632 自分だけが何かをしていると思うな
神託を受け、さらに社長にも言われ、教官を救助することになった。
短くまとめればそれまでだが、言うは易く行うは難しをこの一行の文で示していた。
「はぁ!!」
久しぶりに訓練。
それも教わる側での立場は久しぶりで逆に新鮮だ。
「ふむ、なかなか聖剣の使い方も様になって来たね」
しかも教わる相手が現魔王である社長という破格の待遇。
ここは次元室に、ヴァルスさんの時空魔法を組み合わせて、外での一分がこの世界だと一日になるように設定された空間だ。
俺も、社長も寿命に関しては一年も二年も、さして大差ないほどの長寿。
なので容赦なく時間加速による訓練を敢行できる。
しかも最高権力者が教育するとあって、物資は潤沢。
体を治療する薬品はもちろん、武器や防具と言った装備関連も潤沢に使うことができる。
その支給された武器の中に魔王軍で保管してあった聖剣もある。
それを使って、聖剣を扱う訓練をしているが、本番はヒミクに修理してもらった聖剣を使うのでこれはある意味で聖剣に魔力を流す感覚に慣れるための訓練だ。
けっして社長に勝つための訓練じゃない。
「ふっ!」
けれども挑むからには最善を尽くすのがモットー。
教官に勝った時ほどの万全の準備があるわけじゃないが、一方的に攻め立てられるほど実力差があるわけじゃない。
しかし、流石教官相手に戦いを楽しむことができる社長だ。
絶え間なく攻撃を繰り出しているのに、一向に崩せる気がしない。
聖剣の使い方を覚えるのには実戦が一番いいとは聞いていたが、それでも魔王の天敵である武器を使って自身がその武器を受け止めるとか正気とは思えない。
「あ、あのー、ヒミクさんさっきからすごい音だけしか聞こえないんですけど、いったい私の目の前で何が起こっているのですか?」
「魔王とジィロが訓練をしているだけだ。どんな状況でも集中を切らすな。魔力の練りが甘くなっている。それでは混沌の中では通用しないぞ」
「は、はい!」
この空間に入って、体感的には数カ月は経っている。
その間ずっとこうやって社長と斬り合っている。
その傍らで、ヒミクがエシュリーを鍛えて、聖女の力というのをより洗練させようとしている。
熾天使から術の手ほどきを受けられる事は、イスアルではかなり貴重な経験になるらしい。
よって、スパルタでもエシュリーは懸命についていっているようだ。
時々俺と社長がぶつかり合った衝撃で、エシュリーの障壁にひびが入って涙目になっているのには申し訳ないと思うが、ある意味でそれも踏まえての訓練だと割り切ってほしい。
鉱樹の代わりに、聖剣を振るって結構な時間が経っているから、今では剣の形や重さの違いによる違和感はもうない。
だが、使い慣れ、俺の手と体に馴染んでいる鉱樹と違って、全力で魔力を注ぎ込めないという聖剣の出力の低さには思うところがある。
「彼女、なかなか筋がいいね。私と君の攻防の衝撃を受け止められるようになってきているんだから」
「そうですかね?」
「ああ、誇っていいと思うよ」
聖剣というからにはかなり充実した性能があるのだろうと思ったが、実際はどこにでもあるようなスキルが少し強化された程度。
性能も、ジャイアントたちが作った魔剣の方が使い勝手がいいと感じてしまう。
いや、聖剣にはデメリットらしきデメリットがない。
強いて言うなら天使化がそれにあたるかもしれないが、それも人によっては歓迎すべき効果になるかもしれない。
使用者の魔力を聖属性に変えるという性質らしく、俺の魔力は常時聖属性の性質になっている。
俺的にはこっちの方が欠点だと思う。
これがまた俺の使っている装衣魔法との相性が悪くて使い勝手が悪い。
聖剣に込めた魔力は基本的に聖属性になる。
しかし俺の使っている装衣魔法は全ての属性、地水火風に氷雷闇光の八種を原則として使う。
すなわち、無色透明の魔力からこの八種の属性に転換される。
それが強制的に聖属性にされてしまったら、一々、無色に戻してから別の属性に変換させるという手間が必要になった。
これがまた面倒なのだ。
社長クラスの腕が立つ者を相手にしている状況では、刹那の時間でも油断や隙を晒すことはできない。
それがわかってるがゆえに基本的に聖属性の魔力を使った攻撃や、剣術で戦っている。
最早何千何万と攻撃を交わしてきた。
「ふむ、少し疲労が見えて来たね。休憩しようか」
「そう、ですね」
息は乱れず、汗もわずかにしかかいていないがそれでも動きがわずかながら鈍ったことを社長に指摘されて休憩を提案される。
「しかし、社長。聖剣を使い続けてかなり長い時間が経っていますが、一向に天使化する気配がないんですが」
「……そうだね。まったく君の体はどうなっているんだい?」
俺としては、最早天使云々といった人外化に関しては諦めている。
竜の血が混じっているあたりで、もう人の姿と俺自身の人格が保てるのならもういいやと思っている。
だからこそ、混沌で活動するためにと割り切って聖剣を振り回している。
「生憎と俺自身にも見当がつきません。既に三本もの聖剣を使い潰したんですが……」
「うーん、もしかしたら魂に関してプロテクトでもかかっているのかもしれないね。君の場合色々と関わっている人が多いだろうし」
しかし、最初の懸念事項として挙げられた天使化の傾向がないのは驚きだった。
本当だったら俺は既に天使化し、背中に純白の翼が生えていてもおかしくないくらいに聖剣を振り回している。
天使化する条件はそろっている。
休憩ということで、亜空間から机とコップそしてペットボトルに入った紅茶を出し、ついでにカロリー摂取ということで市販のクッキーも取り出す。
てきぱきと休憩の準備をしながら、なぜ天使化できないのか物議を社長と交わしているのは変な話だ。
