるまで魔力の吸収の四点だ。神を殺すために戦うことしか考えられなくなる。興奮し続け、神への恨みを植え付けられ、肉体も魂も魔力もすべてを燃焼させる。不退転の魔剣」
生み出された理由自体も決して好意的とは捉えられない代物。
性能自体がシンプルが故に、防ぐことが難しい。
代償の重さが言葉では軽く言っているように聞こえるが、個人で神を殺すことを前提にしている魔剣ならそのヤバさは計り知れない。
「エヴィア」
「ん」
「あら」
それを使って来たと言うエヴィアを俺は、振り返って抱きしめた。
「出来れば、もう二度と使わないで欲しい。他の魔剣も」
ここに保管していると言うことは、いざとなれば使うと言うこと。
国の危険、ましてや社長に危機が迫ったら彼女は迷わず、最強格の魔剣を使うだろう。
その代償を恐れず、自身の命を天秤にすら掛けない。
これはわがままだ。
彼女の意思を無視した男のエゴ。
「馬鹿者、常に心配をかけている男の言う言葉か。それにもし仮に次郎に危機が迫っている時は、私は迷わず使うに決まっている。そして無事に敵をなぎ倒しお前の元に私は戻ってくる。私は、心配されるよりも信じられる方が好きだ」
そのエゴを笑って然り抱きしめることで俺に安心感を与えるのがエヴィアと言う女性。
「私を信じろ、お前は私が惚れた男だろう?」
「それを言われたら、敵わないな」
なんと頼もしい言葉を言う女性だろうか。
こんな女性が、これから爆弾処理をさせるような作業を指示して、そしてそのご褒美だと言って自室で膝枕をしながら耳かきをしてくれるんだ。
信じられるか?
今日の一言
惚れなおすってこういうことを言うんだな
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!