642 腹黒い方が話しやすいって思うのは末期だろうか
まさかの歓迎にとっさに鉱樹を構えそうになるが。
「あらあらお止めになってくださいまし、そんな物騒なモノで斬りかかれてしまったらか弱い私なんてあっさりと死んでしまいますわ」
この状況でオホホと口元に扇子をあてて笑える辺りこのお嬢さん相当肝が据わっている。
『カカカカ、随分と肝が太いの。お前の立場がどうなっているかわからないわけでもあるまい』
「ええ、髑髏の素敵なおじ様。私の生殺与奪の権利はあなた方にありますわね。ここで一つ不興でも買えばこの細い首は胴体と泣き別れてしまいますわね」
教官を前にして汗一つ流さずにニコニコと笑顔を浮かべ続けられる度胸は大したものだ。
俺は鉱樹の柄から手を放して、辺りに潜伏している敵がいないか一応確認する。
「あら、淑女の部屋を見回すなんて無粋ですよ?」
「心配性が売りでね、万が一の可能性も潰しておきたいんだ」
少し恥じらうような顔を作っているのは、わざとか。
随分とポーカーフェイスが板についている。
伏兵の心配はないとひとまず安心したが。
このまま、この少女を放置してさっさと帰るかという流れにはならなかった。
淑女の部屋と言うには、些か機械的過ぎる部屋。
中央にある玉座のような椅子にはいくつもの魔法陣が彫り刻まれ、そしてその椅子の下にも魔法陣が描かれている。
どう見てもこの少女が動力でしたと言うオチが見える。
「ちなみに、万が一の中に君が動力で君がそこの椅子に座らないとこの船は動かないとかそんな可能性も考えているんだけどそう言うオチもあるかい?」
「まぁ、あなたはそこまでのことを知っていますの?ええ、その通りでございます。この船、オリオンは王族の血を引く者でないと動きませんの。ですのでここで私の命を奪うのは得策ではないですよ?」
嘘か誠か、その真偽を確認する術がない俺にとってこの少女の言葉は頭痛の種でしかない。
やっぱりかと大きくため息を吐いて、その次にどうするかと考えていると。
『ふん、問題にもならん』
少女の言葉など完全に無視した教官が玉座に近づき、手で触れるとあっという間に船の操作権を奪取して見せた。
「そんな!?」
当てが外れた、どうやらこの船の操作権を盾に色々と交渉するつもりだったのようだが、こっちには魔法のエキスパートの教官がいる。
いや、そもそも普通に鍵を開けるような気軽さで操作権を奪ったようにも見えるんだけどな。
「王家の秘宝がなぜ」
『ふん、そんなことを考えている暇はなかろうて』
そのまま優雅に玉座に座り込んで、最早そこが定位置であるかのようにくつろぎ始める教官は、船を動かし始める。
『次郎、座標を教えろ。このまま魔王領に帰還する』
「はい、ヴァルスさん」
『はいはーい、ようやく出番ね。そっちの不死者さんに念話で誘導するわよ~』
もうこの少女の価値などないと言わんばかりに、勝手知ったるなんとやらだ。
船の操作方法を教えろと脅す行動ですら時間の無駄だと言っているようにサクサクと船を動かし始める。
「!このまま動かせばこの船は混沌に押しつぶされるわよ!!王家の魔法で混沌を防いでいたのであって、不死者のあなたが混沌を防げるはずが」
「それが防げるんだよなぁ」
『些末な問題で困るほど耄碌しておらん』
ハッとして、少女は教官に詰め寄り船の操作権を奪い返そうとしたけど、異形の骨の腕が少女の前に突き出され、その鋭い指先は白雪のような白くきめ細やかな肌を浅く裂き、喉元から血を滲ませる。
『邪魔をするな、キーキー喚くことは許してやる。じゃが、邪魔をするのならその命ないと思え』
自称か弱い少女の力で何ができるとは思えない。
実際、ポーカーフェイスを崩していない少女は突き付けられた指先が生殺与奪の権利を持っていると知るや否や体を強張らせた。
