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624 断れない頼みは強制という

 


「魔王様、こちらになります」

「うん、案内ご苦労。下がっていいよ。私の護衛には人王がいる」

「はっ、では失礼します」


 エシュリー、彼女とは何かと奇妙な縁がある。


 始めてイスアルに行ったときに魔獣から救った。

 その時は助け合う仲だったのにも関わらず、次に会ったときは俺たちの拠点を攻める聖女まで出世していた。


 そしてその彼女は今では囚われの身。


 警備の兵士に案内され、連れてこられた一室。


 魔法的、物理的ともにかなり厳重に補強された牢屋の向こう側にいる。


 三度目の出会いはどういう顔をして、会えばいいのだろうか。


「社長、ちなみに彼女の実験は……」

「ああ、安心していいよ。彼女は確かに襲撃に加担しているが、これも戦争。捕虜にはしているが、実験の方は簡易的なモノしかしてないよ。仮にも聖女だ。後々の交渉で役に立つと思っていてそこら辺は徹底してるよ」


 そして彼女に対して恨みのない俺は、彼女が非合法な実験に関わっているのかと少し心配してしまった。


 しかし、その心配を笑顔で社長は否定してくれる。

 そこに良かったと安心し、その顔を見た社長は頷いたあとに


「では、入るよ」

「はい」


 そっと四回ノックする。


『はい』


 そして、疑ってはいなかったが元気で覇気のある返事を聞いてなにも実験を施していないというのを再度確認して社長に気づかれないように安堵した。


「魔王だ」

『ま、魔王!?』


 そして社長、そんな挨拶の仕方をしたらエシュリーだって驚きますよ。

 普段は研究者か警備の兵くらいしか来ないだろうし、それだって時間通りに来るだろう。


 しかし、時間外の来客に何事かと思いはするだろうけど、いきなり敵対していた組織のトップが来るなんて誰が想像するだろうか。


 少なくとも俺が彼女の立場なら想像すらしないよ。


 中からドタバタと騒がしい音が聞こえる。


「社長、先ぶれ出していなかったんですか?」


 その慌てようはさっきまで覇気があり、凛としていた返事から考えられないくらいに動揺しているのが気配でわかる。


 社長の登場に驚いていたようだし、この動揺っぷり。


 もしかしてと思って聞いてみれば。


「そんな時間があったと思うかい?」


 さわやかな笑顔とウインクでやっちまったぜと言外に主張する社長。


 ああ、エヴィアはこういう社長に苦労しているのだなと実感した。

 仕事はできるが、出来過ぎる故に短縮できる部分を短縮してしまう。


 その結果がこれかと、俺は大きくため息を吐く。


「社長なら並列思考で、念話を飛ばすことくらいできたのでは?」


 返ってくる答えは何となく予想できるけど、これくらいは言わねばならないと言ってみれば。


「ここは少し特殊な環境でね。外部からの連絡は物理的な手紙位しか通らないんだよ。電子機器もまだ大陸に広がっているわけじゃないからね。ここへの設営も検討段階なのさ」


 案の定、機密の関係で連絡手段が限られていると来た。


 それなら仕方ないと、納得するが急遽訪問されたエシュリーからすればそんなふざけた訪問があってたまるかという心境だろう。


