60 仕事の内容割合は表一割裏九割だ
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「おっしゃぁぁぁぁぁ!! 監督官からの許可をもぎ取ったぞ!!」
「次郎さんテンション高いですね」
「お前は通常運転だな、もう少し喜んでもいいんじゃないのか?」
「いつもより気分は高揚しているのですが……見えませんか?」
すまんメモリア、変化がギュッと小さく両手でガッツポーズを決めるだけで感情が高ぶっているかどうか察するには俺のレベルが足りていないようだ。
確かにメモリアが南みたいにはしゃいだら、一緒に喜ぶよりも先に何があったか心配になってしまうな。
「そうか、気がつけなくてすまん」
「いえ、私ももう少しわかりやすくなれるよう努力しますね」
「ああ、俺も気づけるようお前を知っていく」
こっちに来てから半月近くが経ち、ついに動く時が来た。
俺の手元には、エヴィア監督官へ送った報告書及び企画書に対する返答がある。
ゲートの道が不安なだけで、物資や生命の無い無機物なら多少のやりとりくらいならできるとのこと。
なので緊急の情報ということで最優先で送ってもらったら、
明日には届く日本とは違い物流業が何倍もの時間をかけるイスアルにしては破格の時間で返信が来た。
報告書は一気にエヴィア監督官から社長に話が伝わるとのことで、今回の勇者召喚に関する顛末と戦争に関する情報をバースから聞き、俺が纏めて作った。
あっちの様式と細かな書式のやり方、見やすいまとめ方ができるということで押し付けられたといってもいいが、今回は目を瞑る。
本命はそれに付随する形式で送った一通の企画書だ。
「さて、面倒な決裁は通った。物資も届いた。向かうとするかトライスに」
「はい」
スエラの印に監督官の署名、そして社長直々の認印、この企画、いや計画に対して会社がゴーサインを示した証拠になる書類が俺の手元にあった。
仕事で一番何が大変かと聞かれれば色々あると答える。
だがその中で一番胃にダメージが来るのは何かと聞かれれば、それは決裁だと俺は答える。
何度も何度も資料を見合わせて、相手企業と話し合い折り合いをつけたのに通らない。
やれここはどうなっている。
もっとコストは抑えられないのか。
期日はもっと早められないのか。
仕様が変わったからやり直してくれ。
ハンコの一つもらうのに何回もやり直しを指示されるのは正直気が滅入る。
それがまさかの一発で通るとは思わなかった。
それほど期待されているということなのだろう。
こっちとしても結果を残したい。
気合を入れて今回の件に取り組む。
ここ数日間泊まった部屋を後に酒場に出れば、椅子もテーブルも片付けられだいぶ閑散とした元酒場のカウンターテーブルの前に座るバースを見つける。
「バース、許可が出た。準備はできているか?」
「待ってたぜぇ。表に準備はできている。ついてきな」
ようやく来たかと日本製ではなくイスアルのタバコを吸いながら待機していたバースは、タバコを灰皿に押し付け火を消し準備していたものの前へ俺たちを連れていく。
案内の先にあったのは日本では観光名所くらいでしか見られない二頭の馬が引く幌付きの馬車だ。
「書類と一緒に送られてきた物資は中に積んである。食料も次の街に行ける分は積載済みだ」
それを引く栗色の綺麗な毛並みの二頭の馬は、気力、筋力ともに十分で素人目でも良馬といえる。
馬車の中には商人用の偽装商品とそれに隠れるように会社から送られてきた物資が置いてある。
食料も十分と言える。
「流通はどうなっている?」
「関所の封鎖はまだ起きていないから鈍くなっているがまだある。だが時間の問題だからいずれ封鎖されるだろうな。それと少ないが戦争を嫌って流民も出始めているって話もある。これが増え始めたら封鎖される。タイムリミットはそこだ」
「わかった。気をつける。そっちはそっちで情報収集は任せるぞ?」
「任される代わりにあいつらに一泡吹かせてこいよ? でないと」
「でないと?」
「俺たちはケツまくってさっさとトンズラこくからな」
「おお怖」
おどけるように怖がる俺に餞別だと一言前置きしてバースは紙の束を俺に渡す。
「可能な限り勇者に関して情報を集めた。人数や扱いに立場、可能な限り集められた情報をそこに書いておいた。旅の途中に目を通しておけ。記憶したらしっかり燃やせよ?」
