639 昔の因縁を断ち切れるなら断ち切った方がいい
最後に決め切る時に思わず過剰に力んでしまう時がないだろうか。
これで決まる。
これで終わる。
そういう無意識がつい不必要な力を込めてしまう。
だからそれが大振りになって隙となり致命的な反撃の機会を生み出してしまう。
今この瞬間、このままいけば俺の鉱樹がカーターの野郎の首を跳ね飛ばす。
その瞬間こそ頭を冷静に保つことが重要だと、俺は教官たちに叩き込まれていた。
慌てず、力まず、そして次手を意識して首を跳ね飛ばす。
これで終わりと思うな。
相手も必死に生きようとしているのだ普通に諦めるわけがない。
そんな意識を残しているからこそ。
鉱樹の刃が、ギリギリ首元で止まったことに気づき更に力を込めて振り切った。
斬撃は斬れれば打撃音のような音はしない。
だけど、この一撃は斬撃音ではなく打撃音。
首落としの斬撃ではなく、まるで殴打したかのような音が響きカーターが横に吹っ飛ぶのが見えた。
その瞬間、いや手応えを感じた瞬間すでに脳の中で足に命令を出して追撃をするための準備を足に送っていた。
体の重心を傾けて、弾丸のごとくカーターの吹っ飛んだ方に突き進む。
その俺よりも早く教官の魔法が、俺を追い越してカーターに集中砲火を浴びせる。
雷、炎、氷、闇、とにかく教官の得意属性の雨あられ。
俺が一旦距離を離したことで攻撃魔法の範囲が広がる。
範囲魔法を濃縮した上級魔法の連打。
それによって視界が塞がれるが、問題ない。
魔力が掻き乱れ、魔力探知なんてできない。
爆風の衝撃が俺の体を襲う。
魔法の余波が体を傷つけるが、魔力で体を覆っているから問題ない。
そんな場所に飛び込むなんて本来であればバカだろう。
だけど教官の魔法の腕を信じて、そこにカーターがいることを確信してまた一歩踏み込んで鉱樹を横薙ぎする。
この魔力かく乱は確かに俺の視覚も魔力探知も精度を下げさせる。
だけど、その暴力にさらされているカーターはどうなのか?
防御に徹したとして、いや迎撃していたとしてこの爆撃地に身を躍らせる俺を探知できるか。
「!?」
その答えは否だ。
魔法によって視界を完全に封じられていたカーターは俺が攻撃を放つ直前になって馬鹿なと目を見開いている。
確かに、こんな魔法攻撃の嵐の中に飛び込むなんて馬鹿げた行為だろう。
だけど、そこは教官を信じている。
わざと俺が攻撃することができる隙間だけを開けて、多角攻撃を仕掛けてくれている。
魔力で探知を遅らせて、爆音を響かせて音を無くして、派手な魔法によって視覚を封じる。
気配の探知?
そんなモノ怒涛の勢いで攻撃されている状態ではできない。
いや、キオ教官なら笑顔でやりそうな気がする。
あの鬼なら、直感でこのコンビネーションに対応して、むしろフシオ教官の魔法攻撃を素肌で受け切って俺にカウンター合わせてきそう。
それがカーターにも出来るかと、脳裏によぎる。
出来ないと決めつける要素はない。
だが、ここで躊躇ってしまっては踏み込んだ意味がない。
「行くぞ」
〝おう!〟
信じて突き進む、そう覚悟が決まれば迷いなんて生まれない。
天照は太陽神の加護があって防がれるかもしれない。
加具土命も同じだ。
なら、と。
「建御雷三式」
おなじみの装衣魔法を発動させる。
これだけ派手に教官が魔法を使ってくれているのなら、雷光くらい紛れる。
放つのは範囲系の建御雷ではなく、収束凝縮系だ。
バチバチと青い雷が鉱樹に帯電、そしてその光に合わせて刀身も輝く。
「一閃」
そしてそのまま魔法が叩き込まれている空間に踏み込み再び、横一線。
魔法とは違い、刃を煌めかせる俺の一撃は確かな手ごたえとともに肉を両断。
「がぁ!?」
魔法の爆撃音の最中に響く悲鳴。
そして空中に舞う片腕。
胴体ごと両断する気だったんだが、直前に反応して片腕の損失で済ませたか。
