611 バリエーションの幅と言うのは多いほどいいと言われるが……
「何々?魔王と呼ばれる邪悪なる存在と手を結ぼうとする世界に向けて警告を……」
この最初の書き出しからして嫌な予感はしてたけど、犯行声明と聞いた段階でなんとなくこんな感じの文面は予想していた。
他にも色々と過度に装飾した言葉を羅列しているようだけど、要約すると。
「要は、魔王って怪しいから仲良くするのは止めましょう。代わりに魔王を倒すからお金くださいってことで良いかな?」
「端折ったらそう言う意味合いになるわね、思想とか理想とか全部取っ払っちゃったけど」
自分を正当化して悪を倒しましょうと言う勧善懲悪者のヒーローを目指しているけど、金で動こうとしている道化が爆誕した。
「社長はなんて?」
「世界の動きを見るために様子見って」
「妥当だな。ちなみにこの組織の裏にイスアルとの関係は?」
「今のところは白ね。グレー寄りのってつくけど」
「となると完全に俺たちとは関係ない正義感だけの奴が出て来たってとこか」
やっていることは完全に犯罪な上に、占拠した船は自由の国旗を掲げる国を出発予定の船。
そんな暴挙を許されるわけもなく。
「アメリカさんがどういう対応を取るか次第だけど、こっちから動くことはなさそうだな」
これならわざわざ屋敷から様子見にトゥファリスまで転移してくる必要はなかったか。
発生した場所が日本からかなり離れた場所ならわざわざ手間をかけてまで行く必要はない。
「って思うんでしょうけど、はいこれ」
「この話の流れで渡される書類って、嫌な予感しかしないんだけど」
「大正解、それ主犯の顔写真と名前ね」
「……」
「それを見て、どうするかは自由って魔王様から言伝をもらってるわよ」
「遠回しに、問題ないように手回しをしろって言ってるだろこれ」
ただでさえ忙しいと言うのに、面倒ごとと言うのは向こうからやってくる。
パパラッチや、マスゴミはまだかわいい方だったか。
「自称、田中家長男らしいわよ?」
「日本全国の田中さんに謝ってこい。どこの田中家長男さんだよ」
少し荒いが、顔立ちはアジア系。
俺と似ていると言えば似ているかもしれないけど、親父ともお袋とも全く似ていない顔立ちの男。
名前は。
「田中一郎って、逆に偽名だって言っているようなものだろ」
最近、妹か弟のどっちかができたけど、兄がいた覚えはない。
俺が田中家の長男だ。
次郎と言う名前で誤解を与えているけど、単純に親父の名前が伊知郎だから、俺の名前は次郎と名付けられたに過ぎない。
「このまま放置すると面倒なことになりそうね」
「まったくだ。本当に人って言うのは悪意を考えるのがうまくてかなわん」
全くケイリィの言う通りだ。
面倒ごとだけはバリエーションを増やさないでほしいとつくづく思う。
情報が書かれた書類のコピーを持って溜息を吐いている彼女に同意するように俺も頷く。
「それで、どうするの?さっきは動かないみたいなこと言ってたけど」
「ん~そうも言ってられないよなぁ」
最初の情報だと、アメリカが対応するから静観でいいやと思ったけど、自称田中家長男様がいるとなればちょっと状況が変わってくる。
「そうね、事件が終わった後に釈明してもあなたの親族が大暴れして犯罪を起こしたって風聞が世界中にばらまかれることになるわよ?世界中がとまではいわないけど、一定層に不信感を芽生えさせるには十分ね」
「……はぁ」
どこで何を勘違いしたかは知らないけど、なんでいないはずの兄貴に悩まされないといけないんだ。
大きくため息を吐いてガリガリと頭を掻いて対応策に頭をひねる。
問題点をまずは洗い出そう。
問題なのは、噓だけど真実を知らない人からしたら本当だと思われる嘘を真実に語るようなこと。
俺の家族構成は世間一般には公表されていないからこそできる醜聞を作る行為。
