625 共感できてしまう悲しい過去がある
さっきまで気丈に魔王と向き合っていた聖女の姿は今では跡形もなくなってしまった。
その姿には魔王である社長ですら困惑し、どうしようと俺に視線で助けを求めてくる始末。
「なんなんですか、なんでなんですか。なんでこっちの世界の方々はこんなに親切なんですか!?裏があると思って警戒していた私がばかになるくらいにここに来てから生活が快適なんですよ!!祈りを止めさせられるかとも思ってましたけど、普通に祭壇を用意してくれますし、純潔を奪われるかとも思いましたが入浴の際は女性の方が対応してくれますし!!それなら食事が質素かと思いましたが、そんなこともありませんでした!」
がっくりと膝から崩れ落ちて、両手を床につく聖女は別の方向で絶望にくれていた。
「そんなにいい待遇を与えていたのか?」
その反応に、王族に対する待遇でもしてたのかとヒミクが社長に問いかける。
だが。
「うーん、普通に高官捕虜に対する待遇処置しかしてないはずなんだけど」
心当たりが一切ないと社長は首をかしげる。
部屋を見渡せば、大体六畳程度の個室。
窓はないが、魔道具によって灯りは灯されている。
ベッドも清潔感のあるシーツで覆われているし、机の上には簡素であるが祭壇のような物もある。
後は、着替えが入っているだろうクローゼットが一つ。
さっきのドタバタ音はそこから発せられたと思われる。
それしかない部屋、人によっては虚しさを感じるほど簡素な部屋だというのにエシュリーは快適だという。
エシュリーの手首を見れば封印術の形跡もあるから、しっかりと拘束されている。
それでも快適だと言うのか。
終いには感情をさらけ出し、床を叩きだしそうな勢いを見せるくらいにエシュリーの情緒は不安定だ。
「なぁ、ヒミク」
「なんだ?」
「俺、イスアルの信者ってかなり熱心な信徒ってイメージがあるんだが……」
そんな彼女を見て、小声でヒミクに質問を飛ばす。
言っては何だけど、快適な生活をしたからってここまで動揺するものか?
熱心な信者ほど質素倹約を是とする。
そんなイメージを俺は太陽神を奉る信徒たちに持っていた。
よく言えば熱心、悪く言えば狂信的。
それが彼らに持っていたイメージなのだが、それが総崩れになるようなエシュリーの態度。
「一般的な信徒はあのような感じだ。日々の糧に感謝し、日々を豊かに生きるために努力する。だが、ジィロの言うような信徒も間違いなく存在するな」
俺があえて熱心と表現した意味を理解して、ヒミクは同じような声量で返事をする。
社長の影でコソコソと話せば、社長もそっちに混ぜろと気配で訴えかけてくるが、生憎とそれはできないので我慢していただく。
「だよな。だったら何であんな風に?失礼って承知で聞くけど、聖女って言えば宗教的にいえばかなりの地位にいるよな?」
「イスアルの宗教的階位で言えば聖女は、普通の会社の課長くらいのポジションだぞ?」
「え、そうなのか?」
「ああ、その上の部長的なポジションに大聖女というのがいる。しかも、成績主義ではなく血族主義で、彼女のような庶子の出の聖女は大聖女になることはできない」
「うわ」
改めて聖女の立ち位置というか、地位のことを確認してみたが何そのブラック臭漂う職場は。
実力のある課長は、無能な親族の部長に頭を抑え込まれ、無理のある仕事を振られて奔走する。
そんな光景が想像できてしまった。
そっと、泣き崩れてすでに嗚咽しかこぼれていないエシュリーの姿を見てしまった。
泣かすつもりはなくても、泣かしてしまったという罪悪感をこういう形で与えてくる聖女ってかなり斬新だと思った。
魔王を困らせる聖女。
ある意味でエシュリーは快挙を成し遂げたのだ。
たぶんだけど、歴代の魔王相手であっても、罪悪感を与え困惑させるなんてことはされたことはなかったはずだ。
