620 出来ることを頼む際には事情を説明せよ
「いきなりこんな場所に呼ばれて何事かと思ったが、ずいぶんと古い聖剣を持ち出してきたのだな」
社長に言われて、家事をしているヒミクに連絡を取り、急ぎで来てくれないかと頼んだら文字通り飛んでやって来てくれた。
いや、東京から太平洋を渡って来たのではなく、転移魔法を駆使して即座にやって来てくれたという意味でだ。
連絡して三分、彼女は再びダンジョンコアが鎮座する空間に来て、そこに社長がいたことに最初は驚いたが、さして気にすることもなく俺に要件を聞いて今に至る。
机の上に置いてある聖剣を指さして、それを手に取って状態を確認している彼女に向けて聞く。
「それを使えるようにしたいんだが、出来るか?」
ヒミクは鍛冶師ではない。
熾天使であるが、生粋の戦闘職だ。
そんな彼女が機能を無くした聖剣を直すことができるかと半信半疑だった。
「うーむ、私も聖剣を作ったことはあるが、こういうのはアルテナ姉さまやニシア姉さまの方が得意なのだが」
しかし、熾天使という存在ゆえ勇者に聖剣を作った経験が彼女にはあった。
聖剣は人の手で作ることは可能だ。
事実、俺はそれを資料で知り、日本の学生が聖剣にされかけたというのを知った。
しかし、熾天使が作った聖剣の方が質が良いと言われていると言うことも知っている。
事実、会社を襲撃した時にイシャンの持っていた聖剣はその類の物だ。
人の手で作り上げた聖剣はまがい物とまではいかないが、未熟な代物。
しかし、破格の性能を誇る聖剣はだいたい熾天使が関わっている。
じっくりと、聖剣を見て。
「やはり、これはアルテナ姉さまの作品だな」
「わかるのか?」
ヒミクはこの聖剣の制作者を言い当てる。
天使の中でも高位の存在の熾天使の作品、それだけでこの聖剣の価値が跳ねあがる。
「この特徴的な回路はアルテナ姉さまが良く使うやつだな。私も何度か見たことがある。アルテナ姉さまは物作りが得意だったからな。これはきっとその作った中の作品の一つだ」
アルテナ、今は牢獄に封印されているヒミクと同じ熾天使だ。
「うむ、これなら機能を一時的に蘇らせることはできるぞ」
その彼女が作ったと言い当て、さらに調べていると彼女はあっさりと直せると言い放った。
本職ではなくても熾天使、この会社に来る前の彼女の技能は間違いなく戦闘に特化していた。
武器の修繕も、多分だが戦闘に関わるから覚えているのだろう。
その技能が役に立っていることに少し複雑な気持ちを抱くが、まずは直せることで第一関門を突破できた。
直せなかったらそもそも話にならないからな。
それにひとまずは安心する。
「直せるのはありがたい。だが、どれくらい力を取り戻せるかな?」
社長的には、一時的という言葉よりも十全に能力が戻せるかどうかの話の方が気になるみたいだ。
俺とヒミクとのやり取りに入り、ヒミクに修理がどこまでできるか確認しようとしている。
「私はアルテナ姉さまほどこういうことが得意ではないからあまり期待はするな。姉さまなら完全に修理できたかも知れないが、保存状態は良いが、元々激しい戦いで酷使されている形跡があって芯の部分が脆くなっている。この状態で十全に機能させるのは私では到底無理だ」
「それは道具や、資材を用意してもかね?」
「ああ、栄枯盛衰。作られたものはいずれ朽ちる。この聖剣も本来の力を使い果たした代物だ。それを完全に元に戻すことは神にしかできない」
そんな形で話に入って来た魔王であっても、ヒミクの態度は変わらない。
毅然と、言葉を濁すことなく、率直に聖剣の現状を伝える。
「私が言う機能回復も、戦闘で使わないことを前提にしている物だ。格下相手なら問題ないかもしれないが、もし仮に激しい戦闘、それこそ同格以上の相手に使うなら武器としては保たない。本当に機能を使うためだけの修理だ」
