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59 時に求められる現場判断

田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士



朝目覚めてメモリアがとなりに寝ていることを確認し、寝ぼけた頭でもわかるくらい幸せな気持ちに浸る。

メモリアは吸血鬼だからなのかそれとも個人的な体質故か、寝起きはあまり強くない。

なので、こうやって頬を撫でると猫のように擦り寄ってくる。

昨日までのストレスを癒せる俺だけの特権だ。

スエラは逆にそこら辺はしっかりしているから寝顔というのはあまり見られなかったりする。

逆に眺められて起こされるパターンが多い。

そして、メモリアのパターンだが、こうなってしまったら時間をかけて起こすしかない。

揺り動かせば目を開けるが頭が覚醒するまでだいぶ時間を取る。

こうなれば自然と覚醒するのを待つかコーヒーか何か飲み物を飲ませてゆっくりと覚醒させるしかない。

そんな彼女に、襲われたときはどうするのかと聞いたことがある。

その時のメモリアは冷静に


『本能で反射的に殲滅します』


と殺気に対する自動防御機構のことを話してくれた。

寝相で殺されたらたまったものじゃないよなと俺はその時は苦笑を浮かべながら思った。

さて、こうやって癒しに現実を逃避するのはここまでにするか。

朝日が雲から出始めた時間に目覚められたのは幸いだ。

早く起きたということはそれだけ時間を使えるということだ。

メモリアの覚醒までの時間、状況を整理するには丁度いい。


「さて、まずは何から考えるべきか」


状況は戦争に巻き込まれる手前、構図としては勇者を召喚した神権国家トライスとエクレール王国の連合対過去の魔王の遺体を使いゴーレムを作った帝国に加えて災害となった初代魔王(幽霊)だ。

三つ巴になっている。

常識的に考えて、俺がこの状況を解決ないし改善に持っていくのは無理だろう。

そもそも必要ない。

そしてそんな「人が困ってるから(キリッ」なんて正義感を俺は持ち合わせていない。

なら次善策で、この状況に巻き込まれない方策を考えるのが妥当だろう。

最良はこのまま世界を超えて日本に帰ることだが、どこぞのアホどもが勇者を召喚してくれたのでそれをやるにも時間がかかる。

そうなると自然と選択はベストよりもベターに落ち着く。

帰還用の転移ができる街もしくは施設で安全な箇所で隠れ待機すること、これがベターだろう。

そのための手配はバースがしてくれるだろう。

こちらにはメモリアもいる、言うほど悪くない選択だろう。

だが


「それでいいのか?」


何事も流れに身を任せてそのままでいいのか?

疑問が頭によぎり本当にいいのかと俺に問いかける。

何かできることはないのかと焦りに似た何かが溢れてくる。


「違うだろう、そうじゃない」


自分の感情を飲み込むかのように否定し、この感情の根幹を見つめ直す。

そうすると自然と見えてくる。

順序が逆であった、いや立場が違うというのだろうか。

何ができるかじゃない、何がしたいかだろう。

何受身になっているんだ。

その考えに促されるように思考を一歩先に進めると、俺の頭は今までの空回りがなんだったんだと思えるくらい素直に回り始めた。


「……ああ、そういうことか」


気づくとはこんな感覚なんだと再確認するように今度の感情はストンと落ちてはまった。

どうやら慣れない環境で最初の一歩を間違っていたようだ。

OK、思考も良好、今度は間違えない。

この状況で俺は何がしたいのか、社会人である俺と個人の俺で考えよう。

まずは第一に挙がるのは会社の利益になることだ、と社会人の俺は考える。

まずは第一に考えるのはメモリアの安全と俺の安全、と個人の俺は考える。

この考えを両立することは可能か?

不可能ではないが難しいと思われる。

無理ではないが困難である。

この状況で会社の利益となるのは?

この国の軍力の衰退がわかりやすい利益だろう。

それは個人で可能か?

