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608 取り逃がしたことに苦悩する者たち

 


 Another side



「……そうか、ミセス・キリカは日本に行ってしまったか」


 自由を掲げる大国のとある建物の一室。

 その一室にいるのはCIA長官だった。


「申し訳ありません」

「なに、構わんさ。私も彼女とは旧知の仲だ。命令そのものは本気で出したが結果は予想できた」


 穏やかそうに見えて、だがその眼光は老齢に見える姿に反して一切の衰えを見せないほど鋭く力強い。


 そんな長官に報告していた男も歴戦のエージェント、怯み怯えると言った感情は一切面に出さず、内心を悟らせずポーカーフェイスを維持し報告を続ける。


「軍部の一部から外交的圧力で彼女の身柄引き渡しを要求すべきだと言う声もありますが」

「ナンセンスだ。君も報告書は見ただろう?いや、君はあの時護衛艦にいたのだったな」

「はい」

「では、改めて聞くのもおかしな話だが……どう見たかね?」


 BGMなんて観賞用の水槽に入ったエアポンプの音くらい。

 それくらい静寂に包まれた長官室に響く二人の男の声。


 片や直立不動、片や豪華な机に備わった豪華な椅子に腰かけている。


 対面距離として、二メートルあるかないか。


 そんな距離感で話す二人によどみはなく。


「一言で言えば、異常でしょうか」

「ほう、どういう意味でかね?」


 現在のアメリカでもっともホットな話題を話し合う。

 長官として現場に行けなかった故に、生の現場を見た報告は貴重だ。


 無論、報告書や映像データ、さらには現場にエージェントを送ってリアルタイムで報告を飛ばせるように調整もしていたが、それでも現場を見た人間の生の声と言うのに耳を傾ける時間を確保する。


 それほど重要な事だと理解しているのだ。


「人の姿であるのにもかかわらず、本来人では成しえない力を使っている。さらにそれを使っているのが元一般人。この三点において異常だと思いました」

「ふむ」


 明瞭簡潔、余計な装飾を施さない言葉こそ真実であると考える長官。

 部下もこれ以外の言葉になると、映画などのたとえ話が出てくるとしか言えない。


「報告で聞く限り、ミスタ・タナカは一般人として生活しているが血縁上不可思議な血が混じっていると聞いているが、それを踏まえても異常かと思うかね?」

「はい、彼の身辺は徹底的に洗い出しました。集まった情報を加味して、学生時代、及び成人してからの数年はこんなことを成しえるほどの要素は一切なかったと判断できます。それが」

「たった数年でスーパーマンのような力を得たと……そうだな。言葉にすれば確かに異常だな。軍部が親族の確保に躍起になるのも、我々に情報をせがむのも理解できる理由だ」


 人間が鍛え上げても持ち上げられないモノはある。

 いかにウエイトリフティングの金メダリストでも。十トントラックを持ちあげて運ぶことなんてできない。


 だが、田中次郎はその重量に近い代物を軽々と持ち上げて、平気な顔で持って歩き、終いには演説中ずっと保持し続けた。


「……魔法と言う技術に関しては何かわかったことはあるかね?」

「集めている情報の中で例の会社に勤めているわが国の者がいることが判明、家族にコンタクトを取り情報を収集しましたが有力な情報は何も。情報操作に関しては相手方も徹底しているようで、判明している魔法はやはりミスタ・タナカの放ったあれだけです」


 それを成しえる技術が魔力と言うエネルギーを使っていると言うのは副大統領が自ら聞いたと報告してくれた。


 超人的な身体能力、超常的な力。

 それを成しえる技術、魔法。


「君、常識とは十八歳までに身に着けた偏見のコレクションであると言う言葉を知っているかね?」

「物理学者のアルベルト・アインシュタインが残した言葉ですね」

「そうだね。そして私の常識のコレクションに魔法なんて分野はなかったよ」

「自分もです」


 今まで御伽噺や映画の中の世界でしかお目にかかれなかった存在を、大の大人、それも情報を取り扱うプロが生真面目に捜査している現状を滑稽と笑うことすらできない。


 魔法はある。


 その事実だけが二人の肩にのしかかり、その技術の危険性を理解しているがゆえに敵対できず、排除もできず、距離を詰めて友和するしかない。


 そのために知らなければならないと言うのにもかかわらず、知ることができない。


「まったく、今度孫に魔法のことを教えてもらった方がいいかもしれんな」

「私も娘に教えてもらった方がいいかもしれません」


 普段だったらこのジョークで笑い声の一つや二つこぼれるのだが、そこまでの余裕はない。


「ミスタ・タナカへのアポイントはどうなっているかな?」

「日本とアメリカを優先して対応してくれるのは確認していますが、それでも面会できる機会の絶対数と時間が少ないのが現状です。他国との調整もあり、国交を優先すると外務省の方が優先的に回されている様子。長官との面会機会も早くても年内に実現できるかどうかという話になっています」

「外務省の方にコンタクトを取って時間の融通を利かせてもらうことは?」

「すでにやっておりますが、向こうもタダでさえ少ない時間を減らすことに難色を示しているところで」

「……身内争いをしている場合ではないが、こういう時は母体が大きいことが仇となるか」

「特に軍部としては新しい技術を早急に入手すべきだと提言している始末、それに追随する形で研究部の方は……」

「検体の確保、だろ?」

「はい」


 なにせ国内で暴走因子が生まれそうになっているからだ。

 検体。


 それはすなわち異世界人の確保、もしくはその技術を使えるあの会社の人間の社員の確保ということだ。


 もし仮に確保できた場合に、その検体に待っている未来は悲惨の一言。


 人権なんてない、待っているのは研究所の一室に閉じ込められ、人生を人間のためと言う正義ですりつぶされるだけ。


 それを知っている二人の間にしばしの沈黙が訪れ。


「ふぅ、それだけは何としても阻止しろ。現状友好的な態度を取っている相手ではあるが、一歩でも間違えれば何があるかわからない。誘拐・拉致、その手の話は全面的にできる段階ではない。嘘か誠かはわからないが、魔王は核攻撃すら耐えられると言っていたぞ」