そっと指で剣の腹を撫でるヒミクはこの武器はもう役目を終えていると遠回しに伝えてくる。
俺たちはそれを承知している。
武器として使えなくても、スキルが使えれば問題ない。
「答えろ魔王、この聖剣を使ってジィロに何をさせるつもりだ」
しかし、まだ聖剣を直してほしいという経緯しか説明していないヒミクにとって、聖剣というのは戦うためだけの存在。
それを修理して再使用しようとしている行為に何かあるのではと疑惑の目を向ける。
「安心したまえと言えればいいんだけど、残念ながら安心できるような使用用途ではないんだよね」
そんなヒミクの視線は普段の穏やかに家事をしている時にする目ではない。
一般人が受ければ背筋が凍るほどの圧。
殺戮者と呼ばれた側面の熾天使が持つ、無機質な戦闘者の目だ。
何か納得のできないことがあれば、即座に襲い掛からんと言わんばかりの迫力をヒミクは見せる。
「戦いには使わないが、救助に使うんだよ」
そんな凍てつくような視線にさらされても飄々と気にしたそぶりも見せずにスッと聖剣を社長は指さす。
「救助?」
「そう、混沌の中で迷子になっている一人の不死者を助けるためにね」
その用途を言えば、ヒミクは納得するかと俺は思いかけたが、そんなことはないとすぐに頭を振る。
「ふざけるな!!」
案の定、いつもの穏やかな口調の彼女からは考えられないほど怒気を含んだ声で、魔王を非難した。
彼女は優しい、誰かのためにと思いやれることができる女性だ。
だけど、その優しさも善性に傾倒したモノではないのも知っている。
「混沌の中に飛び込むだと!?ジィロを殺す気か!」
混沌の中にいるフシオ教官を助けることの危険性。
それは俺が考えるよりも危険なものだと言わんばかりに、怒鳴り、そしてヒミクは魔王に詰め寄った。
全ては危険なことをしようとする俺を心配してのこと。
大義のために小事を切り捨てるような行為でも、大事なものを守るためなら反発できる、強い女性。
「殺す気があるならこんな回りくどい方法は使わないよ。いたって真面目に彼が一番の適任者だから頼んでいるんだ」
「他にもいるだろう。最強である貴様が使って、救助すればいいだろう」
「それができる立場だったらそれをやっている」
「ジィロなら良いというのか」
「良くはない。だが、さっきも言った通り現状私以外の適任となると彼しかいないと私は思っている。特級精霊と契約し、竜の血を取り込み、私を除いて唯一と言っていい最高位の魔力適正を誇る。彼ほど混沌の中で生存する可能性を秘めている存在はいない。彼がこの聖剣を十全に使いこなせば可能性がある。君ならそれをわかるのではないかな?」
「……」
「この場での沈黙は肯定だよ。私も組織の長として部下に命じないといけない立場にあるからね。君は軍属ではないが関係者だ。なら知っているはずだ。戦争が近い。国として負けるわけにはいかない戦が近いんだよ。正直に言って、今回のイスアルは過去類を見ないほど本気だ。正直に言ってノーライフを欠いた状態と、復帰している状態で明暗を分けるかもしれないと思えるほどだ」
そんな熾天使をやり込める魔王。
「なら、私は迷わない。私は魔王だ。この国を統べる者だ。国を守るため、民を守るため、必要だと思うことを命じる。例えそれが危険だというのがわかっていても、必要であり、それが可能だと思えるのなら迷わず命じよう。それをおかしいと叫ぶのは……」
凄い絵面だと思いつつも、流石にこれ以上はヒミクと社長の関係を悪くする。それはいけない。
「そこまででお願いします」
「おっと、私としたことが少し感情的になってしまったね。すまない人王、私としては彼女とは仲良くやりたいつもりなんだけどね」
