605 世界が変わっている最中で
Another side
さて、世界では〝異世界〟なんてフィクション染みたワードが横行し始めている昨今。
もしとか仮にとか、IFなんて可能性を考えさせる言葉すらすっ飛ばして突如として異世界が実在しますと明言されて、証明されてしまった世界への影響と言うのはどう言うことになるか。
答え。
混乱する。
「カカカカカ!いやぁ、あのバカ息子も大したものだよ!今じゃ世界一有名な人間になってやんの」
ここは南国の孤島。
そこで借りている一軒家で、こんな辺境でどうやって入手したかはわからないけど、某リンゴ製の最新のスマホをいじりながら高笑いをする女性が一人いた。
「いや……霧香さん?大したものって言うには些か以上大事になりすぎている気がするんだけど。父親として息子を説教しに行った方がいいのかな?」
そのスマホの画面には、ネットニュースの記事が映し出されていて、その内容を呼んでウッドデッキに出しているビーチチェアに横になりながら笑っている女性。
田中次郎の実母こと田中霧香は、三十になった男を産んだとは思えないほどのプロポーションと肌の質を見せつけるようなキワドイ水着を着ていた。
実の息子が見たら勘弁してくれと言うだろう光景の隣には、こっちは歳相応に老けた男性、田中次郎の実父の田中伊知郎がアロハシャツを着て、同じようにパソコンでニュースを見て大事になりすぎたことになっていることにオロオロと不安になっている。
「なぁに、気にすることはないよ。孝行息子のおかげで、株もFXでも大儲けさせてもらったんだ」
しかし、世界情勢がかなり荒れていることを良いことに儲けた霧香は世界の大事を小事と言い切り、側にあった机に置いてあった飲み物に手を伸ばしそれを飲む。
何故南国に夏の駄菓子屋とかに置いてあるラムネがあると伊知郎は突っ込みそうになったが、日々、妻と一緒にいると妻だからという理由で納得できてしまう。
だから、彼女が言うなら問題はないのだろうと不安が一気に消え去るのがよくわかる。
「むしろ私たちは別のことを気にしないとダメだよ」
「別のこと?最近増えている追っ手のことかなぁ。二週間前に見たのはアメリカの特殊部隊だってケインさんから教えてもらったけど、今度はロシア辺りが来るかなぁ」
「そんなことはどうでもいいよ」
「どうでもいいって、言えるの霧香さんくらいだよ」
そんな女性が言う別の問題とは何かと伊知郎は考えて、心当たりがあるのは二週間前に襲撃してきた特殊部隊のことかなと思ったがそれも違うようだ。
グラスをテーブルに戻して、サングラスを付けた霧香はニマリとあくどい笑みを浮かべる。
それを見て、あ、またよからぬことを考えていると伊知郎は察した。
「私の勘だけど、孫がもう一人くらい生まれてくるだろうね。それを報告しないバカ息子への悪戯だよ」
「いやぁ、常時通信手段を変えてるからあの子でも無理じゃない?」
「定期的に実家に顔出してれば連絡先の宛くらい見つけられるようにはしてるんだよ」
「霧香さんの基準は高いからね。どうやったらあんな方法を見つけるのか僕にはわからないな」
「まだまだ修行が足りない証拠だよ」
またとんでもないことを言い出したと普通の人なら言いかねない霧香の言動も、伊知郎からしたら慣れたもの。
誰の子かなと思いつつも。
「じゃぁ、遊びに行くのかい?」
「ああ、生まれた孫の顔もまだ見てないし、新しい孫のことも聞きにいかないといけないしね」
「けど、次郎も大変だろう?どうやって会いに行くんだい?」
伊知郎は彼女の行動を止めない。
彼の趣味であり、彼の職業である風景撮影で護衛兼ガイド兼通訳である彼女の行きたい場所に行けば自分も見たことない景色を見ることができることを知っているからだ。
「そうだねぇ、普通に入り込んでもいいんだけど」
