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613 軌道に乗せるのには下準備が重要

 

 馬車馬のごとく働くなんて言葉があるが、実際馬車馬のやっていることは基本的には運搬作業だ。


 重い荷物を必死になって遠い場所まで運ばないといけないという労力が必要であり、やっていること自体単純なのだが、シンプル故に辛いという光景からよく用いられる。


 言葉の意味としては忙しなく休む暇もなく働くだ。


 社畜にとってはそんな言葉は日常茶飯事。


 それは異世界企業の魔王軍に就職したての最初は無縁だったけど、昇進するたびにどんどん仕事が増えていって、自由時間は削られていき、最近ではそんな言葉が似合うような働きっぷりを見せている。


 だがそれも、仕事を成功させるために必要な時間だと割り切れば乗り越えられる。


「次郎君、こっちの資材と明日来る資材で島の方の設備建設のための最低限のめどは立ったわよ」

「これで、ようやく着手できるか」


 島を作ってからだいぶ月日が経ち、今はもう初夏を通り越して、段々と暑くなってくる時期だ。

 何もかもやるべきことが多いとこうも時間の経過が早いのか。


 島も人が住むことができる必要最低限のライフラインが建造され、防衛設備の建造は初期段階で最優先に作られ、警備の人間を配置できるようになった。


 おかげで今、島の方では随分と活気が溢れていると言っていい。


 それは明確な目標、ダンジョンを造り上げると言う目指すべきゴールがわかっていたからこそできたことだと思っている。


「それじゃぁ」

「ああ、今週中にフェリにはダンジョンコアになってもらう」


 そしてそれは、同時に今までずっと一緒に過ごしてきていたフェリとの別れの時が来たと言うことだ。


「そう、寂しくなるわね」

「俺は簡単に会えるが、他の人員はそう簡単に会えないからな」

「ユキエラちゃんたちは大丈夫なの?」

「大丈夫とは、言えないだろうな」


 俺も仕事が忙しかったが、それでも触れ合う時間はそれなりにあった。

 子供と言うことから、ヤンチャで、物珍しい物には飛びつくような好奇心旺盛な我が家のマスコット的な存在になりつつあったフェリ。


 永遠の別れと言うわけでもないが、それでも長い長い別れになるのは事実。


 ダンジョンコアになれば、そう簡単にダンジョンの外に出ることはできない。


 一緒に過ごし、心を通わせてきたからこその寂しさはもちろんある。


 それは一番家で一緒に過ごすことの多い、子供たちが一番顕著だろう。


 必要だと言う言葉は、組織であり、一番利益が出す奴の言葉でしかない。


 子供たちにとっては、親しい存在との別れと言う必要じゃないことを突きつけるだけの現実だ。


「ただ、フェリ自身はどことなく察しているようだったがな」

「神獣だもの、私たちの考えくらいはこの島に連れてこられた時点で察せるわよ」

「それが勤め、人間である俺にもできない偉大な仕事を受け入れられる。器がでかいと言えばいいのか?それとも」


 一人の親としては心苦しい、だが一つの組織の長としては正しいことをしようとしている。

 私人と公人の思いで板挟みになることが、一番のストレスになるな。


「神獣だからって理由だけならあなたはそこまで悩まないでしょ?一緒に過ごして、絆を深めてあなたはフェリ様のことを知った。故に、重要な仕事を任せることに心苦しさを感じている。それと同時に必要性も理解している。だから、そんな顔をしているのでしょ?」

「そうだな」


 工事の進捗状況を把握している段階から、頭の片隅で概算であるがこの日ぐらいにダンジョンを作り始めると予想がついたときからこの事実を理解していた。


 ダンジョンが起動する日が刻一刻と迫り、少しでもより良き方向に、失敗しないようにと精一杯のことをしようとしたのは、フェリに少しでも報いるためだと今になって理解した。