あの先の言葉を言わせてはいけないと咄嗟に割って入り、止めた時意外なものを見た。
あの普段から飄々としている社長が感情をむき出しにしていた。
それはヒミクの言葉に呼応したというのか。
もしくは、教官を助けることにそこまで真剣になっていたと言うことか。
苦笑気味に居住まいを正す社長の顔は気づけば元通りになっている。
「すまなかったね。ヒミク君と呼んでも?」
「構わない。私としてもそちらの立場を考えなかった。謝罪する」
「うん、どっちにしろ私は部下を危険な地に向かわせる立場だ。婚約者としては気が気でないんだろう。心中は察するよ」
俺が割って入ったことで、社長もヒミクもひとまずはクールダウン。
これならこの後は感情同士がぶつかるような会話になることにはならないだろう。
形だけでも謝罪しあえたのなら、ひとまずは元の話に戻れる。
「ジィロ」
そして今度は怒りではなく、不満を含んだジト目でヒミクが俺を見てくる。
「本当に混沌の中に行くつもりか?」
それは俺が混沌の中に教官を助けに行くことがいかに危険かを語ろうとしている雰囲気。
「ああ、そのつもりだ」
「いいか、ジィロ。混沌というのは普通じゃない。人が触れればまず気が触れる。いいか、意識を失うんじゃない。気がおかしくなってしまうんだ。魂に干渉され、触れたその者の人格を侵し、蝕み、混濁させる。そして混沌の中に引きずり込み同化する。いかに対策を二重三重に施しても、突破されたらそれで終わりなんだ。あなたが、いかに鍛え上げても物理的防御力じゃ意味がないんだ」
混沌という物質を知っているからこそ止めてくれと切に願っているのがわかる。
自分が自分でなくなる。
その恐怖は竜の血を取り込んだときの暴走で経験したことがあるが、それとはまた違う感覚なんだよな。
「魔力の防御でもか?」
それでも教官を助けたい。
あの人のことを尊敬し、この世界で生きる術を与えてくれた。
その恩義を返したい。
「普通の魔力防御では意味がない。聖剣の加護のような防御なら一定の効果があるが、それもあくまで一定だ。特殊な魔力防御をしなければ意味がないんだ」
その一心を止めようと縋ってくるヒミクに罪悪感を感じる。
けど、立ち止まることはできない。
「特殊な防御?」
「ああ、これは混沌魔法に触れないとわからない話だね」
やると決めたからには、全力でやる。
そのために帰還確率を少しでも上げないといけない。
そのための情報収集だと思って首をかしげると、社長が説明しようとしてくれる。
普通の魔力防御じゃ意味がないと言われて、特殊な防御とは何だろうと頭を働かせる前に社長がどこからともなくホワイトボードを取り出して、ついでと言わんばかりにマーカーを魔法で操って絵をかいて見せる。
「本来の魔法防御は、魔力を壁状や膜状にして防ぐのが一般的だ。魔力に強度を持たせて遮るような形にする。それは人王もわかると思う」
「はい」
なんかいきなり講義が始まったのだが、それは必要な知識だから仕方ない。
「だけど混沌魔法の特徴は侵食、いかに強力堅固な障壁でも侵食し崩して取り込むという性質がある。それ故に防御の強度は意味をなさなくなる」
黙って傾聴し、ヒミクもこの説明を聞いて少しでも思いとどまってくれることを期待し沈黙している。
「普通の魔力でこれを防ぐとなると、魔力障壁ではなく流動的に魔力を使い続けて流すしかない」
そしてホワイトボードマーカーはさらに動き続け、盾上の形状絵から、矢印のような物が描かれて黒い液体のような物が流れるような絵に変わる。
ここまでの話で俺はふと気づく。
あれ、これ混沌の中じゃ意味ないのではと……
今日の一言
危険を承知で挑まなければならないこともある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!