638 懐かしい顔にも好悪はある
あっさりと城壁を無くした教官の行動によって現れたのは。
「船?いや、飛行船か」
本来は海に赴くための乗り物である船。
それが虹色の膜を纏って、混沌の中をかき分けて教官の城までわざわざ来たと言うわけだ。
「差し詰め、魔王に挑む勇者一行と言う感じだな」
『カカカカ!魔王と思われるのは悪くはないが、他者の評価で地位を決められるのは面白くないのぉ』
混沌の中に潜む不死者の王。
このワードだけで、ラスボス臭が漂う。
その感想を言っただけなんだけど、教官からは不評のようで、ジワリと嫌な魔力を放出し始めている。
俺には影響はないけど、一般的な実力者程度になるとこれだけで精神汚染待ったなし。
改めて、不死者の能力の凶悪性を実感する。
ただ。
「それは、社長に勝ってから名乗りたいとかそんな感じですかね?」
『それはワシの口からは言えんの。じゃが、志は高くとだけ言っておく』
「それで平和を崩されるのは勘弁願いたいんですけどね」
それよりも先に物理的に被害をまき散らしそうな、この巨大な船をどうにかしないといけないようだ。
教官が城の中に招き入れたことで、船の先端部分は完全に城の中に突き刺さってしまっている。
おまけに混沌が流れ込まないように、城壁を埋めて固定すらしている。
そんな船が藻掻こうとも固定するものがない混沌の中では一緒に城も移動するだけで無駄な動力を使うだけだ。
鉱樹を右手に携えて首をひねり、肩を回し、軽く体を解す。
混沌の中を移動している間から窮屈だとは思っていたが、体が凝っている様子はない。
『腕を上げたようじゃな。なかなかの魔力の練度』
「死に物狂いで鍛えてましたよ。ここに来る前なんてなれない武器で社長と打ち合ってましたし」
『その聖剣かの?』
万が一のことを考えて腰には聖剣を差しているけど、抜く予定はない。
あくまでこれは防御用だ。
「いえ、国で保管していた聖剣を何本かぽっきりと」
『聖剣が耐えきれないほどの魔力か、あるいはライドウと同じような腕力か』
「社長曰く、まだ扱いが雑らしいですよ」
装備としては本気装備とはかけ離れている。
鎧を持ち込む余裕がなかったから、今着ているのはダイバースーツのように体にフィットしているインナー姿だ。
若干SFチックな見た目になっている。
そこに武骨な刀の鉱樹を携えているからちぐはぐとした印象が否めない。
『精進あるのみと言うわけじゃな』
その脇をガシャガシャと骨の音をかき鳴らして歩む異形。
その中心にいる教官はこれから始まる戦いに胸を躍らせているようで少しご機嫌。
「へぇ、本当に生きてた。それに随分と姿かたちが化け物になりましたね不死王ノーライフ殿」
そのご機嫌も、上から聞こえてくる嘲りが混じった声で急転直下なんだけど。
『はて、次郎知り合いか?』
「知り合いと言えば知り合いですね。裏切者と頭につきますけど」
その気配、その声、そしてその姿。
どうしてここにいるのだと眉間に皺を寄せて見上げれば、侮蔑の視線でこちらを見る優男が一人いた。
「カーター・イスペリオ。監獄から脱獄して尻尾を撒いて逃げたかと思っていたが、そのまま怖気づいて隠れ家に引きこもっていればよかったのに。わざわざこんなところまでご苦労なことだ」
「おや、どこかで見た顔があると思えば人間道具の一人じゃないか。名前は確か、ああゴメン、よく覚えていないや」
「お前におぼえられてなくて今とっても安心してるよ。そっちの情報網はその程度なんだって感心できるから」
元から魔王軍を恨んでいるような出生らしいから喧嘩腰待ったなしの様子だけど、それ地球出身の俺には関係ないよね。
魔王軍の将軍になったなんて情報、大々的にパレードもやったから知っていてそれ含めての恨み節なのかもしれないけど。
皮肉で言ってみた様子、俺が将軍になったと言うのを知っているわけではない。