「流石にそれは止めようね」
そして行きたい場所に行くときに合法非合法と手段を問わないことも知っている。
「霧江に頼むのは面倒ごとを頼まれるね」
「ああ、霧江さんか。元気にしてるかな。最後にあったのは五年くらい前かな?」
とりあえず息子の会社に非合法の方法で侵入することだけは情勢的に避けた方がいいと判断した伊知郎はやんわりと止めに入る。
これで本気だったら止まらない霧香なのだが、幸いにして本気じゃなかったようで別の手段を模索し始める。
その際に色々と苦労を掛けているだろう親戚の名前が出て懐かしむ伊知郎だったけど。
「よし、どうせなら次郎の作った島とやらで待ってみるか」
「ちょっと待とうか」
聞いちゃいけない言葉を聞いて割とガチトーンで伊知郎は妻の行動を制止する。
「なに?何か問題がある?」
「君の問題は、ことが達成できるかどうかと、迷惑をかけていい相手かどうかという基準で成り立っていると言うのはわかっている。世間一般的な常識の問題ではないと言うのも重々承知だ」
手を突き出して、ストップをかけるような仕草を見せる伊知郎の行動に文句でもあるのかとサングラスをずらして睨む霧香。
その眼力は常人ならすくみ上るほどの迫力があるのだが、もうすでに何十年と夫婦生活を送っている伊知郎からすれば、単純に不満があるだけというのがわかるので恐怖は感じない。
「そして君の行動力と、コネクションと力があれば達成できてしまうのも重々承知している。君のことだ、監視の目を潜り抜けて次郎たちの能力もすり抜けてあの無人島に地下シェルターくらいは作ってそこで一か月くらいは余裕で過ごしそうだ」
「おお!流石私の旦那。よく理解しているじゃないか。ついでに言うと、そこで都市伝説的な物でも作ってやろかなとも思っている」
そして彼女の行動力的に伊知郎が言っても止まらないと言うのも承知済み。
さらに言えば伊知郎にも想像できないようなことをこの妻はやってくれると確信すらしていた。
「ちなみに、息子に迷惑をかけるっていう親心は」
「あるが、それがどうした?どっちにしろ私たちに迷惑をかけたんだ。それくらいの面倒は見るだろうさ。それに私もそろそろ逃亡生活も限界になりつつあるからな、さっさと息子に保護してもらった方が安泰だろ」
都市伝説って作れるのかなと思うよりも先に、サンタクロース的な都市伝説ならいいなと思いつつ、しかし妻はなまはげのような都市伝説を作るだろうと伊知郎には想像できた。
「次郎……無力な父さんを許してくれ」
それを止めることはできない。
なにせ、そっと過激な水着姿のままお腹をさする霧香の姿を見た伊知郎はそっと空を見上げ数カ月前に盛り上がったことを思い出して、これ以上の逃亡はお腹の子の命にかかわるとわかったからだ。
だったら素直に連絡を寄越して助けを求めろと思われるかもしれないが、実情、霧香と伊知郎の立場は非常に危うい状況になっている。
世界の大国が特殊部隊を送ってくるほど田中次郎の両親と言う価値は高い。
人質としての価値ももちろんだが、将来的に血筋としての価値も高まる。
故に表裏問わず様々な手段で捕縛を試みているのだが、霧香の方が一枚も二枚も上手でここまで逃亡してきた。
持つべきものはコネクションと言うべきことで、弱みに付け込んだり、人情につけこんだり、あるいはハリウッド映画張りの特殊メイクと潜入技術を駆使したりと霧香は全力で世界中から逃げ回っていた。
写真を撮るという才能以外ほぼ無能と言っても過言ではない足手まといである伊知郎を連れてそれを成した彼女の能力は半端ない。
「とりあえず、運び屋に連絡を取ってアジア経由と見せかけて実は的なダミー情報を四十七通りほど流しておいた」
「あいも変わらずのお手並みだね。じゃぁ、本命は?」
