627 反対を説得するのが一番の難関かもしれない
聖剣の修理は意外なほどあっさりと終了した。
ヒミクの疲労と引き換えに、修理された聖剣は社長が持って来た時とは裏腹に輝きを放ち一見すればかなりの力が宿っているのがわかる。
だけど、酷使した代償はしっかりと払っているためこれでも万全な状態ではないと言うこと。
なので、他にも準備が必要ということになるのだが。
「魔王様」
「……うん、そこまで勢ぞろいとなると何を言いたいかはおおよそ察しが付くね」
エシュリーを連れて、一時的に会社に帰還。
そこから会社内にある物品保管庫、別名、宝物庫に行こうとしたのだがそこに待ち受けるようにエヴィアが立っていた。
いや、正確にはエヴィアだけじゃない、その後ろにはスエラとメモリア、そしてケイリィとどういうメンバーか即座にわかる面々だ。
予想よりも早いねと社長が言った言葉。
「不死王の救出の件でお聞きしたいことがあります」
ここから先は通さないと仁王立ちしたエヴィアが代表で話し始める。
「問答している時間はあまりないからね。手短に頼むよ」
「では手短に、肉体が健康であり運動能力及び魔力適正が四以上の死刑囚三百五十八名、及び私の資産から混沌内で生命活動が可能になる魔剣千百五十八本用意しました。それで次郎の不死王救出の参加を免除してもらうことを願います」
「君らしい方法だね。感情に訴えかけるのではなくリスク管理で説得しに来たか」
「死刑囚及び魔剣は補充ができます。ですが、将軍となり得る人材の確保は早々にできません。どちらの方が賢明かどうかは明白かと」
彼女の私的感情がゼロではない。
それはスエラたちを引き連れている時点で隠す気がない。
もしリスクヘッジのみで考えているのなら、彼女は一人で社長と対面していただろう。
そして感情を前面に出さず匂わせているのは、感情と理屈を両方で効果的に説得するため。
俺と視線を合わせず、社長に話をしているのは全命令権が社長にあるから社長を説得すれば撤回できるのがわかっているのと。
うん、完全に怒ってる。
過去類を見ないくらい怒ってる。
今まで何度か怒られたことはあるけど、それは仕方ないと呆れ交じりの怒りだったのを覚えている。
しかし、今回はマジのマジで怒っている。
理由はわからないわけがない。
どっちが悪いのかも明白。
会社の利益のためと恩を返すために俺は家族をないがしろにしようとしているのだ。
例え生き残って帰る気があると宣言しても、帰ってこなくなる可能性が段違いに高い行為をしようとしている。
その時点で彼女たちの心に怒りが灯るのは知っている。
エヴィアは社長からフシオ教官が生きているのを聞いて知っている。
スエラたちは俺が話している。
そしてヴァルスさんの能力で探しているのも、俺が助けようとしている気持ちもなんとなくだが察していたのだろう。
愛されているとわかっているからこそ、死地に赴くのが許せないのだとわかってしまう。
「それで成功すると思っていないのはエヴィア、君の方が理解していると思うが、違うかい?」
「……ゼロではありません」
「ああ、それで成功するなら文句はない。だが、時空の精霊によるナビゲーション無し、もちろん死刑囚に聖女と聖剣を貸与するリスクは犯せない。さらにいざという時における絶対なる実力者の不在。この三点が欠けている状態で成功する可能性がいかほどか、エヴィアならわかるだろう?」
そして、同時にこのメンバーはフシオ教官を救出に行く必要性も理解している。
戦争の匂いがより濃密になっていく昨今。
現状で十分だと楽観視する人物は、きっと戦後には生き残っていないだろうと思われるほど、今回の戦争は歴史上類を見ないほど激化すると予想される。
着々と、イスアルの大陸連合軍は戦力を増強し、対魔王軍勢力を拡大して、さらには神の全面協力による天使兵の配備。
聖剣の供与。
裏は取れていないが、地球から拉致した人物の育成も終わり勇者として配備するという情報も入っている。
