646 通常業務に戻るためには山積みの仕事を終わらせないといけない
「ハイ次これよ」
「ああ、ありがとう」
救助作業にかかった時間はおおよそ一週間。
俺の体感時間は、二日、ないし三日ほどだ。
だけど、実際混沌の中にいた間にそれほどの時間が経過していた。
時間概念もねじ曲がっていると言うのは本当だったのだ。
なので、時空を司るヴァルスさんだからこそ、その時間概念が狂っている空間でも俺たちに声を届けることができたわけだ。
フシオ教官もどれくらい混沌の中を漂っていたかは正確にはわからなかったみたいだ。
そして、その時間感覚の齟齬がもたらしてくれていたのは、たまりにたまった仕事だ。
最早おなじみになった、左右の手で別々のキーボードを叩き、視線では浮遊魔法を駆使しして書類の確認と決済印を押す作業に従事している。
ある程度はケイリィとムイルさんが処理してくれていて、さらにエヴィアも応援で手伝ってくれていた。
だけど、メイン業務であるダンジョン運営になると俺の決断が必要な部分が多いのだ。
そこで指示待ちの書類を高速で処理している最中というわけだ。
優先度が違うから順番を割り振ってくれているだけでだいぶ助かる。
ケイリィが箱で書類を分けて、メールの方も優先度が高い順に振り分け、そして。
「これも目を通してね。アポイント待ちの貴族や、地球側の外交官に、企業の社長、その他諸々よ」
対人交渉のスケジュール。
「分身の術が欲しい」
「あったら便利よねそれ」
物理的に手が足りない。
俺のしみじみとしたつぶやきに、ケイリィは苦笑しつつ同意してくれる。
このデスマーチが一段落すれば、いつも通りの忙しさに戻れる。
業務を離脱して、そこから教官の帰還祝賀会に参加してと、本業に戻るのに時間をかけてしまった。
自業自得と言えばそれまでなんだよな。
文句を言う暇があれば感謝と、業務内容の会話に割り振るのが正解なのだ。
タイピング速度を加速させ、次から次へとメール処理を行って各部署に命令を送り、返信されてきた業務報告と確認のメッセージを見て、ダンジョンの進捗具合を確認しながら、アポイントのスケジュールを確認する。
「この人とこの人の順番を入れ替えて、それからそっちの欧州関連の人たちはもう少し前に、あとこの人とこの人それとそっちの人は弾いていい」
「わかったわ」
スケジュールに関しても、相手側に余裕のある人などいない。
だけど、取捨選択をせざるを得ない。
そして、霧江さんに頼んで裏どりしてもらった人物で危険思想を持つ輩は弾く。
地球側の危険思想が、窮地に立たされている貴族連中と接触してしまったらなにをしでかすか全くわからない。
現在、地球と大陸を繋げるルートは社長が抑え、俺とエヴィアが監視している状況だけどすべてを完全に防ぐことは土台無理だ。
マジックバッグの中にはジャケットのようなタイプの隠蔽性に特化したタイプの代物もある。
そしてマジックバッグの収納能力なら、核弾頭の一つや二つ持ち運ぶことは容易。
そんな代物を大陸に持ち込まれて研究でもされ、魔法と融合してしまったらと思うと怖気が走る。
だからこそ、戦争屋みたいな思想を持つ輩にはかなり慎重な対応が求められるっていうわけ。
「これなら、私たちとの時間の確保もできそうね」
そんな難しい仕事を猛スピードで終わらせている理由は、今ケイリィがこぼした言葉のとおり。
念入りに混沌対策をしたから、結構簡単に終わったように見えるけど、実際体験した今ならもう一度やってくれと頼まれたら二度と御免だと断る確信がある。
だからこそ、スエラたちの元に帰れたときは本当に安心することができた。
出迎えてくれたスエラをずっと抱きしめ続けて、その場にいたメモリアやヒミク、そして仕事場から駆けつけてくれたエヴィアとケイリィにジト目で見られてしまったのはちょっとした失敗だ。