そのことを故意にやっている節があることがこの情報から読み取れる。
「火消しに走ったら走ったで、親族の汚点を隠蔽したとか言われそうだよな。こんなニュースを信じる人がいるかどうか定かじゃないけど」
「テレビで報道していたからって信じる人は一定はいるわね。嫌な情報の使い方をしてくるわね。向こうからしたらどっちでも得をする選択肢を押し付けられている状況ね」
「ちなみにこのシージャック、ニュースとかになってる?」
「一部の報道で流れている段階ね。細かい情報はアメリカ政府が規制をかけているみたい」
「なら、まだ救いはあるか」
いったい誰が、何のためにと考えたいところだが今は時間が優先。
犯人捜しは後回しで、事件の対処の方が先決か。
スマホを操作して、ネットニュースとかで情報を収集してくれているケイリィ。
ニュースにはなっているけど、犯人の身元とかの情報に関してはまだ公開されていない。
「……裏をかくか」
なら、まだやりようはあると思う。
「裏って、何をするつもり?」
「過剰に介入すれば何かあると思われる。干渉しなさすぎると噂が一人歩きをしてとんでもないことになる。だったらある程度情報を意図的に流してみるか」
相手の思惑通りにいくのが一番こちら側の不利益になる。
だったらこっちの利益になることをするべきなのか。
「何するつもり?」
「いやなに、俺にアポイントを取ろうとしているコネを使うだけさ」
ニヤリと悪戯を思いついた笑みを見せてやると、面白いことをするのではと察したケイリィも、ニヤニヤと笑って何をするか聞きに来る。
時空魔法で作り出した保管庫から、名刺をファイリングしたものを取り出して、職種別に整理した名刺の中から何枚かの名刺を取り出して。
「すまんが、すぐにどこでもいいからアポを取ってくれないか?あと訓練室の使用許可と」
それをケイリィに渡して。
「撮影許可もな」
必要な手続きを頼む。
その手続きをとった翌日。
「はい!!どもども、一、二のみっちゃんです!!」
会社の中にこの時期に人を入れると言うのは中々大胆な発想だと思うが早速行動してみた。
その行動の結果。
注目度という点でこの手の話は一も二もなく飛びつきたくなる人種と言うのは少なからず存在する。
テレビ局などのマスコミは当然、動画投稿を生業としている人種もその一つ。
いま俺の前では、結構派手な髪の色のツインテールの少女がアシスタントのメンバーから向けられているカメラに全力でアピールしている。
「みんなー!緊急生配信なのに見てくれてありがとう!!タイトルにもある通り今みっちゃんは何と、世界でも注目の会社に来てるよ!!」
登録者数五百万人オーバー。
日本でも有数の動画投稿者。
テレビ局や動画事務所に対して一斉にアポイントを打診した所、一番反応が速く、行動力があり、なおかつ情報の制限された会社の中に飛び込むと言うデメリットを承知した上で動画配信をしてくれるという猛者。
みっちゃんチャンネルという事務所所属の動画投稿者。
「そう!MAOコーポレーション!!そこに今日は特別に入れることになったの!!いやぁ、いきなりすぎて嘘かと思ったけど、実際に私は来てます!!と言うか魔法を体験させてくれるって言うから、倍速再生並みに早く来ちゃったよ!!」
その撮影風景を俺も見ながら、ついでに接続数という部分を見ているとどんどん数字が増えているのがわかる。
同時にコメントの流れる速度も速くなっている。
今回の撮影に当たって、色々と制約を付けさせてもらったが、それでもOKと言う彼女の行動力が反映されているように、コメントの反応は比較的良好。
中には嘘とか、流行りに乗った自作自演とか言ってるようなコメントもあると思うが。
「コメントの中で嘘とか思ってる人がいると思うけど、この人を見たら本当だって思うよ!!はい!では、私をここまで呼んでくれた人をお呼びします!!田中次郎さんです!!」