この状況で元の七将軍から一人欠けて、六将軍の状態で戦い抜けるのかと不安視する声がないわけじゃない。
社長は最強だ。
だが、無敵ではない。
今代の将軍は魔王クラスを勢ぞろいさせた歴代最強と謳われている。
しかし、それは相手も想定している。
おまけに、勝つか負けるかそれがわからない状況で、戦後の利権をむさぼるべく足を引っ張ろうとしている反魔王勢力の存在。
奴らは漁夫の利を狙っている。
後方支援の名目で戦況を調整し、社長の勢力を削ぎ、イスアルの勢力を削ぎ、最終的に自分たちが頂点に立つことを画策しているだ。
その情報を得ているが、確固たる証拠はない。
おまけに国の運営を担っている立場に居るため、社長でも下手に手を出すことができない。
イスアルが戦争を仕掛けてこないのなら、まだそちらに注力して地盤を盤石にする事もできただろうが、その時間ももうない。
イスアルが戦争を仕掛けてくるまできっと反魔王勢力は暗躍を続ける。
自分たちの身を守るためなら、向こうを支援し、魔王軍の動きを裏から妨害してくるかもしれない。
その危険がある状態で、もっとも都合のいい結末を引き寄せるには魔王軍のなかで最高戦力に数えられるフシオ教官の帰還は絶対に必須。
時間も残されていない。
その状態で無駄は省きたい。
それをエヴィアは理解している。
「……」
「エヴィア、君ならこの動きが必要なのが理解も納得もできている。感情を押し殺しきれていない理由も察しがついて、君がやろうとしているのは間違っているのも理解している」
「……はい」
国を守るために、最小のリスクで最大のリターンを引き寄せようとしている。
俺は将軍とは言え、俺の場合はなりたての将軍だ。
勢力としてはそこまで大きくはないし、軍そのものに影響させる能力は低い。
「そのうえで、私にその意見が通らないのも理解しているだろう?」
「はい」
故に、最小のリスクとして俺が選ばれ、最も成功確率が高いと言われている理由だ。
しかし、犠牲になるかもしれないというリスクを理解も納得もできると言ってもそれは公のとしての立場のみ。
「ですが!」
カッと目を見開き、普段の彼女からしたら考えられなくなるくらいに感情的になるエヴィアを見て俺は思わず一歩前に出ようとしてしまった。
しかし。
「エヴィア」
ズンとこの空間を制圧する者が俺の動きを止めた。
「君は、誰に意見しているか理解しているかね?」
社長だ。
普段の穏やかな表情を消し、能面のような表情が想像できるくらいに冷淡で重い声と魔力がこの場を支配した。
「……」
「さきほどの君の意見は忠臣としての意見として聞く、だが、その先に出る言葉は忠臣としての言葉になるか?」
完全に機先を制し、言葉を封殺する。
それほどまでの圧倒的な雰囲気を纏った社長に感情による情に訴える行為は愚策中の愚策と化した。
「……」
それを理解してしまったエヴィアは、表情こそさっきの爆発しそうになった感情を押し殺して普段の雰囲気を取り繕うことができているが、それでも普段のキレのいい理知的な対応はできなかった。
必要なら切り捨てることができるリスク管理。
それが、今の彼女にはできない。
「下がれエヴィア、これは王命であり、決定事項だ」
それを察した社長は、失望も呆れもせず、理解と共感をもってして王命を出した。
この魔王軍に所属する者には決して逃れることのできない勅命。
これに逆らうことは何人たりとも許されない絶対権力。
それが振るわれてしまった。
怒りも不満もその二つから生まれるかもしれない恨みも、そのすべてを責任として背負うと宣言し彼女たちの意見を却下する。
「っ!わかり、ました」
それに逆らうことは、彼女の理性がギリギリのところで感情を上回った。
スエラとメモリア、そしてケイリィは最後まで何も口にしなかった。
目を伏せ、大局のために我慢を強いられるのを、受け入れるしかないと諦めることを強要されている。
