637 嫌な再会はいらない
更新遅れて申し訳ありません(汗)
『カカカ!美味!実に美味なり!!久しぶりの酒は五臓六腑に染み渡るわい』
「不死者に機能している内臓があるのでしょうか?」
「さぁな」
『小娘、そんな無粋な疑問を持つモノではない。酒は内臓のみで味わうモノではない。ワシクラスの不死者になれば魂で味わえるモノよ』
この城、監獄塔城は教官が生み出した代物。
元来の目的は、混沌内に敵を引き込み、万が一敗北しても敵を混沌の海に沈めると言う二段構えの確殺陣。
熾天使アイワとの戦いで召喚して見せたその城は何者かの攻撃で崩壊し、増援で来た敵に不意打ちを受けて混沌の海に身を沈めた。
本来であれば死を超え、不死者となった教官も、混沌に溶け消滅する運命にあった。
『本来であればこ奴らにも味わわせたかった』
だが、運命はまだ教官を見放していなかった。
愛おし気に纏っている骨を教官は撫でる。
異形の骨の鎧となり、その身を挺して主を守った者たちの末路。
忘却の騎士、教官がまだ不死者じゃなかった生前に仕えていた騎士たち。
その騎士たちの魂が教官を生きながらえさせた。
盾の騎士が、剣の騎士が、弓の騎士が、魔導の騎士がそれぞれの体の部位を変化させ教官に纏わせ混沌の中でわずかであるが生き残れる時間を稼いだ。
その代償として、その魂が混沌に触れ消滅すると言う未来を示していたとしても。
『次郎?』
俺はその決意と忠義に報える事が出来るとは思えない。
だけど、教官を生かしてくれたことに対しては感謝したい。
「名も知らぬ騎士に」
グラスを掲げ、乾杯を告げる。
『カカカ、なんとも粋なことをしてくれる』
その行動に教官は、うっすらと目を細めた。
流れぬ涙がそこにあった。
だけど、俺はそれを指摘せず。
グッとグラスに入った酒を煽る。
「それで、話は変わりますけど生き残っていたなら帰ってこれましたよね?なんでこんなところで待機していたんです?」
教官がなぜこんな状況になったかは確認できた。
なら次は、どうして帰ってこなかったと言う話になる。
言っては何だけど、混沌の中で生活できて、混沌から魔力を得ることができるフシオ教官ならあっさりと帰還できるのではと思うのだ。
『うむ、その答えは単純明快、迷った』
「ま、迷った?」
どんな理由があるのかと身構えていたが、返ってきたのは単純な理由。
カラカラと乾いた笑い声とともに恥ずかし気もなく迷子になったと教官は言い切った
『仕方なかった。部下たちのおかげで命自体は生きながらえたが、聖剣で貫かれ身を焼かれたのは流石にワシでも大怪我じゃ。意識を失い混沌の海の中で漂流している間に座標を見失ってしまえば、天地がどこにあるかもわからぬ混沌から出るのは難しい。闇雲に動き回ってしまえば更なる遭難を招く。生憎と混沌の中では外の情報を得るのは難しい。なのでこの城を再び呼び出して養生していたわけじゃ』
「なるほど」
だが、説明を受けてみれば納得の理由だ。
全ての情報がごちゃ混ぜになっている混沌の中で意識を失ってしまえば待っているのは消滅だ。
だけど生き残ったのなら、待っているのは迷子。
道理である。
『しかし、生憎とワシを含め不死者と言うのはめっぽう聖剣の攻撃に弱い。ワシは回復魔法は出来るが、得意ではないのでの。加えて苦手な属性じゃ傷を塞ぐので手一杯じゃ』
「なるほどだからそんな重傷のままで」
『そういうことじゃ、それでどうじゃ小娘、治りそうか?』
「治す気があるのなら飲酒は控えてほしいのですが」
そして今に至ると教官は言う。
そこからは俺が外でどうなっているかを概要だけ伝えた。
ここで細かく情報を交換している時間はない。
まだこっちには到着していないが、敵が混沌内にいるのは明白。
だけど、重症者である教官をそのまま連れて帰るわけにもいかず、エシュリーに治療してもらおうとしているのだが。
