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628 気合を注入されてしまったからには

 

「あははは、教官には敵わないな」


 悠々と歩き去る大鬼、その背中を見ながらゆっくりと体を起こす。

 教官の一撃は芯に響き、体が軋むような感覚を俺に残していたが、ある意味でこの痛みのおかげですっきりした。


「いてて」

「痛いで済む方がおかしいぞ」

「ああ、ありがとう」


 そして立ち上がる前にエヴィアがそばに寄ってきてゆっくりと手を差し伸べてくれた。

 その手を取り、立ち上がる。


 教官の攻撃を受けて痛いで済ませている時点でおかしいと言われる気持ちはわかる。


 鉄板すら撃ち抜ける拳だ。


 常人が生身で受けてしまったら、地面にたたきつけたトマトのような惨状が出来上がってしまう。


「覚悟が決まってしまったか」


 そんな一撃で、迷いが吹っ切れて覚悟が決まってしまう俺の方が異常なのだと改めて思う。

 ただ、教官の言葉に影響を受けたのは事実。


 悲しませるかもしれないと不安になるくらいなら、悲しませないために全力を出すか、潔くフシオ教官のことを諦めて別の人に託したほうがいい。


 しかし、この前者後者の二択なら当然。


「ああ、綺麗さっぱり」


 俺は前者を選ぶ。

 助けないという選択肢は選べず、自己満足と言われるかもしれないが後悔するなら自分で選びたい。


「戯け、あのまま迷っていれば良かったものを」


 その選択をエヴィアは悲しげに見てくるが、頭を振ってその表情を消した。


「すまんな、だが教官に言われた通りさっさと終わらせて無事に帰ってくるよ」


 彼女には我慢を強いてしまったが、その代わりしっかりと報いる事を決意する。


 本当に教官の拳は不思議だ。

 お悩み相談も拳一発で解消してくれそうな効果がある。


 いや、それを普通にしたらその前に人生が消し飛ぶか。


 実際俺もチャンバラソードというスポンジ製の凶器で死にかけたし。


「次郎さん」

「スエラ、謝って済む問題じゃないんだが、きちんと帰ってきたら謝る。それで手を打ってくれないか?」


 教官に迷いを断ち切ってもらった。

 お陰で、やるべきことに集中できるようになった。


 ならばあとは、教官に言うように背中で語るほかない。


「はい、そうなった次郎さんはテコでも動きませんしね。わかってますよ」

「スエラあなた毎回こんな気持ちで待ってたの?良く持ったわね」

「ケイリィもわかりますよ、どんな姿になろうとも次郎さんは必ず帰ってきます。もちろん不安もありますけど、信じるってそう言うことですから」

「はぁ、次郎君、言っとくけど私はスエラみたいに真面目ちゃんじゃないからね。今度の休暇は私と二人でデート。もちろん次郎君のポケットマネーで全部おごりよ」

「あら、それなら私もそうしましょうか」

「ふむ、なら私もそうするか」

「む、ずるいぞ。ジィロ私もそれを所望する」

「でしたら、私もそうしましょうか」


 その背中で語るために多大なる出費を強いられる未来が確定してしまった。

 それで彼女たちの気が済むのなら是非も無し。


 問題は……


「休暇の調整どうしよう」

「そればかりは君の仕事ぶり次第じゃないかな?」

「社長」


 嫁五人分の休暇をどうやって捻出するかだ。

 トホホ、またしばらくデスマーチか。


「戦争が終わればいくらでも休暇をあげられるんだけど、もうしばらくは踏ん張っておくれよ人王」

「はい」

「ノーライフが戻ってくれば、多少は余裕ができるはずだ。そこまで頑張ってくれ」

「わかりました」


 ひとまずは、救出の目途はたったか。


「さて、時間は待ってくれない。彼女の訓練と君の混沌対策の準備をしないとね」


 待っていてください教官、今行きます。


 そう思って、気合を入れるのだったけどこの時の俺は知らなかった。

 教官を見つけているのが俺たちだけではなかったことに。


 冷静に考えればわかること。