それを成したドン引きのイスアル宗教事実には流石に俺も同情の念が隠せない。
そう言えば、魔物の異常行動の調査を下っ端にやらせていたという事実があったな。
「なぁ、ヒミク」
「なんだ?」
「もしかしてだが、面倒な仕事は全て神の試練だの一言で片づけられていたりするのか?」
「ああ、私が勇者を導く時もその一言で済まされていたな。ジィロ考えてみろ、唯我独尊を地でいくあの神が人間一人一人にこまごまとした試練を与えるとは私は思えないがな」
「熾天使のヒミクが言うと説得力が違うな」
そして、ここでふと疑問に思ったことを聞いてみた。
それは、よく宗教の偉い人が言う神からの試練ですという定型句だ。
説明すれば、これは神様からあなたが成長するために与えられた試練と言うことになる。
すなわち、苦労イコール成長の証という等式が、この一言で作られてしまうわけだ。
そしてその被害者は熱心な信徒というわけで。
エシュリーもその1人というわけだ。
俺は一度だけイシャンに憑依した神と対面したことがあるが、そんな殊勝なことを一々言うとは思えない。
神だから全世界の住人を観察するくらいの離れ業をやれるとは思うが、そんな面倒なことをするとまでは思えない。
「となるとだ。完全に説法で使っている神の試練ですって言葉は詐欺じゃないのか?」
「身もふたもない言い方をすればその通りだ。単純に国として都合がいいから使いまわしている。神からしても特に被害がなく、信徒が増えているから黙認している。だからその言葉を利用して私腹を肥やそうとする輩が後を絶たない。罪ものない民に罪をかぶせようが、いたいけな女性を手籠めにしようが神の試練という免罪符が守ってくれるからな」
「ひでぇ現実を見たわ。まだブラック企業のほうがマシか?いや、人権を無視して労働を強いている時点で大差ないか」
そしてこんなところに気づきたくはなかったが、エシュリーによる魂の叫びは俺にその現実を気づかせた。
「あー、君たち。現実を確認する作業は終ったかな?だったら、ここで泣いているいたいけな聖女を助ける方法を考えるのを手伝ってくれないかな?」
「笑顔で手を差し伸べて、いつも通り無茶振りすればいいのでは?」
そして情報をすり合わせている間に、そろそろ何とかしろと社長からのお達し。
流石に放置しすぎたか。
「なかなかに辛らつだね人王」
「どこかの誰かに鍛えられましたので、どちらにせよこのままでは話が進まないので説明させるために慰めてみては?」
「うーん、ここで私が手を出すと聖女を手籠めにした魔王と言われてしまうが」
「今更でしょう」
「うん、散々悪辣な噂が私には流れているね。そこに一つ加わるだけだから問題ないと言えば問題ないね」
そしていい加減話を進めないといけない。
危急要件の時に何をふざけているのだと思われるかもしれないが、慌てて仕事を仕損じるのも良くない。
心には常にゆとりを持たないとね。
「とりあえず、顔をあげてくれるかな。流石の私も無抵抗な女性をなぶる趣味はない」
「……失礼、取り乱しました」
「いや構わない。君の立場には同情する価値がある」
魔王に同情される聖女と内心でツッコミを入れるが口にはしない。
目元をこすり、涙を拭い立ち上がる彼女の姿。
本当に苦労性だったんだな。
「結構、そして話を戻させてもらうが先ほどの君の申し出は魔王軍の傘下に入りたいと捉えて構わないかね?」
「はい」
「私の下に着くと言うことは君の信仰を捨てるとことと同意義だ。祭壇を用意している君にその覚悟があるとは思えないのだけど?」
その苦労を前にしても社長はよどみなく、部下には迎えることは難しいと言い放ち。
利害関係による傭兵的契約を暗に進める。
「……では、私の覚悟を見てください」
