626 準備が整ったらまずやるべきことをやる。
「さて、聖女が参加してくれた。ヒミク君約束通り修理を頼めるかね?」
紆余曲折あって、エシュリーが仲間となった?かまではわからないがエシュリーの力が借りられるようになったことを僥倖だと頷く魔王。
流石一国の最高権力者、特殊な監獄にいようが、この人の鶴の一声さえあればどんな囚人でも釈放されてしまう。
現代日本では考えられない権力の万能っぷり、しかし、エシュリーも完全に開放されたわけではない。
「私はまだ、ジィロが混沌に入ることを納得していないぞ」
「ヒミク」
「……納得はしない。後で皆で説教だ」
封印術式を首元に施されたエシュリー、その術を施したのは社長。
裏切ったら待つのは死と説明され、術式を施された首元を触るエシュリーが心配そうにヒミクの顔を見ているが、ヒミクが社長からの指示を渋々という感じで受け入れた。
嫁全員から説教か。
中々ハードな一夜になりそうな予感。
緘口令が敷かれるだろうけど、エヴィア辺りならあっさりと知れるだろうし、彼女が知ったら間違いなく家族全員に周知される。
ケイリィ辺りは俺が説明しないといけないから、右ストレートくらいは覚悟すべきか。
彼女の拳って中々重いから、大変なんだけどな。
「覚悟はしておく」
「人王はもう嫁の尻に敷かれているのかい?」
「社長にアドバイスです」
「ほう、聞こうか」
今夜の予定が決まった段階で、俺はもう覚悟を決めた。
泣かれるか、呆れられるか、怒られるか。
恐らくこのすべてが実行される。
それが理解できるから、俺は覚悟と諦めが半々の表情で社長にアドバイスする。
「夫婦円満のコツは、家庭の実権を女性に渡すことです。男は家庭を支える柱になることに徹する。それが理想ですよ」
「ハハハハハハ!うん、参考にさせてもらうよ」
なぜこの魔王に妃がいないのか疑問だ。
俺に見合いの話がたくさん来るというのに、社長に見合いの話が来ないはずがない。
だけど教官やエヴィアからは、社長は結婚しているという話は聞かない。
いずれは聞いてみたいなとは思うけど、今は良い。
ここは収容所の研究区画。
本来であれば、聖剣で天使になれるかどうかを研究するエリアなのだが、設備が整っているのでここで聖剣を修復しようというわけだ。
「どうやって直すんだ?」
「私の魂の一部をこの聖剣に移して、元の魂のコピーを作る」
「魂を移すって、大丈夫なのか?」
「一週間ほど力が衰えるだけだ。命にかかわるようなことではない」
この聖剣が教官を救うための鍵になる。
それを理解し、俺の意志を尊重してくれたヒミクが渋々と言った感じで修理を請け負ってくれた。
聖剣のエネルギー源は魔力であるが、能力の源は魂だ。
だから、ヒミクが魂を移し込むと言った時は納得半分、心配半分といった感じになった。
自分の身を犠牲にしてとどの口が言うのだと思う。
俺はどちらかというと、心配させる側の人間だ。
できるだけのことを出来るだけやろうとしてきたが、その事実は全力を振り絞らなければできないことの方が多かった。
それは傍から見れば無鉄砲に見えるかも知れないが、俺の視点からはギリギリのラインで成功できるという確信を持って行動してきた。
