647 たまには仕事を忘れて
「ん?」
ふと目覚めてしまったが、まだ朝ではない。
体内時計が、まだ深夜であることを知らせてくるが、なぜかその時間に起きてしまった。
激務を続けていた日常を終えて、明日は久しぶりの休みだと言うのになぜ目覚めたのか。
「すぅ」
その理由として一緒に寝ているスエラが起きたかと思ったが、そう言うわけでもない。
何をしたかわかりやすい、互いに一切何も身に着けていない恰好。
明日が休みだから少しはしゃぎすぎて体も疲れていたはず、なのに目が覚めてしまった。
何でだ?
殺気や悪意と言った外的要因があったわけじゃない。
地震の兆候でもあったかと思ったが揺れている様子はない。
ん、本当に謎だ。
いきなりスッと意識が覚醒し、そしてなぜか眠気が一気に晴れてしまった。
眠ろうと思えば眠ることは出来る。
だけど、眠るのは違う気がする。
何という矛盾か。
俺の腕を枕にしているスエラを起こさないように視線だけで周りを見るだけじゃ、俺の寝室が見えるだけだ。
「ん。どうかしましたか?」
そんなことをしていると、俺が起きているのに気づいたスエラが、うっすらと瞼を開けて俺を見る。
少し寝ボケ声なのが可愛くて、頭を撫でる。
「いや、ちょっと目が覚めただけだ」
「そうですか、だったら、私も少し起きます」
「いや、別に無理して起きる必要はないぞ?」
「いいじゃないですか、あなたと一緒にいられる時間は貴重ですから」
段々と目が覚めて来たスエラは、久しぶりに俺が一緒に居られることを喜んでくれている。
「明日、というか今日か。デートなんだから寝ておいて体調を整えておいた方がいいと思うぞ」
「私もあなたもちょっとやそっとの寝不足くらいじゃ体調は崩しませんよ」
できるだけ、隙間時間を面倒くさがらず家に帰って一緒に居られるようにはしているが、時間制限がある時の触れ合いは何かと忙しない。
ゆっくりと時間がある時のような触れ合いの仕方はできない。
こうやって抱きしめ合って、互いのぬくもりを味わい合う。
言葉も交わさず、それだけに集中するのは一種の贅沢と言っていい。
深夜の時間に彼女を抱きしめるだけの行為に幸福を感じる。
スエラは俺の左胸に顔近づけ、心音を聞いている。
「それもそうか……昔じゃ考えられないくらいに俺もタフになったものだ」
「ふふ、本当ですね。ですけど、昔と言うほど時間は経っていませんよ」
「俺からしたらこの会社に入ってからの時間が濃すぎるんだよ。おかげで生きて来た人生の中でも一番早く過ぎ去ってしまうほど色々なことがあった時間だよ」
長寿であるダークエルフのスエラからしたら本当に昨日今日の時間しか経っていないような口ぶりだ。
だけど、色々と人間を止めて寿命を克服しているが元人間である俺はまだ、一年と言う時間は長く感じる。
彼女との時の流れが一致するころには、もしかしたら、昔と言う言葉は数十年単位でようやく使い始めるような感覚になっているだろうか。
朝日が昇るよりも先の時間の真夜中。
ユキエラとサチエラも今夜ばかりは、夫婦の仲を深めたいと言うことでヒミクとメモリアが一緒に見てくれている。
すでに彼女たちも娘たちからすれば母親なような存在になっているようで、度々こうやって二人きりの時間を過ごさせてくれる。
「あいた」
「今は私の時間ですよ、彼女たちであっても他の女の人のことはダメです」
「はい、すみません」
ギュッと頬が細い指でつねられる。
女の勘と言うのは鋭い、ちょっとした感謝であっても二人っきりの時は余計なことは考えない方が吉だ。
少しでもご機嫌を取るために、スエラを抱き寄せ俺の腕の中に納める。
「はい、反省してください」
このまま眠りに落ちそうな雰囲気だけど、なぜか体はどんどん目覚めの方向に持っていきそうになる。
「すまん、本当だったら今日の休暇で外に連れ出してやりたかったんだが」
