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634 トラブルに焦りは禁物

 

「ど、どうするんですか?」

「別に、どうもしない。予定通りに進めながら臨機応変に対応するだけだ」

「臨機応変にって何か対策をするとか」


 これから起こるであろうトラブルを想像して、頭痛がしそうになったけど、結局のところいつも通りだと割り切って仕事は進める。


「どうやって?相手が何なのか、環境がどうなっているか、どれくらいの時間に猶予があるのか。立ち止まるべきか進むべきか戻るべきか。それを判断できる情報がない状況で、何か対応策がとれるか?」

「取れません。でも、だったら戻って対応する方法を模索するとか」

「普段ならそれも有りだ」


 会話しながら予定通りヴァルスさんのナビに従って教官の元に進むことは出来る。


 どんどん混沌の奥に沈んでいくことはわかっているエシュリーにとって俺は唯々予定通りに仕事を遂行しようとしている融通の利かない男に見えているだろう。


「だったら」

「あくまで通常通りならの話だ」


 危険かもしれない、だからもっと情報を集めてから再度挑戦するべきだというエシュリーの言葉は間違っていない。


 しかし、それはあくまで通常時の対応という前提が存在する。


 俺は我が意を得たと勢いを増しそうなエシュリーの言葉を食い気味に否定する。


「ここはどこだ?」

「混沌の中ですけど」

「そうだ。その混沌の中に何がいるかエシュリーは全て把握しているのか?」

「していません」

「そう言うことだ。俺たちが施されたあの訓練は、魔王軍という長い歴史の中でも全容の把握ができていない混沌で多少なりとも対応できるように考えられたものだ。その多少の内に危険な生き物との遭遇というのが含まれていないと思うか?」

「思いません」


 過剰とも言える社長自ら施した対応訓練。

 それを考えれば、多少のトラブル程度で引き返したら一生かかっても教官を救助することはできなくなる。


「だったら逆に急いだほうがいいのでは……」

「それもダメだ。急がば回れ、俺の国のことわざだがここでペース配分を崩して余力がない状態を作り出せばさっき言ったトラブルに対処する余力がなくなる」


 焦りは禁物。

 何かある前に早く救助を完了させた方がいいと考えてペースを早めるのも良い手段と言えるかもしれないが、俺の勘はそれはダメだと警鐘を鳴らしている。


「ヴァルスさん、反応があった位置と教官の位置。それと俺たちの位置を合わせて相対距離はどれくらいになります?」

『契約者さんとあの不死者の距離が一番短いわね。次に近いのはあなたと別にあった反応かしら。ただ、混沌の中だと距離感という概念も曖昧になっていきなり遠くなったり近くなったりするから気を付けてね』

「了解」


 こういう時の危機察知能力は過剰と言っていいほど鋭敏にしておいた方がいい。


 幸いにして教官との距離は相手方の方が遠い。

 それならどうにかなる。


 そう思っていたが、混沌の中は俺が想像していたよりも過酷な場所だった。


「あの」

「なんだ?」

「もうどれくらい彷徨っているんでしょうか?」


 ずっと、真っ黒な視界。

 そんな空間を大雑把な位置をヴァルスさんの探知能力で探り、進んでいると本当に時間感覚が無くなってくる。


「潜って、十六時間だな」

「まだ、一日も経ってないなんて」


 最初のトラブル発見報告以降何もトラブルがない。


 結界を維持する魔力はまだまだ余裕がある。


 準備をしっかりしていた分、体力的にも余裕はある。


 しかし、閉鎖的空間、何も変化のない景色、音が全て吸音されるがごとく異様な静けさ。


 そんな環境は精神的に苦痛を与える環境である。


 エシュリーにとってはもう何日も彷徨っていると錯覚しそうな感覚に陥っているのか、声に覇気がなくなってきている。


 正直、メンタル面で言えば俺にも結構なストレスがかかると思っていたのだが、ヴァルスさんの契約試練の時に無我夢中で素振りをしていた時のおかげでこういった特殊空間で全く変化のない状態を延々と続けるのはなれている。


