58 OKまずは一服だ
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「勇者が召喚された? 確かなのか?」
「可能性の段階ですが、まず間違いないでしょう」
「となると……あの魔力の爆発みたいな感触は召喚魔法の影響なのか?」
「はい」
「まだ裏をとっている段階だが、あれは攻撃系統の魔法の魔力じゃねぇ、探知した規模も異常だ。あれじゃ対象が多すぎてドラゴンだって見つけられねぇ。回復魔法を広範囲に展開するにしてもそんな規模の災害があれば噂の一つや二つは入ってくる。それがないってことは残った可能性は一つだ。別の世界から強制的に召喚したとなれば魔力の波だけで他に被害らしい被害が出ないのも納得できる。仮にあの規模の魔力波が起きるほどの攻撃魔法を展開すれば、どんなに離れても煙くらいは見える。隠蔽はまず不可能だ」
「断定するには、まだ早い気がするが……状況証拠は揃っているということか。となると気になるのは」
理解は追いついてはいないが、バースの説明は納得はできる。
となると次に気になるのは、何故召喚が起きたかということだ。
事象には起因すべき原因がある。
いや、この場合は理由か。
うちの社長が動き出した?
勇者が召喚されたと聞くと真っ先に思いつくのはそれだが、こっちに何も連絡は来ていない。
単純に俺だけ聞かされていないだけかもしれない。
「社長が動いたのかメモリア」
「いえ、それはないです。連絡もありません。そして期間も準備も不足している現段階で動く状況が推測できません」
「俺たちに連絡もないってのも解せねぇよ」
「バース」
メモリアは可能性的に低いと言い、バースは段取りを無視して動くことはありえないと言う。
こちらにくる前の会社の状況ではダンジョンの準備はできていなかった。
稼働はできるといった状況で万全を期すために集めたテスターを無意味の産物にするような行動をあの社長が取るか?
ありえないとは言えないが可能性は低いと断言できる。
気づけばこの場は憶測の飛び交う場となっている。
近場同士で何故召喚が行われたか、それともこの魔力は別のものかと話し合う。
その中で自然と俺、メモリア、バースの三人組で話し続ける。
「情報がもう少し欲しいところだが、ないものねだりだよな」
「いきなりのことですから、こちらでは情報を集めるのにも時間がかかります」
「向こうなら電話で一発なんだがな」
「こっちにも通信珠ってもんがあるが、数が限られているからな……」
情報のやり取りの格差はやはりあるか。
移動手段だけでも差があるというのに、通信手段という条件でいけばさらに差が出てくるのは当たり前か。
待つしかないというのもじれったい。
電話が使えればこっちから連絡を入れるのだが、電波塔のないこっちではスマホなど高機能なカメラでしかなくなってしまう。
いや、使う用途は多いが、壊れやすいから持ってきていないが。
「会社と連絡は取れないのか?」
「そっちと連絡はとっているが、緊急時以外は正規のルートを取るしかねぇ。時間がかかる」
「勇者召喚は緊急事態じゃないのか?」
「場合によります。現在魔王軍はこの地にいないことになっています。その情報をあちらに与えるほど価値のある情報か、判断に困るところです」
「仮にガセだった場合を考えるとな、急ぐが慎重にならないといけないんだよ」
「そうだな」
まだ完全に勇者が召喚されたという情報が入ったわけではない。
うかつな行動はバースたちも取れないだろう。
八方塞がり、指示待ち。
そんな言葉が頭によぎり、頭が空回りしイライラし始めている自分に気づくと自然にタバコに手が伸びる。
「お、いいの持ってるじゃねぇか」
「吸うか?」
「悪いな」
それを目ざとく、いや堂々と吸おうとしている時点で見つかるのは必然か。
数に限りはあるが、一人で吸うのも味気ないと思って一本差し出す。
それを遠慮なしに持っていかれる。
こっちはライターで向こうは魔法で、それぞれ火元は違えど仕草は一緒だ。
煙は当然メモリアには向かないようにする。