可能か不可能かの話で言えば


「何ができる?」


まず不可能と言える内容を個を無視して考える。

軍を相手にすることやゲリラ戦法など戦うことを前提にしたことが真っ先に思いつくが鼻で笑い飛ばす。

そんなことはできるわけがない。

そんなことを実行するとなればまず間違いなくバースたちの戦力をあてにしないといけない。

止められるのは目に見えているし、そんな権限は俺にはない。

次に暗躍的何かを考えるが政治的立場も組織的コネもない俺がそんな裏で表を動かすようなことは現状できない。

無理、無茶、無謀

その三つのワードが表面的にも裏面的にも俺がでしゃばるスペースはないと告げてくる。

素直にじっとしておけ、何もするな、メモリアを巻き込む気かと個人の俺の考えがこの思考に終了を促している。


「……お好きにすればいいですよ」

「起きていたのか?」

「いえ、まだ、起きていません」


そんな暗礁に乗り上げそうになっている俺の思考をそっと押す声が聞こえる。

ゆらりゆらりと頭を揺らしながら上半身を起こしたメモリアは当人の言う通りまだ完全には目覚めていないようだ。

その証拠に、目は半開きでうつらうつらと船を漕ぎ、気を抜けば二度寝の世界に旅立ちそうだ。

昨日の残滓を残すようにシーツでその身を覆い俺の言葉を拾って起きてきた。


「なにやら悩んでいそうなので、何かできるのでしたら私に相談してください。昨日から次郎さんはいささか窮屈そうでした。いえ、違いますね。こっちに来てからあなたはこちらのルールに無理やり合わせようとしていたので……その時から型にはまろうとしていましたね」


会話をしながら段々と頭を覚醒させているのだろう。

段々と口調のペースが普段のものになり始めている。


「それで、次郎さんは何か行動を起こそうとしていましたが、なにか思いつきましたか?」

「……それが全く。物語ならここでお助けキャラが来るなりして策を授けてくれるんだがな」


詰まっている。

そう伝えるように笑ってみせれば、メモリアは答えず。


「……」


ただじっと俺の瞳を覗き込むだけだった。


「お助けキャラならここにいますよ?」


数秒しか沈黙を保たなかったメモリアの口から出たのは少し拗ねた口調だった。

暗に助けると言っている彼女に答える。


「お前はヒロインだよ」

「……兼任です」

「そうだな、なら、話を聞いてくれるか?」

「ええ」


俺の返答に、満足だが些か不満もあるような拗ねた口調は直らず、そうかと頭を撫でながら話を進める。

実際兼務できるからな。

お言葉に甘えるとしよう。


「何ができるかを考えるよりも何がやりたいかを考えていたんだ」

「はい」

「俺は現状に不満を感じているが戦争は個で止められるものではない。裏で暗躍することも俺の立場ではできない。そこで堂々巡りを繰り返していたんだよ。俺の行動によって起きる会社への迷惑、そして一緒に行動しているお前に降りかかる迷惑がな」


