601 知っていても驚くことはある
社長のあいさつというか、これからこの海に島を作りますよという言葉を儀礼的に変えた演説を聞きつつ、俺は巨大なオブジェクトを抱えながら甲板に待機。
海の風を浴び波も受けながらも、まったく揺れない船の上で、唯々立っている。
『すなわちこの魔道具の効果によって、環境への影響は皆無に等しい』
社長が説明しているのは、事前に政府に通達していたこの魔道具、〝アースメイカー〟の内容だ。
この魔道具の情報を知らない参加者はいないが、こうやって堂々と説明することによって政府にそれを止めなかったと言うことで同意をしたと言う暗黙の了承を得たと言う実績を作るためにこんなわざとらしい演説を行っている。
俺たち魔王軍からすれば、こういう過程こそ重要になって来る。
しかし、事前に説明していても島を作り出す、メガフロートのように人工物のようなものを作るならまだしも、自然現象で島を作り出すなんて、常識的に考えればまず不可能だと考える人が大半。
疑っている国もまだあるし、社長や樹王の姿がコスプレだと思っている輩もいなくはない。
そういう国は裏に魔法的組織がない国だったりする。
最盛期の時代と比べて、地球の魔法的組織は裏に潜り込み表舞台には姿を現さずその血統や技術を受け継いできた。
故にその過程で、滅びた組織も少なくはない。
そういった地盤がない国は、オカルトだのまやかしだの、事前知識が乏しい国になってしまう。
逆を返せば、そういった知識の地盤がある国は、可能性的にありえると思ってしまうと言うことでもある。
信じることは難しいが、可能性はあると思っているのがこの場にいる者の大半を占める。
ここから先が本番、万が一にでも島の作成が失敗したら国同士の信頼関係というものにひびを入れることになる。
だからこそ、さっきから頭の中で何度も魔力を流し込むイメージを作り、魔力も循環させて純度を保っている。
「ふぅ」
重要な役割の時はいつもこうだ。
緊張していると恐怖する自分と、それを冷静に観察する自分。
自分が二人いるような感覚に陥って、少し変な気分になる。
教官との戦いのときもそうだった。
あの時の自分は三人いた。
戦闘に恐怖する自分、戦闘を楽しむ自分、その二人を監視する自分。
この最後の自分がいる間は冷静に行動を起こすことができる。
大丈夫だと言い聞かせる必要はない、こうやって深呼吸を一つするだけで、問題なく力みが取れて体を動かすことも頭を働かせることもできる。
すなわち失敗するとしたらその過程を誤認識している時だけ。
その過程も何度もシミュレートして確認してきた。
問題は、ない。
『次郎君、そろそろ時間よ』
「ああ」
スケジュールの運営を管理しているケイリィからの念話。
社長の演説は時間の管理が徹底されているから、寸分の狂いもなく終わる。
話の速度、内容の量、質、どれもが計算されている。
すなわち、予定通りにこれから魔道具を使用すると言うことになる。
『さて!では長々と説明を聞いてもらったが、ここからが本番だ。各艦の安全距離は十分に稼いだ。あとは結果をご覧あれ』
そう社長が宣言したタイミングで、俺はこの魔道具に魔力を流し込む。
さて、ここで一つ問題が、島を作るような魔力を個人単体で保有できるかという話だ。
結論だけ先に言えば、出来なくはないと言う話に落ち着く。
もちろん一般的な魔力な保有量じゃ一割以下にも満たないような魔力量しか注げない。
それを補うために本来魔道具には魔石を装着し、それを使うことによって本来の機能を作動させるようにしている。
魔石という存在は、その性質上魔力を内包するようにできている。
故に大半の魔道具は魔石をバッテリーのような役割にして、術式に魔力を流し込むように作られている。
だが、今回の魔道具は少し環境上特殊な故に、そういった役割が十全に担えない。
