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633 いざ始めるとき

「次郎さん、どうかご武運を」

「ああ、ありがとう」


 ここまで教官を救うために出来るだけの準備をした。

 物資に関して言えば、主に社長ができるだけのことはしてくれた。


 食料や飲料だけではなく、回復用のポーション、野営用の装備、防寒防暑対策用品などなど多数に及んだ。

 それを収納するのは俺の持つ亜空間だったが、万が一のことを考えて同じ量のアイテムが詰まったマジックバッグがもう一つ支給されている。


 装備に関して言えば、普段使っている戦闘用の鎧ではない。


 見た目は宇宙服のようだが、これは装甲の内側に魔石などが組み込まれ、短時間であれば混沌に触れても耐えられるように設計されている、いわゆる耐混沌服というやつだ。


 対混沌対策が施されているがゆえに、密閉性と耐久性は折り紙付きだ。


 欠点として挙げられるのはガチガチに固めているから全体的に稼働領域が狭いのと、指先もしっかり固定されているから器用度が下がってしまうことだろう。


 加えて、この防護服は一人では着るには多大な労力がいる。

 脱ぐ時は割りと簡単だったり、強制的に分離はできるけど、着る時にはもう大変というわけだ。


 今回はスタッフに装着を頼み、時短した。

 そして今目の前で黒い湖みたいな場所に立っていて、スエラを含め俺の嫁たちに見送られようとしている。


 ガラスのようでガラスではない透明なカバー越しの一時の別れの挨拶。

 ハグやキスは、この鎧のような防護服を着る前に済ませている。


「さて、初速の加速は私がやるよ。後は君の仕事だ。頼んだよ人王」

「任せてください」


 目の前にあるのは大陸にいくつかある混沌が湧き出ている地点で、どの区域も立ち入り禁止区域に指定されている。


 そこに魔王が率いる軍が駐屯しているとなると何かあると思われる。


 しかし、ここは社長が治める領地、何か文句を言ってくる貴族もいない。


 時間は午前六時。


 こんな早朝に文句を言いに来る輩は流石にいないと思いたいが、何かあっても社長がいれば早々問題は起きないはず。


「エシュリー大丈夫か?」

「だだだだだ、大丈夫です」

「いや、大丈夫じゃないだろ」


 いや、問題っぽい事は既に発生していた。

 俺と同じような防護服を着て、特殊な背負子のような物でおぶさるように連結されているエシュリーだ。


 重量自体は大したことはないが、傍から見れば中々シュールな光景になっただろう。


 これは混沌の中ではぐれないようにするための措置だ。


 聖剣の防御と、聖女の防御。

 この二つと、その他もろもろの装備で混沌の中を泳ぐというわけだ。


 しかし、いざ本番という時にエシュリーは完全に緊張してしまっている。


 それに対して仕方ないとは言えない。


「三年近く訓練してたのに、何を今更」

「それは、そうですけど」

「だったら覚悟を決めろ」


 やるべきことはやった。


 これ以上は時間的に余裕はない。

 なら後は最善の結果を引き寄せるだけだ。


 そしてエシュリーに関して言えば、社長と色々と交渉し、社長はその報酬を彼女に払った。


 エシュリーの家族は先日魔王軍によって保護され、今は社長の管理する領地に住んでいると聞く。


 それをエシュリーも確認して、そして彼女も〝対価〟を支払っている。


「それに、社長の攻撃を十分程度とはいえ防げるようになっているんだ。混沌と社長の攻撃どっちが怖いんだ?」

「それは……あれ、そう考えるとそこまで混沌って怖くないですね」


 そして何より、エシュリーは強くなった。


 特に防御面だけで言うなら、魔王軍でも随一とまでは言わなくとも実力者であることを躊躇いなく断言できるほどの実力者になった。


 なにせ、後半は、ただひたすら結界の強度を上げるためだけの訓練をし続けたのだ。


 その強度上げるために用いたのが、魔王軍最恐であり最強の社長の攻撃。

 物理魔法問わずの攻撃の乱射をひたすら耐えるだけと言えば簡単に聞こえるが、一撃でひびが入って、二撃目には壊されるというサイクルを延々と繰り返されるのは心に来る。


 油断すれば容赦なく一撃目で壊しに来るので、その結果吹き飛ばされると考えれば手加減などできはしない。


 社長の手加減は絶妙だ。


 さっきは防げた。

 しかし次は防げないという瀬戸際のラインを絶妙な加減でついてくる。


 お陰で手抜きができないし、気も抜けない。


 そして思考も止められない。


 なぜかって?