「やっぱ向こうのタバコはうめぇな」
「吸えるのかこっちで?」
「コネがあんだよ、数が少ないからたまの贅沢品ってやつだよ」
「そうかい、なくなったらその贅沢品にたかるとしよう」
藪蛇だったと嘆くバースの冗談を流しながら、タバコを吸い落ち着いた思考の中で情報を組み直す。
今やれることといえばそれくらいだ。
前提条件に狂いはないかという問答はこの際弾く。
勇者を召喚するための条件、それが魔王軍に関係しないなら、どこか他にあるはずだ。
魔王軍ではなく、こっちの世界だけで帰結するなんらかの要因が。根拠なんてない、強いて言えば勘だ。
雰囲気的な何かで勇者の天敵といえば魔王ではあるが、今回は別の要因が絡んできている気がする。
あるはずだ。
「ったく、最近ろくなことがない。麦の値段は上がるわ、異端審問官の噂は流れるわ。おかげで売上は下がる。やってられねぇって」
「あったな」
「あ? 何があるってんだ? 俺の店の売上か?」
「うちの社長と関係なく勇者が召喚される理由だよ」
「なんだと?」
バースの言葉で俺の中で何かがつながり、推測の域は出ないがあることが思い浮かぶ。
世界を救ってください勇者様と助けに応えるだけが勇者の役割ではない。
勇者が相手をするのは魔王が定石だが、絶対ではない。
勇者が戦うのは悪、もっと言えば自陣営から見ての悪だ。
「予想が正しければ、召喚された勇者とやらはいい状況で召喚されたとは言えなくなってきたぞ」
「おい、勝手に一人で納得していないで説明しろ」
「予想だがあいつらは――」
「バースさん!! あいつらやりやがった!!」
「なんだって言うんだ次から次へと!! なんだ!? 次は神様でも降りてきたか!!」
俺が行き着いた予想を言う前に店の扉が乱暴に開かれる。
成人した男が一人肩で息を切らせながらそれでもなお勢いは衰えず叫ぶようにバースに伝える。
次から次へと計画されたかのように変わる状況にバースもいい加減にしろと叫びたくなる勢いのままその男に答える。
「勇者が召喚されたんだよ!!」
「なんだよ、予想通りじゃねぇか何をそんなに」
「違うんだ!! ただ召喚したんじゃねぇ!! あいつら霊峰の魔力を使って勇者を何人も呼び寄せたんだ!!」
「なんだと? おい!! 霊峰って霊峰アルシュか!?」
霊峰アルシュ?
勇者が召喚されたことは予想通りのようだが、会話から察するに大量に勇者を召喚するよりもその方法がまずいようだ。
「メモリア、霊峰アルシュに何があるんだ?」
「……封印です」
「……お約束な」
何のと聞きたくはない。
メモリアの顔がいつもよりも白く見える。
どうやら人間というのは過ちを繰り返さないと気がすまない生き物らしいな。
「何が封印されているんだ? あれか? 邪神か何か?」
ここまで来て何も聞かないという選択肢は取れない。
メモリアやバースたちがここまで問題視する状況で耳を塞いでいては俺の身が危険だ。
こうなったらなんでもこいやと言いたくなるくらいに自棄気味に聞く。
さぁ、凶悪な魔獣でもダンジョンでも驚きはしないぞ。
「思念体となった初代魔王様です」
「おい、なんて言うものの封印解いたんだよ。しっかり保存しておけよ」
驚きを通り越して、ついツッコミを入れてしまう。
その封印は、どちらかと言えば魔王軍が解くものではないのか?
なんでわざわざ魔王の敵である勇者側の陣営が解くんだよ。
たしか、五千年前くらいの代物だよな?
思念体って意識というか知性が残っているのか?
仮に残っていてもまともなわけがない。
そこから導かれるのは……
「……ヤバイのか?」
「……ヤバイです」
「どれくらい?」
「……わかりません。ですが、少なくとも初代様の思念体が残っているなら」
「残っていたら?」
「人間を滅すことが現実的な数値で可能になります」
「馬鹿だろ、勇者召喚した奴ら馬鹿だろ。何を思ってそんな大事な封印を維持していたエネルギー使って召喚しているんだよ」
大事なことなので二回言ったが、冗談にも洒落にもなっていない。
何を思ってそんな危険な存在の封印を解いたんだ?
