600 慣れない仕事というのは経験を積めば、熟してくる
交渉事、それも政治的やり取りなど昔の俺には無縁の話だった。
俺が過去に交渉したことがあることなど、納期の引き延ばしと値段交渉くらいだ。
そんな俺が今ではポーカーフェイスを貼り付けて、政財界のトップたちと腹の探り合いをしているなどと過去の俺が聞いたら病院に行く覚悟を決めていたかもしれない。
魔界の話に、俺の職歴、それにどうやって立身出世したかなど、話し相手にとっては興味を引く話ばかりらしい。
けれども俺が話しているばかりじゃ帳尻が合わない。
こっちが話すのなら、向こうの話も聞かねば。
こういう所は、貴族連中と話していた時の経験が生きる。
弱みを握られる可能性、秘密を漏らす可能性、細心の注意を払ってても言葉巧みに情報を引き出そうとしてくる緊張感。
それに対して恐怖というものを感じはするが、緊張で凝り固まると言うことは無い。
死と隣り合わせの戦いを経験していると、こういう所で感覚がマヒして、警戒心だけが機能してくれるという器用さを発揮してくれる。
表情は柔らかく、頭は冷静に、そして気持ちは熱く。
そんな器用な真似を俺も気づけば出来るようになっていた。
そうすれば話の流れも段々と引き寄せることができる。
俺の経歴という撒き餌に引き寄せられた人物たちから、この会社のことに関する情報をまとめるとそこまで公になっているわけではなさそうだ。
知る人ぞ知る情報という感じで、詳細に関しては国のトップでしか知らない情報も多いとのこと。
基本的にアメリカと日本が主導権を握っているらしく、他国はその情報のまた聞きというケースが多いように感じた。
だからこそ現地で生の声を発する俺の情報は貴重なのだろう。
多少は不利になろうとも、情報を引き出そうとしてくる捨て身に近い交渉にひやっとさせられることもあったが、終始ペースを握ることができた。
こういった腹芸もできるようになったんだなと、客観的に自分の成長を知ることも出来た。
『婿殿、そろそろ目的地に着くころじゃぞ』
そんなこんなでだいぶ時間を会話で過ごしていたみたいで、ムイルさんの念話で時計を見れば目的地に着く時刻になっている。
「失礼、そろそろ目的地に着く頃なので一旦上司のところに戻らせていただきます」
話も区切りのいいタイミングを見計らって中断する。
残念そうな顔を浮かべる面々を見つつ、またあとでと言ってそっと人の波を掻い潜って社長のところに向かうと、相も変わらず総理と副大統領に挟まれている社長を見つける。
そのポジションは譲らないと言う覚悟が見える両国の布陣。
しかし、その間に入らないといけないと言う事実に苦笑しつつ。
「魔王様、目的地にもう間もなく着きます。つきましては式典の準備がありますので」
「おや、もうそんな時間か。楽しかったから随分と道のりが早く感じてしまったよ」
社長の元に戻る前にはポーカーフェイスを貼り付けなおして話しかければ、本当に気づかなかったと言う風にニコッと笑顔を見せる社長。
よく見れば総理とも副大統領とも距離感が近いような気がする。
僅かな時間でここまで出来るのは社長くらいだろうな。
個性豊かで自己顕示欲の塊のような将軍を一挙にまとめることができるお方だ。
生きてきた年月の差もある。
人間の政治界隈など鼻歌交じりで散歩くらいできそうだし。
「では、またあとで顔をだすよ」
「そうですか、では後ほど」
「ああ、楽しみにしているよ」
もうすでに友達かとツッコミを入れられそうなフレンドリーな声色に、うちの魔王様は凄いと思いつつこの待合場を樹王と一緒に後にする。
「うちの魔王様は人たらしの才能に溢れすぎだと思うのは自分の気の所為でしょうかね」
会場を後にし、先頭を歩く社長の背後を樹王とともに歩いている。
