609 職場に親がいると言うのは何とも言い難い感覚になる。
この前のお袋の突如の来訪。
いや、お袋からしたら必然の来訪なんだろうけど、歳の離れすぎた妹か弟ができると聞いたら流石に驚かないわけにはいかない。
身重の母親にどうこう言うつもりはないけど、せめていつものサプライズ癖はこういう時くらいは自重してくれと思わなくはない。
「良い人ね」
「善人でもなく悪人でもないが、俺にとっては良い母親だよ」
そんな嵐のような人物をとりあえずの安全を考慮して、俺の屋敷に部屋を用意して住むように手配した。
当然、スエラにヒミクに、エヴィアとメモリア。
あの屋敷に住む俺の奥さんたちにカクカクシカジカと事情を説明して、当面の問題は解消。
出産までは、医者の指導の下のんびりしてくれと言い渡してあるからお袋に関しては……何かしでかすのだろうという予感はあるが、良しとする。
いつの間にか打ち解けたケイリィはクスクスと口元に手を当てながら笑っているが、俺からしたら笑い事ではない。
しかし、腹を立てることでもないので、特には指摘せず。
「ケイリィとの仲が良好なのが幸いだよ」
「孫は何人でも歓迎だよ。って言われたときは、驚いたわよ」
「俺的には顔合わせの時に、エヴィアが素直にお袋のことを義母と呼んだ時の方が驚きだ」
「その理由はわかっているでしょ?」
「お袋だからなぁ」
戦艦トゥファリスの艦長室の長机で、てきぱきとと書類を捌きながら屋敷で会ったときの出来事を染み染みと思い出す。
戦艦の外では段々と魔素が濃くなっている様で魔法や魔道具を使った工事が始まっている。
おかげで、尋常じゃない速度で地ならしが終わって、作業三日目にしてすでに基礎工事に取り掛かっているのだ。
なにせ、戦争が長年続いた世界だ。
破壊力抜群の攻撃が飛び交う中で、壊れた場所を短時間で直す必要があったためか、自然と魔王軍の工事能力に関する魔法の技術革新が何度も起きている。
こっちの世界の建築技術に劣っている部分はある。
だけど、逆にその劣っている部分を学ぶ貪欲性が、建築学問の吸収速度を格段に速くして身につけさせるのだ。
正直、魔王軍のその手の貪欲さを持つジャイアントに一般的に売っている書店の建築関連の専門書を与えたら三日でボロボロになるくらい読み込まれる。
おかげで地震大国日本で築きあげられた建築技術を吸収したジャイアントたちの土魔法や岩魔法は、かなり頑丈で効率的になり構造物を立てるのに優秀な技術に発展している。
今、目を通しているのは工事進捗率の報告書だ。
たった三日で、ここまでの工事が終わるとは俺もケイリィも思っていなかった。
「ジャイアントが監督しているから手抜きの心配がないのは嬉しいが、早すぎないか?」
正直、手抜き工事の類を疑うレベルの作業速度。
だが、そこは職人としての誇りが種族の中に染み込まれているジャイアントたち。造り上げることに対してのプライドは並ではない。
手を抜いて作った作品を完成と呼ぶことを何よりも嫌い、
全力で作り上げてこそ、さらなる技術向上が待っているという常識が彼らにはある。
しかし、予定していた作業工程よりもだいぶ前倒しでやっている節があって、その速度は納期を極端に前倒しした発注先の無茶振りを連想させるほど。
つい心配になるが。
「大丈夫でしょ。あなたも現場を見ていたと思うけど、将軍の拠点を手掛けられるなんて誉をもらったジャイアントたちの顔、苦しそうだった?」
「いや、こう言っちゃ変かもしれないがさわやかな汗を流して、働くことが楽しいって顔だったな」
その心配は完全な杞憂だった。
ケイリィの言う通り、何度か視察で作業の風景を遠目から眺めていたが、苦痛の表情を浮かべる作業員は一人もおらず、むしろ最高の物を作る過程に対して快感を覚えているのではと思わせるような笑顔で作業している。