王家の人間と言っていたからお姫様なんだろうけど、教官からしたらただの人間の少女と言うわけだ。
会社に戻って軍に引き渡したら政治的利用云々の話は出てくるだろうけど、今は関係ない。
「ちなみに、冗談じゃないぞ。その人やると言ったらやる人だ」
「……ええ、そのようですね」
俺は今にも命が無くなりそうな少女に命を無駄にするなと警告する。
俺の後ろで必死に首を縦に振っているエシュリーの姿も見えていることだし、よほどのバカか命知らずでもない限り大丈夫だろう。
「エシュリー、ちなみにこの子のことは知っている?王族らしいけど」
「……どこかで見たような気はするのですけど」
このままいけば、混沌を脱出してめでたく仕事完了と言うわけだが、行きと違って帰りは大勢という状況をどうにか説明するために情報を得ようとエシュリーに話しかける。
彼女は仮にも聖女だった人間だ。
他国の情報にもある程度精通しているはず。
「私は知っていますわよ。エシュリー・リア・ミカルド様?確か異世界で勇者を探す旅に出て行方不明になっていると聞いていましたが、まさか魔王軍に寝返っていたとは」
なのだが、彼女には少女の情報はなく、逆に少女にはエシュリーの情報があったと言う結果が出た。
「聖女と言えど人のようですね」
喉元に教官の指を突きつけられたままだと言うのに、声が上擦っていない。
まだあきらめていないのか、それともここから逆転の一手があるのだろうか。
「はい!あんなクソみたいな職場は辞めてやりました!!今の職場の方が断然前よりも良い環境なのでやりがいがありますよ!!」
皮肉のようにニッコリと笑っているけど、悪意ゼロのエシュリーの笑顔の方が一枚上手だったようだ。
ストレスから解放されたエシュリーに怖いモノはないと言わんばかりに、皮肉に皮肉で返している。
そんな彼女の対応に少女のポーカーフェイスが崩れる。
有体に言えばドン引きしている。
「王族であるならわかりますよね?」
トドメに暗に聖女としての立場が、決して華々しいモノではないのは知っているだろうと問いかける始末。
それだけで少女はスッと視線を逸らした。
まるで若干病んだ眼をしているエシュリーの視線から逃れるように。
だけど、俺にはエシュリーが何でそんな目をしているか理由がわかる。
仕事のストレスで、十連勤目くらいになるとみんなこんな感じの目をしていた。
机の上にエナジードリンク系統の瓶缶があったりしたら確定だ。
現代の闇は異世界にも存在するのだ。
「さて、私にはわかりかねますね」
そしてどこの上司も責任と言うのは取りたがらない。
エシュリーと言う社会の闇を見ても、知らぬ存ぜぬを通そうとしている。
「そうですか。では、この後のことも私は知りませんのでご自分の力だけで頑張ってくださいね」
だけど、悪鬼どもを相手にしているのはなにも少女だけではない、むしろ宗教国家と言うことで腹の中にどす黒いものを抱え込んでいる上司たちを相手取っているエシュリーにとってそのような対応は勝手知ったる庭なようなモノだ。
ニッコリと今度は爽やかさすら感じさせるような笑顔のエシュリーは、少女に向けて不穏な言葉を放つ。
「この後に向かうのは魔王様がおられるであろう城です。その城に帰還の妨害をした一味が普通に招待されるとも思えませんね。それも自称でも王族を名乗った少女がいるのなら、それはもう色んな意味で盛大な歓待を受けるでしょう。ええ、これ以上のことは私には恐ろしくてとても口にできません」
船は教官に占領され、頼りの戦力も無力化され、頼みの口も今まさにエシュリーによって封殺されそうになっている。
何というかそのエシュリーの鬼神のごとき攻め口調、昔上司を追い込んでいた時の俺に似ているような気がする。
絶対的な優位の立場を確立してから、相手からの口撃が届かない距離でチクチクじゃすまない。
