616 誰が言うかによって説得力が変わる。
ダンジョンの起動。
国家規模で盛大に盛り上がるような一大イベントかもしれないけど、ここは日本で、異世界。
そこに国民が押し寄せるわけにもいかないし、セレモニーを開けるほど貴族連中と仲がいいわけでもない。
社長も多忙で、手が放せない。
だからと言って、起動日時を遅らせると言うわけにもいかない。
なにせ今、魔王軍とイスアルは戦争へ秒読み段階に入っている。
少しでも戦力を整えるために、セレモニーを簡略化してでもダンジョンの起動を優先させたのだ。
そうして、ダンジョンマスターになったのならそのままダンジョンマスターの業務を遂行するべきだ。
だけど、起動し安定化し、そのまま業務に移行するかと言えば、実はそう言うわけにはいかないのだ。
「それは、本当かい人王」
「はっ、この耳でしかと聞きました」
不死王、ノーライフの生存。
この情報は早めに報告しなければならない。
その報告のために、緊急案件だと将軍権限を使って社長へのアポイントを取ったくらいだ。
職権を使った故に、急務と判断されて社長とのアポはすぐにとれた。
情報ソースは、神という、常人からしたら脳外科や精神科の受診を勧められるような根拠だけど、この世界では何よりも信用できる情報源だ。
それが役に立ったとも言える。
「そうか、そうなると間違いないね。困った、となると色々と話は変わってくるね」
混沌の海の底で一人、耐えていると言う情報しかない。
だけど、神によって不死王の生存が確約された。
その組み合わせに社長は、困ったように眉間に皺を寄せる。
忙しい最中に来た、吉報とも取れる情報。
だけど、実際は、かなり面倒な内容がてんこ盛り。
「しかし、状況は最悪だ。ノーライフが漂っているのは生きている者にとっては悪影響しかない混沌の海の中。居場所は、おそらくルイーナ様なら知覚できているんだろうけど、おそらく我々では共有できない超常的な能力で探知されたのだろうね」
その事実は、社長が仕事の手を止めてでも話し合う必要があるほどの事案であるが、諸手をあげて喜べるものではない。
しかし、検討に値する内容でもある。
社長室ではついさっきまで書類が間断なく物理的に飛び交い、同じ速度で書類めがけて目を通し決裁を行っていた社長の姿があった。
だけど俺がアポを取り、そして入室して、話をした途端にピタリと止まり、この会話だけがこの部屋の音となった。
「うーん、どうしたものか。ちなみにだけど、ルイーナ様は他に何か言っていたかな?」
「奇跡は挑むものにしか起きないと」
「なるほど、なるほど、あの方らしい」
そして今では、社長はその豪華な椅子に寄り掛かり、仕事が止まっていることなど気にも留めないほど熟考している。
「しかし困った。混沌の海に潜るには混沌魔法は必須。皮肉なことに、混沌魔法の権威はその海の底。魔王軍でも禁忌に分類されるほど危険な魔法だから使い手も限られてくる。生憎とこのジャンルにおいては私も使えはするが、っていうレベルだよ」
「助けに行くのは現実的ではない、と言うことですね」
「有体に言えばその通りだね。もっと言うなら詰みだよ。リスクとリターンが釣り合っていない。可能か不可能かと言えば、私が命を賭けたとしても現実的に可能な状況に持って行くこともできない。私以上の混沌魔法の使い手はこの国には彼しかいない。私以下となればその確率もぐんと下がるのは明白。戦時体制に移行しつつある現状、人的被害は看過できない。国益を優先すれば、例え神託だとしても無視しなければいけない案件さ」
口では、この話は考慮に値しない。
不死王を救助するには危険が高すぎる。
それを承知で助けに行くなんて、国のトップとして許可はできない。
そう社長は言っている。
「自力で帰ってくる可能性は」
「ないだろうね。行方不明になってだいぶ時間が経っている。ノーライフは回復魔法も使える。そこから万全な状態にすることも可能だろうさ。それでも脱出できず、耐えることしかできていないと神が言ったんだ。それも神の目が届いたときには風前の灯火状態になってしまっているというおまけつきだよ。ノーライフは強力な力を持っているが、無尽蔵ではない。諦めが悪いのはアンデッドの特徴だ。だからこそ今まで生き残ってきたのだろうが、余力がない状況から混沌を利用して魔力を得ているとしても、混沌の海の中から脱出するのは並大抵のことではない。自力での生還は絶望的と言ってもいい」
ではなぜ、業務を中断してまで話をしているのか。
それは、現実を突きつけ、無理無茶無謀の三拍子が揃っているという認識を共有した上で。
「だが、ルイーナ様が奇跡を起こせば可能と言うのなら賭けに乗る分には問題ないかもしれないね」
諦めるにはまだ早いと宣言する。
しかし社長はウインクが様になる。
社長にときめきはしないが、見捨てないと宣言する社長に俺は感動する。
「そして恐らくだけど、ノーライフを助けられるのは能力と時期的な条件で君以外にいないだろうね」
「私、ですか?」
「でなければ神託は別の人に送られていただろうさ、彼の神は無駄を嫌う神だ。人づてに伝えて曲解されるのも嫌なんだろうさ」
しかし、教官を助けられるのは俺だと指さされて、つい聞き返してしまう。
「しかし、私は混沌魔法は使えません」
「そうだね、だけど神が君に伝えたと言うことは多分だけど魔王軍の中で一番可能性が高い存在であると示唆していると言う証拠でもある。そして私は一つだけ心当たりがあるんだよ」
「……」
神様に言われたからこそ俺に可能性が眠っている、そう言う条件で俺が使えてかつ当てはまるものを想像した。
「ヴァルスさん、ですかね」
