623 交渉というのはバックボーンの影響がもっとも大きいと俺は思う
社長は自信ありげに、聖剣を直す前に行くべき場所ができたと言って転移魔法を展開させる。
それを拒否する理由のない俺とヒミクは、ダンジョンコアという最上位に値する警戒区域からあっさりと外に出される。
入ることも出ることも許可しているとしてもダンジョンマスターである俺以外普通に転移魔法を使いづらく設定してあるはずなのに、あっさりと社長はやって見せた。
そのことにもう少し転移対策を強めるかとダンジョンコアルームにヴァルスさんを残したまま俺たちは別の場所に移動した。
「ここは収容所?」
社長が転移した先にあったのは、何やら物々しい雰囲気の建物。
しかも、夜空が照らし出し魔素が濃いことを鑑みるにここは大陸。
専用のゲートを使わず、あっさりと世界の枠を超えて見せる社長。
大陸最強を宣うのは伊達ではないのか。
そんな社長に届けられた場所に建造させられて、さらに過剰と言えるくらいに頑丈に作られているとわかる建造物。
さらに俺から見ても実力がありそうな警備が気配として感じ取れるだけで百は超えている。
軍事拠点かと一瞬思ったが、それにしては建物の中に警戒心を向けすぎている。
その雰囲気から逆算してもしかしてと思ったら。
「正解だよ。ここは私が直轄している収容所の一つさ。もちろん、口外されていないごく一部の幹部しか知らない秘密のと頭に言葉がつくがね」
ニッコリと笑って警備の者に対しても、いきなり現れたのにもかかわらず、警戒されず敬礼によって迎え入れられた社長は歩き出す。
このゲートは社長専用の転移陣登録地点なのか。
周囲の視線を浴びながらも、攻撃の意思を感じない収容所独特の雰囲気を感じながら俺も歩き出す。
「……中は意外と綺麗なのだな」
そして建物の中に入ったヒミクの第一声は、意外という驚きの声だった。
その意見には同意だ。
ファンタジー世界の収容所というのは印象的に汚いというイメージがついている。
石壁に囲まれ、鉄格子で区切られ、そして掃除が行き届いていない不衛生な環境。
会社内にある収容所は近代よりなので清潔感があることは、前に南を迎えに行ったときに知っているが異世界の収容所はこれが初めてだ。
故に造りは異世界寄りにも関わらず、近代の収容所と比べても清潔感が劣らないこの建物の中味に驚いた。
「なに、清潔な方が何かと便利でね。衛生管理は徹底させている。下手に不衛生だと疫病を巻き散らす施設に早変わりしてしまうからね」
清潔な方が便利、その理由は何故かと俺とヒミクも問いかけなかった。
今更現代の倫理に照らし合わせて、社長の行動を非難する権利は俺にはない。
その理論で照らし合わせるなら、俺の手も血で染まっている殺人者だ。
社長に正義や倫理を語ることはできるが、説得力はないだろう。
せめてもの願いは、冤罪といった罪のなき一般人が巻き込まれていないことを願うことだ
「ヒミク君は、この施設は気に入らないかね?」
悪感情を押し殺して、表面上ポーカーフェイスを整えていた俺とは違って、ヒミクは素直に顔に出していたようだ。
「……似たような施設をイスアルで見たことがある。その時の記憶を思い出して嫌悪感がある。それだけだ」
「まぁ、君の想像通りの施設だよ。嫌悪感が出るのも仕方ないね。ここでこの施設はまともと言える奴がいるなら、私はその輩の正気を疑うよ。ここでやっていることは間違いなく外道の類。発展と民衆の保護のためというお題目で、道から外れたモノを犠牲にして成り立つ必要悪さ。人王、君も無理に感情を押し殺す必要はない。私は長年この施設の管理をしているから割り切れている。だから悪感情は湧かず、必要性を認めている。しかし、好印象があるかと問われればないよ」
この施設はさっき社長が言っていた実験場なのだろう。