 うん、嫌な部分で才能を発揮してるな俺。


「エシュリー、大きく深呼吸しろ」

「そんなの、気休めにも」

「良いからやれ」

「……」


 そんな余裕のある俺と違って、一日未満で精神的にやられてこの混沌に入った時と比べて結界の質が下がっているのに気づく。


 魔法は精神状態に大きく左右される。


 現状必要なのは、一定の出力の結界を長時間維持すること。


 ストレスで効果が薄れてしまえば、万が一の時に被害にあう。


 イラつきを感じているが、俺の強い口調と、元からある程度のストレス耐性を身に着けているからか、大きく背後で深呼吸する音が聞こえる。


 しかし、俺はその苛つく気持ちも理解できる。


 常人は、無響室と呼ばれる、音が全く響かず音が吸収される部屋に三十分も居られないと聞く。


 その十倍以上の時間過ごしている段階で彼女のストレス耐性と、精神の自立性がかなりのモノだというのがわかる。


「……失礼しました」

「ああ、よく耐えた」

「……どうして、そんなに平気なんですか?」


 過度にストレスがかかる状態で、俺が平気そうな声色にまたもや不満気と言った感じで苛立ちが含まれ始めた。


「ここと似たような環境を長時間体験したことがある。そこはここよりも明るく死ぬ心配はなかった。はっきり言って環境で言えばリタイヤもしようと思えば出来た」

「そんなの今と全然違うじゃないですか」

「言っただろ、似たような環境だって。そこは混沌の海のようにただひたすら広く、何もなくてずっと変わらない景色を延々と見せられ、眠ることも、気絶することも許されない。ただそこを脱出すためだけに作られた無の境地の世界。ここが何でもあるがゆえに危険な空間だとすれば、あそこは何もないがゆえに狂った空間なんだろうな」


 そこを指摘するようなことはしない。

 淡々と、そして少し柔らかい口調で俺が平常心を保てる理由を語る。


 ヴァルスさんの試練の時は本当に無我夢中だった。


 スエラたちを置いて逝きたくない。

 それだけを考えて、我武者羅に食らいついた結果がヴァルスさんとの契約に繋がった。


 もし仮にヴァルスさんとの契約よりも先に竜の血を取り込むような出来事があれば、俺はきっとヴァルスさんの試練を受けずにいただろう。


 そうなっていたら今の剣戟の質は望めなかっただろう。

 きっと教官にも負けていただろう。

 何よりも、フシオ教官を助けることすらできなかっただろう。


 仮に志願しても、エシュリーよりも先にストレスで気が狂っていたかもしれない。


 要は経験の差だ。


「……だったら、何か対処法を教えてください」

「対処法、対処法か……」


 その経験頼りに、何か対処法をあげるとするなら。


「無駄な体力を使わず、かと言って無機質にならず気持ちを盛り上げることができる会話を続けることくらいか?」

「では、恋バナを希望します」

「えー、よりにもよってこんな空間で恋バナかよ」


 シンプルに楽しい話をするのが効率的だと言っては見た。

 ヴァルスさんの試練と違い、今回は会話相手がいる。


 それだけでだいぶ精神的には楽になるだろう。


 ヴァルスさんと会話もしようと思えばできるが、契約を起点にこの結界内の空間に精霊界とのつながりを作ってそこからダンジョンコアルームにいるヴァルスさんに遠隔ナビゲートをしてもらっている。


 雑談をする余裕はヴァルスさんならありそうな予感はするが。


「良いではないですか。あの日初めて会ったときはメリーさんという女性が恋人だと思いましたが、地球で会ったときは他にも女性二人を手籠めにしていたようですし、三人も篭絡しているかと牢獄で考えていたら、今回の仕事の際には五人も見送りが来ているんですよ。気になって仕方がありません」


