645 祝いの席は、二次会こそ本番
フシオ教官の魔王軍への帰還は色々な場所で大騒ぎが起きた。
まずはフシオ教官の領地では、もう上へ下への大騒ぎ。
教官の奥さんであるシュリーさんはゴーストの身でありながら、その無事な姿を見て喜びの涙を流したと噂で聞いた。
領地の方では大歓喜と言っていいほどの祝賀ムード、他にキオ教官の領地や俺のところも似たような感じ。
他の将軍が統治する領地や社長の直轄領もそんな感じで全体的に魔王軍のムードはいい雰囲気になっている。
そこで問題なのが。
「ハハハハ!!見たかあいつらの顔、とんでもなく微妙な顔でお前の帰還を祝っていたぞ」
「まったくだね、表情こそ取り繕っていたけど魔力の乱れが酷い。あれで隠せていると思うなんて理解しがたいよ」
『カカカカ、奴らにも奴らで都合というモノがあったのでしょう。やはり、風見鶏と言うのは気苦労が多いと見ますな』
教官の帰りを快く思っていない輩だ。
特に、教官の領地や軍事力を狙っていた有力貴族たちからしたら、手に入れようとするために割いた労力分がそのまま損失になったのだから大損をしたと言うわけで腹の虫がおさまらないと見た。
つい二時間程前までは、不死王帰還祝賀会ということで魔王城のホールを使って社長を筆頭に必要最低限の警戒要員を残して将軍を招集、そして多方面から貴族たちが参列すると言う魔王軍の中でも指折りに数えられるほどのパーティーが開催された。
その時の貴族たちのやり取りを、パーティー後の二次会を地下施設のとある店を貸し切りにしてやっている。
部屋には俺を含めて四人しかいない。
今回の主役のフシオ教官を中心に、キオ教官、社長、そして俺の四人だ。
さっきのパーティーの参加人数から考えると落差が酷いかもしれないが、気遣いなく落ち着いて飲むと言うことをコンセプトにするのなら、男四人で匿名性が使えてエヴィアの守護領域にある店で飲むのが一番だ。
周りの貴族たちは、自分の失態を挽回するためにもっとフシオ教官にごまをすりたかったようだが、それはまた後日フシオ教官が個人的に行うようで、今は俺の財布で全力で飲むことを優先したらしい。
個人的には勘弁してほしいと思うのだが、言い出したのは俺だから約束は守らないと。
そして、さっきから話しているのは、顔色を窺う貴族連中の顔が滑稽だという話だ。
「次郎もわかっただろ?あいつらの顔」
「ええ、昔の上司が必死に失態を隠そうとしていた顔色と一緒でしたから」
ジョッキどころか、ワイン樽をそのままコップ代わりにぐびぐびと盛大に酒を飲むキオ教官に俺は話を振られ、普通のグラスに入った酒を飲みながら頷く。
「今回の例はいい勉強になるから覚えておくといいよ、上澄みの忠義心の高い貴族以外は基本的に風見鶏だ。情勢に応じて陣営の鞍替えをすることを虎視眈々と常に考えている。もちろん裏切りには信用の失墜という代償が生じるが、その代償を最小限にする方法を彼らは良く考えている。自分の評価と言う株価の多少の下落を覚悟してでも立場と生き残ることを優先することに特化した生き物。それが貴族さ」
そしてこちらも後のデスマーチを覚悟して、開き直って酒宴を楽しんでいる社長だ。
シンデレラみたいに午前零時で魔法は解けない代わりに、明日の出社時間には現実が開始することから目を逸らしている我らがトップは今日はウイスキーの気分らしい。
さっきから俺の知る限りでも日本でも有名なウイスキーの十年物や十五年物をぐびぐびと速いペースで飲み干している。
『さよう、下には横柄な態度を取り、上にはこびへつらう、こっちの世界で言うノブレス・オブリージュという見本は表向きにしか体現できておらん。大半は貴族特権に胡坐をかき最低限の統治をするだけの案山子よ。苦労するのは権力のない下の者ばかり。お主もそうならぬように心がけよ』