「理解と納得は別物よ。だけど、むしろ、あなたがここまで精一杯やってきたからこそ、フェリ様は納得してダンジョンコアになろうとしているのじゃない?」

「会ってそこまで時間が経っていないんだけどな」

「神獣にも意志はある。その意志があなたを認めているのよ」


 生き物を動力にすると言うダンジョンコアの成り立ちに、日本人の倫理観が訴えかけている。

 迷ってはいけない。


 ここまでやるのなら最後まで貫けと、仕事の理性が語り掛ける。

 もう後戻りはできない。


 ここまで来た資材費用の概算は、とんでもない額になり苦労を共にしてきた同僚たちの労働時間と労力を考えればここで後に引くわけにはいかない。


 それを理解し、納得しているからこそ。

 この倫理観が一番厄介なのだと余計に理解してしまっている自分がいる。


「そうかね」

「ええ、そうよ」


 苦悩と言う感情を表に出さないように、いや、出すと言うことを悪と戒めてきたがゆえに俺の顔はそこまで表情を変えていなかっただろう。


 だけど、そっと背後に回ったケイリィは後ろから抱きしめてくれる。


「ありがとうな」


 その優しさに素直に感謝する。


「何のことかしら?私は何となくしたかったからこうしただけ」

「仕事中なのにか?」

「誰もいないのはわかってるし、そろそろ休憩しても良い時間よ」


 すっとぼけた態度で寂しさを埋めてくれようとしてくれてる彼女の好意はじんわりと暖かさを感じさせる。


「そうか」

「そうよ」


 その言葉のやり取りを最後に、少しの間無言の時間がやってくる。


「そろそろ、行くよ」

「一緒に行く?」


 そして彼女のその暖かさのおかげで、俺も覚悟が決まった。


「いや、これは俺が伝えないといけないことだからな」


 来るべき時が来て、やるべきことがわかっている。

 なら、ここから先は迷ってはいけない。


 そっと彼女の腕を解いて、俺は立ち上がる。


 どこに向かうか、そんな質問を彼女はせずにそのまま見送ってくれる。


「行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」


 トゥファリスの艦長室から出て、そのまま外に出る。


 トゥファリスが停泊している場所も今じゃしっかりとした停泊所が出来上がって、アスファルトで一面が舗装されている。


 最初に来た時のゴツゴツとした景観は今では見る影もない。


 外に出た時にはすでに街だと認識できる程度の建設は終った。


 景観をよくするために今後は緑化計画でも立てるかとの話も出ている。


 そんな街並みを護衛もつけずに歩きだす。


 自分の治める街だからと言う理由もあるが、魔素が潤沢にあるこの街で俺以上の戦闘能力を持ったやつはいない。


 不意打ちで何かがあるかもしれないと危惧する声もあるが、竜の血は並大抵の毒は利かない。


 半分以上竜の血に染まり、肉体も改造されてしまっている俺の体もそれに倣っている。


 そんな道行を進み、作業員の側を通り過ぎるたびに頭を下げられ作業を中断される。


 俺も偉くなったものだな。

 相手の態度に恐縮しては将軍としての立場に不穏な影を生み出してしまう。


 だからと言って必要以上の威圧的な態度は取らない。

 俺の体から漏れ出す魔力を感じ取って、恐縮してしまう作業員もいるが、そこを咎めるようなことはしない。


 フェリに会いに行く道すがらでのやり取りは現場の声を聞けると言う貴重な物。

 相手からしても少しでも現場の環境を改善できるように訴えかけられるチャンスでもある。


 そのチャンスを潰したくない俺は、リラックスするにはちょうどいいと時折立ち止まり、問題はないか、必要な物はないかとヒアリングをする。


 そんな態度を続けてきたおかげか、作業員は必要ならしっかりと上申してくれるようになっている。


 工期に間に合わない。

 人員が足りない、資材が足りない、魔力が足りない。


 この準備不足は全て上司である俺の不徳。


 それを限りなくゼロに抑えてこそ仕事は成功するのだと上に立ってからよく理解した。


 人を使うと言うのは人に任せると言うことではなく。

 人を最適な場所に最適な量配置することにある。


 故に人の能力を把握する必要もあるのだ。


