619 手札は多ければ多いほど良い
「君が堕天使と交際していると言う事に本当に運命を感じるよ」
苦笑交じり、そしてなにか達観したような雰囲気を感じさせる社長の表情。
「いいかい、これから見せる物はごく一部、それもエヴィアにすら見せたことのない代物だ。決して他言してはダメだよ」
そして、その表情をすぐに消し、俺に念を押す社長。
あの社長が念を押すほど、重要な秘密と言うことか。
元から言うつもりもないし、そして言う必要性を感じない。
「はい、承知しました」
「うん、本来なら誓約で契約魔法を実施しないといけないんだろうけど、それをすると色々と形跡が残るからね。その形跡すら残したくないんだ」
社長の言葉に信頼を感じ、余計に裏切れないと思った。
この話は墓まで持って行くと誓う。
アンデッドとして蘇っても滅びるまで沈黙する。
そう心の中で誓い、俺は頷く。
その様子に満足した社長は空間魔法を発動させた。
俺もヴァルスさんと契約している身として、その魔法の独特の魔力の波長というはわかっている。
このダンジョンコアのセキュリティー上魔法の発動には敏感にならないといけないが、社長がこの空間を破壊する意味もないので、そのまま何が出てくるのか待っていると。
布に包まれた一振りの剣らしきものを取り出した。
「随分と古そうな代物ですね」
「ああ、今では武器としての価値も一切ない。いや、武器としての役割を終えた骨董品さ」
年季を感じさせる布。
何年も倉庫の奥に放置していたと言う古さではなく、しっかりと手入れをしていても時の流れの前に無力となり劣化したという歴史を感じさせる。
その布を社長は優しく取り払う。
そしてその中から出てきたのは。
「それは……」
「うん、君の予想通りの代物だ」
純白。
まず初めにその印象が頭をよぎり、次に感じたのはその華麗さ。
年季を感じさせる布とは違い、まだ現役だと言わしめるほど綺麗な刀身。
華美にならないように気を配られ、実戦向きに作られた形状の武器。
そして、その刃からほのかに感じさせる、光の魔力。
「聖剣」
「ああ、そうさ。魔王を殺すための兵器、イスアルの勇者たちが持っている武器。人の魂を依り代とした人造兵器。聖剣さ」
魔王を殺すための武器が、魔王に持たれている。
そんな矛盾を前にして、なぜと言う疑問は抱かない。
前にフシオ教官が、社長が魔王と勇者の子孫と話しているのを覚えている。
「社長、この聖剣は?」
問題は、この聖剣がなんの聖剣かということ。
記憶の中で前に社長が使っていた聖剣とは違う聖剣。
ある意味で聖剣という武器は魔王軍と関係が深い武器だ。
魔王を殺すために作られた武器なんだから当然だ。
過去何度も戦争をしているなら、聖剣の一本や二本、鹵獲していてもおかしくはない。
先日の会社襲撃の際にも聖剣はあった。
その時の鹵獲品とも違うが、他にも聖剣があってもおかしくはない。
だったらこの質問を無意味だと、言った後に気づく。
「いえ、無意味な質問でした」
「あははは、いや、無意味な質問ではないよ。当然の疑問だし、人王、おそらく君が納得した答えは不正解だよ」
このやり取りに感じた疑問いや、この場合は違和感か。
その違和感を見抜いた社長は、そっと鞘代わりにしてい布を完全に取り払い聖剣の全容を晒すと柄を俺の方に向ける。
「持ってみたまえ」
「……」
「なに、この聖剣の魂は何百年も前に死滅している。私が持っても問題がないのが証拠だよ」
持ってみろと差し出された聖剣を持つかどうか悩んだ。
その刹那とも言える躊躇いを社長は、問題ないと言いつつそっと柄を俺の方に近づける。
そう言われて、俺は社長の言葉を信じて柄を持つ。
「普通に軽いですね」
「素材の中心がミスリルとオリハルコンだからね。軽いんだよ」
持った感想は、意外と普通の剣。
一般的なロングソードの範疇に収まる武器だからもっとずっしりとしてもいいと思ったが、素材が幻想金属の中でも軽くて頑丈なオリハルコンと、魔法の効果を高めなおかつ軽いミスリルなら納得だ。
「ただ、自分には軽すぎますね」
「君の武器はこの聖剣よりも長いからね」
「はは、大太刀クラスですからね」
しかし、持った感触は俺からしたら些か以上に軽すぎる。