 どうやったら攻撃を防げるかと、常に考え続けなければ社長の攻撃を防ぐことができないからだ。


 これでいいという思考は、停滞だ。

 これでいいのかと疑問に思うのが進歩の始まり。

 こうやろうかと試行錯誤するのが進化の始まり。

 これで良かったと思うのが成長の終わりだ。


 エシュリーは、次元室で成長し、最終的には社長の全力の攻撃すら十分程度だか防げるようになった。

 と言っても、色々と条件を付けてが前提条件だ。


 それでも常人以上の成長はできていたと思う。


 その過程でなぜか悟りを開くような表情をエシュリーはするようになったが、安心しろ。

 チート通り越して、バグのような存在である社長たちと戦うと大抵の奴はそう言う顔をする。


 俺も通ってきた道のりだと言った時に、納得の表情で頷かれたときは解せんと思ったが。


「さて、覚悟が決まったようで良いかな?」

「はい」


 エシュリーの緊張がほぐれた様子を確認した社長に質問され、俺は頷く。


 そしてフワッと体が浮く。

 その際にスエラたちと視線が合う。


 心配そうな彼女たちに向けて、グッとサムズアップして。


「すぐに帰る」


 そう言い残す。

 そして社長の魔力で体が浮かされ、そして混沌の上に運ばれる。


「さてと、明日に響かない程度には久しぶりに全力を出そうかな」


 その傍らに社長が同道し、一緒に混沌の表面を眺める。


 遊覧飛行は時間にして数秒、あっという間に視界一面が真っ黒になっている混沌の表面の真上に来た。


「ここが混沌が湧き出ている地点だ。降ろすね」

「わかりました」


 そして、辺り一面に社長の魔力が充満し始める。


 ゆっくりと俺たちが降ろされているのに合わせて、混沌の表面が渦を巻き始める。


 その渦は段々と加速し、そして徐々にその渦を大きくしていく。


 最初は一メートルほどの渦が、秒単位で二倍三倍四倍とその渦を大きくしていく。


 その渦が大きくなればなるほど、混沌に潜れる深さも増えて行く。


 そしてその渦に俺とエシュリーも降りていく。


「これが魔王の力、すごいです。あの混沌がこうもあっさりと退けられるなんて」

「社長だから出来る荒業だろうな」


 その光景を俺とエシュリーは、ゆっくりと降ろされながら見続ける。


 ゆっくりと降りているが、すでに二百メートル以上降りている。


 それだけの遠心力を兼ね備えた渦の中央にいるのにも関わらず、周りに引っ張られるたり、揺れたりすると言った物理的な干渉は一切感じない。


 それもすべて社長が、弾いてくれているのだ。


 できるだけ混沌に深く潜れるように考慮してきてくれていると言っても、ここまで緻密な魔力操作ができるのは魔王軍でも三人もいないだろう。


 その技の凄さに素直にエシュリーは感動している。


 どんどん降りて、最早上空に浮く社長の姿が豆粒ほどの大きさになるくらいに潜ったとき。


『すまないね人王、これが限界のようだ』

「いえ、十分です」


 ついに渦の底にたどり着いた。


 魔王の限界、混沌という魔力干渉が効きづらい存在相手に、推定二千メートルもの深さを誇る渦を作り出したのは偉業と言っていいだろう。


「エシュリー、ここからが勝負だ」

「わかりました」

「打ち合わせ通り、外側の結界を俺が、内側の結界をエシュリーがやってくれ」

「はい」


 魔王の限界と聞くと、なんだか不思議な気持ちになるけど、底を見せ切ったわけじゃない。

 なんだったら、精密性を除けばもっと奥深くまで渦を大きくできるかもしれない。


 あくまで俺とエシュリーを安全に混沌の底に近づけられるのがここまでということだろう。


 俺は聖剣を腰の鞘から抜き、そして魔力を通す。


 聖剣の使い方はさんざんやって来た。

 それこそ相棒の鉱樹が拗ねるなんてことになるくらいに使い込んだ。


 お陰で、聖剣の能力を使うのはあっさりと出来るようになった。