その時ふと思ったことを隣でずっと静かにたたずむ樹王に声をかけてみると。
「わかり切ったことを聞くのはセンスがありませんよ人王。我らが従い、恭順を誓っている時点で彼の方の器は計り知れないほど広いと言うこと」
「愚問でしたな」
「君たち?私を褒めても年末のボーナスがほんの少し上がるだけだよ?」
シレッと社長を褒めるようなことを言う樹王。
その言葉に気分を良くした社長のボーナスアップ発言。
普通なら喜ぶところだが。
「将軍位の給料は破格ゆえに固定給だと記憶してますが、ちなみにボーナスも」
「はい、領地経営でも収入を得ていますので魔王様からの俸禄は一律かと」
「おっとバレてしまったか」
生憎と将軍位の給料は固定給なので昇給しない。
まぁ、年収で言えば並みの会社経営者など霞んでしまうほどの給料をもらっているから文句はないのだが。
ほかにももろもろの収入を得ているから、固定給って言ってもほとんどの将軍があまり気にしていない。
スルーしても問題ないほどのお金を領地経営で稼いでいるからだ。
なのでさっきの言葉は社長なりのジョークということになる。
「しかし、人王もいきなり私を褒めるなんてなにか頼みたいことでもあるのかい?」
「そんな下心は今のところはありませんよ。シンプルに自分でも知っている有名人と僅かな時間で親しくなっている社長のコミュニケーション能力に脱帽しているだけです」
「伊達に個性の権化のような将軍たちをまとめたり、嘘は言わないけど真実も決して言わない老害共と常に腹の探り合いはしていないさ。害意がない分彼らとの会話は気楽なものさ」
何というか、苦労なされたんですねとしか言えない。
冷静に考えて、少なくとも戦闘狂の教官と竜王の手綱は握らないといけないのは確定で、それに加えてねちねちと嫌味を言ってくるご老人たちの相手をしないといけない。
その上さらに書類仕事の山が加わる。
冷静に聞いてて、魔王ってブラックだよな。
「この式典が終わりましたら、菓子折りでも差し入れさせていただきます」
「うん、君の気遣いには感謝するけど、出来れば書類仕事の方を手伝ってくれる方が助かるかな?」
「生憎と新米の将軍故にこなさねばならない自分の仕事がありまして」
「魔王様、人王はこれよりダンジョンを作ると言う重要な仕事がありますのでそれは難しいかと」
「そうなんだよね。とりあえず、菓子折りだけで我慢しておくからさ。後でリスト送っておくよ。ちなみに私が今一番食べたいのは新宿駅ビルにある行列ができる店のお菓子だ」
「人王、可能であれば私の分も確保しておいてください」
「海堂に買いに行かせます」
そんな他愛のない会話をしつつ、転移陣を挟み、進んだ先にあるのは格納庫。
「これが、大地創造の魔道具」
「そう、大地の古代竜の魔石を核とした魔道具さ、これを壊したらもう大変。君の給料でも三百年はただ働きさ」
広い格納庫の中にただ一つぽつんと固定された円錐を逆にした物体。
「それは、慎重に使わないとダメですね」
神殿の方から用意してもらったダンジョンの地盤となる土地を作り出す魔道具。
大地を隆起させて島を作り出すと言う大規模な術式を、古代竜の魔石に組み込んだ特別製。
「なに、見た目は脆そうだけどライドウの拳にも数発は耐えられる強度はあるから簡単には壊れないよ。使い方だって魔力を流して目標地点に投下すればそれでおしまいさ。周囲への被害はほぼない。しいて言えば騒音くらいかな。地震、津波、天変地異もろもろの心配はないよ。しばらくすれば海底火山が噴火した時のように島が出来上がる」
その魔道具の効果はとんでもない自然現象を引き起こす。
社長の言っている言葉は言うは易し行うは難しの例文になりそうなセリフだ。
普通に考えて何年単位では決してすまない事象を引き起こそうとしているのだ。
