641 厄介事は一つで終わる時がある
『これで…終いじゃな』
「普通ならその言葉がフラグって言われる時があるんですけどね」
俺が体を消し飛ばして、現れた魂を教官が混沌魔法で捉えて現在進行形で消化中。
もぞもぞと最初は元気よく抵抗していたが、数分間警戒した後の今ではピクリとも動かない。
俺は鉱樹を肩に乗せて戦闘モードを半ば解除している。
「残りは、あの船の乗組員を制圧するだけですかね」
『神剣は流石に消化するのに時間がかかりそうじゃの、その時間つぶしにさっさと船の中を制圧するかの』
強い気配はカーターと神剣のみ、そして船の中にいる戦闘員たちはどう見ても俺たちにかなうような実力を持っているようには見えない。
船の中に立てこもって、結界を強化している。
その時点で戦闘能力はカーター頼りだったのだろう。
「船を傷つけないように切るのか」
『力加減もまた、その者の実力だぞ』
「面倒ごとを押し付けてません?」
『生憎とワシは怪我人での、余計な労働は傷に響く』
「重症状態でもカーター相手に嬉々として魔法をぶっ放していた御仁の言葉とは思えませんな」
ここからは完全に消化試合。
この城に船ごと囚われてしまった時点で、もう逃げ場はない。
懸念するのは自爆されることだけど、もし仮に自爆する気概があるならカーターが負けた段階で既に自爆しているだろう。
『老い先短い老人は大事にしておくものじゃぞ』
「寿命という概念は超越しているでしょう」
もうすでに文字通り消化試合になった俺たちは、ゆっくりと船に向かって歩き出す。
「あ、そう言えば」
そこで俺はふと忘れていた存在を思い出して。
「エシュリー、無事か?」
『無事のように見えますか!?なんですかあれは!?何度死にかけたと』
ここに連れて来た相棒を探してみると、広間の片隅で頭を抱えてしゃがみ込み、必死に被弾面積を減らして結界を展開していた。
「まぁ、仮にも勇者の子孫だし、そこそこ手ごわかったしな」
『手ごたえはあったの』
余波で死にかけたとクレームを入れるエシュリーの目元には涙が、そして彼女の結界はボロボロだった。
もう数分戦い続けていたら結界が壊れていたかもしれない。
『しかし、大したものじゃな。神炎を耐えきりおったか。奴ら加減もなくそこら中にまき散らしておったからの』
「そう思って助けたのでは?」
『なぜワシが初対面の小娘を助けねばならん。何もしておらん』
この城自体の強度は教官が保証してくれているから問題ないけど、彼女の身の安全は自分の術式次第ということか。
流石は聖女、防御能力に関しては教官が感心するほどとは。
ちょっと切ってみたいかも。
『何ですかその目は!?もう私の魔力も限界なんですよ!!これ以上何をさせようって言うんですか!!』
そんな欲が目に現れてしまったらしく、それに気づいたエシュリーの必死さが逆に振りなのではと一瞬世迷言を考えた。
「とりあえず結界から出たらどうだ?」
『……安全なんですよね?』
『敵は目の前にいるがの、青二才以上の実力者がいるとも思えん』
「要は、この船の中から敵が出てきてもどうにかなるってこと」
『それなら』
「まぁ、自爆したら割とシャレにならないけどな」
『やっぱり安全じゃないんですか!?』
だけど、あくまで世迷言として処理して、とりあえずいつまでも片隅で結界を張って魔力を無駄にするのもどうかと思って手招きをしてみるが、警戒心を持ってしまった猫のように周囲を見回して安全を確認している。
「どっちにしろ俺たちは船の中に入るから、そのままだとここで一人になるけど」
『うっ、出ます』
だけど、いつまでも彼女を待っているわけにもいかない。
こっちとしてはさっさと会社に帰ってスエラたちを安心させたいのだ。
早めにこの船を制圧したい。
そう思って、一人で待つか一緒に来るか選択を迫ったら、渋々と言った感じで結界を取っ払って外に出て来た。
