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636 久しぶりの再会は

 

「これは……城壁か?」


 ヴァルスさん曰く目的地に着いたらしいけど、生憎と視界は混沌の黒一色で全くの見えない。

 手探りでどこになにがあるか探すと、今までコールタールのような粘度の高い液体の中を掻き進んでいるような感覚だった指先にコツンと硬い感触が伝わって来た。


 これは何か、そこから離れないようにその硬い感触の方に体を寄せて、結界に接触させると、すべての物質が融解し、存在を維持できないハズの混沌の中にレンガで積み上げたような石壁が出現した。


「こんな場所にですか?」

「ああ、多分だがこれが教官が生き残っている理由だろうな」


 城壁と言ったのは、最初に見つけた場所からだいぶ移動しているが、一向に壁が途切れないことからの言葉だった。


 とっかかりの少ない、綺麗な並びで、掴み所の少ない城壁を四苦八苦しながら進む。

 少しでも離れたら見失うと言う状況は緊張感を持たせてくれる。


 しかも、普通のレンガなら俺の握力で喰い込ませることができるのだけど、普通のレンガがこの混沌内で存在できるはずもなく、俺の握力に耐える強度の城壁が入り口探しの難易度を上げている。


「混沌魔法の使い手だから、混沌に対抗できる秘策もあるとは思っていたけど、こういう形で耐えているとはな」

「師匠なのですよね?」

「師匠であっても弟子にすべてを教えるわけじゃないからな。むしろ、俺の師匠たちは嬉々として秘密を作る塊だよ」


 城壁と言っては見たが、入口らしいものがない。


 普通に考えて、混沌が中に入り込まないように密閉しているのは明白。

 だけど、入口みたいな建築物もないのはどういうことだ?


 隠しているのが本命、次点で破壊しているか。


「だからこんな術を持っているのを知らないのも無理はないってわけだ」

「でしたら、中に入る術もわからないのでは」

「それはそうだ。だけど、あの教官のことだからどこかしらにヒントがあるはず。ゼロヒントで中に入れと言われるような気もするけどな」


 フシオ教官なら、どこに入り口を作る?


