615 別れと言うのは、再会があっても物悲しい
工事が進むと言うことは本来、仕事として見るなら喜ぶべきことだし、安心すべき事なんだ。
だけど、この仕事だけは、その感情だけで済ますことは難しかった。
「次郎」
「ああ、わかっている」
表情は取り繕っても、感情を隠しても、腹の奥底に感じるこの寂しさは……嫌だな。
あの丘でフェリと何か約束のようなモノを交わしてからさらに月日は流れた。
あれからより一層、フェリは島の魔素を濃くしてくれた。
それによって、工事は加速し続け、建物は立ち、ライフラインは整備され、防衛が充実し、ついにダンジョンの基礎工事に着工した。
街の区分けも済み、その中央に設置されたダンジョン。
全ての施設にアクセスできるように、だけどいざという時は何人も近づけさせないように作られたこの島の最重要施設。
ドーム状の総合施設の、最奥に作られたダンジョンの入り口。
そこに俺を含め、田中家や関係者が勢ぞろいしている。
そしてその田中家の前に向かい合うようにぽつんと座る元の大きな姿のフェリ。
これから行う儀式が、長い長い別れになるのがわかる故に、広く、何もない空間の静寂さを際立たせる。
エヴィアに、背中を押され、俺は一歩前に出て、手に持った代物を前に掲げる。
「フェリ」
「わん!」
この日のためだけに用意された、儀礼用の衣服。
白い衣に身を包んだ俺は、その衣装に合わせた、白木の杖を掲げる。
それはダンジョンマスターだけが持つことを許される、ダンジョンコアへのアクセスキー。
全てが最高峰の素材で作られた儀礼の杖。
先端につけられている魔石は、神殿の秘奥で作られているダンジョンコアの種。
アースメイカーとは違うのは、このダンジョンコアの種は正真正銘神の魔力の結晶体ということ。
並の魔石では何億と数を揃えても太刀打ちできない純度の魔力を持っている。
その神の魔石が嵌め込まれた杖を掲げて、俺はフェリの名を呼び、それにフェリも応える。
それで、迷いは無くなる。
一度、目を閉じ、大きく深呼吸した先、目を開ければ意識が切り替わり、ついさっきまで迷いをにじませていた田中次郎はいなくなり、ここにいるのは人王としての俺がいた。
ゴウっと気流が生み出されるほどの魔力の奔流。
俺が生み出し、そしてこれから行う儀式に必要な流れを作り出す。
「月の神に願い奉る」
神に届けと、魔力とともに祝詞を読み上げれば、何もない無垢な空間だったこの場所に、魔法陣が形成される。
それは通常では考えられないほど、複雑で、緻密で、計算しつくされて組み上げられた魔法陣。
東京ドームよりも広いこの空間が埋め尽くされるほどの術式を刻んだ魔法陣は、ヴァルスさんが仲間たちと一緒に作ってくれたダンジョンを構成する術式。
「我は、この契約を元に、新たな世界の楔をここに打つことを願う」
白く輝く魔法陣が少しづつ、青く染まり、そしてその色が濃くなっていく。
この杖は神へ願いを届けるための繋がりを作り出す儀式用の物。
「我が名、我が魔力、我が魂、この三つの導を元に神に契約主を伝える」
神の魔力に俺の魔力を混ぜ、そしてそこで魔法陣を起動させるとこの空間の空気が振動し始める。
始まった。
世界の創造、空間の変異。
神のみが許される、奇跡。
世界創造。
「我が名は、田中次郎、我が魔力は人と竜の血が交じりしモノ、我が魂は異界の地より来しモノ」
その過程に必要な魔力は想像以上に軽い。
大半を神とフェリが担ってくれているからだろう。