今じゃ、下手な有名人よりも顔の売れている俺が登場すれば、一気にその流れは変わる。
「どうも、田中次郎です。平凡な名前だけど、多分日本一有名な人間だ」
「はい!!世界でも有名な魔法使い!!異世界サラリーマンこと、田中次郎さんです!!いや!マジで!本物に会えるとは思ってもなかったです!!」
ケイリィがクツクツと笑っていると言うことはコメントの中も面白いことになっているのだろうな。
名乗り方は無難であったが。
「ちなみに、その手に持ってるモノとか着ている物ってって本物だったりします?」
「本物です。触ってみます?」
「はい!」
格好だけは無難ではなく、ガチ装備で来ているからインパクトはとんでもない。
ファンタジー武者と言った感じの俺の装備に、みっちゃんは恐る恐ると言う感じでまずは鎧から触り、そして背中に背負っている鉱樹に目がいく。
「ちなみに田中さん、銃刀法って知ってます?」
「ここは治外法権ですから」
「流石異世界!!」
本物の刃にびっくりしているみっちゃんであるが、こうやって冗談を飛ばせるだけの場慣れ具合を見せてくれている。
打ち合わせをしている時から感じていたが、プロ意識は高め。
「今回はそんな異世界のことを知ろうと言う企画で、お送りします!!」
説明を兼ねた会話の盛り込み方がうまい。
雑談を交えつつ、質問をして。
「ちなみにみっちゃん家にも、ファンタジーアニメとか大好きな子がいるんですよ!!その子、うちの家の末っ子って感じの子で、みんなの愛されキャラなんですよ!!カメラの向こうでめっちゃ田中さんのことガン見している子!」
こっちがこういう質問を作ってほしいと依頼していることを早速入れてくる。
「その子のファンタジー常識と、実際の異世界の常識がどれだけ違うか長女として確認させてもらいます!!」
みっちゃんチャンネルは全員女性のチャンネルで、みっちゃんを長女、それ以外のスタッフを妹として扱っているチャンネル。
「それは失望させないように気を付けないといけないな。俺も一人っ子歴は長かったが最近妹ができたからそこら辺は気を付けないと」
「最近?田中さんおいくつですか?」
「今年で三十歳、来年に弟か妹が増える」
「親子みたいな歳の差ぁ!?まさかそれも魔法で?」
「まさか、こればっかりは親の努力だ」
「それは複雑な」
「そうでもない、さっきも言ったが、俺は一人っ子で兄弟が欲しいって思ったことも何度かあるからな、歳が離れていても兄弟ができることは嬉しい限りだ」
なので兄弟ネタが自然に入れやすい。
頼んでいた会話の流れが作り出せ、そしてそれが大勢の衆目に晒された。
ケイリィからOKサインが出たと言うことは、アメリカの事件での繋がりに疑問を呈する関連の文面が書き込まれたのだろう。
ケイリィと連れて来たゴブリンがせっせと情報操作を始めている。
魔法文明ばかりに目がいくが、しっかりと現代文明にも適応しているのが魔王軍。
ネット上の情報はネット上の情報で上書きする。
今後も変な親族が出てこないようにするためにしっかりと釘を刺して。
「なるほどなるほど、おっと、我らが末っ子ちゃんから早く魔法を見せろとの視線が怖いので、田中さん申し訳ないんですけど、そろそろ」
「わかりました。いつまでも身内ネタで盛り上がるわけにもいかないよな」
その広報をしてくれたお礼として、魔法を披露しよう。
幸いにしてみっちゃんの魔力適正は三。
簡単な魔法なら魔紋を刻まずすぐに使える程度の才能はある。
さてさて、どんな魔法を使わせてあげるかな。
今日の一言
悪だくみのバリエーションだけは増えてほしくなかった。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!