 将来的には裏でやることになるだろうと言うことは、長官自体も否定もしなければ肯定もしない。

 しかし国のためと言うのなら手段を選ばない時が出て来るであろうと言う予感はあった。

 だが、今ではないと言うのも理解している。


「加えて言えば、核攻撃に近い破壊行為を個人で行えるとも言っていましたな」


 相手は魔王、真実はわからないが人間が開発した殺戮兵器をも耐えると豪語している。

 普通なら鼻で笑えるような冗談だが、空飛ぶ戦艦、島を瞬く間に作れる技術、海を個人で割れるような魔法、嘘だと断定するほうが危険極まりない。


「それに対抗するために技術の入手したいのはわかるが、それで反感を買い、ましてや逆鱗に触れるようなことがあればと考えたら末恐ろしい話だ」


 個人が国家の脅威になり得ると言う情報。

 人間と言う個体が圧倒的に不利になるという世界観。


 田中次郎という前例がなければ恐怖するしかないと話だと長官はつくづく思った。


「救いは人間でもそれに対抗しえる可能性があると言うことか」

「はい、もし仮にミスタ・タナカが一定以上の立場ではなく、かつ実力が認められず、外交窓口でなかった場合はもっと交渉は難航していたでしょう」

「希望の星が相手方に所属する人間と言うのは何とも皮肉なことだ」

「まったくです」


 田中次郎、良くも悪くも、人間が希望を失わない道しるべになっている存在。

 彼自身の出自は、一般家庭と表向きはなっているし、過去の血筋を辿れば些か普通ではない家系になるがそれでも人生は一般的に過ごしていた。


 だからこそ、一般人でも魔法という技術があれば対抗できると言う根拠が立証されているのだ。


「それと、例の紙の検査結果ですが、米軍の兵士一万人に検査を実施したところ適合者は約二割弱となっています」


 さらにアメリカも全く魔法と言う手掛かりがないと言うわけではなかった。

 アメリカで魔王軍が活動していた際に配られたチラシ、英語表記で書かれているがそれは間違いなくMAOコーポレーションの求人チラシ。


 それを十数枚確保した米軍はそのチラシが特別な何かがある人だけが見れると言うことを見抜き、これが魔法を使える人材を見分ける道具になると判断。


 保存加工したうえで、米軍の方で人材の選定に移ったのだ。


「二割に届かぬか」

「はい、年齢性別国籍問わず、平均的な数値がこれになります」

「はぁ、いずれは選民思想が生み出されかねないな」

「心中お察しします」


 その結果が魔法は万人に使える代物ではない可能性があるというのがさらに長官の頭痛のタネになっている。


 特別な力が使える人間と使えない人間。


 この二つでは大きく異なる。

 将来的にはなるが、それで何か変な暴動でも起きるのではと思えてならない。


「後、この才能は一定で遺伝すると言う可能性があり得ると言う研究結果も」

「なに?」


 さらにその可能性に拍車をかけるような情報が出て来ては、今度は胃痛も出てくるのではと思えてくる。


 最近抜け毛も気になりつつある長官、面の皮には自信があり、下手な皮肉などストレスにすらならないと自負していても、こうも立て続けに将来が不安になるような情報ばかり出ているとさすがにストレスを感じてくる。


「才能テストをした際に、親戚、少なくとも兄弟関係であったり従兄までの血筋には才能が発見されるケースが多いです。すべてと言うわけではありませんが、少なくとも兄弟間で才能が片方だけというケースの方が少数です。そのため両親を調査したところ片方だけが才能を持っていた場合のみ片方に才能が受け継がれないという研究成果が現段階で出ています」

「どこぞの貴族が聞けば喜びそうな話だな」


 血統主義が復活するというおまけがついてきて、今度こそ大きなため息を隠さない長官。

 報告を聞けば聞くほどとんでもない内容だなと目頭を押さえる始末。


「精度の方は?」

「あくまであの紙が反応するか否かでの前提の簡易検査のため断定はできませんが、現在血液などでDNA関連で調査もしているためいずれそちらでも何らかの成果も出るかと」

「それがわかればわかるほど、我々の仕事も増えると言う予感がするのは私だけかね?」

「自分も同感であります」


 そしてついには鉄面皮も崩れて苦笑まで漏らしてしまった。


「彼女からの警告は正しく的を射ていたと言うわけか」

「ミセス・タナカですか?」

「ああ、迎合しろとは言わなかったが流れに逆らうと痛い目に合う。なら流れを利用しろと言われたよ」

「それがいかに難しいことかはわかっていたでしょうか?」

「そこに頓着する彼女じゃないさ。彼女の場合難易度の問題ではなく、どれだけ時間がかかってもやるかやらないかの二択なのさ」

「なるほど」


 そしてここまでの推移で長官の知人である女性の予言染みた言葉が悉く的中しているのに最早呆れを通り越して賞賛すらしてしまう。


「さて、我々もやるかやらないかの二択をするときが来たと言うわけだが、どちらの選択をするかはわかっているね」

「はい、国のため骨身を削って準ずる覚悟であります」

「よろしい、ただ、クリスマスと娘の誕生日くらいは体を休めなさい」

「お心遣い感謝します!!」


 そして、その言葉のおかげで改めて覚悟を抱く長官である。


 Another side End



 今日の一言

 悩めるだけまだマシであると思える時がある。








毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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