618 どうやってやればいいかわからないことは開き直ると突破口が見えるときがある
「社長!フシオ教官を見つけました!!」
ヴァルスさんの発見報告を聞いた途端に、俺は緊急連絡用として許可されていた念話の魔道具を手に掴んで大きな声で叫んでいた。
『!?よくやってくれた!発見したと言うことは、まだ生きていると言うことだね?』
数秒の反応遅れがあったけど、社長は即座に反応してくれた。
突然の出来事だったから、確認せずに連絡したのは失敗だったと思いつつ、ちらりとヴァルスさんを見ればサムズアップして返答してくれる。
「感知できたと言うことだけなので、詳細はわかりませんが感知はできています。と言うことは生きている可能性は高いです」
アンデッドである教官に生きていると言う表現を使うのはおかしな話だけど、反応があるのならまだ助けられる見込みはあると言うこと。
『なるほど、いや、よくやってくれたよ。そのまま探知を切らないで捕捉し続けてくれ。私もすぐにそちらに向かうよ』
「承知しました」
気楽な気持ちで仕事をしていた空気から一転、いきなり戦闘モードになったときのように集中できている自分がいる。
魔力の受け渡しを出来るだけスムーズにするように、流れと質を維持するように無意識で操作しているし、ダンジョン業務を一時的に中断して、念話が終わった後にヴァルスさんに話を聞く。
「状況は?」
「前に感じた力とは比べ物にならないほどに弱くなっているけど、彼、頭がいいわね。自分だとわかるように特徴的な魔力で継続的に発信してるわ。それのおかげで見つけられたってところね」
「となると、生きているのは確定か。他の状況は?」
「生憎と私がわかるのは、座標くらいよ。道案内と言うよりは方角を示すだけね。今は動き回って探していたのを整理して、最短距離を模索しているところよ」
けれど、わかったのは空間座標のデータだけ、どうやって耐えているのか、怪我の有無とかは一切わからない。
単純に何らかの手段で生き延びている。
それだけがわかっているだけ。
「どれくらい時間がかかる?」
「正確な時間はわからないけど、三日はかからないと思うわ」
「三日」
そこからさらに最短経路を探るのに三日。
多分、教官なら耐えられる。
そう信じられるけど、時間をかけて何か致命的なことが起きないかどうかが心配だ。
この時間を長いと見るべきか短いととるべきかはわからない。
「短縮は可能か?」
「混沌の中には時間の概念や距離的概念もないから、座標を割りだせても物理的な距離を測るのに特別な方法がいるの。そこの手間を省いてざっくりとした情報で良いなら早くできるけど?」
「いや、急がば回れだ。すまん。気が急いていた。出来るだけでいい、早さより正確な情報を頼む」
「理解がある契約者さんで助かるわよ」
念のため短縮できるか確認してみたけど、予想通り無理だと返された。
それもそうだ。
短縮できるならそもそも三日という期限を言わない、ヴァルスさんの概算はおおむね正確だろう。
できるならもとから短い時間で言ってくる。
彼女の言う通り、ここで手を抜いて、いざ挑む時の成功率を減らすのは良くはない。
教官を見つけたと言う事実を前にして、気持ちが急いていた。
一回大きく深呼吸して思考を切り替え、急いている気持ちを落ち着ける。
「俺にできることはあるか?」
「ないわね、このまま魔力をもらえればこっちで勝手に進めるわよ」
「わかった」
精霊の手助けなんて、魔力提供くらいしかないわな。
こんな気持ちで別の仕事をしてもミスが多そうだ。
落ち着くために、コーヒーでも飲むかと思った。
社長が来るのに、どれくらいかかるかはわからないがあの人のことだから仕事をすべて放り出してでも来るかもしれない。
その可能性を考慮して、コーヒーメーカーを設置している場所に移動して、俺の分だけではなく社長の分も注ごうとすると。
「あ、ミルクと砂糖は一個ずつで」
