635 存外、難しい仕事の時ほど気楽に構えた方がいい
混沌の中という危険地帯で恋バナなんて、普通に考えれば気狂いの類と思われても仕方ない。
だけど、こんな特殊な環境でエシュリーの精神安定のためには必要なことだと割り切って、なぜか俺の恋バナをすることになった。
ある意味で、俺の恋愛は物語にできそうな出会いや触れ合いが多かったかもしれんが、自分の口から自分の恋愛経験を語るのは思いのほか恥ずかしかった。
だから、話の矛先をエシュリーの方に向けたのだが。
「……私の好み?」
異性の好みを聞いた途端にこの反応だ。
魔族と付き合うに至って、これはダメあれはダメとダメな部分ばかり羅列していたから、逆に希望する部分はないのかと聞いてみたら、後ろから戸惑うような声色で悩み始めた。
「おいおい、あるだろう、こうカッコいいとか、高収入とか、優しいとか」
昔とある番組で、男の異性の好みは幅が狭く、女性の異性の好みは幅が広いと聞いた。
だからてっきり、あれやこれと色々と条件が羅列するものとばかり思っていた。
だけど蓋を開けてみれば悩む始末。
「いえ、顔が良くても中身が下種では意味がありませんし、容姿は衰える物、お金があっても女性を物としか見ていないような男性はちょっと、優しさなんて飾りです。裏で何を考えているかわかりません」
「あんたの人生に何があった」
終いには黒い歴史を吐き出すかのように、次々に闇を口ずさみ始める。
振り返りたいが、振り返ってもろくな未来が待っているとは思えないので移動に集中するふりをして、会話だけ続ける。
「聞いてくれますか?いえ、聞いてください、いや、聞いて」
「情緒不安定になっても結界だけは維持しろよ。これで死んだら情けなさ過ぎて流石に化けて出るレベルだわ」
情緒不安定を晒しているエシュリーを見て、これで結界が一枚無くなって事故死したら、意地でも同乗者を呪ってやると心に誓っているあたりまだ余裕はありそうだ。
そんな第三者的な思惑で、話を続けようと思っていた。
「そんなことはしません、せめてこの話を誰かに聞いてもらわなければ」
「いや、俺たちの本来の目的を忘れるな」
何が何でも愚痴を聞けと迫るエシュリーに、こんな一面があるから行き遅れるのではと思ったが口にしたら最後、俺が混沌に沈められそうな予感がしたので心の中にしまっておく。
「そんなことより」
「本来の目的、本当に忘れてないよな?」
「忘れていませんので、聞いてくださいよ。聖女という立場上、貴族やお金を持った商人たちと接する機会が多いんですけど、その方々はまぁ見目麗しく服装も豪華で財もあります」
「世の中の女性が聞いたら、良物件と言えるような人たちだな」
「そんな物表向きの顔だけですよ。裏の顔なんてひどいもので、市民の女性を手籠めにしても責任を取らず、むしろ妊娠したことを悪く言うような下種どもです。私が教会に勤めていた時何人の女性を慰めたことか。彼らの手口は巧妙です。言葉巧みに将来の地位を約束したふりをして、女性たちを舞い上がらせて、儚い将来に酔わせて、いらなくなったら捨てるの繰り返しです。そんな男どもを私は見てきました」
そしてひどい現実ばかりを見て来たエシュリーは、いっそのこと男性不信と言ってもいいんじゃないかと思えるような貴族の闇を見てきたようで。
男なんてみんな下半身で生きているんでしょと言わんばかりにダメ出しを始める。
一応、俺も男なんだが。
俺の性別を忘れていると思わせるほど、男の愚痴をはじめる。
それが活力になっているのならいいけど。
『溜まってるわねぇ』
「……」
それがヴァルスさんにも筒抜けなのは良いのだろうか。
ヴァルスさんに筒抜けってことは、それ経由で魔王軍の観測班にも筒抜けということで、恋バナをすることに対して若干の抵抗があったのは、不特定多数に聞かれていると言うことだ。
まぁ、結局多少の惚気を晒す程度で俺は済んでいるけど、エシュリーのやっていることは黒歴史になりかねないことなのではと心配になる。
流石にヴァルスさんも多少は規制するだろう。
ちょっと混沌の空間に当てられて、錯乱しているだけだと割り切って話を聞くとするか。
あとで、ちょっと同情の視線にさらされるかもしれんが。
「そんな時に、優しい男性の司祭様がいまして」
話の続きを聞いて、あ、この流れ落ちが酷い奴じゃないか?