しかし、エシュリーはその程度の問いは予見していたの如く、社長に背を向け、机の上に用意していた祭壇を手に取ると大きく上に振りかぶり、そのまま躊躇いもなく地面にたたきつけた。
「良いのかい?今ならまだ見なかったことにできるよ」
「不要です」
「……ふむ、良ければその覚悟の原因を聞いてもいいかな?私見だが、君は自分への理不尽の行いだけで、今まで信じていた物を捨てるような人物には見えなくてね」
「……お見通しでしたか、先ほどの叫びも本心でした」
「だろうね」
しっかりと太陽神の紋章の入った祭壇を聖女が砕いた。
これは立派な謀反と捉えることができる。
神がこれを認知しているかどうかは定かではないが、それでも一度したことを取り消すことはできない。
覆水盆に返らず。
吐いたつばは飲み込めない。
その覚悟を示す行為に、社長は理由を問う。
ただ理不尽に見舞われただけ、ただないがしろにされただけ。
人によってはそれだけの理由で十分だと言えるような内容だけど、社長は他にも理由があると察した。
「あの時、神はあるモノをアルベンとマジェスに使おうとしていました。それを知りました」
「神炎だね」
「はい、あれは一時的に魔王にすら対抗できる力を得られると聞きました」
「間違いではない。だが、その代償は使用者の魂だ。輪廻転生すら許されない。究極の燃焼による力の増幅。文字通り存在そのものを消し、その代価として強大な力を一時的に得るという神にのみ許された技だ」
その理由をポツリポツリと、エシュリーは語る。
だが、それは俺が止めたはずの未来だ。
ヴァルスさんによって見せられた、ユキエラが攫われる未来で使われた力。
本来であれば、エシュリーが知る由もないはずの未来。
この監獄に収容されてたのなら、余計にそれを知る術はないはず。
いったいどこで?
「それを誰から聞いた?」
その俺の疑問は社長も持っていたようで、彼女に問いを投げた。
「神その人に」
そしてその問いの流れも彼女にはわかっていたようで、そのまま淀みなく答えを返した。
「!」
ヒミクは咄嗟に構えを取り、エシュリーを取り押さえようとしたが、俺は手でその動きをめる。
何故、と目で訴えかけるヒミクだが、社長が動かない様子を見るかぎりこの動きで正解だ。
「……ふむ、祭壇を用意させたがまさかこっちの世界まで意思を伝えられるとは」
そして正解を知らせる、台詞を社長はつぶやく。
「中々面白い結果だ。場合によってはこの収容所は火の海になってたかな?神の見誤ったところは信者を過信しすぎていたところと、自分の影響力を過信していたところかな」
ニコニコと笑みを浮かべながら、初めこそエシュリーの態度に困惑していたが、流れるように結果を満足気に受け入れていた。
「え、えっと」
「ああ、すまない。結果的に言えば問題はない。本当であれば君に、神への信仰と私の誘いを天秤にかけるくらいに迷わせる気でいたつもりだったんだけど、蓋を開けてみれば私の方に傾きすぎていて驚いてしまっただけだ」
クスクスと笑っている社長は、本当に面白いと言わんばかりにご機嫌だった。
神が信用を失った。
この事実が社長にとって一番の収穫だったのだろう。
困惑するエシュリーの疑問に説明してしてもエシュリーは理解が追い付かず、はぁと曖昧な返事を返すことしかできなかった。
俺も俺で、いつの間にエシュリーを掌の上で転がしていたのだと訝し気に見てしまう。
いや、社長の場合裏で暗躍するのはお手の物か、これも暗躍の一つとして受け入れるしかない。
「さて、話が脱線してしまった。聖女の力が手に入ったとして諸君、行動を開始しようか」
社長の号令に俺は頷くしかなかった。
今日の一言
共感ってマイナス方面の方がしやすいよなぁ
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!