酒が入っていることもあってか、出てくる言葉は割と貴族への文句や愚痴が多い。
フシオ教官が帰ってきたことによって、色々と貴族たちの思惑が覆ったことに溜飲を下げたかとも思ったが、完全に許したわけではなく、ここから搾り取れるところは全て搾り取ってやろうと画策するように見える。
その様は正しく悪の組織。
三人が揃って浮かべる笑みは、邪悪と言っていいような黒い何かを感じさせる。
そのような笑みを向けられている貴族連中には同情するしかない。
俺もフシオ教官の領地に干渉する連中を牽制した身としては同情で留めて助けるまではいかないのだから俺も似たような物だろう。
フシオ教官の言葉に無言でうなずき、わかってますと返事を返せば満足そうに笑い。
そして酒を煽る。
ちなみに、今フシオ教官の飲む酒は、とある産地で当たり年と言われるワインのビンテージ物だったりする。
見つけるだけで一苦労。
買おうものなら、一財産になりそうな代物だ。
正直、外国にコネがなかったらこの短期間で手に入る事は無かった物だ。
ポロっと霧江さんにこぼすように欲しいなと言っただけで、チャーター機で外交官が一緒に飛んでくるとは思わなかった。
どんだけ俺とコネクションが欲しいんだよと心の中で思いつつ、エヴィアと相談して、社長の許可をもらって、後日、それも近日中にその国専用の会談の席を設けると約束した。
今の世界で、この約束は例え口約束であっても外交官にとっては大金星である。
それもかなりの価値を持っているビンテージワインを支払っても安いと感じさせるほどの価値がある。
会談の際には、アメリカも、日本も介在させない。
それがどれほどの意味を持っているかは、その国の外交官が理解するのに数秒の時間が必要だったほどの出来事で、俺に両手で握手を求めるほどの望外の喜びだったらしい。
こっちとしても欧州の方に少しコネクションが欲しかったから渡りに船だった。
『ふ、しかしこちらのワインはやはりうまいの。この世界と繋がってからはワシらの世界のワインとの違いを楽しむのが止められん』
「それは良かったですよ」
そのコネクションと一緒に、フシオ教官が喜んでくれるなら後の苦労も背負って良かったと思える。
キオ教官みたいにグイっと飲むのではなく、舌の上で転がすように上品に嗜むフシオ教官の側に置かれているワインボトルは実は他にもあったりする。
なにせ、コネクションをたった一本のワインで済ませるわけがなく。
それなら私の国もとこぞって送りつけられる可能性を考えて、最初にチャーター機で飛んできた国が、厳重かつ丁重に管理した状態でコンテナで輸送してきたのだ。
なので、そのコンテナを丸々フシオ教官の帰還祝いのプレゼントとし、その一部をこの宴会で披露していると言うわけだ。
「しかし、不死王が無事に帰還してくれて私としても肩の荷が下りたよ」
そんなわけで和気藹々と、仕事明けの飲み会のような雰囲気を漂わせていたが社長がこぼした雰囲気でその空気が少し引き締まるのを感じる。
ひりつく空気と言えばいいのだろうか。
全員、かなりの量のアルコールを入れているのにもかかわらず、社長の言葉の意味を理解した。
「向こうの動きに何か変化が?」
「ああ、向こうで軍の再編が行われた。その再編がどういうわけかノーライフを討伐したことに対する褒賞と言う形で、ノーライフの討伐に援助した軍勢が先鋒に抜擢された。潤沢な軍備を与えられたうえでの先鋒を任せる。他にも、司令部が動かせる限りの最大限の配慮をしての戦力投入」
「ついに始まるんですかい」
『まったく、ワシが帰った途端に始まるとは、向こうもせっかちじゃの』
戦争が始まる。
それを理解して尚、臆する輩はこの場にはいない。
俺は少し緊張しているが、教官たちは意気揚々と笑顔を浮かべている。