 俺とエシュリーを包む、白金の膜。

 この結界の強度は、相性次第になるが、社長の攻撃を防ぐくらい。


 それこそこの厚さ一センチ程度の外が透けて見える障壁で、核シェルターの防壁何十枚分の強度がある。


 混沌相手にも耐久性保証される。


「こっちは準備はできた」

「私も、準備ができました」


 その結界の内側にさらに、聖女の術によって結界が展開される。


 こっちの結界は黄金色と言えばいいだろうか、金色に輝く結界は次元室で鍛えられた分かなり堅固になっている。


「社長、降ろしてください」


 これであとは潜るだけ。


『わかった。健闘を祈る』


 そしてついに、俺とエシュリーは混沌の中に入り込む。


 一旦止まっていた浮遊魔法が再び下に降り始めて、まず最初に結界が混沌に触れる。


「大丈夫ですか?」

「この程度の負荷なら問題ない」


 僅かな抵抗、濡れた障子紙を破る程度の抵抗を感じたが、逆に言えばこの程度で済んでいるのかと、膝の部分まで混沌の中に沈み込んでいく時に感じた。


 まだ全体が沈んだわけじゃないから、何とも言えないがこれくらいの負荷なら、耐えられる。


 そして膝から腰、腰から肩、肩から頭と、どんどん沈んでいき、そしてついに頭の先までもが暗い闇に包まれた。


 結界の発光のおかげで結界の中だけは明るい。


「これが、混沌の中ですか」

「魔力的負荷はそこまで大きくはないな。ヴァルスさん、聞こえるか?」

『はーい、聞こえてるわよ。本当に混沌の中に入り込んだのね』


 視界は一切合切無し、結界の外は完璧に真っ黒。


 生物の気配なんて濃すぎる魔力の所為で全く感じ取ることができない。

 五感も完全に封じるような空間、こんなモノの中で人一人探すなんて普通に考えたら土台無理な話だ。


 少なくともこんなチート染みた特級精霊の力を借りなければできなかっただろう。


「時間が惜しい、案内を頼む」

『わかったわよ。それじゃとりあえず、真っすぐ潜っていきましょうか』


 混沌の中は潜れば潜るほど、ありとあらゆる概念が消失していく。


 実際には概念自体はあるのだろうけど、混ざり合わさりすぎて、概念的な意味合いが保てないというのが正確だ。


 この混沌という物質は矛盾で成り立っている。

 熱いのに冷たい。

 硬いのに柔らかい。

 明るいのに暗い。


 こう言った感じで、色々な意味合いのモノが絡まりすぎて、矛盾を強制的に成り立たせてる。


 だからこそ、この空間に水圧なんて物理現象は存在しない、浮力というものも、重力というものも、光というものも何もかもあるが、何もかもない。


 その混沌の中で聖剣の結界を張りながら、そっと潜航を始めている俺たちこそが例外であり、周囲は混沌にとって常識的な動きになる。


『あら?』

「どうかしたか?」


 そんな空間に俺たち以外いるわけがないと、思っていた。


 そう思い込んでいた。


『おかしいわね、反応がいくつかあるわね』

「何?」


 しかし、混沌の中で感じ取れるはずのない存在の気配をヴァルスさんが感知した。


「それはどういうことだ?」


 本来であればいるはずのない先客。


『どうもこうもないわね、うっすらとだけど混沌に入り込んで動き回っている存在がいるわね』

「混沌の中で、生息できる生物でも生まれたか?」

『あり得ないって言いたいところだけど。ゼロではないわね。それよりもあり得る可能性のものがあるでしょう?』


 その何かに心当たりのある俺はヴァルスさんの話を聞いて大きくため息を吐き。


「厄介事かよ」


 開始早々のトラブル発生に頭を抱え込みたくなってきた。


 今日の一言

 始めるときは迷わず迅速に。





毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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