「助かる」
「お前には期待して少なくない金を動かしたんだ。俺に後悔させないように結果を出せよ?」
「ああ」
その紙は持つ分には大した重さはない。
だが、それ以上に意味の重さを感じる。
人の仕事を受け継ぐ時に感じる重さだ。
だが不思議だ。
前の会社なら面倒や煩わしいなどマイナスの感情しか抱かなかった。
だが、この会社に入ってから変わったのかもしれない。
この重みに少なくともマイナスの感情を抱くことはなく自然と受け取ることができた。
メモリアを先にそのあとに俺も馬車に乗り込み、世話になったバースを見下ろす。
「今度はのんびりと酒でも飲ませてくれ」
「店は変わってるかもしれんが、いつでも来い。いい酒仕入れておいてやるよ」
自然と拳をぶつけ合う。
あとは任せたと送り出されるように強めにぶつけられる。
痛いとは思うが口にはしない。
「メモリア出てくれ」
「はい」
「次は馬を操れるようになっておけよ!!」
最後の最後に御者をメモリアに任せるという締まらない出発を冗談で笑い見送るバースに一回だけ手を振り店をあとにする。
早朝と戦争のせいで道は空いている。
商人は安全な場所で商売をしようと、冒険者は傭兵として戦争に参加するか別の場所に拠点を移すか、傭兵などは真っ先に街を出ている。
たった数日で閑散としてしまったこの街に残るのは、行く宛もないもしくは定住することを決めた住人たちと街を守るための兵士だけだ。
おかげで道は空き三十分もしないうちに街の外に出た。
「次は平和な時に来たいものだな」
「そうですね」
滞在した日にちは短かったが、それでも悪い街とは思わなかった。
平和な時であればそれこそ楽しめる場所はいくらでもあっただろう。
それを惜しく思いながら街に向けていた姿勢を後ろから前へと移す。
「さてと、荷物を確認しに行ってもいいか?」
「ええ、大丈夫ですが向こうとは違い道は平らではないので揺れに気をつけてください」
「了解だ」
ガタゴトと揺れる馬車に乗り街の門から見えなくなる位置で気をつけながら御者席から荷台へと移る。
木箱が積み上げてある中で目的のものを探し出す。
「これか?」
それはすぐに見つかる。
伝えられていたマークが焼印されている箱はすぐに見つかり金具を外し蓋を開ける。
「見つかったらまずいものばかりだな」
中身は日本で見るものばかりだ。
ほとんどが様々な形のケースに入っているが、ケースそのものが日本製の代物でこっちにはない物ばかりだ。
その中からカバンを一つ取り出して御者席の後ろに座る。
カバンを開けると中に入っているのは、これもまたイスアルでは見れなく日本ではよく見る白いA4用紙の書類とファイルだ。
書類は紐でまとめられ本みたいに読めるようになっている。
その中の日本語で書かれている書類の一番上を手に取り黙って読み進める。
「……思ったよりも大事になっているな」
書類の内容は、向こうで行方不明となっている人の情報だ。
時間が短かった故に完全ではないだろうがそれでも相当調べられている。
行方不明となっているのは、夏休み中の学校行事でのキャンプに参加した生徒の一部のようだ。
分かっているだけでその人数は二十三人、教師もその中に巻き込まれているようだ。
キャンプ場の場所はN県の山の中にある施設だ。
高校は俺でも知っている有名な私立の高校だ。
そのせいでニュースにも大きく取り上げられている。
別添資料に内容を記載と書かれているのを見て別添資料と名を打ったファイルを手に取る。
中身を見れば新聞や雑誌の切り抜きが事件が発覚してからの日取りで順番にまとめられている。
大御所の新聞からゴシップ記事、地方の新聞と様々な視点から見れるようになっている。
たった数日にもかかわらずその量はファイル一冊では収まらず、二冊に分けられている。
現代の神隠しや某国の集団拉致事件、心霊の専門家によるコメントや警察の動向、世間からの注目度がかなり高い。
その中には
「当然あるか」
駅前で情報を収集する親御のニュースの話もある。
写真を使ったオリジナルのビラ、親つながりか複数名でそのビラを配っている写真もある。
カバンの中を見れば十数種類に及ぶ人探しのビラも中に入っていた。
日本ではおそらく過去の事件もあってかなり過敏に反応しているのもあるだろう。