『おい、何を無駄話しているんだよ。さっさとそこの不死者を切り殺させろ』
「おっと、すまない。私もつい熱が入ってしまってね」
敵の姿は今のところ一人。
船の中に他にも戦力がいるのかもしれないけど表に出ている様子はない。
なのに声が二人分。
『なんじゃ、アイワからその青二才に持ち手が変わったと言うことは愛想を尽かされたと言うことか、鈍ら』
「この声の主知っているんですか?やたらと魔力っぽい力を持っている剣ならありますけど」
『そこの青二才が持っている剣が声の主よ。なに、次郎の鉱樹よりも切れ味の悪い鈍らじゃ気にせんでもいい』
その声の正体はカーターが持っている剣のようだ。
ケタケタと鈍らとあからさまに揶揄う時点でなにか昔あったんだろうなとは思う。
『死にぞこないがどこまで、その無駄口を叩けるか楽しみだよ』
『不死者など皆死にぞこないよ。それが理解できんから鈍らなんじゃよ』
バチバチと火花散るような皮肉の舌戦。
『ならお前はその鈍らに切られて滅びるんだよ。カーター殺れ』
そして向こうは随分と短気なようで、可視化できるほどの魔力を滾らせて怒り心頭のご様子。
担い手に命令して今にも切りかかってきそう。
「教官、俺が前衛でいいですかね?」
『これは、ずいぶんと楽をさせてもらえそうじゃな』
そしてそうなる前に俺は一歩前に出て、前衛、盾役兼アタッカーとしてのポジションを取る。
「おや、君が俺に勝てるとでも?」
「さてな、やってみればわかるさ」
「いくら、不死王が味方にいるとしても君がいたら勝てる物も勝てなくなるのに、ね!」
その準備を待っているかのように、悠然としていたカーターが突如として前かがみになり一気に切りかかってきた。
煌めく刃、滾る魔力。
一撃で俺を切り捨てるつもりのようなんだろうけど。
「ふん!」
しっかりと見えて、対処できる攻撃をなぜ受ける必要がある。
上段からの切りかかり、それに対して鉱樹の刀身を使った受け流しを披露。
魔力同士の接触で、火花のような粒子が散るけど鉱樹の刀身には傷1つない。
「なっ」
完璧な受け流し、それをやられた当人は体が流されながら目を見開いている。
すぐに姿勢を直して、俺の返しの刃を防ごうとしているけど。
『戯け、次郎の実力も見抜けぬから青二才なのよ』
こっちに注目していいのかねぇ。
容赦なく、俺の体を死角につかって魔法を発動させた教官の魔法は逃げ場を完全に封じるようにカーターを包囲している。
流石教官、俺の動きに完璧に合わせてきている。
その動きは俺が完全にカーターの動きを抑えてくれると確信している動きだった。
信頼されている故の、完璧な連携。
さてどうするカーター、このままいけば俺の返しの刃か教官の魔法かそのどちらかが確実に当たる。
ゆっくりと鉱樹の刃がカーターの首めがけて振るわれる最中、鉱樹と奴の首の間に剣を差し込むのが見える。
正面からの攻撃は防いで、魔法は耐えるのかと一瞬思ったが、同時に剣から炎が生み出され魔法を飲み込むのが見える。
咄嗟に体を引き、炎から身を守る。
蛇のように生きた炎が飛んできたが、それは鉱樹の切り払いで防ぐことはできた。
「今のは」
『神の炎。あれに燃やされたら最後、魂も燃やされるぞ』
「それを早く言ってほしかったですね、と言うことはあれが報告に合った神剣か」
一瞬の交差。
たった一合の切り合い。
それにしては色々と情報が得られる打ち合いだった。
『おい!今のを防がなかったら死んでいたぞ!しっかりしろ!!』
「すまないね、彼も中々腕を上げているようで次は油断しない」
カーターの腕は、あの日社長と斬り合った時に見ていた腕とさほど変わらないように感じる。
満足しているのか、それとも成長をしていないのか。
鉱樹を中段に構えなおして、観察するも教官と戦う時のような怖さはない。