すっと気配を感じさせずに俺の背後から声が掛かる。
これでも教官に勝てるくらいには実力をつけているのだけど、まだ社長には及ばないか。
無言で、言われた通りのオーダーでコーヒーを入れそのまま差し出すとそれを受け取ってくれる。
「お早いおつきで」
「うん、超特急で来たよ」
俺の分のブラックコーヒーを手に取って振り向くと、笑顔でコーヒーをすする社長の姿が見えた。
「エヴィアには迷惑をかけてないでしょうね?」
「大丈夫大丈夫、流石に妊婦の彼女に負担はかけないよ」
「代わりに、樹王殿が忙しいと予想しますが?」
「あははは!そこは言わないのが大人として空気を読むと言うことじゃないかな?」
忙しい社長と、まるで自販機の前で缶コーヒーを同僚と飲むくらいに気軽な会話。
ニコニコと笑いつつ、豆にはこだわっているコーヒーを美味しそうに飲む社長。
「それに、事情は説明しているからね。今回ばかりは目を瞑ってもらうよ」
「そうですか」
「それで、詳しい状況を聞こうか?いい加減、不死王の軍を解体しようって貴族を抑えておくのが難しくなってきてね。おまけに不死王の軍から離反者が出始めている。いつまでもいなくなった将軍のために領地を割くなってうるさいのなんの」
しかし、その微笑むような優しい笑顔のまま社長が口にしたのは、世知辛い世の中の事情だ。
利益に貪欲な貴族たちが、教官がいないことを良いことに色々と搾取を始めているようだ。
火事場泥棒と言えばいいのだろうか。
教官の領地は、アンデッド軍がメイン。
それ故に、疲労やストレスを感じず、飲み食いしなくてもいい労働力が豊富にある。
なのでそれを活かした特産品として挙げられるのが、農作業を二十四時間休まずできる豊富な食料地帯だ。
それを欲する貴族は多い。
アンデッドが作った食料だから汚いなどと、口さがないことを言う輩もいるが、それは少数だ。
冷静に考えろ。
ゾンビやグールと言った肉のある種族ならまだ理解できるが、骨だけになった骸骨兵じゃ汚れもくそもない。
むしろアンデッド軍の主力は骨だ。
大体の割合で言えば、骨七割、その他三割と言うくらいに骨の割合が多い。
それにむしろアンデッドだからこそ、きつい汚い危険が備わっている農作業でも黙々と対応してくれる。
ある意味、理想的な労働力だ。
欠点として、生前よりも格段に知能が落ちてしまうから中位以下のアンデッドには単純作業の仕事しか割り振れない。
しかし、命令には従順で収穫や栽培の時にはかなりの活躍を見せてくれる。
だからこそ欲しがる輩は後を絶たないのだ。
そして、そんなアンデッドだからこそ消耗品として扱おうとする輩も多い。
アンデッドにも人権はあると、権力を持っていた教官が保護していたから今までは大丈夫だったが、その均衡が崩れようとしている。
それを社長は危惧している。
「猶予は?」
「ノーライフと一緒で、あまりないと言っていいね。今もあの手この手で裏表問わず勧誘を続けられているよ。大きく一度瓦解したら私でも止めるのは難しいね」
無理と言わず、難しいと言うのが社長らしいと思いつつ、状況は思ったよりも悪い状況らしい。
「まぁ、君やライドウが関係を匂わせてくれるから大々的にできなくなっている分まだマシだけどね」
「それならよかったです」
しかしその現状も俺とキオ教官の牽制があるからまだマシなレベルらしい。
利権と言うのは本当に大事だけど、何でだろう。
金にうるさい親族の遺産争いのように見えてしまうのは俺だけだろうか。
「しかし、教官を見つけたのはいいですけど、助けるための方法がないのでは」
それにしてもどこもかしこも時間が不足している。
戦争まで秒読み、フシオ教官の窮地まで秒読み、そしてフシオ教官の領地崩壊まで秒読み。
一体いくつの窮地が秒読みになっているのだろうか。
逆転の一手があればすぐにその英知を授けてほしい。