それは前の会社で働いている時にも感じた感覚だ。

会社に損失を出すな。

同僚に迷惑をかけるな。

上司の言うとおりにしろ。

俺たちは社会の歯車とはよく言ったものだ。

歯車自体に動力はなく、只々、役割を果たす。

果たさねば負荷がかかりその歯車は砕けるか周りの歯車を砕いてしまう。

そこに自由はない。

それに疑いを持てば、それが社会の常識だと、嫌なら辞めるか偉くなれと。

その二択だった。

ネジ留めされた限られた選択肢、それに俺は今抗っていいのかどうかで悩んでいる。


「そうですか、では次郎さんには私たちの常識を伝えておきましょうか」


その気持ちを伝えたメモリアは、もう既にいつも通りの口調に戻っていた。

その起伏が少ないがしっかりとした感情が確かにある声で彼女は伝える。


「結果さえ出せてしまえば魔王軍は過程は気にしません。すべてが自己責任、そしてそうやって歯車に成り下がる個は」


ギュッと俺の手を握りながら彼女は真剣に伝えようとしている。


「それまでです。ですので私はあなたの背中を押すとします。これはトラブルではありませんよ、チャンスです。むしろここで裏をかき結果を残せねばうちでは働けませんよ?」

「……っくくくく、確かにそうだな」


ああ、そうだ、ここはあの会社じゃない。

歯車は歯車でも互いに砕き這い上がっていく弱肉強食の異世界魔王軍が経営する会社だ。

そんな会社に俺の常識を当てはめていいわけがない。

目立たぬ人間はそこまでの人間だ。

確かにメモリアの言うとおり俺は型にはまってしまっていたようだ。

ここでは型破りぐらいのことをしないといけないのにな。

迷いは晴れた。


「私は楽しそうな次郎さんの方が好きですね」

「今の俺はあまりいい笑い方をしていないと思うんだがな?」

「ですが、雰囲気はさっきよりもこっちのほうがいいですよ」

「師匠譲りの笑い方なんだがな」


やらないで後悔するよりもやって後悔しろ。

そんな言葉を頭にすべらせながら何かが外れた頭で土台が組みあがっていく。

そしてその計画ができるかどうか考えていく過程で、もしかしたらこの戦争の根幹に亀裂を走らせられるかもしれないという可能性に気づく。


「メモリア」

「はい」

「一つ思いついたんだが、聞いてくれるか?」

「いくらでも」


まだ、計画段階であるが可能かどうかをメモリアと相談しながら内容を詰めていく。


「考えれば考えるほど絶対に出張の内容ではないな」

「その割には楽しそうですよ?」

「ああ、否定はしねぇな。なにせ、国に対して八つ当たりをするんだからな、正義は我にありってな」


俺の内心を語るなら、俺の仕事の邪魔をした報いを受けるがいいってか?

そして相談している間に時間は経ち、このまま話し続けるよりも行動したほうがいいと手早く準備を終わらせ、俺たちは朝食を取るべくバースが待っているだろう酒場に向かっている。

昨日の不安な気持ちとは一転、俺の口元には笑みが張り付いている。


「お、昨夜はお楽しみだったようだな」

「わかりきっていることを聞くなよ、風情がねぇな」

「こっちではこれが当たり前なんだよ。少し待っていろ、飯持ってくるからな」


俺の雰囲気が昨日と違っていたのを感じ取ったのか、バースはそれ以上言わずカウンターの奥にある厨房へと消えていった。

そしてもともと作り置きしていたのかタイミングが良かったのか出てくるのは早かった。


「ほらよ、市の質が下がっているせいでこんなのしかないが」

「食える分マシだよ」

「違いねぇ、それで今後のことだが」

「ああ、待てバースそれについてなんだが」


朝食であるサンドイッチと一緒に水の入ったコップをおいたタイミングで今後の予定をバースは切り出してくるが俺はそれに待ったをかける。

メモリアは黙って朝食を食べているが気にせず話を進める。


「俺たちはトライスに向かうことにした」

「は?」


いきなり何言ってんだこいつと見本絵にできるくらいに口を開けて呆けた表情をバースは見せてくれる。


「だから、俺たちはトライスに向かうって」

「いやいやいやいやいや!! お前何言ってやがる!! 正気か? 昨日変な薬でも決めちまったか? いや、それとも召喚された勇者どもに同情でもしやがったか?」

「言われると思った」

「たりめぇだ!! これから戦争する国の本拠地に向かうって言ったら頭がおかしくなったか、どこぞのアホみたいに正義感丸出しの偽善者のどちらかだ」

「そこまで断言されると逆に清々しいな」

「何呑気に話してやがる!! いいか、ここはお前のいる世界と違って甘い世界じゃねぇ!! 慈善事業で戦争を止めるってのなら!!」

「誰が、慈善事業をやるって言った?」

「っ」


俺のことを心配して言ってくれているのは十分に分かるし、こうやって忠告してくれるってことはコイツはいいやつだと言える。

冷たい部分をもってはいるだろうが根はいいやつだといえる。

だが、正義感丸出しの馬鹿だと思われるのは心外だ。

他所でやれと言いそうになったバースの口を視線で止める。


「先に言っておくがこれはギャンブルに近い、だが勝機のあるチャンスを俺が今から話してやる」


ここからが――


「さぁ、ビジネスの話をしようじゃないかバース」

「ビジネスだと?」


――仕事の時間だ。

そして仕事となればバースも話に乗ってくる。

怪訝そうな表情で目を細め、俺の話の先を促してくる。


「もっと言うなら出世の話だ」

「ああ? なんだ戦争に乗り込んで名を上げようって話か? なら、俺は断るぞ。誰が好き好んであんな地獄に」

「いや、賭けにはなるがもっと短期で出世できる話だ」

「話が見えねぇ……お前何を考えてやがる?」


俺の表情は多分キオ教官やフシオ教官のように笑っているだろう。

ピンチを楽しめ、恐怖を支配しろ。

脳内ドーピングとはよく言ったものだ。土壇場になっていても笑っていられるのだから、楽しみだと思えるのだから。


「勇者を攫う」

「は?」

「勇者を攫うと言っても麻袋を顔にかぶせてロープで縛って運ぶわけじゃない、正確に言えば自らの足で向こうの世界に連れて帰るのさ」

「……」


夢物語の寝言だと思うか?