一瞬、デスマーチ末期の前の会社でもう笑うしかないというくらいに窮地に追い込まれたときのことを思い出しそうになった。
「それがジャイアントって言う種族よ。作ることに対して快感を得てるの」
「俺には理解が及ばない領域だなぁ」
しかし、肝心の作業員たちは、そんな苦痛の先に待っている境地ではなく、本当に純粋に工事と言う作業で得られる、創作への快感を享受していた。
俺にはわからない領域、異世界に対して色々と学んで来たとは思うけど、まだまだ未知の部分はあるのだなと痛感させられる。
「でも疲れないってわけじゃないのはわかってるわよね?」
「ああ、楽しい気持ちがあるのは良いと思うが、しっかりと体は疲れる。勢い任せで作業するのだけは避けないとな」
しかし、理解できる部分もしっかりとある。
楽しく遊んだ後も疲れるように、精神面でだいぶ余裕があったとしても肉体は疲れる。
休憩を適宜とって、飯もしっかりと摂る。
少し暴走気味の作業員のかじ取りも俺の仕事と言うわけだ。
「あとこっち、ムイルさんから」
「はいよ……ああ、貴族連中の動きか」
そんなメインの仕事に集中させてくれないのが、一枚岩でない魔王軍の欠点と言えばいいのだろうか。
不穏な動きは感知していた。
表向き、来年に控えるイスアルとの戦争支度と名を打っていつつ、本命が別にあるのではと思わせる一部貴族の動き。
しかも余裕がある貴族からの傀儡にするかごとく仕込みがあると思わせる情報がちらほらと散見される。
「アミリさんも身重なんだから、無理はしなくても」
「私たちとの契約があるからそうとも言ってられないんでしょ?いや、機王様の場合は、この程度の情報なら体の負担にもならないのかもしれないけど」
「下手に心配するのは、将軍にとって侮られることになるからな。こっちからは感謝の返事しか返せないな」
「それが妥当ね、一応持ちつ持たれつの関係は今のところ維持できているし、周囲にはあなたと機王様が同盟を結んだと思われているから距離感は大事にね」
「ああ」
反乱を起こすには俺の周囲に味方が多すぎる。
表だって、俺の味方をするのは機王のアミリさんと鬼王の教官。
互いに対イスアル戦線でやるべきことが多い多忙の身であるが、貴族へ睨みを利かせることくらいは出来る。
貴族連中にとって、俺は目の上のたんこぶだ。
人と争い続けてきた最中に生まれた、人の幹部。
伝統的に嫌悪感が出てしまう存在を認めていないのだ。
おまけに異世界とはいえ、人間と交流を持たせるための懸け橋にもなっている存在。
理屈や利益的に得だと思えても、こういった嫌悪感は損得勘定を度外視してしまう。
「早まるなと言いたいけど、そう言うわけにも……」
「いかないわね。向こうからしたら正義の行いを」
「……」
「溜息、我慢しない方がいいわよ?」
理屈で行動しろと冷静に諭したら逆に火に油を注ぐようなことをしてしまう。
そんな事例は前の会社で何度も見てきたがゆえに、溜息すら出てこなくなってしまう。
しかも日本と違って、あっちの世界じゃ武力暴力当たり前。
下手したら命も落とすと言うのに、なんでそんな簡単に行動できるのだと何度も思った。
眉間に皺を寄せて、報告書を凝視しても内容は変わらない。
すっと伸びてきた細くしなやかな指がグリグリと俺の眉間の皺をほぐそうとしている。
「とりあえず、アミリさんとムイルさんには警戒を促すとして」
「兵士の準備はしなくていいの?それなりに揃って来たでしょ?」
「手勢として数えられるのは二百ってところだな、ムイルさんのコネで戦時経験者が半数以上なのはある意味で幸運だけど、数としては慎重にならざるを得ない。幸い、俺の拠点はエヴィアのダンジョンの中と、この魔王軍にとっては死地とも言える地球の孤島だ。いずれこの孤島と繋がる入り口も会社とカデンさんが治める領地内の予定だし、普通に考えれば兵を用意したって攻め入ることなんてできないんだよなぁ」