「将軍になったあなたがそう簡単に外に出れないのは重々承知してますよ」
「前行った祭りとか行こうと思ったんだけど、ケイリィに全力で申請を却下されてなぁ」
「私でも同じことをしますよ、あなたの身はもうあなた一人のモノではないんです。私たち家族を支える大黒柱であり、いまでは魔王軍を支える大きな柱でもあるんです。そんなあなたに万が一があったらと考えたら、仕方ないって思いますよ」
「絶対二人で祭りに行けるようにするからな。最終手段、俺の領地で祭りを開く」
「ふふ、私とのデートのためだけにですか?」
「そうだな、スエラとのデートのためだけに祭りをやるのもいいかもしれんな。幸いにして今の俺にはその権力がある」
早く寝よう、早く寝ようという理性はあっても、夜中にこっそりと起きて二人っきりで話す。
そのちょっといけないことをしている感覚が、脳の覚醒を促して、出来なさそうでできてしまう想像を語らせる。
今日の俺の舌はいつもよりも脂がのっているようで、ツラツラと言葉が出てくる。
「そうだなぁ、社員の慰安と言うことでイベントを企画して視察と称して俺とスエラも祭りに繰り出す。初日だけは身内だけの祭りにしてやれば俺が入り込んでも問題ないだろう」
「それは、楽しそうですね。あの時も本当に楽しかった」
「俺もだ。あの時のことは今でもしっかりと思い出せる。スエラとまさか祭りに出かけられるとはって驚いて、それで、どんなことしようかって年甲斐もなくはしゃいでいたよ」
吐息が聞こえてきそうなほど顔と顔を寄せ合い、そして修学旅行の夜中のようなテンションでワクワクとした気持ちが湧き出てくる。
「今じゃ、それもそう簡単にできない地位に来ちゃったけどな。要人御用達の観光施設じゃないと迂闊に遊ぶこともできない。偉くなったら偉くなったで不便だよ」
「そういうモノですよ。でも、今の生活も楽しいと私は思いますよ。次郎さんがいて、ユキエラとサチエラがいて、メモリアやヒミク、エヴィア様にケイリィ、家族が増えて、毎日が輝いていますよ」
「こら、俺にダメって言っておいて、スエラが他の女の話をするんじゃありません」
こつんと優しくおでこをくっつけ合うと、彼女はクスクスと笑って謝ってくれる。
「はい、すみません」
「よろしい」
俺もそれにつられてつい笑ってしまう。
そしてわずかに訪れる沈黙。
「「……」」
そこから自然と触れ合う唇。
チュッと触れ合うだけのキスを俺たちは愛おしく思う。
なんだそれはと思うかもしれないが、命のやり取りが多い今の立場だと本当に他者との触れ合い、特に子孫繁栄本能がかなり刺激されてしまう。
「次郎さん」
「スエラ」
だからこそ、さっきまで高校生の修学旅行的なノリが一気に勢いを増して男と女の関係になってしまうのも仕方ない。
寝る前もやったが、そう言う気分になったのだから仕方ない。
この時間にやると朝寝坊は確定だなと思いつつ、今度は互いに深くつながるようなキスをするのであった。
「昨晩はお楽しみのようでしたね」
「いやぁ、ははははは」
「今日は私の番ですので」
「む、少しフライングではないのか?」
おかげで、夫婦の営みを終えた後に寝てしまったら当然起きるのも遅くなる。
お昼前に寝室から二人そろって出て来たのを出迎えたのは、ユキエラにミルクを与えながらジト目で俺を見るメモリアと、スエラの開き直った笑顔にサチエラにミルクを与えながら異議を申し立てるヒミクであった。
「いいんです。最近あなたたちとケイリィに優先権を回し続けたんですから私だって久しぶりなんですよ」
しかし、子供ができたことによってこういう男女の時間と言うのはスエラにとっても久しぶりで俺の腕に抱き着いて独占権を主張する。
「そうですね、否定はできません。ですが今晩は私なので交代の遅延だけは許しません。そこら辺は留意しておいてください」