混沌と言うモノに詳しくない俺に同行する手段があるかと言えば、多分だけどアメリアの持っている賢者の図書館の資料から探し出すことだろう。
もちろんそっちには依頼を出している。
しかし、混沌と言うモノは基本的にイスアルには情報がないらしい。
なにせ混沌イコール、魔王軍の闇みたいなアバウトな認識でしかなく、それを振り払えるのは聖剣や神剣といった聖なる武具しかだめとかそんな感じの文面しかない。
「それに関してだけどないことはないんだ」
この魔王軍に魔剣はあっても聖剣はない。
いや、正確に言えば、人の魂を使うような武器を使いたくないと言うのが正直な心情。
しかし、数々の危惧が現実になるまでのリミットが残り少ないとなるとかなりまずい。
ここは俺の心情など無視して妥協すべきかと思い始めたタイミングで、一つ方法があると社長は言う。
「それは」
「うん、次郎君、ちょっと君の奥さんの力を借りられないだろうか」
「え?奥さんと言うと……」
その何かが俺の嫁たちに関連していると言われて、俺は首をかしげる。
はて、うちの嫁の力を借りる。
エヴィアなら、俺に許可はいらない。
スエラとケイリィもそうだ。
あの三人は今も魔王軍に所属しているから、部下として命令も可能だ。
だが、俺の許可を取ろうとしている。
そうなるとあの三人は違う。
となるとメモリアか、ヒミクの二択になる。
「ヒミクですか」
「そう、その通り。うちの捕虜に熾天使は何人かいるけど助力を願える熾天使となると君の奥さん位しか頼めない。君の部下、海堂君の双子天使も考慮したけど彼女たちの立場は微妙だ。はっきりと言えば私はまだ彼女たちを信用していない」
さっき、聖剣と神剣に関して考えていた。
聖なる力が混沌を切り裂く、その理屈で言うなら聖なる存在天使であれば混沌に潜ることも可能と言うことになる。
「ヒミクなら、信用できると?」
危険な目に自分の嫁を関わらせたいとは思わない。
例えそれが恩師である教官の救助であってもだ。
自分の命はかけられるが大事な嫁の命は賭けられない。
つい、目が据わって闘気が漏れ出す。
「おっと、勘違いしないでくれ。君の大事な人に危険のある救助を任せると言うわけではないよ」
「では、どういう意味で?」
「天使の力を借りたいと言う意味では間違いじゃないが、これはある意味で国家機密に関わることでね。できれば知っている人は最低限に抑えたい」
その俺の態度に、苦笑気味に落ち着くように社長は言う。
俺はその言葉に諭されて、ひとまずは闘気を収めるが、気は抜かない。
「そしてさっきの質問の答えだが、君の奥さんに関して言えばYesと答えさせてもらうよ。私はこれでも人を見る目には自信があるよ。でなければ魔王と言う立場にはなれないからね。君の奥さんと双子の天使たちの違いはどこまで馴染んでいるかという点に尽きる」
「馴染み?」
「ああ、彼女たちは海堂君が魔王軍にいる限り敵対はしない。だけど、味方にもならないという黄昏時のような立ち位置を取っている。それは海堂君と言う楔が無くなったらどう振舞うかわからないと言うことだ」
「ヒミクは違うのですか?」
言っては何だが、海堂がどうにかなったらという前提で言うなら俺の方も一緒だ。
俺に何かあったらヒミクだって離れる可能性だってある。
「その点は心配ないと私は思っている」
「それは何故と聞いても?」
「ああ、私の耳に届くほど彼女は今では商店街の常連ではないか。最初はギクシャクしていたようだけど、今では常連として顔なじみになっている。こんなに馴染んでいる彼女を疑うのは中々難しいね」
しかしそんな俺の疑問を笑いながら社長に答えられるのはなんだか気恥しくも嬉しいと感じるのであった。
今日の一言
何気ないことが奇跡に繋がる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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