「では行こうか、人王、エシュリー、ああ、ヒミク君はここまででいいよ。ご苦労だった」
その脇を何のためらいも見せず社長は歩き出す。
それを止めることをできない彼女たちを見るしかない俺の心も色々と複雑だ。
やりたいことが間違っていないのは社長が背中を押してくれるから自信を持てる。
だけど、そのやりたいことによって彼女たちの気持ちを踏みつけているという現実を再認識すると、俺の認識が甘かったというのも同時につきつけられているのがわかった。
無表情を取り繕え、と心の中で言い聞かせ。
だけど、ある意味で初めて顔を見合わせるのが気まずいと思わせる雰囲気で彼女たちの脇を通り過ぎようとしたとき。
「ああ?何しけた面してやがる次郎」
この場にいるはずのない人の声が響いた。
「教官?」
遠く、それもこの宝物庫の入り口から響かせるように届いた鬼の声。
俺は彼に背を向けていたから顔など見えるはずがない。
だけど、その鬼はまるで見えているかのように不機嫌そうな顔で俺の方に歩いてきた。
「おや、ライドウ。こんなところにいるなんて、現場はどうしたんだい?」
「部下に押し付けてきやしたぜ。なにせ、ノーライフの野郎が生きているって聞いたもんで本当かどうか確認しに来たんですわ」
宝物庫に入ろうとした歩みは止められ、社長も俺も、いや全員が突如として現れた鬼に視線を向けた。
「そうか、それは事実だ。彼が神託を受けてね」
「そいつは良かった良かった、それで大将、もちろんあの野郎を迎えに行くんですよね?」
「ああ、当然だ。彼はこの戦に必要だ。魔王として断言しよう」
不機嫌そうな顔は俺にしか向けず、社長と対話するときはいつも通り勝ち気で強面な顔に戻る教官。
それに社長はにこやかに対応している。
「で?誰を向かわせるんですかい?」
「人王に頼む。彼が最も可能性が高い」
「んー、俺が行きたいところだが、確かに俺よりも次郎の方が成功するでしょう」
場の雰囲気、面々、そしてわずかな会話の内容で何があったかを理解した教官は、うんうんと頷いた後。
「おい、次郎」
俺を呼び。
「歯ぁ、食いしばれ」
普段なら考えられない一秒という猶予を俺に与えて。
迷いのない鬼のフルスイングが俺の顔面を捉えた。
「女を悲しませてるんじゃねぇ!!こういう時に心配させるような情けねぇ背中を見せるような奴に俺は負けたつもりはねぇぞ!!」
衝撃は普段の攻撃からは考えられないほど弱かった。
だが、今までのどの攻撃よりも……痛みを感じた。
不意打ちではないのに避けるという思考を出せない攻撃。
衝撃で床を転げ、大の字で転げる俺にズンズンと歩み寄る音が聞こえる。
「どぉだ?目が覚めたか?」
「はい」
そのたった一撃で、俺の不安を吹き飛ばしてしまった。
見下ろす教官の目は、俺を見定めていた。
「ふん、ちったぁマシな顔になったな。俺の拳の代金は安くねぇぞ」
「でしたら、次の宴会、フシオ教官の帰還祝いの席は俺が奢りますよ」
「言ったな?」
ああ、本当にこの鬼には教えられてばかりだ。
何を不安に思っている。
神から奇跡を起こせと言われ、社長から確率の低い救助作業だと言われ、無意識に警戒し不安を溜めこみすぎていたようだ。
確率なんて関係ない。
要は成功させればいいだけだ。
なんだ単純なことじゃないか。
ようやく、硬くなっていた表情が緩み、口に笑みが浮かんだ。
「楽しみにしてるぞ」
その顔を見て、満足した教官はそれ以上は何も聞かず。
「前線に戻りやす、ちょっと仕事を前倒しにしないといけないようで」
「そうかい、私もその予定ができたようだ」
社長と、そんな会話をする教官。
その背は何も俺に言わせないと語り、結果で示せと激励して、言いたいことだけを言い終えた教官は嵐のように立ち去っていくのであった。
今日の一言
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!