武器が軽いことは振り回しやすくて疲れにくいというメリットもあるが、反面打ち合いのときに衝撃と重量で負けて、競り負けるという現象が起きる。
速度重視で攻撃回数を増やすなら軽い方がいいけど、威力を求めるのならある程度の重量があった方がいい。
正直言って、俺くらいのステータスになると十キロくらいの重さは誤差レベルなんだよ。
軽いからと言って剣速が早くなるかと言えば、千分の一秒の差が出るか出ないかくらいだ。
教官レベルの実力差との戦いならその差も気にしないといけないけど、あのレベルになると早さよりも威力の方が重要になる。
「君の好みにはあわないだろうけど、今回は我慢してくれ。これが混沌の中で活動するための命綱になるからね」
片刃の刀のような形状をしている鉱樹を愛用している俺にとって、両刃のロングソードというのも使いづらい。
弘法筆を選ばずとは言うが、武器のこだわりを持つこともまた強くなるために必要だと思うのが俺の持論だ。
しかし、社長の言うフシオ教官の救助に必要なら使うことに躊躇いはない。
「わかりましたが、この聖剣をヒミクに使わせるんですか?」
社長の口ぶり的に、俺が教官を助けに行く流れだろう。
それ自体、問題はない。
やれと言われれば、はいと即答できる内容だ。
「いや、彼女にはこの聖剣の機能を復活させてもらいたい」
「機能を?」
しかし、その救助にヒミクを同行させるとなると少し、いやかなりの抵抗がある。
彼女は熾天使で、今は家事全般を請け負っている家政婦のようなことをしているけど戦闘能力は世界でも上位レベル。
五本指に入ることは難しいが狙うことは出来るレベルの実力者だ。
そんな彼女に教官の救助を手伝ってほしいと頼めば笑顔で任せろと言ってくれる。
実力も性格も、申し分ない。
しかし、俺の心情的に普段から料理や洗濯をして平和な家庭を作ってくれている彼女を危険な目にはあってほしくないという俺のわがままから、この聖剣を握らせたくないという願望がわずかな嫌悪感として声色に混ざってしまったのだろう。
社長は苦笑しながら、俺の言葉を否定して、そっと聖剣を指さしてこの聖剣を一時的に使えるようにしてほしいという。
「君も知っているだろうけど、聖剣は素材となった人物の魂によってその性能が変わる。素材によって聖属性や光属性と言った属性に固められる傾向があるけど、根本的に強いのはその魂が持っていたスキルが武器に宿るという機能だ」
「はい」
聖剣と言いながら、中身が全然聖なる物じゃない気がするが、それを今指摘する必要はない。
聖剣の強み、その内容に俺は迷いなく頷く。
「この聖剣の機能は守護だ。ありとあらゆる悪意、害意に対して使用者の身を守ることに特化している。その守りの強さはこの聖剣を持った勇者を当代の魔王のあまたの攻撃から守りきり、そして倒したという事実が証明している」
「剣なのに、防御特化なんですね」
「面白いだろう?鎧や盾に付与させるべき機能を剣に乗せる。だが、逆を返せば当時の勇者は攻撃力を上乗せする必要がないくらいに強力だったと言うことだよ」
そしてこの聖剣の機能を復活させようとしている理由も察することができた。
「……この聖剣なら混沌の中も平気だと?」
「ああ、当時の魔王はノーライフのように魔法に特化したタイプの魔王だ。その切り札は混沌魔法で、その攻撃をモノともしなかったと聞いている」
防御力をあげてくれる聖剣、それはある意味でうってつけの武具と言える。
それが混沌に対して有効だという伝承付きならなおのことだ。
「直せるんですか?」
「ああ、熾天使の力なら十分に可能性はある。だめならだめで、別の方法を考えるさ」
「社長がそう言うってことは、この聖剣を使う方法が一番確率が高いってことですね」
「そうだね、正直言って他の方法をやるくらいならノーライフに自力で帰還してもらう手段を模索してもらった方がいいと思うよ」
そして、社長の取れる手段の中で可能性が一番高いのならそれに乗らないわけにはいかない。
「社長、藪蛇をつつくような質問を一つ聞いても?」
しかし、だからこそ気になる点も出てくる。
なぜ、この聖剣が社長にとって他言無用の事案になるのだ?
