643 大したことはなかったと思えれば、しっかりと準備ができたと言うこと
「ああ、ついに!大地に戻ってこれました!!」
混沌内での移動は思いのほかスムーズだった。
まぁ、基本的に混沌が危険なだけでそれ以外の生物が活動することが無理だから、ある意味で混沌だけ気を付ければいいのだ。
『ふむ、思ったよりもギリギリじゃったの』
ただ、その気を付け方が色々と面倒なのは確かだ。
船の甲板に出て、感謝の祈りを捧げているエシュリーを脇目に、俺と教官は船体を見る。
「ここら辺変色してません?」
『無闇に触るなよ。そこは混沌になりかけている。触れば主とて無事ではすまんぞ』
「あ、はい」
きっと混沌に入る前は綺麗な船体だったのだろう。
だけど、混沌の中を往復しただけであちらこちらに破損が見受けられた。
装飾は根こそぎ無くなっていて、船体表面は融解している個所がいくつか。
融解しているのだから外気に触れて冷却されれば元の物体に戻るかと思うかもしれないが、混沌に変化しかけている船体は元の物体に戻ろうとはしない。
改めて混沌の中は危険だったと実感する。
「それでここは」
『知らんの、主の所の精霊の指示に従って混沌から脱出したのじゃ。地表の座標はワシでもわからん』
そんな危険地帯から脱出し、出迎えたのは満月と混沌の沼と化した湿地帯。
この船は今混沌の中から混沌沼の上に出ている状況。
さっきよりはマシだけど、それでも危険地帯にいるのは変わりない。
「何でこんな場所に」
『混沌から脱出する際に混沌が噴き出る。都市部どころか生活圏内に出ることは無理じゃ。それを配慮した結果じゃろ』
人どころか魔物すらいない。
静かな空間だなと思っていると。
『その証拠にほれ、迎えが来たぞ』
「いやぁ手厚い出迎えですね」
『厳重と言い換えた方が良かろう』
満月の照らす空に浮かぶのは魔王城。
機動要塞となるのは知っていたけど、わざわざそれを使って迎えに来るとはどれだけVIP待遇なのか……
普通に考えれば将軍二人を迎えに来たと言う理由になるだろうな。
ただ、その周囲を飛んでいるドラゴンと、城の先端に立つ大鬼の姿がなければの話だが。
「神剣と交戦したのがまずかったですかね?」
『情状酌量の余地はあると思いたいの』
厳戒態勢で近寄ってくる魔王城に対して俺と教官はどうするかと悩んでいる。
エシュリーさんよ、帰ってこれたことに喜んでいるのはいいけどよ、いい加減現実見た方がいいぞ?
ちらっと空を見て、スッと視線を逸らしたのは見えてたぞ。
「なし崩しで戦っただけなんですけどね」
『撤退もできん。正当防衛を主張すればいけるか』
「ハハハハ、今回の功労者と無事帰還してきた部下を怒るつもりはないよ。あれは私の護衛さ」
そして何もない所から声がして、バッと振り向いたら優しい笑みを浮かべた社長が手を振っていた。
「やぁ、ノーライフ。息災そうで何よりだ」
どうやら待ちきれなくなって転移で飛んで来たみたいだ。
後ろには大きなため息を吐きながら、護衛をしている樹王の姿も見える。
安全のために用意した魔王城と護衛の意味がこれでは全くない。
そんな俺たちの心情を放っておくかのように皮肉でも何でもなく、大怪我をしている教官に向けて元気そうだと言い放ち、そして歩み寄り。
「君の帰還、心から嬉しく思う」
そして万感の思いを込めて社長は教官を抱きしめた。
『ハハハハ、老骨にはもったいなきお言葉ですな』