「……だめです、これは不死者祓いの祝福です。私たち人間には良き祝福なのですが、不死者であるあなたにとっては」
『猛毒じゃの、どうりで治りが遅いはずじゃ』
聖女である彼女が、不死者の教官を治療する。
なんの皮肉かと一瞬思うが至って真面目、聖女と言う肩書は伊達ではなく、治療技術に関して言えば俺よりも遥かに上だ。
そんなエシュリーでも祝福を外すことはできないらしく無念そうに首を横に振る。
『こればっかりは自然に解けるのを待つしかないの』
「普通でしたら、消滅していてもおかしくないほどの祝福なのですが」
『ワシをそこらのアンデッドと一緒にするな』
それを気にした素振りも見せず、困ったと教官は顎を撫で始める。
「このままこの城で浮上することは?」
『そう言った機能はあるにはあるが、浮上するのにどれほどの月日がかかるかはわからんぞ、ワシは平気じゃがここには水も食料もない。人である小娘が真っ先に倒れ、その後に次郎と言う結末になるぞ』
「うっ、出来れば早急に帰還したいのですが」
「そうなると、別の方法を考えないといけませんね」
俺たちは通常の教官の姿を想定して、救助装備を用意してきた。
エシュリーの後ろと言う形になるが、人一人入り込める程度の、それこそキオ教官でも入り込める程度のスペースは確保してきた。
しかし、忘却の騎士たちの体で体を保持している教官は今ではキオ教官の倍の肉体の大きさになっている。
当然予定のスペースに入りきる代物ではない。
かと言って体を削ることもできない。
異形と化してしまったが、れっきとした教官の肉体なのだ。
こうも化け物らしい存在は魔王軍でも珍しいけど、どうにかしてこの状況で帰還する方法を考えねば。
教官の肉体を治療出来れば、教官の魔法で体を変化させてスーツに入り込むことができるのだけど、それも聖剣から強制的に授けられた祝福でできない。
「教官、混沌の中から混沌の外に転移するのは可能ですか?」
『ほぼ不可能じゃな、混沌と言うのは文字通り何でもありの過剰な情報の塊じゃ。それは時空の情報も含まれる。転移魔法と言うのは空間と空間を繋げそこに物質を移動させるという繊細な魔法じゃ、こんなごちゃごちゃとした空間の中を移動して無事に済むとは思えんの』
幸いなのは、混沌魔法のプロフェッショナルである教官がいることだ。
座標は俺がヴァルスさんと契約しているから把握できている。
なら転移魔法で一気に脱出を図ろうとしたけど、それも無理そうだ。
「移動性重視で来たのは失敗だったな。結界の消耗を抑えるために燃費優先にしたのが完全に裏目に出た」
『否、次郎の判断は間違っておらん。混沌の中で最も重要なのはいかにして消耗を抑えることだ。大きくなれば大きくなるほど消耗は大きくなるのは摂理。人員も必要最低限にすべきじゃ。今回は完全に想定の範疇を越えている』
であるなら、他に何か手段を考えるべきなのだがパッとは思いつかない。
石畳に腰を下ろして、ウンウンと唸り、腕を組んで考えるが、これだと言う方法は思い浮かばない。
『しかし、安心して良い。策はある』
「策ですか?」
そこは頼れる教官だ。
俺に思い浮かばないことを思いつき、何とかなると豪語する。
それは何かとエシュリーが首をかしげる。
『聞けばここを嗅ぎまわるネズミがいるのではないか?そ奴らの乗り物は次郎が乗ってきている物よりも大きいと聞く。ちょうど良いのではないか?』
「ああ」
そして敵は殲滅するという魔王軍思考がちょっとこびりつきすぎているのを改めて自覚した。
確かに教官の言う通り、相手の戦力次第だけどこっちの戦力は将軍が二人に、回復役の聖女が一人。
並の戦力じゃ負ける気がしない。
納得するように俺は頷いた。
『カカカ、ここは魔王軍らしく一つ強奪としゃれ込もうぞ』
「奪うって、それは」
「情報を聞く限り、イスアルの住人からしたら俺たち魔王軍は悪辣にして傲慢、悪鬼のごとく醜悪、それが教会の教えだと聞いている」