むしろ、こんなに簡単でいいのかと思うくらいにスムーズに膨大な魔力が動く。
「我は、この偉大な神獣であるモノと契約を結び、そのモノとともに世界を作らん!!」
そして魔力の流れを組み上げ、魔法陣のすべてに魔力が満ちた瞬間杖を掲げる。
「神よ聞きたまえ!!神よ聞き届けたまえ!!我の願い、我の望み、我の誓いを!!」
儀式はこの上なく順調、このままいけば問題なく終わる。
『よいのだな?』
そう思った瞬間、俺の時間が止まった。
全ての時間を引き延ばし、俺だけを孤立させた。
それを瞬間的に察した。
そして俺は瞬間的に頭を垂れた。
「はっ」
見ることも聞き返すことも失礼に当たる。
前に戦った時は神降ろしの奇跡と言う条件があったからこそ、許された。
だけど、今回は違う。
俺は、今、神域に呼び出された。
『人間、タナカジロウ。まずは我が眷族を家族として迎え入れたこと、大儀である』
ふざけも、嘲りもない。
正真正銘、真剣な雰囲気で神が俺に声をかけている。
頭を垂れることだけを許され、そして、聞かれたことだけを答える。
これは、あらかじめエヴィアから聞かされていた。
ダンジョンを作る儀式の最中に、神から返事があると。
そしてこの儀式で最も難関なのはここだと。
世界創造の奇跡が、認可されるかどうかはここでの問答で決まる。
「ありがたきお言葉」
その問答に対して、社長も、教官も、エヴィアもアドバイスは教えてくれなかった。
いや、正確には教えられないと言った方が正確だった。
礼儀に則り、そして最小限の問答で通り抜けたダンジョンマスターもいれば、乱雑で大雑把な問答を数時間交わして達成したダンジョンマスターもいる。
失敗例で言うなら、一言も交わさず、一目見ただけで儀式を強制終了させられ、ダンジョンマスターの資格をはく奪されたこともある。
もっとひどいのは、儀式の発動すらなかったこともある。
全ては神の気まぐれ、何が正解かは神が決める。
『問う、答えよ』
「はっ」
質問される。
それだけでも第一関門を突破した気持ちになる。
『汝にとって別れとは何か』
「……別れとは」
どんな質問が来るかと身構えていたが、予想以上に答えの幅が出そうな問いを投げかけられた。
パッと思いついた別れを答えてもいいと一瞬思ったが、それではだめだ。
しかし、熟考している時間もない。
高速で思考を回して、たどり着いた答えは。
「再び会うための過程かと」
『過程』
「はい」
過程という答えに至った。
別れというにも色々な種類がある。
喧嘩別れ、自己都合の別れ、自然な別れ、言葉を付け加えるだけで意味合いががらりと変わってしまう。
単純に別れると言うだけで言うなら、別の道に進んだと捉えることができる。
なので俺はそう考えた上で。
「別れとは、別々の道を進む時だと私は考えております。それが今後交わるかどうかは定かではありません。しかし、別れた後が永遠の別れとも思えません。なので、私にとっての別れは再会への一歩だと思います」
例え喧嘩別れしたとしても、時間が経つと笑って再会することもできる。
死別でない限り、と一瞬思ったが、この世界の場合だと死んでもアンデッドとして蘇ることもできてしまうんだよな。
「それが良いモノであれ、悪いモノであれ、結果として交わる可能性があるのです」
『……それが望まぬモノであってもか』
「はい、それを避けることはできます。しかし、時には避けられぬ再会と言うのも存在しますので」
『……そうか』
普通に答えてしまったが、どういう意味があったんだ?