そのおかげで、俺の表情もほぐれて、ついでに肩の力も抜ける。
冷静に考えて、この貴族たちはどうやって俺に喧嘩を吹っかけるつもりなんだろう。
物理的に俺の領地は大陸とかけ離れた場所にあって軍をぶつけるには不向きすぎる場所にある。
ケイリィの心配は尤もだが。
「許可を取って兵が駐屯している、ダークエルフの村だって樹王の領地だから下手に軍を差し向けたら樹王との敵対行動になるんだぞ?何を考えているんだよまったく」
「あなたも言ってたじゃない。こういうのは理屈よりも感情だって、とにかくあなたが気に入らないからどうにかして引きずり降ろそう、そうだ兵を集めろ、話はそこからだって感じじゃないかしら?」
「大丈夫か貴族、失敗する見切り発車の典型例じゃないかそれ?」
どんな裏技を使用すれば俺の寝首をかけるかも見当のつかないくらいに距離と言う防壁があるからある意味で安心できる。
もちろん油断はしない。
警戒すべきは目立つ兵より、目立たない暗殺者ってわけだ。
子供を誘拐されたりしたら、俺は修羅となる自信があるし、今はお袋も屋敷にいる。
「そうやって痛い目を見て、滅ぶのも貴族の定めよ」
「なんだろう、そうやって膿を出して身軽になろうと社長が暗躍しているんじゃないかって思い始めた」
「ありえるわね」
安全を確保しておくに越したことはないと、色々と手を打っている。
「親父も会社の広報部で働くことが決まったし、人間をどんどん雇い入れる方針の社長にとってはそう言う思想も邪魔ってわけか」
ある意味で一番心配なのは、お袋が親父を養わないと宣言し、俺の脛もかじるなと言い放ったおかげで、親の勤め先を俺が斡旋すると言う珍時が発生。
結果的に、親父はうちの会社の社員として広報部に配属された。
現在は開店休業中の広報部だが、落ち着いたらやるべきことが格段に増えるのでその準備に忙しいらしい。
「アピールするにしても、汚点は出来るだけ少なくしたいのよ」
元々カメラマンとして世界中を飛び回っていた親父のカメラ技術は超がつくほどの一流。
異世界の情報を絵で伝えることに関して、これ以上にないと言えるくらいに適材人物だった。
そんな親父のファインダーの先にその不穏分子はいらないと社長は思っているのだとケイリィは遠回しに言う。
「そのために俺の立場の弱さを利用するってことか?」
「しっかりとケアもしてくれているのだから良いじゃない」
「ああ、そうだな」
ちなみに親父の部署に女性はいない。
広報部なら女性がいた方が色々と発想が生まれていいのではと思われるが、親父が所属しているのは新設された第三広報部。
親父のために社長がわざわざ新設した広報部でいずれ、会社に入社してきた人間を配属できるようにしたたった数日で作り上げた試験部署。
なのでケイリィの言うケア。
親父の護衛として、ゴリゴリの筋肉マッチョ社員を配属することも可能だ。
昔のノルド君なら発狂しかねないほどの圧を誇る第三広報部であるが、親父としては見たこともないことを見れると言う欲求の方が強いのと、なんだかんだ言ってお袋のことが好きな親父に女性がいないと言う要素はマイナスにはならない。
なので、意外とのびのびと仕事をしていると聞いている。
こうやってしっかりと俺が心配せず、仕事ができるように手まわしてくれることに関して言えば社長には感謝しかないのだが。
「ただ、親と一緒に同じ会社で働くのにはまだ違和感があるがな」
「そこは慣れなさい」
この違和感だけはまだ慣れない。
今日の一言
慣れなければならないのはわかっているけど、慣れないことがある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!