 月の神が見つけられたのなら、憎々しい敵の中核戦力が孤立し弱っている絶好の機会を太陽神が見逃すはずがない。


 時間がない。

 それは教官が持ちこたえるかどうかじゃない。


 敵の刃が教官の元に近づいているという意味であった。


 それに俺たちは気づいていなかった。



 Another side


 対魔王連合。


 それは様々な国、人種、立場を越えて来る日の脅威に向けて連携するイスアル軍の総称。


 本部はイスアルのとある交易の街。


 帝国も王国も神権国家もすべての大国からちょうどいい距離である街が今ではイスアルの中心部ではないかと思うくらいに活気に満ちていた。


「順調ですなお嬢」

「そうですねダズロ」


 その街の豪華な屋敷、対魔王連合帝国支部と言えばいいだろうか。

 この街の領主の屋敷を含め、すべての屋敷に各国の代表が詰めている。


 そして本来王国と戦争状態で敵対していたはずの帝国も対魔王連合の一員として参列し、街に屋敷を構えている。


 その屋敷の主、否、この対魔王連合の創設者として対等であると銘を打っているが実質トップとしてその影響力を出して居るのが、一見してか弱そうな少女であった。


 アンリ・ハンジバル。


 ハンジバル帝国の第三王女。

 籠の中の姫という、絵本の中のお姫様のような通称がある彼女だが、問題なのが何をしでかすかわからないほど暗躍好きという、姫にあるまじき趣味趣向を楽しむ性格と能力があること。


 その彼女は屋敷の執務室で、優雅にお茶を飲んでいた。


 魔王軍では色々と多忙な日々を送っているとも露知らず、優雅な一時を送っていた。


「物資の集積は八割がた終了、いやぁ、流石お嬢。見事な手腕ですな」

「あら、褒めてもあなたの休暇は増えませんよ?明日からまた仕事がありますので」

「うへぇ、娼婦を抱く時間くらいくださいよ」

「なら、あなたの部屋に行かせますよ。どのような女性が好みですか?事細かく言ってくださればあなたの望みどおりの女性をお送りしますよ?」

「いやいや、娼館通りの中から選ぶのも楽しみってことで、お嬢に女性の好みまで把握されたら気づいたら結婚までさせられそうで怖いです。なのであっしはノーコメントを貫きます」


 片や王族、もう片方は宮廷魔導士であるが血筋的にそこまで由緒あるモノではない。


 ハンジバル帝国は実力主義、血統主義の王国と違い、例え平民であっても実力があれば要職につける。


 蹴落とし合いなど日常茶飯事。


 暗躍など、あって当たり前。


 ある意味で血なまぐささで言えばどの国よりも負けていないと自負する。


 なので王族よりもだいぶ立場の低いダズロがこんな軽口を叩けることもあり得なくはないのだ。


 ただ、そのあり得る可能性もかなり低い上に公の場でこんな発言したら間違いなく首が物理的に飛ぶ。


 あくまで非公式の場、そしてアンリ姫が個人で囲っている部下であるからこそ許されている発言。


「そうですか、残念です。話は変わりますがダズロ。先日とある方の令嬢のかたから縁談の申し込みがありまして」

「全然話が変わってませんよね!?俺、絶対に貴族と結婚したくないっていつも言ってますよ!?」

「ちっ」

「舌打ちしたよ、この上司舌打ちしちゃったよ」

「観念して、私の遊び道具、おっと私の人生を楽しませるための道化になりなさい」

「もうヤダこの上司。なんで、昔の俺はもう少し慎重に行動を起こさなかったんだろう……」


 しかし、公の場でなくてもこの関係を羨ましいと思う輩が果たして何人いるか。


 礼儀作法などぶん投げて、無くなっているのにもかかわらず、上下関係がしっかりと決めつけられている会話にダズロの瞳から涙が流れそうになっている。


「嘆くのなら研究に没頭しすぎてお金の管理を杜撰にしていた過去の自分を恨みなさい」

「いや、本当にそうですね。はい、過去の自分に何か言えるならせめて借りるなら闇金にしておけって言いたいです」

「あら、髪の毛の一本までむしり取られたいというのならそう言ってください。私も多少は押し付けている仕事から罪悪感はありましたので遠慮をしていましたがそれもいらないようで」