その失敗のおかげで、帰ってきた後のおねだりと言うのが少々上乗せされてしまった。
まぁ、予定よりも長く混沌の中に滞在して居たし、なおかつ連絡役のヴァルスさんも時間齟齬の影響で定期的に俺の無事を伝えることができなかったみたいだ。
心配をかけた分はしっかりと報いないと愛想がつかされてしまう。
「そうなればいいと思って手をせっせと動かしているわけだ。はいこれ、テスターたちのスケジュールの認可な。後で海堂に渡しておいてくれ」
「有言実行の男性って私素敵だと思うわよ。それも私たちのためって事になるとなおさらね」
「そいつは重畳、そう言ってもらえるなら頑張り甲斐があるってもんだ」
書類を一つ終わらせたら、浮遊魔法でケイリィに差し出す。
「その頑張りに水を差すのも申し訳ないけど、そろそろ第一課の方誰かに引き継いだほうがいいんじゃないの?あなたもこれからダンジョンの本格始動を始めるわけだし。そうなってしまったらあなたもダンジョンの管理が忙しくなってテストどころじゃない。最近だって仕事が忙しくて、ダンジョンアタックできていないじゃない」
それは海堂たちがどうダンジョンに挑むかのスケジュールで無理をしないように、だけど出来るだけ攻略できる階層を増やそうとするための方針を決めた物だ。
その最終確認を俺がやっているのは、俺がまだテスター第一課の課長を兼任しているからだ。
将軍になれるかなれないかの当時は、負けたらそのままテスター人生で過ごすことになっただろう。
だけどダンジョンが本格的に起動したあと、俺は挑む側から挑まれる側へと立ち位置を変えた。
「それもそうだが……誰に課長を任せるか……」
だから本来であれば俺はその段階で課長職を退き、後任を決めるべきだ。
だけど、その後任が見つからないのだ。
「一番年上の海堂に任せるってことを真っ先に考えたんだが」
「人格、仕事能力、経験値、この点だけを見れば問題はないけど、伸びしろと言う点ではあまり良いとは言えないのよね」
信頼して任せると言う点で言えば、後輩の海堂が真っ先に浮かぶ。
仕事内容も熟知して、なおかつ、気心知れた仲だ。
あの第一課を俺の影響下に置いて、テスターたちをどうこうするつもりはないが万が一の時に庇いやすくなるように繋がりは残しておきたい。
大枠で言えば、テスターはエヴィアの管轄。
だから俺がいつまでも課長に居座るのは本来なら良くはないのだ。
テスター第一課の課長と言う役職を持っていると言うことはエヴィアの下に将軍位である俺がいると言うことになる。
本来であれば将軍位になった際に、課長職なんて返上しているはずなんだけど、いきなり高戦力である俺のダンジョンアタックのデータと後任が決まらないと言うことで特例で管理を認められていると言う状況が続いていたと言うことだ。
だけど、俺のダンジョンの本格始動と、地球との外交を任されたことによって本業に専念しないといけなくなり、副業と化してしまったダンジョンテストの業務ができなくなりつつある。
こうやって課長業務だけはやっているけど、それもそろそろ限界を感じる。
「理想はケイリィみたいにダンジョンテスターじゃなくて信用できる部下がやってくれることだが」
「そうなると横槍が飛んできて、面倒なことが出るわよ。今じゃあの第一課はデータ採集の一番成績のいい部署なんだから。ダンジョンの性能を上げたとなればその部署をまとめた物の評価は高くなる。次郎君もその恩恵受けたでしょ?その恩恵をあなたの配下で固めるのは余計な妬みしか買わないわね」
「だよなぁ」
しかし、現状テスターの外交的保護を俺とエヴィアで担っているバランスを考えると下手な人物に課長職を譲ることができない。
かと言って俺の身内を斡旋すると、余計な反感を買ってしまう。