フェリのダンジョンコアになることに対して、何か関係があるのか。
それとも無関係なのか、それすらわからない。
たった一つ聞かれただけで沈黙され、俺は黙って頭を垂れる。
問いを投げかけられるのならそれに全力で答えるけど、沈黙されたら待つしかない。
『タナカジロウ』
「はっ!」
だけど気を緩めない。
『汝の答え、しかと聞き届けた。この世界のために励め。そして我が眷族の願いを無下にするな』
気を緩めたら即終了、なんてことになりかねない。
元の世界に戻るまで、そしてフェリがダンジョンコアになるのを見届けるまでと気合を入れていた。
『そして、その献身に応え一つの神託を下す』
神託と聞いて一瞬顔をあげそうになった筋肉を他の筋肉で止めて、頭を垂れ続ける。
『暗き、混沌の海の中、そこに一つ沈む城がある。その沈む城に一つの魂が生きている』
しかし、その情報を聞いて、うつむきながらハッと目を見開く。
顔をあげていないが、それでもその言葉が何を示しているか、わかった。
『傷を負い、弱り、一刻の猶予もない。されど、その魂は諦めておらず。その魂をどうするかは任せる。だが、覚悟せよ。混沌の海は生命のある者にとって死地である。道なき道、大海から一粒の砂金を探す奇跡を成し遂げねばたどり着くことは叶わぬ』
生きている。
それがわかった事実だけでも、覚悟を決めるには十分であった。
なぜこのタイミングで言ったのかはわからない。
だが、神と言う超常的存在による生存の太鼓判は、何よりも吉報に違いない。
『されど、挑まぬ者に奇跡は起きず。それを忘れるな』
「はっ」
それを最後に俺の意識は、元に戻り、そして視界の先には。
「フェリ」
透き通った青い巨大な魔石の中に封じ込められ、ダンジョンコアと化したフェリの姿があった。
「まずは祝わせてもらおう。これで、貴様はダンジョンマスターだ」
それを眺め、膨大な魔力を生み出す装置となったフェリの姿に寂しさを感じ、無言で眺めているとその肩にそっと手が置かれた。
「エヴィア、ああ、ここからが本番だ」
「わかっているならいい」
手に持っていた、杖からフェリとのつながりを感じる。
フェリはダンジョンコアになっただけで、死んだわけではない。
神に願い、世界を作る権限を許諾され、今ここにダンジョンと言う世界を作る権能を得た。
そのために、フェリは力の源となった。
俺は振り返る。
エヴィアが隣にいて、スエラがいて、子供たちがいる。
メモリアも、ヒミクもケイリィも。
ムイルさんや、この島での建築を統括する者も。
この空間にいるのは、この島の始まりを見届けようとする者たちだ。
さっき言われたことは、重要だけど、これをしないで伝えてしまったら教官に怒られてしまう。
だから、少しだけ待っていてください。
俺は杖を掲げ、最後の仕上げをする。
「ダンジョン起動」
ダンジョンの持ち主である俺が、その言葉を紡いだだけで、世界の変革が始まる。
神獣の魔力を基礎に、新たな世界が生み出される。
ヴァルスさんたちに協力してもらい、設計した世界。
この島だけには決して収まらぬ、異空間の顕現。
この空間を引き延ばし、造り上げられる膨大な空間。
その空間はまだ白いキャンバス。
ここから俺たちの手によって、描かれる無垢なるキャンバス。
空間が歪むが、重力は変わらず、俺たちの平衡感覚はそのままだけど、周囲の風景が変わっていく。
無骨だったドーム状の空間が、一気に近代的な壁に変わり、超巨大な地下空間に変わっていく。
深く、深く、何よりも深く、このコアがダンジョンの急所である。
それを守るために、最深層にコアを移動させる。
「起動、完了」
そして、時間にして五分にも満たない短時間。
その短い時間で、ダンジョンは起動した。
「うまくできたな」
俺は、ダンジョンが鼓動し始めたのを感じて、辺りを見渡す。
ダンジョンコアの鎮座するマスタールーム。
このダンジョンの動力源であり、心臓。
そして最終防衛ライン。
その空間は、月夜が映る星空を天井に描いた草原。
防御施設も、何もない。
ただ広いだけの空間。
これが俺のダンジョンの最深部、防衛設備は俺とフェリだけという何とも無茶無謀と言われるような空間だが。
「これが、俺のダンジョン」
自信をもって宣言できる。
ここから、俺のダンジョンが始まるのだと。
今日の一言
別れはいずれ来る。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!