「なに、私もまだまだ未熟だったと言うだけさ。やはり長い時を共に歩んだ仲間が逝くのは心に響く、生きていると神に聞いても君の姿を確認するまでは気が気でなかった」
姿かたちが変わってもそれは教官であることに間違いはない。
社長の行動に迷いはなく、数秒の抱擁をした後にそっと社長は離れ。
「人王、君にも感謝を、よくぞこの大任を果たしてくれた。神剣の破壊、裏切者の討伐、この船のことと、報奨は期待してくれ」
「それは良いことを聞きました。存分に期待させてもらいましょうか」
今度は俺を労わってくれる。
さすがにハグはないけどな。
ニコニコと上機嫌で出迎えてくれる上司。
前の会社じゃ考えられないくらいに報いてくれる。
「さて、エシュリー君」
「は、はい!」
そしてもう一人の立役者のことも忘れずに社長は振り向く。
その対応に直立不動で気を付けの姿勢になるエシュリー。
「君の願いは叶えておいたよ。後で家族と面会する手配もしておこう。それでまでゆっくりと体を休めると良いよ」
「はい!ありがとうございます」
信賞必罰。
頼んだことを叶えられたのならそれに報いる。
社長はそれを貫き通しているから素直に尊敬できるんだよな。
「ああ、エシュリー感動しているところすまんが、右に三歩後ろに二歩動いた方がいいぞ。できれば早く」
イスアルではそれがなかったのだろう、滝のような涙を流して感動しているエシュリーにその場所にいると危ないことを警告をしておく。
「はい?」
首を傾げ、何を言っているのだと不思議に思いつつ言われた通り移動する。
その直後。
船体を揺らすほどの大きな物体が、甲板の上に着地した。
「ノーライフ!!」
『カカカ、その声、随分と久しぶりに聞くが元気そうじゃなライドウ』
まだ高い位置にいる魔王城からの自由落下。
常人では生死にかかわるほどの高度をものともしないどころか、周囲は混沌と言う危険地帯だと言うのに空から見れば点としか見えないような甲板に着地しようとする胆力。
そして着地した途端にニカッと笑う心臓の強さ。
「また死に損なったか!!」
『ああ、まだワシは滅びぬ運命らしいな』
ドシドシと大きな足音を響かせて、キオ教官はフシオ教官に歩み寄り。
グッと拳を前に突き出すと、それにフシオ教官は答えコツンと拳を付き合わせる。
「次郎の奢りで宴会をやるぞ!当然お前も来るだろ?」
『カカカ、次郎の持ってきた酒だけでは物足りぬからの、是非にと言いたいところだが先に顔を出さねばならぬところがある』
「おう、行ってやれ行ってやれ。おめえのところの嫁、頑張って無表情作ってるけどお前が帰ってくるか来ないかで消えちまいそうだったぞ」
『そうか、心配をかけたな』
現状を把握して、互いの生存を確認し合う。
親友とも戦友とも言えるようなやり取り。
死の縁から帰って来たにしては元気なやり取りだ。
「その間に、次郎が大宴会を用意しておくぜ」
その元気なやり取りの巻き添えがこっちにも飛んでくる。
ニヤっと嫌味を感じさせない豪快な笑みが向けられて、俺は肩をすくめて頷くしかない。
どれくらい財布が薄くなることやら。
その後に嫁たちのご機嫌取りもしないといけないのだから、さらに財布は薄くなることだろう。
溜息は出ない。
こういう金の使い道なら悔いはない。
盛大にばらまいてやるとしようか。
「その宴会には是非とも私も参加したいね」
社長が来るのならもうワンランク上の宴会にせねばならんか?