「知り合いに中古の潜水艦持ってるやつがいるから、それを使ってとりあえず台湾近海まで行って、途中で水上飛行機に乗り換えて、あとは新月の夜に紛れてあの島に上陸して次郎の迎えを待つかな」
「素直に会社に向かった方がいいと思うんだけどな」
「それじゃぁつまらない」
そんな彼女が、息子に頼ると言う状況になっても素直に頼らないと言うのが彼女らしいと伊知郎は笑いつつ。
「そう言えば、彼らからの相談ってどうしたの?」
この南の島ともあと数日でおさらばかと思いつつ、ふと、この無人島の孤島を提供して匿ってくれた知人の相談は解決したのだろうかと伊知郎は霧香に聞いた。
「ああ、息子みたいな馬鹿力に対応する方法ってやつかい?」
「そうそう、いつの間にかうちの息子はスーパーマンみたいな存在になっちゃったけど、それに勝てるのかって聞かれてたよね」
この島に匿ってくれた際に、常人離れた身体能力を持つ霧香に、この島の持ち主は問うた。
自分の息子に勝てる手段はあるかと。
「手段問わずならいくらでもあるよって答えておいたよ」
「いいのかい?」
そんな問いかけに対して、非合法的な非人道的な行為を含めれば勝てると断言した霧香。
やるやらないは問わず、手段としては存在することをほのめかした妻に、伊知郎は困り顔で確認する。
「なに、あいつはいたって真面目な軍人さ。手段を選ばなければ勝てる可能性があるって言うのははなっからわかっていたよ。アイツが聞きたいのは、まともな手段じゃ勝てないって言われることだよ」
しかし、霧香にとってその答えは、世間で騒がせる異世界人に対して真正面からやり合うのは愚策だと釘を刺すためだけの言葉だ。
わざわざ大国の現役将校が自国の軍から匿うほどの危険を冒してまで確認したかった事項。
それは異世界との付き合い方だ。
異世界の陣営は力を見せつけた。
故に今後のパワーバランスの変化が予測がつかないモノになった。
個人が戦略兵器になり得るような技術、それを間近に見て、危機意識を持たないわけがない。
だがその危機意識が先走って、危険な行動をとってはならないのだ。
しかし、出来るだけ早く対処手段を講じないといけない。
その板挟みになっていた一人の将校が頼ったのが霧香だ。
そして彼女は匿ってくれた礼に、一つのアドバイスを送っただけに過ぎない。
「お偉いさんって大変だね」
「馬鹿言ってんじゃないよ伊知郎。最後に挨拶に来たあいつの顔見ただろ?これから大変だって時にどんな顔してたよ」
「すっごくワクワクしたように笑ってたよ」
そのアドバイスがどんな結果を導き出すか、それは神くらいにしかわからないけど、少なくとも一つの大国はこれで異世界に対して完全に友和政策に舵を切ることになる。
それがこの地球での魔法文明の浸透に大いに役立つきっかけになる。
しかし、それを成した一人の女性は。
「あーあ、本当だったら私もこのお祭り騒ぎに参加したかったんだけどな」
この騒動に参加できないことに対して不満を漏らしていた。
「いやぁ、それはあの時いい感じにお酒が入ってしまったことが問題でして」
その原因となったのは、まだ霧江くらいしか逃亡する必要がある相手がいなかった時期に、妙に酒が美味しくなり、そして大金が舞い込み、調子に乗って高いホテルまで取って雰囲気も出来上がってしまった故に起きた偶然。
伊知郎自身も、まさかこの歳になってと思わなくはないが、このいつまでも若々しい妻相手に盛り上がってしまい。
歳の差三十という妹か弟かを育んでしまった。
「まぁ、次郎の驚く顔が見れるだけで良しとするかね」
そしてこの霧香の言葉は本当に顎が外れるくらいに驚く次郎の顔が見れることで成就するのであった。
Another side End
今日の一言
世界が変わっても、マイペースな人はいる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!