 そっちに話を振ると背中越しで何やら怨念染みた雰囲気を醸し出しているエシュリーのストレス値がヤバいことになりそうな予感。


「私が懸命に神に仕え、あのくそブタ共のご機嫌を取っている間に随分と楽しそうにお過ごしだったようで」


 なんだろう、この人、イマイチシリアスになりきれないのだろうか。


 普通に考えてこんな一歩間違えたら死ぬことが確約されている空間で恋バナを所望するとはよほどストレスが溜まっているとしか思えない。


「はいはい、わかったわかった。話す、話すから、その代わりしっかりと結界を維持しろよ」

「わかってます」


 何でこうなったと、少しだけ首を傾げながら、スエラに始まり、メモリア、ヒミク、エヴィア、ケイリィと順番にどう言った出会いで今の関係になったかを話す。


 付き合っている年月を全て語れば、それはもう暇つぶしになる。


「はぁ、何で私はあんな女だけの環境に身を置いていたのでしょうか」


 けれど、その暇つぶしの結果なぜかエシュリーのテンションが駄々下がり、代わりに結界がさっきよりもしっかりとし始めているのが不思議だ。


「私も、こんな行き遅れる前に結婚して子供が欲しかった……」


 前から思っていたのだが、もしかしてエシュリーって異世界での俺じゃないだろうか。

 妙に溜息と一緒に吐き出される呟きに親近感がわく。


 性別が男女で違って、生活環境がイスアルと日本という違いがある。


 だけど、どうも似通っている部分が多すぎる。


 具体的に言えば、社畜な部分と苦労性な部分。


 さらに具体的に言えば、ドブラックな職場であっても耐えればいいと割り切ってしまって適応できてしまうという微妙な才能があるところとか。


 エシュリーも似たような心情を抱いているかもしれない。


 きっとこいつとならうまい酒が飲める。


 そんな言葉が脳裏によぎるほどだ。


「まぁ、なんだ。この任務が無事成功して社長から保護されたら旦那探しでもすればいい。もし心配だったら俺が良い奴紹介してやるぞ」


 だからこそ、さっきまでぶっきらぼうな言葉遣いだったのがちょっと同情的な言葉遣いに変わってしまった。


 根は悪い奴じゃないのはわかっていた。


「そこは俺のところに来るかくらい言ってくださいよぉ」

「嫁が五人、流石にこれ以上増やしたら嫁達に刺される」

「私に魅力がないとでも?」

「逆に聞く、うちの嫁たちに勝てるとでも?」

「何で優良物件って売れちゃうんですかぁ……」

「そりゃ、良い物件は欲しがる人も多いだろうさ」


 ただ何と言うか、巡り合わせがかなり悪いんだろう。

 運の値が一桁の俺が言うのもなんだけど、エシュリーもそこまで運がいいとは思えない。


 それでも、俺はスエラたちと出会えたのだから、彼女が良い人と巡り合えないとも思えない。


 今も警戒しながら混沌の中を予定通り進んでいるが、空気はだいぶ軽くなった。


「うう、ここでも戦争なのですね。先生も同じことを言ってました」

「というより、聖女なんだから男なんて溢れるほど求婚してくるものじゃないのか?」

「貴族出身ならと枕詞につきますよそれ」

「なんか、すまん」

「謝らないでください、みじめになります」


 半分本気で半分冗談。


 立場的に相容れない者同士がこうやって協力し合っているのは中々面白い状況だ。


 片方は契約によって完全に縛られているが、それは気にしない方向で。


「ちなみに、イスアル出身として魔族と結婚って有りなのか?」

「……そう言えば、考えたことはありませんね」


 素朴な疑問をぶつけることで気を紛らわす。


「生理的にアンデッドの方は遠慮したいです。あと、オークとゴブリンの方も、あと鱗を持っている方も無理ですし、毛深い方も……」

「注文が多いな、そこまで言うなら逆に好みを言えよ」


 そして危険な任務中なのにお気楽な雑談を交えるのであった。


 今日の一言

 焦りは禁物。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「ちなみに、イスアル出身として魔族と結婚って有りなのか?」 「……そう言えば、考えたことはありませんね」  素朴な疑問をぶつけることで気を紛らわす。 「生理的にアンデッドの方は…
[一言] まぁ曜日の数と同じ人数までならおk っていうハーレム嫁はわりといるからなぁ
[一言] エシュリーが居ついちゃって、他の嫁から責任を取るように言われて、嫁に取らされるのかな? 他の5人が認めるなら次郎も受け入れるだろうなあ。その前に今回の件が終わった後に予定されている嫁に対する…
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