「でも、この設備についてから彼女に連絡するくらいの時間は……」

「あったと思うけど、ほら、私って魔王だから待たせたらマズイとここの兵士が思ったんだろうね」

「トップを待たせるよりも、捕虜に苦労させるか。世知辛い」

「そんなものだよ世界はね」

「ジィロ、私は彼女に同情するよ」

「ノーコメントだ」


 一虜囚に国のトップが面会。


 何がどうしてどうなったと、きっと彼女の頭の中で駆け巡っているに違いない。


『……どうぞ』


 時間にして数分、五分も経っていない。

 女性の身支度にしては最速と言っても過言ではない時間に心の中で謝罪して俺が扉を開ける。


 流れでノックさせてしまったが、流石に社長に扉まで開けさせるわけにもいかない。

 看守に渡されていた鍵と、社長に知らされていた魔法によって解錠された扉は自動的に開く。


「あ」


 そして社長だけだと思っていたためか、簡素な白のワンピースに身を包んだ彼女は俺の姿を見て一瞬だけど目を見開いた。


 だが。


「このような場所にご足労いただきありがとうございます。今代の魔王」

「ああ、聖女に出迎えられる機会なんて然う然うないから何とも言い難い気持ちになるよ」


 それも刹那のような時間。

 俺やヒミク、そして社長は当然気づくがそれに触れることはない。


 俺と彼女の関係は既に社長に報告済み。


 顔見知り以上の関係ではない。


 しかし、互いに嫌悪感はなく、どことなく苦労性な気質であることを互いに感じ取っていた。


 共感、と言えばいいだろう。


 それを間違いなく感じていたからこそ、敵対してしまったこと自体は仕方ないと割り切り、互いに何事もなかったように振舞えている。


「さて、こちらとしては時間が惜しい。単刀直入にいおう。こちらの依頼を受けてくれるのなら報酬として君をイスアルに帰すことを私の名前で約束しよう」

「っ!」


 しかし、その取り繕った表情を即座に驚愕の顔に変えるのが我らが社長だ。


 教官のタイムリミットがどれほどあるかがわからない状況で、遠回りしている余裕はないのはわかるがその切り出し方はえぐいだろ。


 どんな依頼かもわからない。

 だけど報酬だけは確約されている。


 なにせその報酬を口にしたのが魔王だ。

 報酬の内容だけは確実に果たされる。


 だけど信用はできない。


 なにせ依頼内容を言わずに、依頼を持ってきたのが魔王だ。

 はいわかりましたと報酬に目がくらみ、依頼に飛びついたらほぼ死ぬような依頼。


 いや、ほぼ死ぬって言うか死と隣り合わせな依頼なのは間違いないんだよな。


 混沌の中にダイブするし。


「……依頼の内容を聞くことは」

「出来ないね。生憎とこれは我が軍でも機密中の機密。知る者は最小限に抑えたい」


 そして協力すると知られたら貴族連中に殺されるかもしれないという特大級の落とし穴付き。


 怪しさ満点どころか、二郎系ラーメンの野菜増し増しクラスに盛り付けられている。


「ただ言えることは、この依頼には命の危険があることとその命の危険に対して私が全面協力して保険をかけるということだけだ。それでも失敗すれば命を落とす可能性も十分にある」