 エシュリーの疑問に答えながらも、頭の中ではフシオ教官の性格と思考、そして過去の経験からどこかに入り口があるのは間違いないと確信している。


 王道はない。

 邪道であるのは間違いない。


 だけど、勘ぐりすぎると裏をかかれる。


 本当に、面倒な性格をしている教官だ。


「無理矢理入ることは?」

「やれないことはないが、教官が作った城壁だ。そんな物が並の強度の訳がない。下手をすればこっちの魔力が先にガス欠を起こすからそれは最終手段だ」

「転移で中に入り込むのは?」

「混沌の所為で座標情報があやふやで、中の構造自体も不明な建物に転移魔法は自殺行為だな」

「つまり、地道に入り口を探すしかないと」

「そう言うことだ」


 手探りで城の構造を探り当てるなんてどれだけ鬼畜なことをさせているのか。

 そんな自覚が教官にあるとは思えない。


 むしろこうやって手探りで探り回っている俺を感じ取って、どれくらいで中に入ってくるか予想して楽しんでいるかもしれない。


「何か気づいたら言ってくれ、わずかでも情報が欲しい」

「何かと言われましても、こうも何も変化のない光景では逆に違いがあれば目立つのでは?」


 こんな時でも苦労を経験値に変えてきそうな教官が潜むシェルターの周りを探し回るも手掛かりはゼロ。


 まさか、敵よりも味方に苦労させられるとは思っていなかった。


 エシュリーの言う通り、何も変化のない城壁を探し回ることどれほどか。


「あった」

「え、これがですか?」

「ああ、教官の家の家紋だ」


 ようやく探していた物を見つけた。

 色々な可能性を考えていて、その中で一番可能性が高そうな物。


 城壁に一か所だけ、小さく、本当に気を張って探していないと見つけられないような小さな家紋が描かれていた。


 少しでも注意力を落としていたら見落としているレベルのサイズだ。


 魔力で構成されているだろう、城壁に書かれた家紋に手をかざして、混沌の中で練りにくい魔力を生み出して流し込む。


「入り口が」

「ビンゴ、って言いたいけど教官の場合」


 そこで魔法陣が展開され、混沌が入り込まないように結界を展開した上で城壁が開き入り口のような物を生み出す。


 これで中に入れると安堵するエシュリーとは違い、あの教官がこんなシンプルな方法で防御の中に入れてくれるとは思えず、疑り深く慎重に辺りを見回して。


「やっぱりあった」

「なんですかそれ?」

「攻勢防壁だな、入り口を見つけて油断したところをこの防壁で吹き飛ばして混沌の中に叩き落とす仕組みだろうな。よく見ると他にもちらほらとあからさまな罠に隠されたえげつない術式がいくつも」

「ええ、ということはここは正解の入り口ではないと?」

「いや、間違いなくここが正解の入り口だな」


 教官の手製であろう術式が入り口のあちこちに張り巡らされているのに気づく。


 薄暗いどころか、漆黒の闇に染まるような空間で俺たちが出している灯りの魔法の明かりが差し込んでようやく中の輪郭が見える程度。


 混沌が入り込んだらこの術式たちもあっという間に分解されてしまうから混沌対策はしっかりとされている。


 罠が張り巡らされているのなら、こことは別の入り口があるのではと思わせるのが教官の狙い。


 ここで踵を返して別のところを探そうものなら、延々と見つからない入り口を探す羽目になる。


「それは、なぜですか?罠が張り巡らされているのなら進むこともできないのですよ」

「もし仮にこの道を進ませたくないなら、教官はこの程度の観察で見つかるような罠を仕組まない。巧妙そうに隠しているけど、一定の法則がある。それにこの道が正解だったとしても、そう思わせてある程度進んでから不正解だと思わせるような極悪な罠を仕組む」


 本当に性格が悪い。


 ゆっくりと進み、トラップが反応するギリギリのラインで止まって、罠の解除に勤しみ始める。


「やっぱり、魔王軍の誰かなら解除できるように仕組んである。だけど教官、古代文字は勘弁してくれよ。普通の兵士なら間違いなく解けないぞこれ」


 そして術式を観察していて気づいたのは、普通には解除されないように工夫がされていること。


 現代魔法文字に紛れて、いくつか古代文字で改変されている。


 古代文字は文字数が増えると言う欠点と、構築が難解という欠点を抱えているが、構成してしまえば解除が難しく性能が向上すると言う効果がある。


 むしろフシオ教官が使っている魔法の術式の大半が古代文字で構成されている。


 それを高速で展開して、絨毯爆撃のごとく面で制圧してくるから本当にあの不死者と戦う時は命がけになる。


「わかるのですか?」

「ああ、痛みと一緒に叩き込まれた」


 その命がけは、訓練だけではなくて勉強の時にも如実に表れていた。


 一問間違えれば即魔法が飛んでくる。

 現代日本でやれば、間違いなく体罰に該当して問題になるが、異世界なら関係ない。

 受験の時だって、こんなに集中して勉強したことはなかった。


 命の危機にさらされたときの人間の極限の集中力を勉強で味わうとは思わなかったけどな。


 その勉強の成果がここで役に立つとはな。


 せっせと罠を解除しながら、古代文字に隠された指示のもと順番に罠を解除する。


 魔大陸の古代文字はイスアルの連中じゃ解読することはできない。


 所々、教官がジョークを混ぜてかく乱しているから余計に解読するのに時間がかかる。


 身内に優しくないぞと心の中で愚痴をこぼしながら、目を皿のように細めて細かい術式を見落とさないように干渉していく。


「痛みですか?まさか、マ」

「そんな変態的な趣向はない。と言うか集中を散らせたくないなら黙っててくれ。この術式失敗した瞬間にボンって爆発して俺たちは混沌の中に逆戻り、おまけに解除した罠が復帰してタイムロスになるぞ」