『しかし、どう見ても先鋒は捨て駒ですな。表向きは戦の花形を譲ったように見えますが、向こうの連合の頭としては本命を温存しておきたいと見えますな』
「そう思わせるのが狙いかもしれんぜ?温存しているよう見えてこっちの戦力を温存させて各個撃破、悔しいが質はこっちが上だが量は向こうの方が圧倒的に上だ」
『産めや増やせは人間の特技、生憎と出生率の悪いワシらは減らした数を増やすのにはどうあがいても時間がかかる。戦力を質で埋めるのが我らが定石。いかに質が高かろうと数で押しつぶされることもあり得る』
「もしくは、その両方を考えさせて俺たちの足並みを乱すのが狙いかもしれませんよ。それで第三の狙いを発揮する。例えば、大群に目をくぎ付けにして少数精鋭で社長の命を狙いに来るとか」
各々、敵の狙いと戦の時期が早まっていることを語り合うが、そのどれもがあり得る話だ。
俺の予想も、教官たちや社長は一蹴することなく、十分にあり得ることだと想定している。
「ハハハハ!!それも定石としてあり得るね。過去の魔王にはそうやって命を散らした方もいる。そして向こうからしたら必殺技とも言える。私が命を落とせば魔王軍は瓦解する。いや、内部分裂して何人もの魔王が名乗りを上げる群雄割拠の時代になるね」
社長に至っては、笑いながら気を付けねばと言う始末。
長い年月を戦に費やしていると、そう言う手合いの定石と言うのは網羅してしまうのか。
深刻になる様子もない。
「笑えませんよ。そうなってしまったら地球との交渉どころじゃないですよ」
俺としては対抗策はあるだろうが、その未来が現実になる日は来ないでほしい。
社長が討たれれば、きっと地球にある会社を経営している場合ではない。
間違いなく、魔王軍は足並みが揃わなくなり、次代の魔王が決まるまで荒れる。
「その時は君がまとめてくれるかい?今の世代で君ほどの才能があるのは中々いないよ」
「いや、自分じゃ経験不足ですよ」
実力を買ってくれるのはいいけど、そんな物騒なことになったときの後始末なんて考えたくない。
「いや、次郎なら俺も下についてやってもいいぜ?本気の俺に勝ったんだ。上に立つって言うならもう一度俺に勝てば大将って言ってやる」
「キオ教官、冗談ですよね?本気だったらそれって俺に死ねって言っているようなものですよ」
そんな冗談に酒の席で悪乗りするのキオ教官に、そんな悪夢は勘弁してくれと首を横に振る。
『カカカカ!そこの鬼は上下関係において冗談なぞ言わん。まさかワシが行方不明になっている間に次郎がライドウに勝つほどの実力を手に入れているとは思わんかったが、そう言うことならワシもお前の下につくのは構わんぞ?ただし、ワシを倒してもらうがの』
「二人に勝てと?その流れだと他の将軍にも勝たないといけませんよね?社長、頼みます長生きしてください。マジで俺の胃が死にます」
だけど、フシオ教官も乗ってきたことにより、この話がガチな話になってしまった。
「安心したまえ、私にもできたことだ。ここまで高速で出世した君ならもしかしたら出来るかもしれないよ?」
全てに命がけで挑んだ俺でも、社長が倒れる日が来るとは思いたくない。
将軍の地位でも持て余し気味なのにと、嫌な考えを振り払うかのように俺は手元にあった酒を一気に煽って、その不安を拭い去る。
「大丈夫さ、私と一緒で君の胃も十分に強くなるよ」
「大丈夫じゃないです」
「『ハハハハハハハ!!!』」
魔王軍のブラックジョークを聞きながら、その日、フシオ教官の帰還祝いはひっそりと朝が来るまで笑いが尽きることなく続くのであった。
今日の一言
気楽な席が一番、楽しめる。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
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