そんなことを繰り返してきたが、一歩間違えればヤバかったと思うことは何度もあった。
綱渡り状態の人間、例えベテランのサーカス団員であっても観客はその危険な足場でのアクロバットをひやひやしながら見る物だ。
心配という名のスリル。
それを他者に与えるような行動を俺はし続けている。
それに関しては申し訳ないと思っているが、現実そうじゃないと業務についていけない。
だからこそ、ヒミクの言う説教も真摯に受け止め改善という名の身体強化に勤しんでいる。
互いに、時間が合った時に、教官と殺し合いに近い実践訓練をしている。
正直頭が狂っているとしか言いようがない訓練方法だが、本当の実戦、それも戦争となればそれくらいしないと強者には勝てない。
ルールは一つ、かろうじて生き残れるだけの手加減それだけだ。
腕が吹き飛ぼうが、腹に刃物が刺さろうが、生き残れば大抵は魔法で直せる。
俺も教官も互いにしぶとさには定評がある。
教官は鬼特有のタフさ、俺が魔力適正の高さと竜の血という生命力の高さを生かした訓練の成果は、ここまで強くなっても止まらない成長を見せていた。
今のところは戦績は完全に教官に負け越している。
それも当然だ。
先日の戦いは準備に準備を重ねての薄氷の勝利、訓練の時は俺の成長も兼ねてヴァルスさんは使っていない。
鉱樹と俺の技術で勝ちを拾えているだけ御の字だ。
もちろん教官も切り札であるあの身体能力を爆上げする術は封印している。
互いにそれを使うと本当に殺し合いになってしまうのがわかっているからだ。
頭のおかしい訓練方法だと、樹王から言われたこともあったが、実は身重のアミリさんとエヴィア以外はそれなりの頻度で参加するような訓練だったりする。
竜王は嬉々として、巨人王と樹王は必要性を感じて、時間があったら将軍同士で社長に許可を取って殺し合いに近い戦闘を行っている。
戦争が近く、皆の心の奥底で歴史にないくらいの大戦争になるのではと予想している。
歴代の魔王にも匹敵する、将軍同士での訓練は一定の加減を除けば殺し合いに変わりない。
おまけにすべての将軍の戦闘スタイルが違うから、経験値としてこれ以上にないくらいに上質。
成長はノンストップだ。
ちなみに戦績の勝ち星の数で言えば、キオ教官が単独で頭一つ抜けている、次に樹王、それに少し差がつき竜王、巨人王、俺となる。
といっても上四人に関してはそこまで差があるわけではない。
条件次第ではいくらでもひっくりかえせるという程度の実力差だ。
自分にとって有利な環境での戦闘もあったから、そこで負けを重ねたという事情もあるからこその戦績。
むしろ自分が不利な状況でも勝ちを拾える教官が純粋にすごいと言わざるを得ない。
たまにアミリさんも自身が作ったゴーレムの試作品を俺たちにぶつけてくるが、俺を含め全員軒並み蹴散らしている。
アミリさんの本領は物量という制限がある故に、本気で俺たちと渡り合うような戦力を出すと経費がかさむ。
故に試作という形で情報収集をするだけにとどまっているというわけだ。
「……大丈夫なんだな?」
「ああ、心配してくれてありがとう」
そんな殺し合いに近い訓練で将来的な心配を減らそうというバカげた俺だけど、そんな俺が魂を削るヒミクを心配するのはおかしな話だろうか?