バースの目には半信半疑ではなくできたら理想だろうよと八信二疑くらいの割合が宿っていた。


「無理だと思うか?」

「……ああ、その賭けが成立するとは思えない」

「俺もそう思うよ」

「おい、なら」

「通常ならな」


ふざけているのかと怒鳴ろうとするバースを遮り、条件を付け加える。


「だが、今の状況ととある条件が重なると勝機が見えてくる」

「条件?」

「ああ、ここからはお前らに調べてもらう必要があるが、おそらく召喚されたのは記録から推測すると学生、十五から十七歳の子供が召喚されているはずだ。ああいった思春期の時代を狙っているのか偶然かは知らないが、そこはいい。重要なのは、この年齢の子供は特別という言葉に弱いということだ。よほど特殊な環境で育っていない限り裏というのを読み切れない。そこに今回の勝機の鍵がある」

「……お前、何を考えている?」

「ちょっとした説得だよ」


イマイチ俺の話が見えないバースの顔は、気づけば半信半疑への顔へと変わっていた。

そのバースにメモリアと内容を詰めて決めた計画を話す。

そして最初は疑問に思っていたバースは、話を進めるうちにしかめっ面が苦笑にそして最後には


「お前バカだろ?」

「バカな部分があるのは否定しない。どうだ、乗るか?」

「分の悪い賭けにも程がある。穴もある。失敗する確率の方が高い。だが面白い」


バースは笑って俺の肩を叩く。


「いいねぇ、これなら最悪お前の命だけで事が済む。ローリスクでハイリターンだ」

「おい、そのリスクを下げるためにお前らに協力してもらうんだぞ」

「わかっている。いやぁ、魔族と付き合っている人間がいるって最初聞いた時から変な奴だと思っていたが、お前バカだな」


ついに変なやつからバカに昇格?降格?した。

笑いのツボに嵌ったというより気に入ったと言わんばかりにバシバシと俺の肩をバースは叩き続ける。


「いいだろう、こういった話なら大歓迎だ。この拠点を放棄する駄賃分は奴らからもらわないといけないな。協力してくれそうなやつには声かけてやるよ」

「おお、祭りは大勢で楽しまないとな」

「ちげぇねぇ!」


説明が終わりバースの協力は取り付けられた。

これで勝率はかなり上がった。

あとは時間との勝負だ。


「どうやら無事に説得できたようですね」

「ああ、これならなんとかなるだろうよ」

「物資の手配をしなければなりませんが、ここからは時間との勝負でしょう」


朝食を先に食べ傍観していたメモリアに話しかけながら立ち去ったバースを見送る。

俺としては第一の関門は突破だ。

仕事でも企画はできても根回しを失敗してやれなかったという話はよく聞く。準備をしっかりしなければこの計画は絵に描いた餅になってしまう。


「ああ、間に合うかどうかは時間との勝負だ」


分岐点はいくつかある。

今回のバースとのやり取りはその一つでしかない。


「監督官に怒られないように結果を出さないとな」

「次郎さん次第ですね」


賽は投げられた、あとは結果が出るまで止まることはできない。

ここで尻込みしていてはあの監督官や教官たちに何を言われ何をやらされるのやら。

ここから忙しくなる。


「さぁ、やるとするかね」


俺の人生の中でも過去類を見ない大仕事ギャンブルを。



田中次郎 二十八歳 彼女有り

彼女 スエラ・ヘンデルバーグ 

   メモリア・トリス

職業 ダンジョンテスター(正社員)

魔力適性八(将軍クラス)

役職 戦士


今日の一言


「勝負っていうのはな、戦う前に勝つ条件を揃えるって意味で仕事と一緒だ。根回しの差が成否を分ける」


今回は以上となります。

これからも本作をよろしくお願いします。

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