「さてと、さっさと制圧しますかね」
『ワシとしてはもう少し手応えのある輩が出てくるのも悪くはないのじゃがの』
「止めてください、そう言った言葉を出した勇者が魔王の配下に敗れたと言う記録があるんですよ」
「フラグは異世界にも存在するんだなぁ」
のんびりと船に向かっていくが、当然簡単に入り込むことはできない。
結界の強度が高くなり、完全に籠城の構えを見せる。
教官の城に固定されている段階で逃げられないんだよ。
素直に諦めてくれれば手間も少なくて済む。
「まぁ、切れるからいいんだけど」
「あっさり切りましたが、私が見た感じはかなりの強度を持っている結界だと思うんですが……」
だけど、労力を惜しんで時間を喰うのも嫌な話。
仕方ないから、サクッと結界を切り裂いて俺たちが入れる入り口を作る。
俺たちが通り抜けたころには結界は閉じてしまったけど、中に入り込んでしまえばあとはどうでもいい。
「教官は大丈夫ですか?なんか聖属性っぽい力を感じるんですけど」
その際に、俺の体に振りかかる力を感じて、辺りを見回すと蛍のような粒子をばらまく魔道具が見える。
これは不死者に効果のある聖属性の明かりだ。
ダメージにはならないにしても不愉快に感じているのではと思いつつ振り返ってみると。
『カカカ、懐かしく思うが問題はないの』
「懐かしい?この船に乗ったことがあるんですか?」
『ああ、少しばかりな』
懐かしむ教官と言う、珍しい姿を見ることができた。
教官の過去を俺は全て知っているわけじゃないからこの船に何らかの縁があってもおかしくはない。
そこを深く掘り下げるようなことはしない。
むしろ操船の方法を知っているのなら儲けもの程度の話だ。
「さてと、結界の次は物理的な立てこもりか」
船に飛び乗って甲板を歩いて入り口を探すと、それらしいものは見つけた。
甲板に描かれている魔法陣。
どう見てもこれで出入りしているんだろうな。
「流石にこれを切るのはまずいよな」
さっきの結界はぶった切っても問題はなかった。
だけど、この魔法陣はどう見ても切ってしまったら問題になる。
『なに、こうすればいいだけのことよ』
鍵や開け方があるのかと悩む俺の脇を通り抜けて、スッと手を伸ばし魔法陣に触れた教官は瞬く間に術式を掌握して、転移陣を起動させてしまった。
『ほれ、ゆくぞい』
「はい」
もう何でもありだなと思いつつも、教官だからの一言でその絶技を納得させて転移陣に乗り込む。
「おお、盛大な歓迎だな」
『カカカそうじゃな』
「いや、そうなんですけど、そうじゃないって言うか」
その先に待ち受けるのは、机や椅子、木箱などでバリケードを作りクロスボウをこちらに向ける騎士たちの姿。
十字砲火になるように工夫しているのは流石だと思うけど、生憎と聖銀で作られた矢は俺には通用しない。
「撃て!!」
敵の隊長の合図に合わせて一斉射されるけど、銃弾よりも遅いそれにあたるほど疲れてもいないし、バカでもない。
鉱樹で一刀のもと払いのけ、そして一本だけ弾いて宙を舞わせる。
それを見てキャッチする。
「うーん、軟だな」
軽く払っただけで変形している矢を見て、素材が銀だから仕方ないとは思いつつアンデッド用に特化しすぎだなと武器としての欠点を上げつつ。
「撃て!!」
そうやって相手の武器の内容をのんびり観察している間に次弾装填が終わって再びクロスボウが矢を吐き出すのを感じる。
「ほいっと」
だけど、一定の速度で真っすぐ飛んでくるだけの武器なんて何のその、数だけは多いが、もし仮に俺に当てようとするならもう少し工夫をしてきてほしい。
「総員抜剣!!切り込むぞ!!」
「おお!」
「神よ、我らに加護を!!」
「王国に栄光を!!」
何というか、カーターが本当に最高戦力なんだな。
何やら決死隊のように覚悟を決めた騎士たちが剣を抜いて襲い掛かってくる。