だが、片腕を失う。
そんなデメリットがこの土壇場で致命傷にならないわけがない。
攻勢に出れる勢いはもうカーターにはない。
建御雷を維持したまま、三度、接近戦の間合いに踏み込んだ俺の目に移るカーターの瞳にはさっきの傲慢さなど欠片もなくなって、なぜと言う疑問と、死が迫ると言う絶望が入り混じった困惑を生み出している。
白い炎の腕がカーターから気づけば生えている。
その手が剣を握り、攻撃に支障を生み出さないようにサポートしているからまだ均衡を保っている。
『何やっている!?この私を使ってこの程度の敵に負けるなんてありえないよ!!』
『カカカカ!その程度の敵に一度負けていることを棚に上げている鈍らがよく吼える。悔しかったら挽回してみろ、ホレホレ、この程度の攻撃でへこたれるようじゃ神剣の名が泣くぞ』
『死にぞこないが!!』
だけどその均衡も徐々に崩れ始めている。
吸血鬼と言う人よりも優れた肉体を誇り、元勇者の血筋と言う才能を持ち、長い年月の研鑽により技を鍛え、神に鍛えられた神剣を持つ存在。
これだけ設定を盛り込んでいるのだが、こっちも同じように設定を盛り込んでいるんだよ。
頭のおかしくなるような教育方法で強化された肉体、度重なる事件で人間を辞め始めている身体、ヴァルスさんによって一億年スイッチかとツッコミを入れるような空間での剣術訓練、そして事件が起きるたびに超進化してくれる相棒の鉱樹。
負ける要素はない。
神剣の激昂、カーターの苦悶の表情が噛み合っていない。
苦し紛れの反撃も、鉱樹で受け止めても重さも鋭さも感じない。
恐怖に飲まれている。
剣筋にそれがにじみ出ている。
これでいいのかと迷いがある。
散々防ぎ、カウンターを合わされ、実力の差を知ったカーターは魔王以外に負けるわけがないとどこか高を括っていたのだろう。
その高いプライドがカーターの思考を縛る鎖になって、その上に神剣と言う高性能な武器が重しとなり、勝たなければと視野を狭くさせる。
「あれを、やるぞ」
どんどん追い詰め、そしてもうそろそろ終わると確信し始めたころにカーターが何かを呟いた。
次に何をするか思わず口ずさむくらいに心に余裕がない様子。
だけど、戦隊ヒーローとかの変身シーンをわざわざ許す怪人の利点がわからない俺は、さっさと蹴りを付けるために前に踏み込む。
一秒の猶予も与えない。
刹那にも満たないその剣閃を煌めかせ、今度こそカーターの首を斬り飛ばそうとした。
さっきとは違い建御雷状態の鉱樹なら奴の首を跳ね飛ばすことはできると思っていた。
だけど返ってきたのはまたもや硬い音。
結界に阻まれた。
それを理解した途端、俺の危機意識に警鐘が鳴る。
『離れろ次郎!!』
その教官の声が聞こえるころにはすでに俺は飛び下がって教官の隣に着地した。
『攻め切れんかったか』
「教官、あれは」
そして油断なく鉱樹を構えて、正面を見据えながら情報を得るために教官に聞けば、渋い声で教官は厄介なことになったと呟き。
『主が見るのは初めてか、あれは真名解放じゃ』
何が起きているか教えてくれた。
「真名開放?さっきまでは封印状態か何かだったと?」
敵の変身は止められないそのお約束的な情報かとも思った。
しかしそれだけでもない様子。
炎の渦がカーターを包み、そしてよく見れば城の床をも溶かしている。
どれだけ高温の炎を生み出しているんだと苦笑する。
『それに近い状態と言うことだ。神剣と言うのは文字通り神の剣、現世の生物が使うには過ぎたものじゃ。故に、常にリミッターが設けられている。それは神剣側と担い手両方の同意がなければ解除できない代物じゃ』
「ということは、ここからが本番ということですか」
『然様、じゃが、そこまで心配する必要はない』
「その心は?」
『いかに切れ味が良い刃物であっても、担い手がへぼでは遊べる時間が長くなる程度の差よ』