「黙っています」

「それでいい」


 結界を維持する方向に意識を向けなくていい分、手元に集中できる。

 必死に教官に教え込まれていた内容を思い出して、正解を導き出す。


 一か所でもミスったら連鎖的に罠が発動する構成に、神経をすり減らしながら一個また一個と罠を解除していく。


 休憩している暇はない。


 罠の中にはタイマー式の奴も混じっていて、一つの罠が解除されてから時間経過で発動するタイプはその場でのんびりとさせることを許さず、集中力をかく乱してくる。


 連続で爆弾処理している気分になってくる。


 本当に、ここを抜けた先に何もなかったら怒鳴り散らして物理的に壊す方向にシフトチェンジする。


「はぁ、これで、終わりだ」


 一体何時間集中して解除に当たっただろうか、大きなため息を吐いて、ようやく力んだ肩から力を抜くことができた。


 出た先は城の地下を彷彿とさせるような空間。


 その出入り口に設置されていた、最後のトラップを解除してようやく城内に入り込むことができた。


 混沌の海に放り出される心配がなくなって、まずは一安心。


「……でるぞ」

「出るぞって、この鎧からですか?ですが、危険なのでは」

「これを着ていたままの方が危険だ」


 だけど、完全に安心できるわけではない。


「お出迎えだ」

「あれは、不死者!?」


 城の中に警備がいないわけがない。

 カチャカチャと乾いた音を響かせながら、軽い足音を響かせて異形の怪物が姿を現す。


「まったく、どこまで警戒しているんだか」

「いやいやいや、あれは何ですか!?」


 戦闘経験が豊富であるはずのエシュリーが慌てるほどの怪物。


 俺はゆっくりと対混沌用のスーツを脱ぎ始める。


「はぁ、空気がうまい」


 相手が襲い掛かってくるまでは時間がある。


 なにせ。


「それが本気の姿ってやつですか、教官?」


 見るからに友好的な見た目には見えないが、その魔力の質に覚えがある。

 いや、間違いようがない。


 髑髏の鎧。


 異形の八本腕に、竜のような頭蓋骨、蛇のような尾、そしてコウモリのような翼。


 スカルキメラと言えばいいのだろうか。


 重圧とも言える過剰な骨の鎧の中に、多分だけど探し人がいるんだろうな。


『カカカカ!よもや迎えに来たのがお主とは思いもよらんかったな』

「お元気そうで」

『そう見えるか?』

「少なくとも、その程度で元気じゃないと言わん程度の実力はあるでしょう?」

『ほう、ワシ相手にそのような言葉が使える程度には研鑽を積んだようじゃな』


 そしてその予想は大当たり。


 カポッっと何やら軽快な音を響かせて、骨の鎧が開き。


『久しいな次郎、その魔力見違えた』

「久しぶりです教官、まずは生きていることに対して祝杯と行きたいところですね」


 左の胴体を大きく失った教官がいた。


 その傷に一瞬目を見開くも、魔力自体はしっかりと循環している。


『この体で酒が飲めると思ってか?』

「いらないので?」

『いや、この空間にいて久しく嗜好品は触れておらんでな。恋しくて仕方なかった。良いものを用意しているんだろうな?』

「生憎と、そこまで豪華なものは持ち込めませんでしたよ。代わりに、ここから出られたらキオ教官と一緒に盛大に宴をするのでビンテージ物はそこで」

『それは重畳』


 ニヤっと楽しげに笑う顔は正しく、フシオ教官だ。


 随分と重傷を負ったようだが、それでもなおかつ迫力は健在。


 俺がいたずら心をにじませるような笑みで、こっそりと持ち込んだワインのボトルを取り出し、振って見せると、教官はご機嫌そうに笑うのであった。


 そして。


「どういう状況ですか?」


 そんな俺たちの会話にエシュリーはスーツから出ながら困惑するのであった。



 今日の一言

 再会は思いのほか、普通だった。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 次回も楽しみです。 毎週水曜日と土曜日を楽しみにしています。 更新大変だと思いますが、頑張って下さい。
[一言] 思っていたより軽症だったな。 身体を失って魂だけに成っていても驚かなかったわ。
[良い点] フシオ教官!! 次郎ナイス。
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