聖剣という存在は確かに魔王が持っているのがおかしいと言えるような代物であるが、それは外聞的な勝手な印象だろう。
一本の武器として持っていること自体は何らおかしくはないと俺は思う。
ここまで聞いた話で後ろめたいと思うような箇所もない。
でも、社長はこの聖剣のことは秘するべき内容だと言った。
「ああ、答えられる範囲のことならね」
そこが気になる。
好奇心猫をも殺すと、聞かない方がいいと思う所もあるが、俺の直感が聞いておいた方がいいと囁く。
「この聖剣はだれの聖剣なんですか?」
故に、俺はこんな質問を社長に投げかけた。
答えられないならそれでもいいと半分思いつつも、もう半分は答えてほしいと願う。
「私の祖母の聖剣だよ。そしてその聖剣に秘められていた魂は祖母の妹だ」
「それって」
秘密にしろというからには何かあると思っていたが、まさか。
「私が勇者の子孫なのはノーライフから聞いてるだろ?最も彼は詳しく語っていなかっただろうが。詳しくいうなら、その聖剣を持っていた祖母と戦った魔王との間に生まれた母の子だ」
「勇者と、魔王の間の子の子孫……あのときは流れで聞きましたが何というか俺に言って良いんですか?」
「ああ、その聖剣をもし蘇らせたらどっちにしろバレる内容だからね。問題はないよ」
カーター・イスペリオと同じ存在だったのは教官から聞いていたが割とタブー的な話だと思って触れずにいた。
「暗黙の了解ってわけじゃないけど、知る人は知ってる。けどあまり世間的には良くはない。私が敵対しているイスアルの勇者の血を引いていると世間にばれたら貴族たちになんて言われるか」
そんな大事なことを話しても、社長はシーっと人差し指で秘密だという程度にしか俺に口止めをしてこなかった。
「ああ、そうだ。もう一つ言っておくと、私の祖母と魔王は恋愛の末に母を身ごもったよ。決して、カーター・イスペリオのように無理矢理じゃない。親族を人質にイスアルの連中の無茶な魔王討伐に苦しめられた祖母を倒したことにして、保護したのさ」
「待ってください、情報が多いです。と言うかそこまで言う必要が?」
「ここまで言ったら、もうこれに関しては隠す必要はないからね。君を信頼して言ったんだから、しっかりとそこの精霊の口も封じておいてくれよ」
その態度が嘘だと言っているように見えてしまうけど、ここで嘘を言う理由がない。
そしてどこが秘密なのかと言えば、多分だけどこの事実を社長が自分で言ったこと自体が秘密なのだろう。
「このことを私の口から言ったのはライドウとノーライフだけ、そしてそこに君が加わった。その意味がどういう信頼か、君は理解していると思うけど」
暗黙の事実と言えばいいだろう。
客観的にそうだろうと言われていても、確定した証拠がなく、今、その証拠を言われた。
「わかりました」
少し秘密にしては肩透かしをくらった感覚はあるけど、社長の言葉だからこそ秘密にせねばと思わせる。
俺は頷き、次に話を聞いていたヴァルスさんを見ればわかっていると手をひらひらと振って合図を送ってくる。
言う必要のないことは言わない彼女のことだから国が荒れることを望まないので口外しないだろう。
「うん、それじゃ事情を説明し終えたところで、君の奥さんを呼んでもらってもいいかな。時間が惜しい」
「はい、わかりました」
これで教官を助ける準備ができる。
今はそれでいいと俺は割り切るのであった。
今日の一言
手札が増えることは良いことだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!