「なるほど」
神剣の本領発揮を促す、それを聞いて気を引き締め直した。
見るからに浴びたらマズイ炎だとは感じているが、技は一朝一夕で良くなるものではない。
技量はさっきの打ち合いでおおよそ把握した。
それを通してなるほど社長が余裕を見せていた理由がなんとなく察せた。
『神剣一体』
「覚醒」
そして炎を散らし出てきたカーターを見て。
「主人公っぽいですね」
思わずそんな感想を呟いてしまった。
ゆらゆらと揺れる炎の衣と、黄金に輝く鎧。
そして神の毛と瞳が炎の色と一緒になっている。
正にラスボスに挑む主人公の覚醒状態のテンプレートに対して思わず言ってしまった。
たぶんだけど、ここがゲームの空間だったら挿入歌の一つくらい流れていてもおかしくない展開だ。
「『ふん、随分と呑気だな。これから待っているのは蹂躙だというのに』」
だけど、言ってくるセリフが三下臭が匂って来そうな感じなのはいただけない。
「教官、ちょっとこっちもギア上げますね」
『好きにしろ』
主人公っぼい見た目だけど、それは結局っぽいだけで、ここは現実。
主人公のように覚醒して、追い込まれている状況から大逆転っていうお約束の展開がないわけではないけど、それは実力が拮抗している場合だ。
魔力を抑え込んでいるのは相手側だけじゃない。
「相棒、竜血覚醒」
〝承知!!〟
鉱樹の接続、そして脈動する心臓がさらに高鳴る。
そして人の身には宿らない、異形の血を眠りから目覚めさせる。
『ほう、いつか人を辞めるとは思っていたが、そこまで行ったか』
隣の教官から感心するような声が聞こえる。
きっと俺の目は竜と同じになっている。
それを見て、感心しているのだろう。
「もう今更って感じですよ。ちなみに、いずれ頭から角が生えるんじゃないかって心配しています」
『カカカカ!ついでに背中に翼も生やせば便利になるのではないか?』
「それ、もう完全に人じゃないですよね」
敵の覚醒シーンには興味ありませんと言わんばかりに俺たちは雑談を交わす。
「『ふざけるなぁ!?』」
二つの声が重なっているように聞こえる怒声、きっと神剣の力を見せて恐怖することを想像していたんだろうけど。
生憎とこっちは恐怖は感じても絶望はしないように教育されている身でね。
「『お前は何なんだ!?何だと言うんだ!?』」
「新しい将軍だよ」
さっきより早く、さっきよりも強く、さっきよりも熱い炎を鉱樹で受け止める。
普通の鉱樹なら間違いなく溶ける温度だけど、片手で受けたのにもかかわらず吹き飛ばされず、さらに刀身に刃こぼれ一つない。
危険性が跳ね上がったなとは思う。
だけどな。
逆を返せばそれだけだ。
少し加減していた力を開放してやれば、まだ余裕を保てる程度の実力でしかない。
死ぬかもしれない凶刃なのはわかる。
だけど、当たらないように振舞えばそれだけだ。
それに戦う場所が最悪すぎる。
本当だったら岩だろうが、鉄だろうが、はたまた水だろうが燃やしてしまう神の炎なんだろうけど、ここは混沌の中で、そしてこの城は教官が作り出した空間だ。
燃え移る場所や物が一切ない。
よって飛び火の心配がないのだ。
たぶんだけど、神剣の本領は炎をまき散らせて自分に有利な空間を作り出して圧倒するようなタイプと見た。
それ以外の効果が炎を生み出す力と炎魔法を使えるようになるのと、ただ頑丈で鋭いだけの剣。
威力と剣としての性能は評価するけど、逆を返せば空間を断絶したりするようなヴァルスさんのチート染みた能力はない。
イコール。
「ただ、少なくともお前よりは強いって頭につくがな」
怖さはあるけど普通に勝てるって相手だ。
今日の一言
嫌な相手の因縁は早々に切るに限る。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!