648 仕事ではない夜更かしは何と魅力的か
「さぁ、私の時間です。構ってください」
「いや、うん、まぁ構うけど、何でそんな前のめりなんだ?」
スエラとのんびり湖畔デートを過ごした後、夕方になり屋敷に帰って夕食を皆で食べた後に待っていたと言わんばかりにメモリアが俺に突撃してきた。
鼻息荒く、ジッと俺を見る。
まるで新作のゲームを待っていた子供のような興奮ぶりだ。
「つべこべ言わず、ここに座ってください」
「つべこべって、良いけど何をするか聞いていないんだが……」
その興奮っぷりの理由を聞いてみたが、答えてもらえず、代わりにポンポンとソファーを叩かれ俺はそのまま言われた通り座ると、俺の座った膝の上にメモリアが潜り込んできてそして俺の手をメモリアのお腹の付近に回してきた。
「では、失礼します」
「お、そう言う趣旨か」
「ええ、他の方々にはできないです」
「出来なくはないが、ここまでぴったりってわけではないな」
小柄なメモリアだからこそ、ちょうど俺の腕の中にすっぽりと収まるフィット感を味わうことができる。
しかし子供っぽいと言うことはない。
口元だけ浮かべる笑みと流し目、この二つが組み合わせると少女の容姿から感じてはいけないような大人の色気を彼女は醸し出す。
アンバランスな色気が逆にグッとくる。
細い体、だけどしっかりと女性らしい柔らかさも存在する。
それを実感させる風呂上がりの彼女のシャンプーの香り。
理性が彼女のしたいことを優先せず俺の野生を開放してなるものかと封印してくれるから冷静でいられる。
「ふふ、今日は寝かしませんよ」
「そう言いつつ何を準備しているんだ?」
「映画と言えばポップコーンです。ヒミクに頼んで用意してもらいました」
目の前には、ちょっとした夢で買ってしまった大型テレビ、それで何を見るのかと思っていたがまさかの映画鑑賞。
いや、家デートで言えばお約束なのか?
浮遊魔法で飲み物とポップコーンを用意する辺り長期戦を想定している布陣。
クッションもかなり上等なものを用意している。
ちょっと職場の椅子にも欲しいなとそのクッションの感触を楽しみつつ、浮遊魔法で運ばれている物体を受け取る。
バケツカップに入ったポップコーンを食べるのはいつ以来か。
「映画なんて、いつ振りだ?」
そもそも映画を見ること自体がかなり久しぶりに感じる。
最後に見た映画は、何だったかと思い返せばエヴィアと見たファンタジー恋愛映画だったと思い出すことができた。
その前は何だったかと思い返せないほど忙しい日々を送っている自分に苦笑せざるを得ない。
少なくとも映画館には最近は行っていないのは確かだ。
どういう原理かはわからないが、この屋敷にもネット回線は引かれている。
なのでサブスク関連もしっかりと契約していたりする。
「そんな次郎さんには私がお勧めする映画特集ですよ」
「ほぉ、それは気になるな」
だけど、それを見るのは家にいることの多い面々だ。
具体的に言えばヒミクだ。
彼女は色々なドラマやアニメなどを見ているらしく、皆で食事をしている時とかに色々教えてくれる。
なので、メモリアがこうやって家で映画鑑賞と言う流れを持ってくるのは正直意外だった。
思えばメモリアと二人っきりで映画なんて初めてではないだろうか?
