631 常識は塗りつぶせる
Another side
魔王が暗躍し、人が暗躍し、様々な思惑が入り乱れる。
戦争には思想がつきものだ。
では、その思想の中でも覇権を制そうとしている神はどうなのか。
『アイワよ』
「はい、主様」
神の世界というのは特有の雰囲気がある。
白い空間としか形容しがたい世界で、上位熾天使を軒並み失い。
戦力が減少している状態で、唯一残った熾天使であるアイワは神の呼び出しに応じてこの世界に踏み込んでいた。
いや、最早この高濃度の魔力の世界に踏み込めるのがアイワだけとなってしまったと言えばいいのだろうか。
彼女が現在進行形で鍛え、ある程度形になった戦力の勇者でさえここに踏み込めば瞬く間に魔力の濃度で酔い、意識がもうろうとし、気を失うことだろう。
なにせその魔力放出する張本人が目の前にいてその魔力が生み出される量が桁違いに高い。
これに耐えるには、ナイアガラの滝に打たれても平気な顔で横に移動できなければならないだろう。
世界の魔力を調整する神としては正常であるが、常人からしたら猛毒を生み出しているに他ならない。
そんな存在を前にしてもアイワは無くした片腕を庇うこともせず、重心を調整しなおし、体幹バランスを整え、凛とした立ち振る舞いで神の前に立つ。
『計画は順調か?』
「わずかに遅れはありますが、予想の範囲内かと」
『そうか、あの不死者の討伐は?』
「まだです、私自ら赴いても良いのなら今すぐにでも」
『ならん、お前には神剣の調整を任せておる。余計なことに手を出して入る暇はない』
そしてここに呼ばれたことに対してアイワはまたかと内心でため息を吐く。
元から気が短い神だという認識はあった。
しかし、ここまでではなかった。
俯瞰し、時世を読み解くだけの根気はあった。
だが、あの人間に負けてから神は生き急ぐかのように世界に介入を始めた。
それこそ世界の理に反するギリギリのラインを攻めるかのように、打てる手は全て打てるようにと。
それ自体は良い。
神同士の争いに怠惰は負けに繋がる。
やる気を出したこと自体はアイワにとっても歓迎すべき出来事だ。
彼女自身、戦うためにこの神の従僕になっているから神がやる気を出してこうやって戦争の準備をしてくれること自体は大歓迎とっても過言ではない。
しかし、不満もある。
「あの鈍らですが、他の者に与えてもよろしいでしょうか?」
『……不満があるのか?』
アイワの相棒となっている神剣。
生まれたてということもあり、知識は植え付けられているが、常識が欠如している。
生まれたての無垢なる存在なら、まだ可愛げがあり、アイワ自身も鍛え上げようと考える。
「あります」
だが、その気がない。
いや、その気が起きないと言い換えた方が良いか。
この神にしてあの神剣あり。
自身を最高の存在と定義し、鍛えることに対して価値を見出さない。
切れ味、強度、特殊能力。
確かに現存するどの剣よりも優れていると言える。
神が作りし剣、それが神剣。
太陽神の炎によって鍛え上げられた刀身は万物を切り裂くと言っても過言ではない。
しかし、その剣を前にして鈍らとアイワは迷いなく神に言って見せた。
他の天使でも決して口にすることができない。
否、その言葉を考える気すら起きない。
相手は神、否定の言葉はイコール自身の消滅を意味する。
であるが、アイワの表情に迷いはない。
そして神の感情に不快の色がない。
これが第一位に位置する熾天使の発言力ということを示すかのようなやり取り。
『申してみろ』
「自己肯定の塊の性格では成長も何もありません。停滞しかない神剣に興味などありません。なら、実力不足の下駄にした方がまだマシかと」
『クククク、お前相手では我が作りし神剣もそこらの人が作った鉄の剣とも大差ないか』
「無駄口を叩かない分、鉄の剣の方が上かと」
『なるほど、剣は剣としての役割に徹しろと?』
