644 大損害の代償は
Another side
魔王軍が不死王という仲間を取り戻した代償はまわりまわって、イスアルの陣営に大きな損害を与えていた。
「あれは国宝の船なのだぞ!?そなたらが大丈夫だと言うから貸与したのだ!!姫様も帰ってこられない!!この失態どうするおつもりか!?」
小太りの男性が唾を吐きかける勢いで対面している小太りの男とは正反対にガリガリに細い男が蛇のような目で対応する。
「混沌の先は危険地帯。私はそう言ったはずですよ。彼らは神の元に殉じた者たち。その成果で魔王軍の幹部を討ち取ってくれた。その成果で満足していただきたいですな。我々とて貴重な人材を失っているのですぞ」
互いの利益なんてこの会話に存在しない。
あるのはただ一つ、被害の補填を相手の国に押し付けようとする醜い争いだ。
エクレール王国は国宝の損害賠償を求めて、神権国家トライスは一緒に派遣した神剣とその担い手の被害を考えたらここで他国に補填などしたくはない。
しかし仮にも同盟国、こうやって罵り合うような交渉の席であってもハンジバル帝国や他の小国と比べればつながりは深い。
たった一つの匙加減で国家間の間にひびが入ることなんてよくあること。
けれども繋がっている方が利益につながるのなら罵詈雑言を浴びせても鉄の鎖のようにつながった国家同盟は並大抵のことでは揺らがない。
国宝を失い、神剣を失ったとしても彼らの中ではここで魔王軍の主力を一つ消せて、戦後の交渉で有利に進められるようになったと言う事実こそ重要。
残りは醜聞をいかにして処理するか。
責任をどこに押し付けるか。
そして不死者の王を討伐した功績をどちらが主導で名乗るか。
損害を押し付けて功績をかすめ取る。
やりたいことはこの一点に尽きる。
彼らは混沌の中で味方が返り討ちに合って、船は拿捕、王族は捕虜に、カーターと神剣は混沌に溶けたなんて最悪の状況など欠片たりとも考えていない。
互いの国に抱え込んでいる密偵からも不死王が帰還したと言う報告もない。
裏で繋がりのある反魔王勢力の貴族からもだ。
その情報が、この席に座る二人の男の未来を大きく揺り動かすとも知らずに、舌戦はどんどんヒートアップしていく。
大声を出すためだけに結界を張り、見張りを配置して、多額の予算を投資した。
「そんなものこちらも一緒だ!!姫様だけではなく、精鋭である近衛騎士も失っているのだ。そちらは言っては何だが、武器一つと人一人、被害としては軽いではないか」
「それは聞き捨てなりませんな。神から遣わされた神兵をたかだかと軽々しく扱ってもらっては困ります」
その予算を回収するための算盤だけが彼らの頭を駆け巡っている。
パチリパチリと一つ珠を弾くたびに、相手の黒い腹にぬるりといやらし手つきの手が忍び込み、その手を荒っぽく弾く手が遮る。
その攻防をもし仮に次郎が見たならば、生産性のない無駄な会話と切り捨てただろう。
「第一、今回の遠征も全面的にそちらの国が支援すると言っておきながら、最終的には我々が兵を出し、船を出し、そして姫様にも同行して頂いた。これは立派な契約違反ですぞ」
「それも神の試練です。あなた方もそれは承知のはずでは?」
暖簾に腕押し。
その腕押しでどっちの暖簾が先に破けるかのような不毛な問答は、実は今日が初めてではない。
予定の日数を過ぎても帰ってこない。
魔王軍の幹部を討伐できたかどうかの情報は、神殿側からの通達のみ。
それがない。
失敗したという醜聞を神が隠蔽しているとも知らずに、神の遣わした兵が負けるわけがないと思い込んでいる国は刻一刻と破滅の道を進んでいる。
真実を知ると消される。
神に失態はない。
その狂信がこの世界のいびつさを物語っていると言っていい。
前提条件が歪なんだと気づかず。