なにせここは魔素がない世界、魔石自体に術式を刻印し、そのまま魔力を放出して術式を起動させても、魔力放出と術式発動に余分な魔素の消費が加わって、従来の計算では三割にも満たない成果に収まってしまう。
であればこちらが求める水準に上げるにはどうすればいいか。
単純に、魔力を注いでその負担を補ってやればいい。
俺がやるのはそのバッテリーの補充係というわけだ。
「術式接続完了、ケイリィ、ムイルさん行くぞ」
『了解、いつでもいいわよ』
『今日この日のために貯めこんだ魔力存分に使うがよい』
拡散する魔力は、純度を保つことによってその濃度、いやこの場合は粘度と言えばいいのだろうか。
霧散しないように、魔素同士の結束力を高めて、魔道具に注げる魔力の効率を上げる。
規定魔力に近づけば近づくほど。
円錐に魔力が溜まり込み、そのケースから光があふれ出す。
空気が揺れる。
今でも大魔法十発分の魔力は注ぎ込んでいる。
魔力量的にはまだ余裕があるけど、ここからもう一段階、さらに魔力を覆うようにコーティングをすることで、霧散しにくい魔力で覆われる。
魔力放出を最小限にして深海まで潜り込むことのできる魔力を覆うことができる加工を施すと、そこには煌めく宝石のような輝きを放つ魔道具の姿が生まれる。
「ふぅ」
準備は出来た。
後はこれを海に投げ込む。
すっ、腰を落として一気に跳躍する。
光り輝く物体を抱えているのだから俺を見失うことなんてないだろう、重量的に重く見える物体を抱えた状態で百メートルを超える跳躍。
トゥファリスから離れたことによって息苦しさを感じる。
魔力が体から抜ける。
脱力感と浮遊感が絶妙な気持ち悪さを醸し出す。
今すぐ辞めたいという弱さを、即座に振り払って。
目を見開き、ビーコンの魔力を感じ取って、その地点にめがけて。
「ハァッ!!」
一息で投げ入れる。
魔力で強化された俺の投擲は一気に音速の壁を突破して、その巨大な魔道具を海面に叩き込む。
本来であればこんな力任せに投げ入れるのは非効率だ。
音速を超えた速度で水面にぶつかるとアスファルトと同等以上の強度で海面にぶつかることになる。
そうなれば魔道具が破損する可能性も出てくる。
普通なら、ゆっくりと海面に落としてそのまま重量と沈み込むための推進力に任せて海底を目指すのが普通。
だけど、それは時間がかかり魔素を余計に消費してしまう。
なので今回は速度重視だ。
そのために多額の資金をかけて魔道具はキオ教官の攻撃を数発といえど耐えるような強度を持たせ、円錐状に加工した容器には、俺の注ぎ込んだ魔力によって螺旋のように回転し、水を掘り進むように海底を目指すように設計されている。
そのおかげで海を掘り進むという力任せな手段で猛スピードで海の中に沈み込む魔道具。
「ケイリィ」
『はいはい、大丈夫こっちで観測できてるわ』
魔力探知で海中にどんどん沈んでいくのがわかるけど、海底までの距離感がわからない俺は静寂な海をじっと見つめるしかない。
船内にいる政府要人も、ずっと見守る各艦の乗組員もこれで終わりだと思っていない。
なにせ社長の説明では、五分後には変化がみられると言う話なのだから。
『あと三十秒で海底に着くわ。魔力減衰率は……すごいわね推測数値よりも減衰率が三割も少ない』
しかもここでいい意味で予想外なことが起きる。
『予定速度を順調に維持、深度達成率三十パーセント』
ケイリィの報告で予想以上に魔力消費が少ないことが判明した。
強度面は教官の耐久テストを突破した折り紙付き、水圧にも耐え、速度も維持して順調に進む。
ここまで一分とかかっていない。
『深度達成率五十パーセントを達成、機材にトラブルはなし、魔力反応正常』
二分、いや、もうすぐ三分といったところか。
潜れば潜るほど水圧がかかる。