警備のほかに、力が弱そうな気配を感じるのは研究者というわけか。
その気配が収容所内を自由に歩いているから、どういう施設なのかを察せられた。
「魔王、一つ聞くが」
「誓って、罪もない民はここにはいない。神と魔王の名、そして民に誓おう」
その施設を知り、見たことのあるヒミクは殺気の籠った鋭い眼光でこの施設を必要悪と言った社長を睨みつけ一つの質問を飛ばそうとした。
だが、何を言おうとしたか察した先頭を歩く社長はその眼光を正面から受け止めるために足を止め、振り返り真剣な眼差しでその言葉の先を言わせなかった。
その眼差しは、同時にその先の言葉は魔王としての誇りを汚すものだと忠告するモノでもあった。
「この施設は罪の中でも大罪、死刑宣告の中でも特に刑の重い罪人を収容している。強姦殺人、放火殺人、強盗殺人をはじめに、国家転覆を練った貴族、暗殺ギルドのエース、違法薬物の売人、非合法魔法研究者などだ。もちろん、信用している部下に厳正な取り調べをさせている。見落としはその者をこの施設送りと明言している。そしてこのここの警備をする者も徹底して教育を施している」
冤罪を徹底的に排除し、無実の罪で投獄されることはないと断言する社長。
「それに加えて、ここに送られてきた者の大半は実は他の収容所で悪さもしていてね。反省の余地なし、おかしなところも無い罪人で、収容所から出しても害にしかならないと太鼓判を押された者にしかここを訪れる権利はない」
それを言い切れるだけの法の整備を施したのだと言い切り、社長は再び歩き出した。
「しかし社長、そうなると教官の救出に協力できるようなまともな輩がここにいるのですか?」
そんな施設に来たのは、聖剣を使い教官の救出するための助けとなる輩を迎えるためだ。
罪人の中に、それもどうしようないほど実験所送りになるほどの罪人の中にそんな殊勝な心掛けを持つ輩がいるとは思えない。
「普通ならね。ただ、いないわけじゃない」
社長が連れてきたと言うことは、それがいると言うことなのだが、どうにも疑問が拭えない俺はその素直な気持ちを社長にぶつけてみると彼は、俺の言い分は理解できると肯定し、例外があると言いつつどんどん収容所の奥に進む。
奥に進めば進むほど、警備の物々しさが増し、気配も強者の者が多くなる。
装備も一級品の物ばかり。
しかも、警備の兵の瞳にはやる気が宿っている。
社長が来たからという一時的なフリじゃない。
歩き方、姿勢、重心の位置、武器の手入れ具合。
そのどれもが一朝一夕では身に着けることもできないほど、鍛え上げられている。
警備という役割に誇りを持って挑んでいるのがうかがえる。
どれだけ、ここにいる者を外に出したくないのか。
ここなら脱獄を考える悪人もお手上げだろう。
ファンタジー世界の収容所と言えば、看守は怠け者、監獄長は賄賂を受け取り、犯罪者は牢獄内で自由気まま。
強者が弱者を虐げるという、終末世界という勝手な想像をしていた。
それが真っ向から否定された気分だ。
その熱意を感じることに関心と違和感を同時に覚えた。
本来あるべき秩序ある牢獄を見て、ファンタジー世界の偏見がまた一つ無くなった。
いや、ヒミクの嫌悪感から見てそう言う収容所もあるのだろう。
だけどそれだけじゃないとありありと見せられたという感じか。
「通させてもらうよ」
「は!!」
そして歩くこと二十分、何回も鉄格子を越えた先。
普通の牢獄とは違うエリアに踏み込んだ。
ここは毛色が違うとすぐにわかった。
「実験エリアですか」
「うん、流石にわかりやすいかな」
「今までが狭かったですからね。こうも開放的なら流石にわかります」
階段を何度も降りていれば地下に進んでいるのはわかる。
魔法を使えば近代建築術と比べてもそん色のない地下施設を作ることは理解している。