 そこにそっと気休め程度の言葉を差し込んでも意味がない。


「……」


 はずなのに、なぜ彼女は悩むような仕草を見せているのだろうか。


 常識的な範囲で言えば、これはまず受けるという理由がないほど危険な依頼だ。

 内容云々の話しじゃない。


 あまりにもお粗末すぎる詐欺の方がまだ可愛く見えるほど、危険な匂いが漂っているからだ。


 まず第一に、特別な収容所にいる聖女の立場であるエシュリーに魔王が直々に会いに来ている。


 この時点でエシュリーの能力を買っていることを示唆している。


 第二に、その魔王が危険だと宣言し、命の保証はしないが保険はかけると言っていること。


 危険の具合で言えば、最強であることが常識である魔王という立場である社長が危険と言っている段階で最早考えるまでもない。


 そして第三に、ヒミクだ。

 本来天使は魔王軍に敵対している種族だ。


 俺と海堂が原因で、そこら辺にちょっと例外的な要素が加わってしまっているけど、そこは良い。


 その最上位天使である熾天使のヒミクがこの場にいると言うこと。


 イスアルの世界で言えば熾天使は最強格を代表してもいいと言われている。


 場合によっては過去の魔王軍の将軍たちを複数相手取っても勝てるほどだ。


 今回はほとんどの熾天使が捕らえられたのは、今代の魔王の将軍たちは魔王と呼ばれてもおかしくない実力を持っているからであって、決して彼女たちが弱いわけじゃない。


 俺も魔力適正が十になって身体能力がかなりヤバいことになっている自覚があって、状況によっては俺が魔王と呼ばれてもおかしくない。


 話が逸れた。


 すなわち、堕天したとはいえ、熾天使のヒミクが魔王の言葉を否定しない。

 イスアルの国民にとってわかりやすい最強が、危険ではないと否定しないのだ。


 これだけの要素がてんこ盛りなのにもかかわらず、エシュリーは数秒考え巡らせて。


「今代の魔王よ。こちらからの条件を聞いてもらいそれが受け入れられるならこの非才の力を貸すのは構いません」


 迷いなく受け入れると宣言した。


「聞こうか」


 何故と聞く空気ではないから黙って、見守る。

 その間に話は進み、条件次第では受け入れる姿勢である社長は、エシュリーの言葉を待った。


「はい、先ほどの報酬の変更を願いたいです」

「誰かの助命でも願うのかい?生憎と熾天使の誰かを開放することは無理だよ」

「いえ、私の願いはただ一つ、もし依頼を成功した暁には私と故郷にいる家族を魔王軍で保護していただきたい」

「……ふむ」

「それも、この依頼の成否に問わず。私が失敗し命を落としても家族を保護していただきたい。それ以外は、望みません。逆にその願いが叶わぬのならこの依頼をお受けすることはできません」


 願いは報酬の変更、そして報酬の内容は家族の保護。


「事情を聞こうか」


 しかし、なぜだろう。

 言い方としては家族を必死に守ろうと健気な聖女を演出しているように見えるのだが。

 どこか違和感がある。


 どこだ、どこに違和感が?


「正直、もうあの国で働くのが嫌なのです」


 と思っていた瞬間、スンとエシュリーの顔から感情が抜け落ちた。


「今までの私は愚かでした。神のため、信仰のためとこの身を捧げて、日々修行に明け暮れてきました。いずれ神にこの努力を認められる日を信じて邁進してきました」


 なぜかそれがブラック企業で働いていた俺と重なるのは何故だろう。


「しかし、気づきました」

「何を?」

「私……働き過ぎかなって」

「は?」


 そしてそれは勘違いではなかった。


 しみじみと、そして実感の籠った声でエシュリーはそう言い放った。


「朝起きたらお祈りと掃除、そして朝食の準備、そして礼拝に来る信者の対応、場合によっては魔物の調査や討伐の支援、低賃金で働いていて、それでも実力をつけてきたと思ったらいきなり聖女に抜擢されました。最初はこれまでの努力が報われたかと思っていましたが、蓋を開ければそんなことはない。やっていることは雑用ばかりです、貴族相手の接待役に、働かない聖女たちの代わりに聖女らしい仕事を請け負って、手柄は全て先輩聖女に持っていかれる。それも神からの試練だと自分に言い聞かせて努力し続けました。そして最後が異世界へ勇者を探す旅……」


 あ、これ、あれだ。


「そしてあなた方に敗れました。囚われの身、そして最後は処刑されるのを覚悟し、魔王軍に屈しない、そう誓っていました。誓っていたんですよぉ」


 多分これって。


「なんで、なんで、真剣に働いていた時よりも収容所の方が快適なんですか!!綺麗な寝床、腹黒な貴族はいない!!セクハラする信者はいませんし!!警備員の人たちは紳士です!!研究者の人たちなんて、私の説教を真剣に聞いてくれますよ!!ぎゃぁぎゃぁ!騒いで神の教えを聞かない子供も居なければ、強引にベッドに誘ってくる貴族もいないですし!!私のお尻を撫でるセクハラじじいも居ません!!神の試練だと言って仕事を押し付けてくる意地悪な先輩聖女も居ません!!」


 ブラックすぎる職場から、ホワイトな職場に移って戸惑っているんだなぁ。


「なんで、なんで、地獄の使者と言われている魔王軍の方が親切なんですかぁ」


 そして聖女がそんなことをぶちまけるくらいにイスアルの職場ってブラックなんだなぁ。



 今日の一言

 パワハラダメ、絶対。







毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 嫁ズはこの聖女が魔王軍所属になったら人王配下になる可能性が高い事に別の意味で警戒しないといけないのでは? 『立場が共感できる』『人間の女性』だぞ いや、逆に共感できすぎて仲のいい同僚で終わ…
[良い点] 音頭取ってる神様がクズな中世ナーロッパ vs ちょっと力こそパワーだけど開明的で文明的な企業 うーん残念でもないし当然。
[一言] まぁ、魔王軍側は概ね全てが最終的に戦闘力で決まる所と信奉する神がロリ&ショタコンである以外はかなり充実した環境だからね…仕方無いねw
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