この世の絶対を信じて疑わず、取れてもいない毛皮の勘定をする二人は道化と言うにもあまりにも滑稽すぎる。
大損害を受けても危機感を抱かず、打開策を考えず、補填だけを考える。
「でしたら、先日の兵の派遣に関しても考えを改める必要が」
「その話を蒸し返すと言うのならこちらも聖女の派遣を……」
二人の立っている舞台その物が欠陥構造だと言うのに気づかない。
いや、この世界の住人で気づいている人は全て闇に葬られている。
神に近づきすぎて、その輝かしい太陽の光に目を焼かれ、何も見えなくなっている。
距離を取ってその太陽を見続けた者たちだけが、それに気づく。
だが、悲しいかな。
そんな盲目的に神を信じる国がいなければ、魔王には対抗できない。
雑兵でも数がいれば暴力になる。
数を揃えなければ魔王には対抗できない。
その事実が、打算とはいえこの連合を結果的に結束に導いているのだから笑うに笑えない。
「はぁ、本当に茶番ですねぇ」
そのやり取りを録音している輩がいるとも知らずに、必死に混沌派兵の責任所在のなすり合いをしている中年男性二人をあくび交じりで見る男。
ダズロは、この二人が大枚を叩いて造り上げた密会の場にこともなげに潜入して見せた。
「どこもかしこも欲まみれ。あのお嬢でも勝てる確率は三割って言うくらいのヤバい状況なのに、これだけの大連合を組んだだけで余裕ぶっちゃって。まぁ、この方々には前線に出てもらって英雄になってもらいますかね」
隠蔽魔法だけでも帝国随一の腕は伊達ではない。
せっせと報告書をかきながらどう処理するかを決めたらもうここに用はない。
「はぁ、まったく魔王の幹部を討ってくれてたらまだ対応は違うんですけどね。結局独断専行で失敗してるんだから世話ない。はぁ、今晩はあと二か所も寄らないといけないとか、はぁ、誰か代わってくれませんかねぇ」
ダズロは未だ汚くののしり合っている男どもを放置して、音も立てずにその場を後にする。
屋根裏部屋にも結界による防備が施されているはずだが、まるで自動ドアのようにダズロが移動しようとするとその結界はあっさりと左右に広がって道を作り出す。
音も立てずに、今だギャアギャアと騒がしい男どもの頭上を、目が死んでいる男が通っているとも知らずに。
そしてとある窓から体を乗り出したダズロは左右上下を確認した後、素早く屋根に上り、そのまま別のところに移動し始める。
「あー、もしもし、お嬢?」
『はい、聞こえています。成果は?』
「悪い報告だけになるけど、良いですかい?」
『予想はしていましたので問題はありません』
曇天の空の元を隠蔽魔法を駆使して姿と音を消し、身体強化で屋根と屋根を跳んで移動して、ダズロが連絡する先は雇い主のアンリ姫。
「でしたら単刀直入に、黒でしたよ。もう疑いようもないくらいに真っ黒でした。損害出しておいて英雄に名乗り出る気満々でしたよ。悪びれもせず、自分たちは正しい行いをしたんだって、いやはや、笑うのを堪えるのが大変で」
動きは迅速に、されど言葉は軽快に。
わざとらしい口調のダズロの報告に、アンリ姫の返答は。
『そうですか、では次の場所に向かってください。私の予想ですとそちらの方がより一層、笑いをこらえる必要がある会合の場だと思っておりますので』
「ええー、それはつまり、とんでもなく退屈な時間が待っているってことで?」
『あら、先ほど楽しかったと報告してくださったではないすか』
「いや、まぁ、それは自棄と言うか最近働き詰めなのでせめてもの抵抗と言いますか」
『休暇は三日後に用意してますよ。それも半日も休ませてあげます』
「わーい、十日ぶりの休みだ!前回も半日だった気がするのは僕の気のせいですかね?」
さらっと流して、働けとせっつく厳しい言葉であった。
それに半泣きになりながらダズロは屋根を蹴る。
跳躍し体が空中に浮くが、魔法を使って隣の屋根に着陸するときは音すらしない。