グサグサと抉るような口撃を繰り出す。
感情は恨みしかないのが表情でわかるのがよくわかる。
顔こそ、満面の笑みでニッコニコだけど、言葉の棘がエグイ。
表情と声色があっていないからこそ容赦がない。
「でしたら」
「生憎と私も仮初めの保護の身。今回の件でそちらの方の救助を手伝わせてもらいましたがその報奨は既に使っておりますので、とてもあなた様の口添えをできるような立場ではございません。なので、私に助力を得るのは無理だと思ってください。同じ世界の出身でございますが、今は敵同士」
終いに、相手の言葉を察して言葉を潰しに来るスタイル。
なんていうか、恨みの張本人じゃないけど同類を前にして本気で相手取るみたいなことをしている。
「……教官楽しそうですね」
『賑やかなことはいいことじゃ』
そんな女性同士の言い合いと言う名の一方的な展開をニコニコと邪悪な笑みで眺める教官はさっきまで不機嫌さはいずこに消えたのか。
平穏自体は受け入れるが、騒ぎの方を好む教官らしい感性だなと俺は苦笑でその言葉を受け入れる。
一方的なエシュリーの口撃に段々と少女の表情が引きつっていく。
まぁ、身柄の価値はあるけどもう捕獲したも同然だから要求を突っぱねることは余裕でできてしまうんだよな。
「賑やか、間違いではない…のか?」
『女が騒いでおる。それすなわち賑やかというモノじゃろう。この程度の騒ぎを余裕を持って受け止めるのも男の器量よ』
「そういうモノですかね」
段々と立場を追い込んでいく。
カーターを物理的に追い込んでいくのと違って、精神的に追い詰めていく様を賑やかと表現する教官。
そういうモノかと納得半分、諦め半分で頷く。
『ああ、男は黙って女性の言葉を受け入れ叶える。それが一番争いが少ない』
そしてこのやり取りを見てしみじみと語る教官ですら、女性経験で苦労してきたと知れた。
何というか、今までの教えの中で一番親近感を覚えた教えかもしれない。
ゆっくりと船が移動する空間が混沌と言う危険物に囲まれていなければもう少し酒を出して語り合いたいところだが、今は操船に集中してもらおう。
いずれそう言った手合いの話をする機会も来ることだ。
なにせ俺も嫁が五人もいるのだ。
その手の相談をする機会は多いだろう。
もしかしたら。
「ですから、あなた自身の立場は……」
こうやってブラック労働の辛さを知り何かと感性が似ているエシュリーに相談する日も来るかもしれない。
女性は強し。
そんなことをこんな場所で感じる日が来るとは思いもしなかった。
「教官」
『なんじゃ?』
「彼女扱いはどうなると思います?」
『国交が断絶している状態で、互いに捕虜の交換をする前提の条約がない。待っておるのは拷問の末に情報を引き出される末路か、魔力適正が高ければ何らかの実験体だろう』
しかし、そんな女性の強さを感じている場合ではない。
心がへし折られそうになるほど、言葉攻めされている少女はさっきから背筋をピンと張り、エシュリーの言葉に打ちのめされるしかない状態になって、言葉を紡げないでいる。
たまに視線でエシュリーを止めてくれと頼みこむような視線を俺たちに送ってくるが、ここで心をへし折っておいた方が都合のいい俺たちにとっては止める理由がない。
王族だろうが、平民だろうが関係ない。
敵は徹底的に叩く。互いの国で怨恨が残りすぎた結果がこれ。
『同情するか?』
「知りもしない敵国の他人に同情できるほど、善人の心があると思います?カーターに襲われたばかりですよ」
罪悪感がないとは言わないが、それでも止める理由もない。
苦笑一つ残して、とりあえず帰還することだけを考えるのであった。
今日の一言
親近感は会話で一番の潤滑剤かもしれない
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!