いや、油断すれば致命傷を負う危険性はあると感じるけど、逆を返せばそれだけだ。
その攻撃を注意し、もっと言えば教官に向かうことを阻止できれば勝ちきることはできる。
油断じゃない、明確な実力の差。
それを感じ。
「よし、へし折りましょう」
油断も慢心もなく、どっちにしろ魔王軍にとっては邪魔な存在なので後顧の憂いを断つために一歩踏み込みながら、後ろにいる教官に言い放つ。
『ほう、それはそこの鈍らのことか?それとも青二才の心をか?』
「どっちもですね」
向こうはなにやら棘が目立つ言い合いだったが、こっちはジョーク混じりの柔らかい言葉の掛け合い。
向こうには軋みが、こっちには友和が。
「それじゃ、攻めます」
『好きに動け、こちらも好きに動く』
ツーカーの仲って言うのかな。
カーターの踏み込みよりも早く踏み込み、瞬きするような刹那の時間で一気に鉱樹の間合いに入る。
教官の作った監獄塔城の床は俺の踏み込みでも壊れず、俺の斬撃の余波でも斬り溝ができない。
切り刻んで足場が崩れないことはいいことだ。
お陰で足場を乱す心配がない。
楽だなと思いながら、風切り音も置き去りにする高速の斬撃で檻を作り出す。
振ってから振り上げるまでの時間は百分の一秒以下。
視覚に映らないような高速の動作は、すでに回数を数えられないくらいに繰り返していた動作だ。
呼吸するよりも馴染んでいると言えるその動作を必要最小限の労力で繰り返すだけ。
それを最適化したのが剣術というやつだ。
俺のベースは示現流の分家筋の技だから、一撃に重きを置いた攻撃が多い。
だけど、この魔王軍に入社してから一撃で仕留めることの重要性と難しさを痛感してから改良に改良を重ねて。
相手に致命傷を与えることを重点に置いた、繋ぎ技を加え常に必殺を維持できる連撃を放てる剣術を開発した。
「くっ!?」
『おいどうした!?押されているじゃないか!?』
連撃で重要なのは、次の攻撃の動作へのラグをいかにして少なくするかだ。
ただ攻撃を軽くしてはダメだ。
ただ速いだけの攻撃は軽い、ただ強いだけの攻撃は鈍い。
強く早くを両立して、初めて鋭さが生まれる。
縦にできて三流、横に凪げて二流、全方位にできてようやく一流だ。
それをスムーズにつなげ、常に相手に防がせなければと思わせることでプレッシャーをかける。
それが今のカーターだ。
必死さを隠せない。
懸命に防いでいるだけの動き。
反撃する暇を与えていないから当然だけど、いかにして武器が強力でも、担い手がこれでは話にならない。
反撃手段を炎に限定しているから、余計にこっちが攻撃をやりやすくなる。
「お前の炎も全く効いてないじゃないか!?」
『うるさい!!何なんだこいつは!?神の炎だぞ!?そんな鈍らなんて簡単に溶かせるんだぞ!?なんで溶けないんだよ!!』
最初は驚いたあの炎も、魔力でコーティングすれば防げるって言うのがわかった。
そうとわかれば攻めようはいくらでもある。
魔法は使わない。
なにせ。
『ほれほれ、この老いぼれを無視してくれるな。寂しいじゃないか』
教官の魔法の妨げになるからな。
俺は切ることに専念すればいい。
それだけで、大体のことは何とかなるという、援護が強いとここまで安心できるのだと再認識した。
だけど、相手側からしたら悪夢だろうさ。
これでも魔王軍の中では斬撃に関しては社長にお墨付きをもらっている使い手の俺と、社長からも厄介だと認定されている魔法使いのフシオ教官。
俺たちがタッグを組んだらこうなるのは目に見えている。
だから、だろうか。
今まさに俺の刃が、再びカーターの首を捕らえようとしている。
今日の一言
会いたくないと思っている人物だっている。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!