海堂のように元から第一課に所属している奴が昇進するならまだその反感も最小限に抑え込めるが、関係ない人物をそのポジションに押し込むのは周囲の目が許してくれない。
実力主義の魔王軍はコネ入社には厳しいのだ。
ノルド君の時だってエヴィアの地位だったら幹部候補みたいな地位は用意できたけど、あくまで訓練兵からのたたき上げにこだわってたし。
それに実力があると有名であっても実力面では問題解決しただけで、今度はコネクション関係でトラブルが出ると言う面倒な話だ。
「早々に都合のいい人はいないってわけね」
「海堂が実力をつけるまで待つには時間が足りない。下手な人材を付けて他の派閥に取り込まれてテスターを使い潰されるのは避けたいし、地球とのコネクションを変な使い方をされるのも避けたい。地味に八方ふさがりってわけだ」
それを解決できる方法がパッと思いつかないのも悩みの種だ。
「何か解決方法は思いつくか?」
「そうね……私としては南ちゃんを推薦したいところね」
「南を?」
仕事をしながらの仕事の再分配を考えている思考が、そのケイリィのアドバイスで一瞬止まる。
思わず何故?と、ケイリィの方を見てしまった。
「あら意外って顔ね。私から見たらあの子ほど組織をまとめるのに適した才能はないと思うわよ?」
「いや、才能はあると思うぞ。だけどあいつの台詞を日々聞いていた身からしたら、なぁ?」
ケイリィの推薦が南なのだから驚くのは無理はない。
止めてしまった時間は数秒くらいで、すぐに再開したけど、一瞬であれ俺の思考を疑問で埋め尽くしたのだ。
日頃から働きたくないと豪語する南が課長?と首をかしげてしまう。
確かに、パーティの頭脳として指揮能力と言う面に関してはかなり才能を発揮した。
だけど元来の面倒ごとを嫌う性格が責任者であり管理職である課長を任せることに躊躇いを生じさせる。
しかしケイリィから見た南は違うのだろうかとも思う。
俺から見た南とケイリィから見た南は違う。
そこに何かがあるのかもしれない。
「……」
自分で言った疑問を、再考。もしかしたらとワンチャン賭けてみてもいいのではと思考が傾きだす。
「私よりも、スエラに聞いてみた方がいいわよ。なんだかんだ言って忙しいあなたの代わりに最近あのパーティーの面倒を見ているのはあの子だもん」
「スエラが?」
「ええ、エヴィア様に鍛えなおしてもらった技で、海堂君と模擬戦したり、香恋ちゃんと魔法合戦とかしているわよ」
「知らなかった」
「家に帰ってこない、どこぞの旦那様は知らないでしょうね」
「猛省します」
「よろしい」
スエラが身の回りの安全のために鍛え直されていると言うのは聞いていたが、海堂たちと模擬戦しているのは知らなかった。
家に帰って、子供の顔を見て、スエラたちの話を出来るだけ聞こうとしていたが圧倒的に時間が足りな過ぎたと言うわけか。
「スエラと話してから南と面談の時間を設けるか」
課長職を南に引き継げるのならそれはそれでいい。
「もし南ちゃんを課長にするなら海堂君を課長補佐にした方がいいわよ。南ちゃんまだ大学生だし、卒業するまでは海堂君に補佐を頼んで業務連携を図った方がいいわよ」
「南の場合、まず正社員にする事が先のような気もするが、この会社ならバイトから課長への昇進も実力次第ってことか」
こりゃとんでもないことになりそうだな。
南は驚くか、それとも笑うか、少なくともいきなり嫌な顔を見せるかもしれないと言う可能性は消せないなと俺は思いつつ。
「それが私たちの世界よ。それじゃ、私たちとの休暇のためにもう少しテンポアップしましょう?」
「わかった」
普段以上に嫁たちとの触れ合いを大事にしなければな。
今日の一言
仕事は的確に処理を
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!