その分魔道具への負担がかかり、速度もわずかに減速したがそれでも予定通りの範疇。
『深度達成率九十パーセント、異常なし』
そしてついに。
『着底まで、残り十秒……五、四、三、二、一』
嬉しい誤算を携えて、ドンドン沈んでいく魔道具は目標の海底に到達しようとしている。
海底までカウントダウンが、始まり、その放送がこの海域にいる船に聞こえて、船内も静けさが覆う。
『着底』
そしてケイリィがその報告をした途端。
海面に巨大な魔法陣が映し出された。
その範囲は正しく、建造予定の島の大きさ。
『アースメイカー起動を確認』
そしてその直後一瞬で、水柱が生み出された。
その水の質量は、直径二十キロほどの島の直下にある水量。
本来であれば、打ち上げられることによって大津波が発生し、ぽっかりと空いた穴に吸い込まれる引き波も発生させる。
だけどそれは一切合切反応しない。
なにせ水柱で作られた水は瞬く間に上空で固定され、巨大な水球に。
開いた水の穴は、まるでそこは固定されたコンクリートのように不動で形を維持している。
船内からどよめく気配を感じる。やっぱり知っていてもこんな非現実的な光景は驚くよなと感心しつつ、俺は特等席の甲板で島ができる瞬間を眺める。
次に響くのは大きな地鳴りの音。
音源的な量で感じるのなら間違いなく大地震が起きていても不思議じゃない量の音。
だけど穴の周囲は一切波が荒れていない。
すなわち、この海底で起きている変動では地震が一切外へ影響を及ぼしていないと言うこと。
ちなみにだが、このアースメイカーで作り上げた海面の大穴、島のサイズのように見えているが、実際海底では山ができているため真っすぐ円柱のようにくりぬかれているわけじゃない。
どちらかといえばプリンのようにくりぬかれている。
すなわち、今海の中で見えない場所には山が出来上がろうとしているのだ。
それもとてつもない速度で。
ちなみにだが、アースメイカーが島を作り出す原理は火山活動による噴火したものがどんどん上に重なっていく現象に近い。
違いは、噴火という過程ではなく、シンプルに土魔法で硬い地層をどんどん造り上げているのだ。
故に地震も起きず、普通の島と何ら変わりない安全な地盤が出来上がると言うわけだ。
ちなみにだけど、島を造り上げる際に、地下水源を作ったり、地盤を固めたりと様々な構造も盛り込めると言う融通も利くので、希少性と金銭面というネックを解消できれば理想の環境を作るにはうってつけの魔道具である。
「出てきたか」
そして、投擲してからわずか十五分という短時間で、その島の頭が姿を現す。
大自然が、数千、数万と年月を隔てないと作り上げることができない島を、今この時生み出した奇跡が目の前に現れたのだ。
魔道具の魔力量も、予想よりも余力を残している。
これならと、ドンドン島の高さを確保し始める。
広さは政府からの対談で決められているが、高さに関してはある程度の自由が許可されている。
ダンジョンを設置すれば、島一つ分は魔素で覆える。
そうなればここは地球で初めて、魔王軍が自由に闊歩できる土地となる。
安全性として、津波対策も考え、有る程度の高さを確保した結果。
「やりすぎたか?」
断崖絶壁と言っても過言ではない山が生まれ、将来的に、港の整備がちょっとだけ面倒な島が爆誕した。
想像以上の成果に苦笑が生まれつつ、そして騒めきだす船内の気配を感じ取りつつ、最後の仕上げに、俺はもう一つ魔法を展開し。
「まぁ、いいか」
上空に浮かぶ巨大な水球を次元収納で回収すると。
「とりあえず、島ができたな」
目的は達成できたのであった。
今日の一言
百聞は一見にしかずとはこのことか
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!