どんな映画をお勧めで持ってくるのかと思えば。
「おい」
「夜ですし、ちょうどいいのでは?」
「俺が魔王軍に所属していること忘れていないか?」
リモコンを操作して最初に出してきたのは、某有名な和製ホラー映画だ。
井戸から女性が這い出てくることで有名なあれだ。
「いえ、冷静に考えてこれを見て私たちは怖がれるのかと疑問に思いまして」
「知的好奇心で見るような作品じゃねぇと俺は思うんだけどな」
ゾンビにスケルトン、さらにはゴーストと、フシオ教官の軍勢にはホラー映画に出てきそうなラインナップは一通り揃っている。
もちろん俺もそれらと戦ったことがある。
結論から先に言えば、気配も察知できるので普通に倒せる。
そんな理論で考えると。
「おお、こういう展開なのか」
「なるほど、地球のゴーストはこのような形で具現化するのですね」
驚くことはあっても怖いとは思わなかった。
仮にこの存在と戦うことになって負けるとしたらどういう状況なのかと想像して見るがイメージ出来ず、言っては何だけど魔力がすっからかん一歩手前でも素手で勝てそうな気がする。
そもそも吸血鬼のメモリアがホラー映画を見ると言うのも面白かった。
どちらかと言うと映画に出演する側だろと。
「結論から言うと、面白かったですね」
そんな彼女がエンドロールを見ながらホラー映画の感想を言っている。
終始、じーと見ていたわけではなく定期的にポップコーンを頬張りつつ、飲み物も飲んで映画の感想を口ずさみながら見ていたにしては平凡な感想だ。
「だな」
かく言う俺も似たような感想だ。
命のかかっている戦いを経験している所為で怖さは半減しているけど、元来の作り込み具合から面白さはわかった。
「ちなみに、ああいう風に呪いのビデオって作れたりするのか?」
「いくつか道具を用意する必要がありますが、可能と言えば可能ですね。ですが完全再現することは難しいので模倣品と言った感じになりますが」
「模倣品か、どこまで再現できるんだ?」
「画面からゴーストを飛び出させるくらいですかね。問題はどこまでも追い続けることができるほどの怨念を宿したゴーストは無差別に他者を襲うことはできますが、もう一度封印されているビデオには戻らないということですね。そう言った類のゴーストは自意識が崩壊していることが多いので、捕獲する際に戦闘になるケースがほとんどです。その際に大体討伐されますから。順調にビデオに封印したとしても、ああいった映像を固定化するのは難しいですね。精々がゴーストを封印して映像を見た時に解除する術式にするのが関の山で、完全な消耗品です」
そしてその面白さに感化されて、つい魔法で再現はできるのかと聞いてみるとメモリアはしばし考えた後に可能だと答えた。
それは映画で見たようなビデオではないが似たようなことは出来る代物だ。
ある意味兵器としては凄い代物ではないかと思ってしまう。
「では、次はこれです」
「ホラーの次はサメ映画か」
「はい、今日は怖いモノシリーズで固めてみました」
和製ホラーの呪いは再現できると実感したあとに、これまたお約束の映画が出て来たな。
メガロドンを題材にした映画。
広告で気になってはいたが見たことはなかった。
「見る前に聞いておくが、大陸にいるのか巨大ザメ」
「私は知りませんね、もしかしたら探せばいるかもしれませんね。ただ、大きいサメ程度じゃ水竜の餌にしかならないかと」
「世知辛い」
現実には起こりえないような映画の内容に、今の現実を当てはめてみると現実の方が非現実的なことをしていることにぶち当たるのは何故だろう。
本当だったら巨大なサメが船に襲いかかっている段階である程度の怖さを感じるはずなのに、水中戦は苦手だなと思う程度で収まってしまっている。
映画が進む連れに、感情移入をするはずなのに、ここで俺はこうするなんて主人公たちの立ち位置に自分を置き換えると言うまた別の方法で楽しむ自分がいた。
なんだろう、映画の楽しみ方がだいぶ変わってしまっているような気がするな。
だけど、これはこれで有りだな。