『私は二十日ほど休みをもらっておりませんが?』
「わー、おやすみがもらえてうれしいなぁ」
反魔王連合軍の頭脳は休まず働いていると聞くと、その足もより一層軽やかになるのか、次の目的地に動くダズロの速度が加速する。
これ以上掘り下げると自分の休みも消し飛ぶと言う直感が囁いているからなのか。
「それでお嬢は、例の噂どう思います?」
『不死王の帰還に関して言うのなら真実でしょう。神殿側の切り札は敗北、数ではこちらが勝りますがこれでさらに勝率が下がったと言うことでしょうね。ですがあなたが聞きたいのはそちらじゃないですよね?』
それならと話題を変える方向にしてみると、念話の向こう側で大きなため息を吐かれた後にアンリ姫はダズロの話題に乗ってくれる。
「ええ、はい。聞いた話ですけど魔王さん、勇者の世界の国家代表と交流を持ったとか持たなかったとか。それによって勇者召喚の魔法に拉致対策を施すとか聞いたんですけど」
不死王の帰還はもうすでに情報として古い。
それよりも厄介なのは、緊急時に戦力を補給できる勇者召喚を封じられたと言う、まことしやかにささやかれている噂だ。
情報の確度は割と高めの情報源からの報告だからダズロにとってはシャレにならない話になる。
『完全にとまではいかないでしょう。抜け道はいくらでもあると思いますが、今までみたいに正面切って召喚することはできなくなるでしょうね』
「うわ、それってトライスの面々の戦力が当てにできなくなったって事ですよね?」
『すでに現地に勇者をスカウトしに行っている段階で、魔王軍からの妨害は一定の効果を出しているはずです。それが失敗しているので今後は勇者を戦力としてあてにするのは難しいかと』
「……それって、俺たち詰んでいません?」
『まだ、打開できる可能性は残っています。このまま何もせず楽観的に考えていれば準備万端の魔王軍に蹂躙される未来しか待っていませんよ』
「あがけるときにあがいておくべきですか」
『どこかの夢想家さんのおかげで仕事が増えましたので、もっとあがく必要が出てきましたよ』
加えて、自分の上司である姫様が完全に肯定している。
ダズロの脳裏に、亡命って言う言葉がよぎる。
「お嬢、和平って言う方法はできないんですかね?」
『それをするには少々頭がよろしくない方々を皆殺しにしてからでないと背中から短刀を刺されて人生を閉じることになりますわ。ダズロにはその覚悟がおありで?』
「ないですねぇ。僕は人生をのんびり研究に当てて生きていければよかったんですけど、気づいたらお嬢の使い走りをやっていますよ」
だけどそれはきっとしない。
我がままで破天荒な自分の雇い主は、なんだかんだ言って国思い。
いや、自分の居場所を守るために全力を費やす。
となれば、戦争を終わらせる方法を考えてくれた方がダズロにとってはいいのだが、それをするには邪魔者が多すぎる。
何より。
神同士の争いに巻き込まれている段階で、人間は魔族に挑まないといけない。
それが当たり前の環境になっているこの世界では、魔族と和平を結ぶことを禁忌にしている。
しかし、その和平の価値が計り知れないものだと言うことを理解し、戦争で勝つよりも可能性があることを承知している二人にとっては何故バカなことをしなければならないのかという頭痛のタネになっている。
『残念ですね、あと十年はやってもらいます』
「エルフであるお嬢の十年と、僕の十年の価値は違うんですけどね」
だが、それを嘆く暇はない。
愚者がしでかした損害は、賢者が補填しないといけないのだから。
ダズロは目的地に向けて駆け抜けるのであった。
今日の一言
損害を損害だと思わない価値観は危険。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!