「いやはや!お嬢に拾われて、ぼかぁ、幸せ者ですな!!」

「最初からそう言いなさい」

「もうヤダ、この上司」


 過去の自分の行いを本気で後悔しているダズロは、るーるーるーと涙を流しながら座っている椅子の手すりに縋りついている。


 大の大人が、少女に泣かされている。


 それを他人が見たらどう思うかと、ダズロは考えたが、お姫様の面の皮はドラゴンの鱗よりも厚い。

 どう巡っても、ダズロが悪いという結末についてしまうことに溜息を吐きつつ。


「はぁ、だったらせめて今日は早く寝たいんで、さっさと報告してもいいですかい?」

「そうですね。聞きましょう」


 なんだかんだ言って仕事はできる彼は、拾ってきた仕事の話を始めた。

 姿勢を元の前向きに戻したけど、元々猫背な姿勢の所為もあってか、覇気がないように感じるダズロ。


 そんな彼が持ってきた話とは。


「王国とトライスの方で何やらきな臭い動きがありますね。どうやらお嬢に主導権を握られているのが気に喰わない様子で」

「それはそれは、ずいぶんと嫌われたものですね。こんなにも世界のために奔走しているというのに」


 この連合に亀裂を生みかねない大事だ。

 それを聞いたのにもかかわらずよよよとわざとらしい仕草でアンリ姫は泣きまねをする。


 余裕がある。

 そう感じさせる仕草にダズロは反応するが。


「はいはい、悲しいですねぇ」


 その対応はおざなりと言っても過言ではない。

 わかっているからそう言うことは後回しにしてくれと、手のひらをひらひらと振り。


「向こうじゃ、女性が上に立つことはあり得ないことですからね。男尊女卑、世襲は当たり前。そんな生き方をしてきた方々にとってここまでお嬢が結果を出していたらそりゃ目の敵にしますよ」

「そうですね。むしろそうなるように手を打ってますからね。むしろここら一つ足を引っ張ってもらって、その証拠を盾に完全に屈服させたいところなんですけど。そのような情報が入って来たのですね?」

「本当にこの人怖すぎるんですけど、何で失敗することをそこまで楽しみにしてるんですかね?」

「楽しいからですけど?」

「人が失敗するところを見て楽しいって言うのを、世間では性格悪いって言うんですけど……」

「でも、足を引っ張ろうとしているんですよ?それで失敗した人たちを笑って何が悪いんですか?私たちは世界を救済するために魔王を倒すために足並みを揃えようとしているのにも関わらず、その方々は自己の立場を優先して足並みを崩そうとしている。その行動のどこに大義があり正義があるのでしょう?」

「あー、はいはい、文句なら証拠を見つけて相手を嘲り笑う時に当人たちに言ってくださいな」


 そしてこのアンリ姫に対して、これ以上余計なことを言うと寝る時間が遅くなると察したダズロは話の進路修正を試みる。


「僕が集めた限りの話ですが、どうやら魔王軍の中でもトラブルがあるらしくて、その中で魔王軍の中核になる存在が孤立し弱っていると情報がありました」

「なるほど、それが真実なら朗報ですね。しかしそれをこちらに連絡せず秘匿しているということは……」

「まぁ、お嬢の想像通り手柄にしてこの連合での立場を向上させようとしているんでしょうね。まぁ、多分情報源には神殿が関わっていると思いますよ。動いているのはどうも最近こっちに合流してきた勇者部隊みたいですし」

「ああ、あの」


 それに成功し、さっきまで楽しそうに笑みを浮かべていたアンリ姫の表情が一気につまらないという色を見せる。


「つまらなさそうな存在たちですか」


 事実、彼女は勇者という存在に嫌悪感をにじませるのであった。




 今日の一言

 気合を入れると多少は効率は変わる。









毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 熾天使が全力で逃げないと、命にかかわるレベルの危険性がある混沌とか言う空間に、敵が孤立して弱ってるから倒して手柄にしようとかいう、どうやっても理解が追い付かないイスアルの人間の業は深い…
[一言] あー、混沌だけでも難題なのに、素直に救出させてはくれんかー
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