メモリアを抱き締めながら、ポップコーンを口に頬張り、ジッと映画を見るだけの時間。
見ている内容は普通に名作ばかりな上に、徹夜が平気になった俺の肉体に夜型の吸血鬼のメモリアの組み合わせだと、延々と映画を見続けられてしまう。
「今度は、これです」
映画も次で三本目。
夜中も夜中、日付は変わった。
次にメモリアが示した映画は何かとタイトルを見る。
「次はゾンビか」
これまた有名どころを持ってきたな。
ゾンビウイルスでゾンビが蔓延する系統の映画はいずれ来ると思っていたが、もうすでに見る気満々のメモリアを止める間もなくその映画は流される。
お約束の展開でどんどん仲間が減り、代わりに脱出するための手段が用意されていく展開。
「次郎さんなら正面から突破しますか?」
「数によるし、ゾンビの種類も気になる点だな。鉱樹があることが前提なら正面突破一択だ。魔力も万全とすれば悩む必要もないな。いっそのこと天照か燃費を考えて加具土命あたりを発動させてゾンビをまとめて焼却するのも後のことを考えるといいかもな」
「ゾンビを殲滅するのは禍根を残さないと言う意味ではいいかもしれません。次郎さんなら多少噛まれてもウイルス感染はしないでしょうし」
「何でだよ?流石に俺も細菌とかは対処の仕様がないだろう」
「免疫能力最強の竜種の血が流れている段階でその手のウイルスは効かないのでは?」
「あ」
その過程を見て、もうすぐ主人公が脱出と言う段階でウイルスの説明がされて真の黒幕が暴かれるみたいな展開が流れている最中の会話ではない。
そもそもの話、ゾンビ相手ならフシオ教官を連れて行ければ完勝間違いなし。
あの人ならあっさりとゾンビを支配下に置いて、統率して見せるような気がする。
そこからは凱旋するかのように一人で優雅に歩いて見せそう。
俺だとメモリアに言った通り、物理で殲滅するしかない。
炎熱系の装威魔法を纏いながら鉱樹にも炎熱系の魔法を付与すれば細菌系統は防げるはずだ。
魔力障壁を張り続ければ飛沫感染も防げる。
「そう言えばそうだな」
何より、竜の耐性が高すぎるから、そもそもゾンビウイルスが繁殖するかどうかもわからない。
映画を見た後の感想じゃねえなと思いつつも、その感想のやり取りを楽しんでいたりする。
「ちなみに、メモリアならこのゾンビ空間をどうやって対処する?」
「そもそも吸血鬼の私に彼らが反応するかと疑問があります。視覚で反応しているような描写があるので、見た目は人間に見える私ですが見ての通り肌は色白通り越して少し青白いです。顔色の悪い人間と判断できるなら襲ってくるかもしれませんが生気を感じにくい存在ではあります。なのでそもそも襲われないと言う可能性があります。もしかしたら何も対処せずに普通に歩いてゾンビの脇を通れるかもしれません」
「そんな可能性もあったか」
「まぁ、仮に襲われたとしても私なら影に潜ってやり過ごしますね。無駄に戦う必要性はありませんし、私は商人なので次郎さんみたいな殲滅能力はありませんよ」
「勝てないとは言わないんだな」
「仮にも長寿の種族です、理性を失ってただ暴れるだけのゾンビに負ける道理はありません」
「ごもっとも」
もしこの映画の世界に入り込んだらどうするか、そんなとりとめない話題を真剣に考える。
夜中のテンションも相まって、俺もメモリアも楽しんでいる。
こんな風にバカみたいな話をするのも楽しい。
「さて、次は」
そしてゾンビ映画のエンディングが流れもう結末を見たメモリアはリモコンで電源を切ってしまう。
呪い系のホラー映画、サメ系パニック映画、そしてゾンビアクション映画ときて次に来るのは何かと頭の中で予想する
「程よく危機感を刺激して生存本能が活発化したと思うので寝室に行きましょうか」
のだが、その予想は大きく外れうっとりといきなり女性の顔を見せるメモリアによって俺は彼女をお姫様抱っこで寝室に誘うことになった。
今日の一言
楽しい夜更かしは時間を忘れる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!