「はい、どう言い訳しようとも、剣は生き物を殺すためだけの道具。それ以上の価値はいりません」
そして言える機会があるのならはっきりとアイワは物申す。
元々戦うこと以外に興味のない存在。
だからこそ逆に、戦いに関する事なら饒舌になるとも言える。
「性格的に、あの、何でしたか、ほら、いましたよね」
『知らぬ』
神剣という武器を与えられたというのにも関わらず、微塵も後悔がなく、むしろ手放したいと言った雰囲気をアイワは醸し出す。
そして譲渡先に、とある人物の名前を出そうとしたが、弱すぎて興味の欠片も湧かなかった男の顔がうすぼんやりと思い出されたが肝心の名前を思い出せない。
神に聞くも、そもそも憎き弟と自身の娘以外に名前を覚えている存在がいない神にそんな言い方では答えが出ないのも当然。
勇者ですら消耗品扱い。
名前を覚える価値もない。
「……とりあえず、不死者の王の討伐に名乗りを上げた者に神剣を預けますがよろしいですか?」
『失った場合の処罰を受ける覚悟はあるのだな?』
結局、アイワ自身も思い出すこともなく、なんとなく神剣を押し付けたいがゆえに会えば思い出すだろうと適当に神に申し出る。
その態度は今更、戦うこと以外に興味がなく、戦いの場を用意すれば活躍するアイワに神も目くじらを立てることもない。
結果を何千年と示し続けた故に、神もこの程度の言葉でとどめているのだ。
「その責任を負えば、私を戦場に送ってくださるので?」
『ふん、食えぬ女よ』
神の処罰と聞けば、世にも恐ろしいものが待っているかもしれないと考えるが、アイワには恐れはない。
むしろ過酷な戦場に投入されることを望む彼女からしたら願ってもないことだ。
このままいけばわざと神剣を消失させかねないと判断した神は。
『好きにせよ』
元々神剣の調整を任せていただけで、制御しようと思うにはこの熾天使はじゃじゃ馬すぎる。
神の意に反しなければ自由にさせるのが最大の戦力になるのがわかっている。
「御心のままに」
そう口では言っているが、三日月のように吊り上がった口元を見た神は、また戦場が出来上がると判断した。
しかし、それも些事。
何千、何万の命が散ろうが関係ない。
最後に自分が頂点に立っていれば問題ない。
世界を手に入れれば、もうあの戦闘狂も無用の長物、ここで消耗させた方が良いとすら思った。
太陽神が力を使い、混沌の中に潜む月の下僕のことを教えたのもそのためだ。
もっとも力を使った際に、月の神に探知されたのも計算の内。
こちらが動けば、おのずと相手も動かざるを得ない。
争えば争うほど、世界は消耗され、その世界を回復するために神の権力は増す。
その図式が作れるのなら、地表から人が減ることなど些事でしかない。
『……今回の神剣は失敗作か。新たな神剣を作らねばな』
そして自ら造り上げた神剣は、最強の熾天使に落第の点数を付けられた。
そのことに腹が立つかと思いきや、その言葉を受け入れた神は、思考の中から生み出した神剣のことを忘却した。
アイワが鈍らと称したのなら、いずれ消え去る。
そう判断したから、無駄な思考を消しただけのこと。
世界の均衡は徐々に崩れる。
賽を投げた神は、未来の出来事を見通す目を持っているが、その目でもこの先がどうなるかわからない。
『……』
神は沈黙をもってして、世界の調整をし始める。
その仕事を背で感じている、アイワは白い空間から脱出し歩き始める。
「さて、神の許可は取りました戦支度をしましょう」
何をすべきかと考えるよりも先に、どうすれば満足の出来る戦場を造り上げることができるか。
神の意図はどうでもいい、満足の出来る戦いができればそれでいい。
生きがいは、戦場に。
それがどういう意図で、どういう流れで思われたのかはわからない。
ただ一つだけ言えることがあるとすれば。
「やぁ、お勤めご苦労様」