体感で言えば百メートルは下ったか。
広い空間は、この収容所には似つかわしくないと一瞬思わせるが、修復した形跡、それは間違いなく戦闘痕。
それを見つけて、ここで何をしているかを悟った俺は、この階層以降が実験エリアなのだ確信した。
「研究エリアも兼任しているんですよね?」
「そうだね。わかりやすいかな?」
「近くはないですが、それなりの距離に人が集まっているのは捉えられます」
「んー、やはり君ほどの実力者ならわかるか。今後、君並みに危険な存在がいるなら隔壁をもう少し強固にすべきかな」
「いるんですか?」
「いないよ、今のところは。いたとしたらもっと別の特別な収容所に放り込むよ」
そうだよな、強すぎる犯罪者を検体にするというのは流石にリスクが多すぎる。
ここにいる警備員もそれなりの強さがある。
けれど、その強さも俺の中で感じ取れるだけでスエラかケイリィクラス。
教官クラスはいない。
いや、いたらこんなところで警備しているわけないか。
強さで言えば粒ぞろいと言いたいが、強すぎる囚人を任せるには些か以上に不安になる。
だが、そうなるとさらに不安になる。
「社長、言っては何ですが実力的に混沌に放り込めるような人物なんでしょうか?」
「おや、人王は私を疑うのかい?」
「たまに悪戯を考えてエヴィアから説教をされるのは知っていますが、こういう真面目な場面でふざけるとは思っていません。しかし、疑念はあります」
「それはどういう疑念かな?」
「……社長は自分に、犠牲前提の行動をとらせるのではと」
「なるほど、なるほど、そう言う考えか。すまない、そう言う疑念なら納得だ。君の疑いは尤もだ人王」
社長の選定眼を疑うつもりはない。
出来る可能性がある、それは事実で適任者というのもいる。
それは間違いない。
だけど使い方までは聞いていない。
一緒に行動して、協力し合う関係、最初はそう思ったが連れてこられた場所が収容所。
そしてそこは極悪な犯罪者しかいない実験施設も兼用している。
すなわち、異世界でありがちな最も命が軽く見られている場所だろう。
その流れで予想すれば答えはおのずと出てくる。
神風特攻。
命を犠牲にして生き残る。
聖剣も研究に回せるほどの本数を確保している。
教官の命を、聖剣と囚人の命で回収できるなら安いものだと社長なら割り切ってもおかしくない。
損得勘定の計算で動けば、一番の正解だ。
「だが、君の懸念は杞憂だよ。人王」
「……そうですか」
しかし、その懸念はあっさりと社長に一蹴された。
「確かにその方法も考えたし、隷従魔法で奴隷にしてしまえば応用も効く。だけどそれで君の心象を悪くしてしまえば後の治世に問題が出る。私は禍根を残す相手は選ぶよ」
俺の印象を悪くしたくないと言われ、少し安心するが、新たに疑問も出てきてしまう。
「では、誰を迎えにここに来たのですか?」
神風特攻による自爆覚悟のゾンビアタックではない。
それなら誰を。
「実力が程々だけど、聖属性に関してはある意味で魔王軍の中でも飛びぬけて高い実力者、収容所にいるという事実を加味すれば君も想像くらいはつくのではないかな?」
まさか。
社長に言われたヒントで一人だけ心当たりが出てくる。
ここ最近の忙しさで忘れていた記憶の中でそれに該当している人物が一人だけいた。
実力がありすぎたら、この収容所にはいられない。
だったらある意味で一番の候補になり、実力もあり、場合によっては協力も可能性がある人物。
「エシュリーですか」
聖女と言われ、前に会社に攻めてきた人員の一人。
その答えに対して社長は正解だと、頷くのであった。
今日の一言
後ろ盾があれば、交渉はうまくいきやすい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!