「うむ、家族間協定は絶対厳守だ」
その独占権は時間制なので、あまりのんびりとしてはいられない。
と言っても俺の立場上、出かけるにしても許可がいる。
社外に出ることはまず不可能。
しかし俺とスエラの格好は私服に着替えている。
まるでこれから出かけますと言った具合の格好だ。
であればどこに行くかという話になる。
地下施設に行くのもいいが。
「やはりここは広いですね」
一応、自分の屋敷を立てているエヴィアからもらったダンジョン内の土地は普通に広いのだ。
それこそ、ヒミクに頼んで作ってもらっていたお弁当を持てばピクニックができる程度には。
「天候も自由自在だからな、エアコンいらずで快適な空間って言葉も裸足で逃げるほどの利便性」
ダークエルフの性なのか、スエラはデートと言うと自然の中を歩くことを望むことが多い。
ダンジョンの環境変化によって生み出された人工的な自然であるけど、逆に手入れが簡単で自分の好きな庭を作り出せる。
冗談を言いながら、右手には弁当を持って左手はスエラの右手と繋がっている。
ゆっくりと好みで調整した遊歩道をあるく。
程よく日差しを遮ってくれる林道、その先には湖が見える。
「ダークエルフのスエラにとっては邪道かもしれんがな」
「そんなことはないですよ、これも一つの自然ですから。人の手が入っているとしても人もまた自然の一部。その自然が作り出した景色なんですから」
そよ風すらも人の手が入っているんだが、それもいいと言ってくれる。
風でなびく髪を抑えながら笑う彼女は相変わらず綺麗だと思える。
「そう言う考え方もできるな」
人工物と聞くと自然とは何の所縁もない物だと思うかもしれないが、根源的に見れば人間も自然の一部と捉えることはできる。
拡大解釈だと言われるかもしれないけど、俺的にスエラの考えの方が好きだ。
なんかいいなと時々歩く遊歩道にさらに愛着がわく。
「それに、ほらあそこ」
「ああ」
その遊歩道の先にある、小高い丘にあるコテージを彼女は指さしている。
森と湖を一望できる絶好の立地。
屋敷と大きさを比べたら雲泥の差だけど。
「手作りで作れるのも悪くはないですよ?」
「あの時は本当に四苦八苦しながら作ったよな」
ウッドデッキが備わっているコテージは何と、俺とスエラで作っている別荘だ。
元々森の一族であるスエラは建築の知識もあった。
実際に作ったことは数回しかないしブランクもあった。
魔法を使えばあっという間に作れるんだけど、それでは味気ない、俺と一緒に何か思い出を作りたいと、それならと遊歩道を歩いた先の小高い丘に、休憩所として作ったのだ。
ちなみにまだ建築途中で、加工中の木材がコテージの脇に重なっていたりする。
「鉱樹を工具にする日が来るとは思わなかった」
「あっという間に加工していきましたね。それも一ミリも誤差がないんですから」
「鍛えてますから」
そのコテージはもしかしたら俺が将軍にならなかったら、スエラだけと付き合っていたら、そんなもしもを感じさせる代物だった。
俺がどや顔を披露すると笑ってくれる彼女、忙しくてもこういう時間だけは決してなくしたくないと思わせるのはこのやり取りがあるからだ。
「ただスエラもそうだろう?俺が作ったパーツを片手で持ち上げて設計図片手に組み立ててたじゃん」
「鍛えてますから」
将来は子供と一緒に遊べる場所として、そんな意味を込めて隙間時間でのDIYが割と面白くなったこのコテージ。そのウッドデッキに弁当を置いて腰を掛け昼食を取り始め。
「今日はどこまで作ろうか」
「そうですね」
今日のデートをどうするか話し合うのであった。
今日の一言
平和が一番
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