おかげでこの世界の人類滅亡の危機だよ。
うちの社長が手を下す前にこの世界が滅びるよ。
「……でも、勇者がいるんだろ? そこまで危険じゃないはずだろ?」
まぁ、おそらく召喚した奴らも勇者がいるから大丈夫だと思って解いたんだろうが、危険には変わりない。
幸か不幸か、勇者の数は足りているようだが
「言いづらいのですが、伝え聞く話では初代魔王様は和平を望んで行動を起こしていた中で人間の罠で奥方を殺され子供も亡くし封印されていたはずなので、理性的な判断は期待しない方がよろしいかと。加えてレベル一の勇者が百人いても鍛え上げられた魔王様に勝てるのでしょうか?」
「無理だな……よし、帰るぞメモリア」
「そうしてぇのは山々だが、そうはいかないようだぜ?」
たとえ、将来大鷲になる雛鳥が数が多くいても成熟した狼に勝てる訳もなく。
それも理性的に狩る狼ではなく復讐に駆られて行動する魔王に遊び心や慈悲など期待するだけ無駄だ。
当然蹂躙される未来が待っている。
周辺をことごとく巻き込む災厄のような魔王ではなく、災厄としか呼べない魔王をこの世界の住民は解き放ってしまった。
何自分で終末のスイッチ押しているんだよ。
こんな状況で出張が続けられるわけもなく、早々に帰ることを提案するが、答えたのはメモリアではなくバースだった。
「追加の情報だ。なんであいつらが霊峰の魔力を使ってまで勇者を召喚したかわかったぞ」
「なんだと?」
ヒラヒラと一枚の紙を揺らし俺に見せてくる。
バースからその紙を受け取ったメモリアの脇から覗き込むように中身を見る。
「……」
「……」
黙読すること数秒、俺は黙ってタバコを取り出し、メモリアはやれやれと頭痛をこらえるように首を振る。
「オチがひでぇ」
「人間の考えることはよくわかりません」
煙を吐き出した俺と頭痛が収まったメモリアが同時にこの紙の内容を読んだ感想を漏らす。
「数千年前の魔王の遺体を元にした悪しきゴーレムを作った帝国を倒すためにエクレール王国と神権国家トライスは同盟を結び勇者を召喚した。だからみんな協力して戦おうってか?」
俺たちが読んだ代物は有り体に言えば檄文だ。
文章内容はもっと小難しい文章で書かれているが、ざっと纏めるとこんな感じになる。
率直に言おう。
三文芝居も甚だしい。
向こうが悪いのでこっちは正義ですって感覚が見え隠れしすぎている。
そもそも魔王の遺体が何代目かは知らないが、初代様にしろその魔王様にしろこんなヒョイヒョイ利用できる代物なのか。
同盟側は、初代様の思念体をどうするか解決方法を提示していない。
帝国は、本当にそんなゴーレムを所持しているのかという疑問もある。
見通しが甘い点が非常によく目立つ。
同盟にとっては、帝国が完全に危険な代物を作り上げて攻め込んでくるという勧善懲悪物語をでっち上げたつもりなんだろうが……
「どうしてだろうな、勇者の物語よりも先に怪獣大決戦な映画の方が想像しやすい」
タイトルは初代魔王(幽霊)VS魔王ゴーレムだろうか。
同盟を滅ぼした初代魔王が次に目指すのは、同じく魔王の力を持った魔王の肉体を使ったゴーレムを持つ帝国、焼かれる村、逃げまとう人々、イスアルの明日は如何に!?