だけど、海堂たちよりも弱い彼ら相手に傷を負うことなどない。
「死ね!!破滅をもたらす魔族共が!!」
「いや、俺たちどういう扱いを受けているんだよ」
「魔女よ滅べぇ!!!」
「裏切った私が言うのもなんですけど、絵本とかで描かれるような悪役ですよ」
鉱樹で受け止めつばぜり合いに持ち込んで、あっさりと剣を巻き技でからめとって弾き飛ばした後にヤクザキックを鳩尾に一発叩き込んで隊長らしき人物をまずは制圧。
聖女としての経験と実力があってか、騎士に切りかかられても落ち着いて結界で防いで、反撃にフレイルを振るって吹き飛ばしている。
教官の方にはいかない。
なにせ見た目が完全にヤバい存在になっている。
まだ、人の見た目をしている俺たちの方が精神的に攻撃しやすいんだろう。
次から次へと襲い掛かってくる騎士たちの数は二十人ほど。
一人当たり数秒単位で片付けていけば、二分もあれば制圧は終る。
バコンバコンと打撃音が響き渡り、殺生は控えめの戦闘で終わってしまう。
残るのはうめき声を漏らしながら、地面にうずくまる騎士たち。
鎧に俺の手形や足形がくっきりとついているのは仕方なし。
修理代は請求しないでくれと、片手で拝んでおいてからさらに眠りの魔法を使って意識をしっかりと落としておく。
後は部屋の隅に並べて放置しておけばいいだろう。
「乗組員は他にもいるな」
気配的にこれで全部かとも一瞬思ったが、この部屋の奥にまだ人の気配がする。
それもそれなりに魔力の強い気配がするのだ。
『いるだろうな。なにせ、この船を動かすために必要な人材がまだこの場に姿を現しておらん』
「人材?」
その正体が何なのかは教官は察しているようだが、自ら進む気はないようで俺に進めと視線で行動を促してくる。
了解と、俺は頷いて一本道を進む。
船の中はそれなりに広い。
だけど、鉱樹を振り回すと余計なものまで切り捨てそうな位の通路なために鉱樹は一旦背中に格納。
基本格闘戦になるか。
どこかの物陰に隠れている様子もない。
さっきの騎士が本当に最後の戦力だったようで、道中は静かなものだ。
この船の全長自体はそこまで長くはない。
途中に船室のような物もあったが、そこには気配がなくて何も居ないことを知らせていた。
だからこそ、この船の最奥とでも言えばいいのだろうその空間にまっすぐと向かうことができた。
「あー、そこどいてくれない?」
そしていま俺はどうするべきか猛烈に悩んでいる。
見るからに非戦闘員と言えるようなメイドさんが三人ほど俺たちの前に立ちはだかっている。
プルプルと腕を振るわせて、必死に恐怖を押し込めて短刀を俺たちに向けている。
「ひ、姫様の元には行かせません!」
どうやらこの先に姫と呼ばれるような存在がいるようだ。
呼び方からして、やんごとなき方がいるようで。
その方のお世話係をしているのだろうメイドたちには申し訳ないが。
「眠っていてくれ」
レベルが足りない。
一気に魔力を上げて、威圧してやればメイドたちの意識は飛び、その場で崩れ落ちる。
彼女たちでは壁にもならない。
流石に踏みつけるわけにもいかないので、さっと壁際に寄り掛からせて道を開けさせ、俺は扉に手を伸ばす。
「さてと、それじゃお姫様とやらの顔を拝むとしますかね」
『そうじゃの』
そして鍵もされていない扉をあけ放つ。
「ようこそ、魔族の方々」
その先に待っていたのは、カーテシーを披露する、少女が一人立っていた。
「何もない所ですが、歓迎いたしますわ」
そして敵意も悪意もない笑顔を俺たちに向けてくる。
それを見た俺の内心は。
あ、これまた面倒な相手と思っているのであった。
今日の一言
だけど、終わらないことが大半だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!