残高の殉職率が桁違いに跳ね上がったぞ。
「ここまで来たら腹くくってますよ。是非とも参加してください」
ウインクで俺に確認を取ってくる社長に俺は開き直った笑顔を向ける。
ここまで来たらやけっぱち、もうどうにでもなれと言う感じだ。
「それは重畳だ。そう言うことでルナリア。スケジュールの調整を」
「わかりました。日程を確認した後。デスマーチを差し込めば何とかなりますね」
「……もう少し調整を」
「無理ですね。ただでさえ向こう側が騒がしい上に、貴族たちが何やら暗躍している様子ですので、ここで夜だけとはいえ時間を丸々空けるとなるとそれ相応の代償を強いられます。エヴィアは良くできたスケジュールを渡してくれました」
ただ、ダメージは俺だけではなくて社長にも飛び火している様子。
ええ、聞いてないと笑顔を固着させて樹王に調整してもらおうと懇願しているけど一刀両断でバッサリと切り捨てられている。
「それをしっかりと守っていきたいと私は思っています。具体的に言えば終戦までですかね?」
「まだ開戦すらしてなかったと私は記憶しているんだけどね」
樹王は容赦ないな。
あの社長がたじたじとどうにかして休暇を取ろうとしているが、仕事を後回しにしているだけだと言われ、無駄なあがきを一蹴されている。
「はいはい、わかりましたよ。こうなったら不死王を巻き込んで事後処理に当たるよ」
『カカカ、いや、生憎と怪我が痛みましてな』
「君の所の部隊の再編、私は色々と手回しをしてあげたんだけど?」
『致し方ありませんな』
終いには周りを巻き込む始末。
怪我を理由にそれを回避しようとしたけど、フシオ教官の陣営の後見人となっていた社長の言葉には逆らえずデスマーチに参戦が決定してしまった。
賑やかなやり取り、このまま終わるかと思ったがそうならないのが魔王軍クオリティ。
『それなら次郎の奴も』
「お断りです!!」
さらに流れ弾をこっちに飛ばそうとしてきたフシオ教官に、待ったをかけるように掌でストップをかける。
昔なら強制だったけど、今の俺は将軍。
新人ではあるが、同格なのである。
「こっちもダンジョンの運営を軌道に乗せている最中に救助作業をしているんです。宴会と嫁たちのご機嫌を取った後はデスマーチが控えているので他の業務をする余裕はございません!!」
断るべきことは断っておかないと地獄を見るのは俺なんだ。
それはしっかりと経験済み。
ブラック企業で生き残るためにはまずは断ると言うことを覚えるべきだ。
『断れるとでも?』
「断ります!!」
断れるかどうかはその時次第。
ギラリと光る不死教官の目に一瞬ビビるが、すぐに気を取り直してしっかりと宣言する。
「そう言うな人王、一緒にデスマーチに入ろうよ」
しかし、社長に背後を取られる。
前門のフシオ教官、後門の社長。
死の挟み撃ちに、絶望感が半端ない。
「そこまでにしてください魔王様、人王の業務に支障を出してしまったら我が軍に損害がでます。彼の業務が軌道に乗れば大きな利益となるのはわかっておられると思いますが?」
しかし、そこで樹王から救いの手が差し伸べられた。
ほっと胸を心の中で撫でおろすが、それでも安心はできない。
ここで俺が口を挟むものならどんな手段を使ってでも社長は俺に仕事を手伝わせようとしてくる。
「……ふぅ、仕方ないね」
ここは沈黙あるのみと無言で視線を送り続けたら、どうにか折れてくれた。
流石の俺も業務をケイリィたちに任せっぱなしと言うわけにはいかない。
ちょっと休憩したら、デスマーチして嫁たちと過ごして更にデスマーチしてようやく通常業務に戻すと言うハードスケジュールをこなさないといけない。
「その分、宴会は期待させてもらうからね」
「はい、全力でやらせてもらいます」
宴会に関してはポケットマネー全力投入でメモリアの実家に頼み込んで色々と用意してもらおう。
あとは、霧江さんに頼んで地球の酒とか食材も用意してもらうか。
やるとしても明日明後日でやるわけがない……やらないよな?
待ちきれないと言うキオ教官の雰囲気と、少しでも休む時間が欲しいと願っている社長。この二人が揃っている段階であまり先延ばしはできない。
ちらっと現秘書の樹王に視線を送ってみると、そっと指を三本立てる。
そうか、三日か……三日かぁ。
混沌から脱出して三日で宴会の準備は中々きついな。
今日の一言
大事を成した後は意外とあっさりとした感想が出る。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!