 幸い、俺の通った道のりでは問題らしい問題はなかった。


 一言二言、会話をして作業に戻ってもらうケースが多く、むしろ精を出して働いている姿を見てあとで差し入れでも入れるかと考えるまでである。


 そして俺はそのまま工事現場のわき道を進み、この島の中央へと向かう。


 トゥファリスが停泊しているのは島の西部。


 日本側に寄せた形で停泊地を作っていて、俺が向かっているのはダンジョンを設置する予定の中央部。


 そこは最も隆起している場所で、小高い丘のような形状になっている地点。


 作業車が行き交う先にフェリがいる。


 魔力を感じ取っているからこそ、迷わずそこに向かう。


 本当だったらこの山道ものんびりと登りたいところだけど、生憎と忙しい身。

 時間は有限だ。


「よっと」


 なので体に魔力を流し、少し跳躍するように移動する。

 着地地点に誰もいないことを確認しながらの跳躍は、一跳びでおおよそ百メートルは飛ぶことが出来る。

 おまけに、落ちるときの落下速度をそのまま加速に流用できるからどんどん速度は上がっていき。


 十分もかからない時間で目的地に着く。


「わん!」


 この島を見下ろせるこの島の頂上。

 そこにフェリがいた。


 俺が来ることをわかっていたと言わんばかりに堂々と座り、正面から向き合って待っていた。


「よっ」


 俺はそんなフェリに向けて、片手をあげて気軽に挨拶をする。


「お前はここが好きだな」

「わん!」


 この島を駆けまわることが日課になっているフェル。

 だけど、一番多くいる場所と言えば、やはりここだ。


 お気に入りの場所と言えるこの場所で毎日島が変化していくのを眺めている。


 俺も何度かフェリと一緒にここに来ている。


「最初は岩山だけだったんだがな。短い間に随分と様変わりしたもんだ」


 俺が歩み寄ると、ちょっとだけ横にずれて、そこに座れとお気に入りの岩の席を譲ってくれる。

 俺はその好意に甘えて、フェリの隣に座り、そして工事をしている島を眺める。


「ここからもっともっとこの島は発展していくんだよ」


 いざ、フェリにダンジョンコアになってくれと頼むと考えると少し緊張してしまう。


 死ぬわけではない。

 しかし、施設の一部になると言うことに対して色々と聞いてる身としては、それを頼むのは真剣に向き合わなければならないことだ。


「だから」

「わん!」


 フェリに真剣に向き合ってそのことを将軍として伝えようとしたら、フェリは前足を俺の膝の上に乗せて俺を見上げて来た。


 その瞳は俺に肩の力が入りすぎだと笑い、そしてわかっていると納得していると俺に伝えてきていた。


 そして、膝の上から前足を退けるとこの山の頂点の中心にまで走り。


「わぉおおおおおおん!!」


 遠吠えをする。

 任せろと、俺に意思を伝えてくる力強いフェリの遠吠え。


「まったく、俺は色々なやつに支えられているな」


 それを聞いて、無駄に力んでいた体の力が抜ける。


 フェリは最初から理解していた。


 力強い遠吠えを聞いて、何事かと作業員たちがこっちを見てくる。


 そのタイミングで、小型化を解き、本来の大きさに戻り。


『オオオオオオオオオオオオン!!』


 今度は先ほどと比べ物にならないほど大きな遠吠えを披露した。


 こんなに力強い遠吠えは聞いたことがない。


 こんなに頼りになるフェリがずっとダンジョンで俺を支えてくれると思うと情けない姿は見せられない。


「フェリ」


 だからこそ、俺は将軍ではなく田中次郎個人として。


「すっげぇダンジョン作ってやろうな」


 これから長い付き合いになるであろう、フェリに誓う。


 今は小規模でも、将来は誰よりもすごいダンジョンを。


『ワオオオオオオオオオン!』


 この力強い返事に恥じぬモノを。



 今日の一言

 下準備は入念に!



毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 意識を共有する分身や小型の意識体みたいなのを出せれば良いのにな……
[一言] 前話もそうだけどフェリがフェルに戻ってます
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