愛しい家族を守るために、力をつけて、その家族を心配する。
しかし、その家族を守るための俺が心配をかける日々を送る。
本当に、戦争なんてない方がいいな。
平和が本当に良い。
「わかった」
こんな心配はしないに越したことはないと、自分のやっていることに心の中で呆れながらヒミクが、そっと研究所にあったナイフで指先を刺す。
自身の魔力で強化したナイフの先端は彼女の白い指先をほんの少し切り裂き、そこから赤い血を一滴二滴と垂らす。
そして、それが聖剣の刃の部分に垂れると、すぐに変化が起きる。
「これが、聖剣再生の儀ですか」
「私も初めて見るね。天使が勇者のサポートにつくのは勇者の仲間として戦力の向上もあるだろうけど主は聖剣を修復し戦力を減らさないことだと聞いたことがある。確かに、魔王を殺せる武器が失われるリスクを軽減できるならそれに越したことはないだろうね」
聖なる光と言えばいいのだろうか、ヒミクの血を媒介に優しい光が聖剣を包み込み、そこに手をかざしたヒミクによって魔法陣が編まれる。
ふわりと聖剣が台座から宙に浮き、そしてCT検査のように魔法陣が柄の部分から剣先に向けてゆっくりと移動し始める。
エシュリーが驚き、そして社長が感心するような声をあげる。
聖剣を再生するという光景。
「社長は見たことはないんですか?」
「ああ、なにせ天使が魔王に協力するなんてことも歴史上聞いたことないからね」
「でもこの聖剣の持ち主は……」
それを初見という、社長に俺は疑問をぶつけるが、ふとエシュリーがこの場にいることを思い出して、言葉を選ぶ。
「ああ、天使と化していた。それなら自力で直せるという話だろうが、彼女の天使の羽は二対、天使として主天使クラスの能力はあったようだけど上位天使ほどではない。戦闘能力だけで言えば、熾天使をはるかに凌駕していた。だから、聖剣の能力を引き出すことはできていたけど、修理まではできなかったというわけだ。いや、神が教えなかったんだろうね。歴代の勇者に天使が補佐に着くのが習わし。儀式の内容を見る限り、聖属性の魔力操作は必須、魔法陣もかなり特殊な古代語がつかわれているし、魔力の操作も緻密だ。魂を操作する術式なのだから当然と言えば当然なのだろうけど……」
それを気にかけて、祖母という単語を使わず、あえて過去に魔王に挑んだ勇者ととれるような言い回しにして社長は返事をしてくれた。
そして聖剣再生の儀自体は知っていたようで、その再生の儀に必要な素質いや、能力水準というものがあるのか。
「この聖剣の持ち主にも天使がそばに居たと思うんですが」
「ああ、智天使がいたよ。彼はそれなりに優秀だったようだけど、ずいぶんと神のことを信奉してて彼女と折り合いが悪かったようで関係は最低限だった」
「その最低限の中に?」
「ああ、聖剣の修復も組み込まれていただろうさ。ただ、この聖剣の持ち主は歴代でも五本の指に入るほど強者だった。聖剣への負担を最小限に抑えられる程度には加減ができた。少なくとも過去の将軍相手に修復を依頼しない程度にはね」
「……となるとこれは」
「ああ、正真正銘、最初の修復というわけだ。天使との信頼関係がなかったと示唆していることになるかね」
その能力水準に達していなかったというわけではない。
そして神を信頼していなかった故に、最高戦力の熾天使ではなく、その一段階下の智天使を与えられたこの聖剣の持ち主。
それの結末を最近知った身としては心境は中々複雑だ。
勇者の性質は両極端だ。
精神的自立している勇者は反発し何らかの方法で封殺され渋々従い戦いに身を投じるか、闇に葬られるか。
精神的に懐柔された勇者は嬉々として戦いに身を投じて、その戦いに殉ずるか生き残り英雄となり傀儡と化すか。
前者であるヒミクが直している聖剣の持ち主は神の手厚くないサポート故に勇者は破れたのか、それとも勝つ気がなかったのか。
それを知る社長は視線を修復されていく聖剣に向けたままで語らない。
勝者は勝つべくして準備を入念に行う。
むしろ準備を怠れば怠るほど敗因は増える。
足を引っ張る要因は利権の問題なのだろう。
神の立場という利権。
それの最大の障害は俺たち魔王軍である故にそれを排除する戦力は用意する。
その性質次第では後の排除を宣うかそれとも使い潰しかの二択とは恐れ入る。
「社長」
「なんだい?」
「自分は、魔王軍に入れてよかったですよ」
「そう言ってくれるように誘導したのかもしれないよ?少なくとも君の普段行っていることは普通の人なら正気とは思えないからね」
その二択以外の選択肢がある時点で俺はマシと思ってしまっている。
それを狂っていると社長は暗に言うが。
「狂えるほど、充実していると俺が思っているので問題ないですよ」
「なるほど、確かに君はこちら側向きの性質というわけだ」
それでもいいと俺は思った。
今日の一言
準備ができるかどうかの差は大きい
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!