「竜の血が邪魔をしているとか?天使になった竜なんて聞いたことがありませんし」
プラスチック製の落としても割れないコップに紅茶を注ぎ、社長に差し出せば社長は受け取ってそれを口にする。
魔王が、コンビニとかでよく見かける紅茶を飲み、お菓子も食べている姿は中々シュールだけど、ここ最近じゃ見慣れた光景だ。
「その可能性はあり得るね。天使と竜は基本的に仲が悪いから、魂の在り方的に竜の本能が天使を拒絶しているのかもしれない」
社長は、食事や飲み物に貴賤を求めない。
美味しく、好みの味であればなんでも食べる。
高いからとか安いからとかで差別をしないから用意する身としては助かる。
「と言うことは、イスアルには竜がいないと言うことですか?」
「いや、イスアルにも竜はしっかりといるよ。むしろ白竜などの聖属性の竜は向こうにしかいないしね」
雑談がてらの話題は社長が内容を選んでるだけあって、まだまだ知らない内容を俺に教えてくれる。
エシュリーが何やら羨ましそうな顔でこっちを見ているが、それはスルーで。
「となると、イスアルと戦争するときは向こうに竜がいることを想定したほうが?」
「バスカルクラスの竜は参戦するとは考えにくいね。出てきたとしてもそこら辺の人間が従えることができるワイバーン程度が関の山だね。天使の力を借りるなら基本的に向こうの世界の人類が復帰不可能なレベルまで減少する直前までは手を出してこないと思うよ。竜を祀る小国もあるけど、基本的にイスアルでは天使が至上の存在として語られているからね。その下に竜という位置づけを彼らは受け入れていない」
イスアルにも力関係で上下するモノがあるようで、社長の言っている内容に俺は一つの疑問に到達する。
「ちなみに、社長的にはどっちが強いとお思いですか?」
「……熾天使が万全に揃っていれば天使と答えるんだけど、その熾天使がだいぶ私たちに囚われてしまっている段階で戦力は五分五分かな。第一位の実力の底は見えていないから断定はできないね」
そう、天使と竜のどっちが種族的には強いのかという話になる。
言っては何だけど、この二つの種族は異世界で言えば最強種族に分類される。
最近の作品では当て馬にされたりするけど、普通に考えて長寿で、強靭な肉体を持ち、魔力量も膨大。
ファンタジー世界の最強の代名詞になるほどの存在だ。
となればどっちが強いかは興味がわく話。
そこで一つ質問をしてみたら社長は少し悩んだ末に、種族としての総合力で五分五分と評した。
それも魔王軍が上位天使の熾天使の大半を捕まえてしまったからくる評価でだ。
「個体での強さ的には竜の方が弱いと言うことですか?」
「そう言うことじゃないね。竜としての性質が数を増やすことに適していない故に数が増えにくいんだよ」
そこから想像して竜の方が天使に劣るかと、予想したがそう言うわけじゃないようだ。
確かに、うちの将軍で熾天使に勝った竜王が存在する。
彼の実力は教官と戦っても勝ちきるだけの実力はあるはず。
そんな竜が存在している段階で竜が天使に劣るという説は成り立たない。
結局のところ、どんな生き物でも魔力適正次第ということになるわけか。
「数が増えにくい?それは、そのあれな方向の話しで?」
しかし竜は元来の身体スペックはかなり高い。
ならばどこで天使との差が生まれたかという疑問にたどり着く。
その答えはシンプル、数が天使と比べて少ないと言うことらしい。
「そう言う面もあるけど、私が言うのは性格や性質と言った話さ。イスアルの竜は弱肉強食の象徴であったり、人の障害になる存在でもあったりする。倒すことで名をあげると言う人の名誉を満たす存在でありつつ、信仰の象徴になる神聖な生き物としての側面も持つ」
てっきり繁殖能力が低いからそうなのかとも思ったがそれだけではないようだ。
紅茶をゆっくりと飲みつつも、甘いものが好きな社長は、次から次へとクッキーを口に頬張る。
それでいてしっかりと会話を成り立たせるのだからすごいと思う。
「そして何より彼らは力を持つ者が、自身に挑むことを好む。そして戦った先の結末に頓着はしない。それが卑怯云々の不意打ちではなく真正面から勝負であればなおのことだ。バスカルを見ればわかるだろう?」
「ああ」
そして社長の言いたいことがなんとなくわかって来た。
例え話で、竜王のことを出したことではっきりと理解できた。
「まとめますと、イスアルでの竜のポジションは味方ではなく試練的な、人間が強くなるために障害となる存在ということですか?」
「概ねその解釈であってるよ。時々、試練に打ち勝ってその勝った竜を従えて魔王に挑む勇者とかもいるから、全てというわけでもないけどね」
「なるほど」
さすが魔王軍ということだけあって、イスアルの戦力に関して徹底的に調査している。
脅威となるのが天使だけに留まるはずもなく、様々な種族が厄介だと思うことは当然のことだろう。
「ちなみに、竜にも戦い関係で触れてはいけない部分があるよ。例えば幼くて戦うこともままならない子供の竜を狩ったりするとかね。所謂禁忌というやつさ。それを犯した人間とその人間が住む街は滅びるだろうね。それが国王とかだったら国が亡ぶよ」
イスアルにいる種族は、魔王軍と敵対している種族ということ。
しかし、全ての種族が徹底抗戦を求めているというわけではないらしい。
「勉強になります」
「ああ、励んでくれ。さて、休憩はおしまいだ。やろうか」
「はい」
それだけ知れただけでも良かったと思う。
今日の一言
準備をしている間に他の人が準備をしている。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!