その情報を漏らさないように頭の中に入れていく。
行方不明になっている生徒の顔や年齢、性別といった情報が頭の中に積み重なっていく。
「ふぅ」
「疲れましたか?」
「ああ、久しぶりの書類仕事になるとさすがにな」
肉体を使う仕事がメインになっている中、書類仕事は前と比べてさすがに減っている。
久しぶりの書類仕事に、肉体的疲労とは別の疲れを感じる。
大丈夫かと御者席から心配してくれるメモリアに大丈夫と返し、再び書類の読破に精を出す。
道のりは長いが、いつトラブルとかち合うかわからない状況だ。
余裕があるうちに少しでも情報を頭に入れ日本とイスアルの現状を理解する必要がある。
俺は頭を掻き仕方ないと割り切って、今度はバースの情報を読み進める。
「こっちはまた……」
「どうなさいましたか?」
「プロパガンダはどこでも一緒だと思ってな」
勇者召喚は国家事業だ。
何らかのアクションはあると思ったが手の早いことだ。
早速学生たちの心を掴む作業をしているようだ。
成績の良い生徒の勇者としての顔のお披露目で何人かの勇者が表舞台に立ち、平和への演説をしたとバースの情報に書かれていた。
正義というのはサイコロのようなものだ。
方向によってその見える数値が変わり意味も内容も変わる。
読み進めるに連れて、その勇者を酔わせる国の仕草が垣間見えてくる。
正義という人間が動きやすい名分と地位や名誉といった燃料、そして
「帰れるという名の起爆剤か」
助けを求め善意を引き出し、報酬を与えることで欲を引き出し、帰れるという名の保証を与えて動かす。
そして勇者としてのデメリットは一切話さない。
いかにもといった詐欺の方法だ。
帰れるといった保証が付けば助けてやろうという余裕が生まれる。
それがさらにお金や名誉、そしてもっと俗物的なものをチラつかされて我慢できるほど学生時代に人間は出来上がるかという問題だ。
俺が行動に出るまでにどこまで情勢が変わるかがネックになる。
バースの情報を見る限り、日本の状況を知らない学生たちは毒に侵されるかのようにジワジワと事を進められているようだ。
「このまま行けば都合のいい人材が出来上がりそうだな」
それは当人たちではなく国を動かす人にとってだろう。
裏を知ればどうかは知らないがこのまま行けば未来は自然と見えてくる。
「あとは追加の情報しだいだな」
紙に書かれている情報を読み切るのにはそれほど時間はかからない。
覚えるのに時間がかかるので何度も読み返す。
盗賊や魔獣に襲われ何も読めなかったというのを避けるために駆け足で読んだので今度はじっくりと資料を読む。
最初に読んだ日本からの資料、特に生徒の情報を頭に入れている時にフラリと視線が止まる。
「コイツは……」
視線が止まったのはただなんとなく既視感があっただけだ。
アメリア・宮川
アメリカ人を母親に持つ日本人とのハーフだ。
顔立ちは幼いながらも金髪が似合う明るそうな女の子だ。
それだけなら国際的だなと流すだけだが、添付されていた顔写真に見覚えがあった。
「どこかで見た気がするんだが……出てこない」
どこで? と首を傾げるが一向に出てこない。
そのまま停滞するのはまずいと思い、とりあえずは彼女の内容を頭に叩き込む。
思い出したらその時だろうと思いその場は流すことにする。
馬車は整地された日本と比べれば天と地くらいに差があるほど揺れる。
だが快適さに難がある道のりでも魔紋で強化された体のおかげで酔いはこない。
時折空を見上げ平和だという感想を抱き気分転換をしながら俺はただひたすら書類を読み進める。
「異世界に来ても書類仕事をしているのはサラリーマンとして正しい姿なのかねぇ?」
ペラリとまた一枚書類をめくった時にふと思った言葉が出る。
ファンタジーな環境であってもこういう仕草は変わらないものだなと。
「吸血鬼も早々に変わりません。短い時を生きる人間が変わることは希でしょうね」
「違いない」
これも俺だと思わせてくれるメモリアと時折言葉を交わしながら俺は馬車の中で書類確認に精を出した。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
大事の前の小事、細かいことは先に終わらせる主義だ。
今回は以上となります。
次回サラリーマン?無双ができたらいいなと思っています
これからもよろしくお願いします。