「……間違いではないです」
「だったら、その醜聞を逆手に一つや二つ嫌な噂が増えても、ああ、魔王軍だからとしか思われないだろうさ」
そして教官の言うことは多分、言葉だけの重みじゃない。
エシュリーは気づいている。
強奪、イコールその船の搭乗員の運命はと。
命の取り合いに関しては、最早俺は進むところまで進むべきだと思っている。
ファンタジー世界に文字通りの幻想を、夢幻と言われるような理想は抱いていない。
そこに命があり、そこに戦があるのなら命の取り合いになるのだ。
「覚悟を決めないといけないのですね」
『なに、船の鎮圧はワシと次郎でやる。小娘は結界を張って耳を手で塞ぎ目を瞑っておればすぐ終わるわ』
その事実に悲痛な表情をエシュリーは浮かべ、白けたと言わんばかりに冷たい言葉で教官は突き放す。
教会の元聖女と言う要素だけで、教官からすれば嫌悪の対象になる。
だが、それで使う使わないを判断するほど狭量ではない。
しかし、心情で背後からの敵になり得るかどうかの判断材料で心情は重要だとも理解している。
戦力的には、負傷し万全ではないにしろ、教官と俺、将軍位が二人もいる。
エシュリーの支援がなくても十分だろう。
教官が小娘とエシュリーを呼んでいるのは、魔王軍に協力するという流れで社長から認可が降りているがそれでも心に迷いがあるところを見抜いているからだ。
「そう言うわけにも」
『戯け、邪魔だと言っているのに気づけ。主がいるかどうかで戦況が左右されるほど耄碌しておらん』
その優柔不断な態度は教官からしたら、見ていて鬱陶しいと言わざるを得ない態度だ。
俺は何とも思っていないが、他の人物からしたら嫌悪の対象になってしまうのだろう。
渋々従っているわけではないが、割り切れていない。
不安定な状況。
「……教官」
だが、仮初とはいえコンビを組んでいる。
ここで空気を悪くして後々の脱出に支障が出たら問題になる。
混沌からの脱出経路は教官と合流した段階で既に確保できている。
ここで一つ仲裁をと思ったのだが。
『ふん、わかっておる』
どうやら間が悪いようだ。
座っていた姿勢からそっと立ち上がり、鉱樹を取り出す。
それに倣って、教官も戦闘態勢に入る。
「教官、迎え撃つために広い場所を所望したいのですが」
『それならこのまま上に行けばよい、そこでならワシも主も十全に戦えよう』
「そうですか」
「え、まさか」
「ああ、思ったよりも早く着いたな。最悪見つけられないかもと思っていたが」
『大方、あ奴がいるのだろうさ』
「あやつ?」
ヴァルスさんと契約してから、気配に関しては、いや正確には領域と言えるような自分の知覚できる空間の範囲が広がり、そして認識できる情報が増えた。
その探知圏内に新しい気配を感じ取った。
混沌の中で教官を探している。
同じ魔王軍ではない。
となれば自然と。
「おっと」
『カカカカ!随分とせっかちな客じゃの』
相手は敵となる。
ぐらりと揺れる監獄塔城。
安定を担っている教官らしからぬミス。
すなわち、外部からの衝撃。
誰が来たのか見当がついている教官の歩みに俺もエシュリーもついていく。
「ちなみに誰が来たんですか?気配でなんとなく面倒なやつと言うのはわかっていますが」
『招かれざる客じゃな、担い手の方は来ても良かったのじゃが』
その足取りは何とも気楽なものだ。
今もズンズンと大きな衝撃が城を襲っている。
「なんでそのように冷静なのですか?この城が壊れたら」
「壊れないって信頼しているからかな」
『小娘に心配されるほど耄碌しておらん』
その間も階段を上り。
広間に着いた。
『さて、あの小僧を出迎えるとしようか』
そしてその一言で、あっさりと城壁を教官は解除するのであった。
今日の一言
再会は好悪存在する。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!