「それじゃ、人王。始めようか、ゲストをいつまでも待たせているのは忍びない」
「承知しました」
しかしここに無理だと思う輩は一人もいない。
無理・無茶・無謀と三拍子そろうような事象だって準備さえ整えればできてしまうのが魔法だ。
社長の指示で俺は魔道具の側に近寄り、そして。
「よっこらしょっと」
「その掛け声はかっこよくないよ人王」
全長で言えば十メートル以上ある物体を軽々と持ち上げる。
船内であっても魔法は極力使わないのが魔素の節約につながる。
ここはかっこよく転移魔法でも使った方がいいのかもしれないけど、この魔道具クラスになると転移させるのにとてつもない魔力を消費する。
すなわち魔素も減ると言うわけで、運ぶ時は人力の方が低コストなわけだ。
逆円錐の細い部分を抱きかかえるように持ち上げ、そしてエレベーターに向かう。
社長が、掛け声を何とかしろと言うけど、物を運ぶときについ出てしまうのだから仕方ないだろ。
重くは感じないから、出さないように意識すれば出ないけど、ふとした拍子に出てしまう掛け声なのだ。
「さて、人王が荷運びをしている間に、私たちも準備をしておこうか樹王」
「はい、魔王様」
肉体労働を俺に任せて、社長と樹王がまた別の作業の準備にかかっている。
この魔道具の影で見えなかったけど、もう一個この船の中に持ち込んでいる魔道具があるのだ。
それはステージを連想させるような円形状の物体。
「ふむ、魔力的には問題なさそうだね」
「はい、しかしやはり空気中に魔素がない分発信できる範囲はかなり限られます」
「船内と周囲の船に聞こえれば問題ないよ」
それは魔王国で演説とかに使う魔道具だ。
ちなみに俺も使ったことがある。
あのステージの中央に立つと、その映像を中継器を介して立体映像として映し出してくれると言う優れもの。
何というか、優れている部分は本当に地球よりも優れているんだよね魔法文明。
だけど、パソコンとか、紙の質とか、筆記具とか、食文化とか寝具とか照明器具とか、生活面に偏ると途端に中世文化のような技術力が台頭してくるからなんとも進化の仕方が異質だ。
地球と接触して、そのバランスが少しづつ是正されているように感じるけど、それでもあくまで会社内の話で、一般市民にそこまでの生活は与えられていない。
将来的には出来るかもしれないけど、今はまだ無理。
そんな世界の魔道具を樹王が操作し、壇上に社長が上がる。
そんな作業を気配で感じ取りつつ、俺はエレベーターに乗る。
巨大エレベーターは荷物を搬出するためのもので、こんな巨大な魔道具も平気で入る。
機械音ととともに上へと昇り、甲板に到着すると目の前に青空が広がる。
「ふぅ、いい天気だ」
絶好の島造り日和とはこのことかと、冗談のように晴れた空を見上げつつ、エレベーターから外に出る。
「おお、見られてる見られてる」
戦艦トゥファリスの甲板をこんな巨大な代物を持って歩いていれば、普通に目立つ。
屋外だから魔素の濃度は船内と比べてだいぶ薄い。
けれど、魔力そのものはまだ体内に残っているから魔紋の強化の恩恵は維持されている。
この作業が終わるまで程度は平気だし、そのまま船首まで歩く。
「ここに島ができるのか」
見渡す一面、海。
近くにいくつかの船影が見える以外は、本当に何もない。
ある意味で無から有を作る瞬間。
その時刻が刻一刻と近づいてきた時、予定通り背後で魔力の反応がした。
「来たか」
そっと振り返れば、そこには巨大な映像の社長の姿が映し出されていた。
『諸君、これより見せるは我が魔王軍の秘宝の力である』
それは式典の始まりの挨拶。
そして、俺のダンジョンの始まりであった。
今日の一言
経験はしっかりと身につくものである。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!