「他の女性たちにも優しく言葉をかけて慰め癒し、心の傷を治しておりましたが……」
酷い男、酷い男ときて次は優しい男と来るかと思わせる流れで。
「彼は裏で、その女性たちの心の傷につけこんでおりました。こころのよりどころを自分にすることで彼女たちから寄付金を巻き上げる守銭奴でした」
「まともな男はいなかったのかよ」
「まともな男性はだいたい前線に送られて帰らぬ人です」
「ああ、それは、何というか」
またクズ男の話がきて若干胸焼けがしてきた。
向こうの世界、クズ男が多過ぎじゃないか?
ひたすら腹が黒い奴しか生き残れないと言う世界に、世紀末でももう少し優しくなるのではと思わせる。
それは、自分の好みと言われても男性に対して一定以上の偏見があれば悩むな。
「だから、好みと言われてもその、困るのですよ。それに私は仕事が恋人のような物でしたし」
「止めろ、それ以上言うと戻れなくなるぞ」
「あ、はい」
終いにはこのままいくとワーカホリック待ったなしの状況になってしまう。
いずれ仕事楽しいってなって、定年退職したら何をすればいいかわからなくなって無気力状態になるのが目に見えている。
「でしたらあなたがもらってくれれば」
「それはそれだ」
「女性からの好意は素直に受け止める物ですよ?」
「あんたのは打算からくる、妥協だろ。うちの嫁たちの恋愛感情を学ぶために爪の垢でも煎じて飲め」
そして流れで言質を取ろうとしてくんじゃねぇ。
ここでハイと返事を返したら、地獄を見るのは俺なんだよ。
「とにかく、まだまだ時間だけはあるんだ。結婚に求めるハードルでも考えればいいだろうが、どっちにしろこのまま魔王軍の監視下に置かれるのは決まってるんだ。そこを基準に考えればいいだろう」
「基準ですか」
さすがにこんなつり橋効果でつながるのは勘弁だ。
最近、スエラに続いてエヴィアも妊娠したことから、ヒミクとメモリアの圧がすごいことになっている。
それに虎視眈々とスエラがケイリィと結託して何かを企んでいるのものわかる。
流石にこれ以上増やしたら干上がる。
ナニがとは言わんけど。
「そうですね、まずは……権力欲がない方がいいですね」
「俺は完全アウトじゃねぇか」
「そうなのですか?あなたの場合、周囲に流されてなし崩し的に出世したタイプだと思ったのですが」
「……違うぞ」
「その間が何よりの証拠のような気がしますがいいでしょう」
中々否定しづらいところを突きやがるな。
最終的に決断を下したのは俺だが、そうじゃない部分も多々あるから全否定とはいかない。
「他には……他には」
「いや、そこで止まるのかよ」
これ以上掘り返されたら話が脱線するから良いんだけど、なんでそこから進まないのかが疑問になる。
「あ、子供が好きな方がいいですね。いえ、やっぱり無しです。子供好きなフリをした幼子好きの変態が現れるかも」
「ねぇよ、そこまで男を偏見の目で見るんじゃねぇよ。世の中の育メンパパさんたちに謝ってこい」
異性の好みを一つ挙げても、そこですぐに否定が入ってしまう。
エシュリーの周りにいた男たちがまともじゃないだけで、世の中の男にはもっとまともなやつがいるはずだ。
俺は、まぁ、まともかと聞かれればハーレムを作っている段階で普通ではない。
けど、どこぞの鬼畜野郎みたいな変な趣味はない。
それに、エシュリーの言うような男の方が俺はレアケースだと思う。
そのレアケースに囲まれた環境で過ごしていたと考えると気の毒に思うがな。
実際、俺の周りにそんな輩はいない。
いや、正確には近づけないと言った方が良いか。