自分で考えておいてなんだが、B級映画臭が半端ない内容だな。
あと、魔王が出ているのに勇者が噛ませ犬になっている。
「こんな計画が動いている最中に巻き込まれそうな俺もだが、召喚された勇者たちには同情するぞ」
「同情しているようで悪いが、お前たちの帰り道はその同情している勇者の召喚の余波で当分使えなくなったぞ」
「……」
「世界を超える勇者を召喚すればそうなるでしょうね」
「もともと異世界転移っていうのは細心の注意が必要だからな、こんな無理やりな召喚をすれば余波で道が崩れる。目的地の情報が無くならないだけマシってもんだよ」
「ド畜生が!!」
とんだとばっちりだ。
やるなら迷惑のかからない方法でやれってんだ。
「おまけに戦争が始まるってことで、皆が皆この街から退去し始めてる」
「まさか」
「ここは四カ国に囲まれた街だぜ? そこで戦争なんて起きてみろ。我先にと拠点確保のために軍を向けるだろうさ。そして戦争に巻き込まれるってわかってるのに、この場所にいるバカはいない。ここの拠点は放棄だろうよ」
本当にとばっちりだな、来て早々この街から移動しないといけないのかよ。
本当にタイミングの悪い時に来たなと同情するように肩をバースに叩かれる。
同情するなら平和をくれと俺は言いたい。
「どうするメモリア」
「道が回復するまで最低一月はかかりますが、すぐに帰還できる段取りをその一月で準備します」
「そうするしかないか」
こんな状況だ。
さすがに出張を中断しても処罰はないだろう。
自然と俺たちの今後の行動は帰還を第一になる。
「ここから帰ることはできるのか?」
「できませんね、地脈の流れる拠点に向かわないといけません」
「当初の予定した場所か?」
「それが使えれば一番ですね」
「使えない可能性があるのか……」
こっちに来てから災難続きだ。
日本に帰ったら絶対にお払いに行くと心に誓う。
「うだうだ考えても仕方ねぇだろ。情報は集めてやるからとりあえず今日のところは休んだらどうだ?」
「だが」
「行きましょう次郎さん、今は休むべきです」
「……ああ」
目的が決まったからといってすぐに動けるわけではない。
旅の支度や情報を集めなければ異常になりかかっているこの世界を渡り歩くことはできない。
今は旅の疲れを癒した方がいいというバースの指示には従うのを渋りそうになるが、メモリアはもう少し何かできるのではと考えた俺を止めるように俺の手を取り部屋に戻るように先導する。
背後で集まっていたメンバーに指示を飛ばすバースの声を聞きながら俺たちはその場をあとにする。
「災難でしたね」
「こんなものに当たるくらいなら宝くじに当たってほしかったよ」
割り振られた部屋に戻り、迷うことなく寝室に向かいベッドに寝転がった俺の頭近くに座ったメモリアが慰めの言葉を口にするが、俺は冗談で返してしまう。
どこかで聞いたことがあるが、ハイジャックに会う確率は宝くじの一等に当たる確率よりも低いそうだ。
なら、こんな異世界で戦争に巻き込まれそうになっている確率はいったいどれくらいなのだろうかと思う。
「不安ですか?」
「ああ、どうして考えないようにしてたことを……スマン、お前に当たっても仕方ない」
冗談で紛らわせようとしていた俺の心を読み躊躇もなく踏み込んできたメモリアに当たりそうになったが、ここに来ることを上司の命令とは言え了承したのは己だし、危険だとも聞かされている。
苛立ったセリフを半分で食い止めたあとに出てきたのは後悔の念だった。
恋人に当たるなんてカッコ悪いと思いながらも、メモリアに指摘された通り俺は不安なんだ。
次から次へとくるトラブル、終いには戦争ときた。
帰り道は封鎖されて、無事帰れるという保証など誰もしてくれない。
「気にしていませんよ」
「……そうか、ありがとう」
「はい」
謝るのではなく感謝が出てきたことに彼女の笑みは安堵の色を見せた。
どうやらメモリアには心配をかけていたようだ。
そして俺が何か行動をしようとした理由は、その不安を紛らわせるためだったが、もしかしたらバースにもその不安が見抜かれていたのかもしれない。
危なっかしいと思えるやつを落ち着かせるために休ませようとしてくれたのかもしれない。
全く……らしくない。
「やれることをやるしかないか」
冷静になればやるべきことは見えてくる。
一旦頭を切り替えたのは正解だった。
「ではまず最初に、私との約束を履行してください」
「お前、このタイミングで言うか?」
仮にも緊急時だろうに……
「このタイミングを逃しましたら、しばらく無理そうなので、それとも」
ダメですかと上から覗き込むように不安な表情を見せられたら男の俺はどうしようもない。
黙って俺の腕の中に彼女を閉じ込める。
あいつらもこういった意味で休めと言ったわけではないだろうが拡大解釈だ。
これから忙しくなるだろうとわかっているなら、英気を養うという選択肢も有りだろう。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
「さてと、まずはやるべきことの確認かね?」
今回は以上となります。
次回からシリアス度合いを増して行きたいと思います。
これからも本作をよろしくお願いします。