「……」
アイワにとって、雑魚は記憶の外に置く存在ということだけだ。
神の世界から帰還し、そしてこれから楽しい楽しい戦支度ができると思った矢先に立ちふさがるように現れた優男。
カーター・イスペリオ。
戦いや拷問の傷は完全に癒え、最近では勇者相手に訓練をして実力をつけていると思われる男。
だが、そんな彼でもアイワにとっては記憶にとどめることもない道端の男。
気軽に声をかけられたが、一瞬なんだこいつと目が細くなるも、先ほど神に言った神剣の持ち主に勝手に推薦した男だと思い出す。
名前は思い出せない。
こうやって気楽に会話をしてくる相手の動きを見ても、一秒間で五回は殺せると技量も未熟。
「あなたですか」
そんな驕っている相手に会話をするだけ無駄だと思う気持ちを押し殺して、そっと体をそちらに向きなおし。
「神託です。今後の神剣の所有者はあなたになることになりました」
神託とわざと言って興味を引くように相手の意識を動かす。
「おや、ずいぶんと僕のことを買ってくれているね」
「逆を返せば、それだけのことをしたのにも関わらず結果を出さなければわかっていますね?」
「ああ、わかっているよ。お土産は不死王の首でいいかな?」
感情を表に出すこと自体は間違っていないが、こうもあからさまに感情が揺れ動くのを見ると未熟さが際立ってイライラする。
「好きにしなさい。私はやるべきことがありますので」
言うべきことは言った、子守もこの男に押し付けた。
満足したと踵を返す。
「吉報を待っていてくれ」
「……そうなることを願っていますよ」
背中越しに聞こえる声に増長が見受けられる。
十中八九失敗する。
それが予測できるけど、彼女は何も言わず歩き出す。
本来であれば勇者と神剣、この組み合わせは最強と言っても過言ではない。
事実、カーターと神剣の組み合わせなら、並の将軍なら蹴散らしていただろう。
しかし、今代の魔王の配下である将軍は誰もが、魔王になってもおかしくない実力者揃い。
不死者の王と戦った時、アイワは忘れて久しかった命の危機を思い出した。
ゾクリとあの時の戦いのことを思い出して、アイワは身震いをする。
「ああ、あのような戦いができませんかね」
まるで恋人を待つ少女かのように儚き思いに夢馳せるアイワは、ニッコリと表情を変える。
カーターと神剣の末路は決まった。
神剣は、不死者の王にリベンジを果たしたいと思っているようだが、それは叶わぬだろう。
いかに策を練ろうと、いかに鍛錬を積もうと、あの老獪とした存在であるアレに幼子が勝てるとは到底思えない。
「ああ、早く。戦争になりませんかね」
その不死者の王との戦いを他者に譲るのは心底嫌であるが、今年の魔王軍は豊作だとアイワは思う。
なにせ自分をベースに作った妹たちが誰一人として帰ってこなかったのだ。
敵はそれ相応の実力者揃い。
その一人に相対しているからこそそこに確信がある。
今代の魔王軍との戦は過去にないくらい激しいものになる。
それこそ〝世界が終わる〟ほどの争いになるかもしれない。
それを想像しただけで、アイワの思考は楽しみの感情で塗りつぶされる。
顔には出ないけど、心の中では楽しみで仕方ないと言わんばかりにだ。
カーターに不死王を譲ったつもりはない。
混沌に向かった彼らは帰ってくることはない。
それがわかるからこそ、この後の楽しみを邪魔されることがないことに安堵すらしている。
戦争で互いの足を引っ張ることは本来であれば致命傷であるはず。
しかし、アイワにとっては窮地に立てばたつほど最高の戦いができる。
「楽しみだな」
それ故に〝神〟が不利になろうが関係ないと彼女は未来の戦いに夢馳せるのであった。
今日の一言
常識では測れないことがある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