俺も大陸の貴族連中とのつながりを持ってからそう言う輩がいないか警戒はした。
ユキエラとサチエラのことを考えれば、変な家とは近づかない方が賢明だからだ。
だからこそ、裏を取って、情報を集めた。
その経験則から言うと、エシュリーの言う人間関係、自分の欲イコール正義みたいな輩たちが跳梁跋扈している教会がおかしいと断言できる。
何で人間は権力を得るとそうなってしまうんだろうな。
「気を付けろよ。変な裏ばっかり勘ぐってると、同性に走るって聞いたことがあるからな」
そんな男たちに囲まれているから異性に見切りをつけてもおかしくはない。
変な方向の話になると前置きして、一応忠告をしてみる。
この様子だと、男を好きになってもろくなことにはならないと結論を出して、それでも誰かと一緒に過ごしたいと考えて同性に愛情を求めそうだしな。
「あ、それ本当です。私の同期にそういう方がいましたから。後輩にもそう言う関係の方が何人か。それはもう何と言うか純情で儚いけどそれがまたいいと言うか」
「手遅れだったか」
だけど、その忠告は無意味かもしれない。
ケロッと何を当たり前にと言わんばかりにあっさりと暴露するエシュリーの声は妙にはきはきとしている。
「手遅れって何ですか!!もう、失礼ですね」
「異性の話はマイナス方向しかないのに、同性の話になった途端テンションが上がってる時点で察するわ」
こいつ、一般的な異性との結婚が理想なんだろうけど、本心では男性に見切りをつけているな。
「そ、そんなことはありませんよ?」
「どもるな、それがより一層核心に迫る」
きっと俺の後ろでは、目も合わせていないのに明後日の方向に視線を送っているエシュリーがいるだろう。
そんな彼女と恋バナをしている自分が情けなくなってきた。
混沌の中にいる閉塞感は紛れたけど、別の方で精神的に疲れを感じている。
本当になんだこいつは。
「ちなみに、女性を紹介しろと言われても全力で拒否するからな」
「ええ!?」
「そこで驚くのかよ!?否定しろよ!」
念のため釘を刺したが、まさかの驚きの声にこいつの本命は女性だと言うのを確信してしまった。
いや、まぁ、恋愛は自由だけどな。
そっちに走った理由が悲しくて同情したくなる。
「せ、せめてお友達になれそうな方とか」
「この話を聞いた後に紹介できる知り合いはいねえよ。いや、そもそも魔王軍の監視下に置かれた状態でまともな友人が作れると思ってるのか?」
「うっ」
その同情心をもってしても流石に自分の知り合いを紹介する気にはなれなかった。
「生きて帰ったら、その功績の口添えくらいはしてやるよ」
「!本当ですか!?」
「軍の中でこれから助けに行く存在はかなりの古参だからな。その功績があれば多少の無理は効くだろうさ」
だけど、このまま投げっぱなしにしたら気落ちして結界に支障が出かねない。
鞭の後には飴をあげないとな。
『お二人さん、仲良く話しているところ申し訳ないけどもうすぐ目的地に着くわよ』
「早いな」
『言ったでしょ、ここは時間も距離感の概念もあやふやになるのよ。運がいいのね、今回はそれがいい方向に傾いたみたいよ』
そう思って雑談に興じていたが、それも終わりのようだ。
予定よりもだいぶ早い。
アナログの腕時計で確認してみれば、混沌に入って二十六時間が経過しただけ。
大分余力がある。
この運の使い方が吉と出るか凶と出るか。
今日の一言
良いことが起きた後の揺り返しが怖い。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