俺が持っている術の中で特別なものと言えば、異常進化した鉱樹か、特級精霊であり時間と時空を司る精霊のヴァルスさん。
その二択なら、後者であると俺は踏む。
それは正解で、フィンガースナップを社長は一つ鳴らした。
「それだと、私も踏んでいる。混沌と言うのはありとあらゆる情報が混在するがゆえにすべての存在を溶かして吸収してしまう性質を持っている。どのような物にもなれる性質故に、どのような物も飲み込んでしまう。まさに根源と言える存在だ。それに介入する方法は混沌魔法だけとされていた。しかし、他にも方法があるとすれば、概念的に混沌に介入し得るほど強力な力が必要となる」
「それが、ヴァルスさんと言いたいのですか?」
「そうだと私は思うね」
社長の言う通り、あのチートの権化とも言えるような精霊であるヴァルスさんなら混沌の海に飛び込む方法の一つや二つ持っているかもしれない。
「確認してみます」
「頼むよ」
出来る出来ないの討論をするよりも、当人を呼んだ方が早い。
そう思って、この場に精霊を召喚する許可を取ると、社長はあっさりと頷いて許可を出してくれた。
「はーい、もう、最近出番が多すぎないかしら?私、そんなポンポンと出ていい存在じゃないんだけど」
「すまないヴァルスさん。今度、羊羹差し入れするから」
「知り合いの精霊の分もよろしくね。それで、今回のご用事は何かしら?」
軽くない魔力を払って召喚すると、ポンとあっさりとヴァルスさんは呼び出しに応じてくれた。
しかし、こんなチートの存在をポンポンと召喚しているからか、ありがたみの心配をされる。
けれど、その心配も日本の伝統菓子の前には杞憂のようで、あっさりと手のひら返しを披露される。
「実は」
そうなれば話が早い、神託に教官の生存、時間がないと言う話をざっくりと説明すると。
「無理ね」
「え、無理なの?」
「へぇ、無理なんだ」
最後まで聞いて、頷いてヴァルスさんは首を横に振った。
「あそこは、私たち精霊にとっては天敵と言っていい空間なのよ。混沌を払ったり打ち消したりはできるけど、混沌の中に潜り込んで行動するなんてことは流石に長時間は無理よ」
「逆に言えば、短時間ならできるって言っているように私には聞こえるのだけど、そこら辺はどうかな?」
「今代の魔王様の言う通り、短時間ならできるわよ。だけど、それは素人が海に素潜りする程度の時間よ。期待しないでほしいわ」
出来ることをもったいぶるような精霊でないのはわかっているから、ヴァルスさんが無理だと言うのなら無理なのだろう。
であれば。
「知り合いの精霊に混沌に潜れるような精霊がいたりは?」
「いないわよ。言ったでしょ、混沌は精霊にとって天敵なの。混沌はいわば原初の泉、情報の塊、私たち精霊は概念的な存在が意志を持って顕現した存在なのよ。その概念を侵してくるような存在に影響されないわけがないわよね?」
「それもそうだ」
ヴァルスさんの知り合いに、混沌在住の精霊でもいるのかと思ったがそう言うのもいない。
確かにそもそもな話、奇跡を起こさないと助けられないと言うのだから、ヴァルスさんに相談してあっさりと助けられるはずもなかった。
「どうやら、あてが外れてしまったようだね」
「うーん、方向性は合っているような気はするんですけど」
「そもそも、あのひねくれ者の神が奇跡を起こせば助けられるって言うのよ?私ができたら奇跡なわけないじゃない」
「ごもっとも」
さて、一番期待していたヴァルスさんが無理となると、他の方法を考えねばならない。
「まぁ、助けることは無理でも探すことくらいはできるかもしれないわね」
「え?本当に?」
「嘘は言わないわよ。これでも空間を司る精霊ですもの、混沌の中も空間と言えなくはないわよ。時間をかければ見つけることも難しくはないわね。ただ、あそこって時間軸も空間位置もあやふやだから捉えるのは中々難しいのよね」
しかし全く光明がないわけじゃなかった。
「それはここで行えるモノなのかい?」
教官の居場所を探すことができる。
それは社長にとってもかなり重要なことだ。
スッと目が細くなり、眼光が鋭くなる。
「無理ね。混沌が溢れている場所に行ってそこから探るって感じね」
「結果はどれくらいで出るのかな?」
「さぁ?それこそ運次第じゃないかしら、やることは海の中に落ちていく金貨を素潜りで見つけるようなことよ。落としたところの近くでやれば見つけるのは早くなるかもしれないけど、そうじゃないなら」
「時間はかかるか」
都合のいいようにはいかないと言うことか、社長の望む回答ではないのはわかっている。
だけど、まったくの可能性がゼロと言うわけではない。
「それに見つけたって奥深くにいたら意味ないわよ?そこに行けなければならないんでしょ?」
「そうだね、ちなみにだけど一度捉えた物を捉え続けることはできるかな?」
「魔力があれば出来るわね。すなわち、契約者さん次第ってことね」
「なるほど」
契約者である俺を置いてきぼりにして、どんどんと話が進んでいくな。
まぁ、問題はないけど。
社長の問いかけに、ノータイムで返事をするヴァルスさん。
それはまるで答えを知っているかのように、間髪入れずの返答だ。
出来ることとできないことの区別がしっかりとしている。
「ちなみに、次郎君。何もしない状態で彼女を顕現させ続けられる時間はどれくらいかな?」
「万全な状態からスタートで飲まず食わずで、三日が限界ですね」
「なるほど、なるほど」
それを踏まえて、社長が導き出した答えは。
「これは、起こせるかもしれないね。奇跡」
奇跡という言葉が奇跡たる所以を全否定するような言葉だった。
今日の一言
説得力はその人の人徳次第だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!