57 休憩が終われば、仕事の時間それが社会人
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「ありがとうございました」
味覚と視覚の違和感飯テロを起こしてくれた店を店員の挨拶で締めくくる。
いつもならこのあと一服といきたかったが、俺のタバコは匂いも見た目も目立つときたのでそれは断念せざるを得ない。
「では向かいましょうか」
「ああ」
口元に寂しさを感じながら、静かだった喫茶店から再び喧騒の中をメモリアについていくように歩き始める。
乱雑な人通りの中を時折フラリと寄ってくるスリを迎撃しながら進むこと数分、目的地と思われる酒場の前でメモリアは足を止めた。
自然と俺もその横に並ぶ形になる。
一見どこにでもと言えばおかしいかもしれないが、俺の知識から見てもおかしくはないファンタジーらしい酒場だ。
「閉まっているが、裏口から入るのか?」
残念というより当たり前か、昼間からやっている酒場というのもおかしなもので、扉にはクローズの看板が掛けられている。
「いいえ、問題ありませんよ」
「鍵かかってないのかよ」
だが、そんなことお構いなしにメモリアは扉に手をかけ戸惑いもせずに店の中に入る。
「まだ開店してないよ」
「客ではありませんから問題はありませんよ」
「なんだ、あんたか」
中から聞こえてくる男の言葉は、店側からすれば当然のセリフだ。
しかし、その声に答えたメモリアの姿を見ると男は磨いていたグラスを置きカウンターから出てきた。
その男は、俺たちが通ってきた道にいれば違和感なく紛れ込めるようなどこにでもいそうな中年男性だ。
雰囲気もそんな感じだが
「コイツが例の変わり者か?」
「ええ、そうです」
「二人揃っていきなり変わり者扱いかよ」
「人間が魔族と一緒にいるっていう時点でこの世界じゃ頭を疑われるんだよ、大半はそのまま絞首台いきだな」
「物騒なことで」
俺の勘が言っている、それだけじゃないと。
その男がチラリと俺を一度見ると、確認するようにメモリアに問いかけた。
口元に苦笑を浮かべながら問い掛ける言葉には、俺も苦笑で突っ込むしかない。
「田中いや、ジロウ・タナカだ。こっちでは傭兵のジーロということになる。しばらく世話になる」
「バースだ。この店の店主と連絡役をしている」
右手を差し出せば、がっしりと思ったよりも強い力で握り返してくる。
それが俺の勘が間違っていないことを示す。
そして
「早速で悪いが良い話と悪い話がある。どっちから聞きたい?」
「なにか問題が?」
またかと思う。
この世界に来てから物事がうまく運んだ試しがないな。
さっきまでだらけていた表情を引き締めるようにバースが神妙な口調で俺たちに聞いてくる。
それに反応したのはメモリアだ。
そしてその返事は自然と悪い話を促すような形になる。
「ああ、王国の方で何やらきな臭い話が最近耳に入ってきてな、それに呼応して各国もピリピリしている」
「内容は?」
「詳細は入ってない。だが、物資の流れから見て戦支度をしているのはまず間違いない。おまけに影にはトライスがいるって話だ」
「……予定が狂いますね次郎さん」
「そのようだ。観光気分は早々に捨てないといけないときたか、こっちに来てから災難続きだよ」
面倒だと語るバースの情報は、俺たちの当初の予定を大きく変えざるを得ない内容だった。
俺としては、いい加減トラブルなしでのんびりとした当初の予定を進めさせてほしいのだが……
国が戦支度をしているという話が出れば、当然そんなことはできるわけがない。
「悪い話はそれだけですか?」
「いいや、それと異端審問官が出回っている。さっきのトライスが影にいるっていうのは、こいつらと王国のやつらが一緒にいるって情報があったからだ」
「最悪です」
珍しい。
吐き捨てるようにメモリアがここまで嫌悪の感情を表に出すのはあまりない。
ということは、自ずとその異端審問官というのはよろしくないということになる。
「やばいのか?」
「ああ、そいつが一人街に入ったって情報が流れるだけで、街全体が疑心暗鬼になるくらいに最悪な存在だよ」
「どんなやつだよ」
「トライスの諜報と執行を兼任した特務です。その表情に何重もの仮面をかぶり、人の心に住み込み懐柔し人を暴き国から与えられた権利で人を裁く。処刑人ですよ」
「そいつら寄生虫か何かか?」
そりゃ最悪だ。
隣で酒を飲んでいる奴が鎌を持った死神って可能性がある。
その情報だけで、まず間違いなく他人を信用できなくなる。
冬虫夏草というキノコの仲間が似たようなものだな。
「その寄生虫どもは腕も立つからなお悪いぜ。あんたらもタイミングの悪い時にこっちに来ちまったな」
「まったくだ」
本当にここ最近の俺は呪われているとしか言いようがないな。
こっちに来てから本当に災難続きだ。
「何故動いたかはわかりますか?」
「さてな、異端審問官が動くとなるとトライスの上層部がなにかしているっていうのはまず間違いない。だが、あそこは異常と言っていいほどに閉鎖的だ。簡単には情報は入ってこねぇよ」
国のトップの裏事情が絡んでくるとは、聞けば聞くほど厄介極まりない。
聞いた話をまとめれば、そいつらは教義に反する都合の悪い存在を闇に葬る、少数精鋭の暗殺部隊みたいだな。
そんな相手が動き回っていると聞いて、気にしないという行動はまず取れないだろう。
異端審問官の情報が入ってきただけで幸いということか。
「ちなみにいい話はなんだ?」
これからは気をつけて目立たないようにしないといけなくなるな。
せめてこれ以上暗くならないように、いい話とやらを拝聴しようじゃないか。
「ここの飯は美味いって話でどうだ?」
「それは助かる。まずい飯ばかり食ってたら気が滅入って仕方ないからな、酒も美味いとなお良しだ」
「安心しな、そこにぬかりはないぜ」
「そいつは重畳、今日にでもいただくとするよ」
「おうよ、しっかり金を落としていけよ」
「……空気も入れ替わったようなので、そろそろ本題に移ってもよろしいですか?」
こういった調子よく冗談を言えて空気を変えてくれるのは助かる。
軽口を交えた換気で、さっきの滅入っていた気持ちが今日の晩酌を楽しみに思える程度には回復してくれた。
「なんだよ、ここから夜の店までが男の話だってのに」
「吸って吐き捨てますよ?」
「おお怖、兄ちゃんよくこいつと付き合えるな」
「可愛いところに惚れた俺の負けだよ」
蔑むメモリアの視線に、冗談だよとバースは肩をすくめるが口は止まらない。
俺とメモリアが付き合っているという情報も入っているのか、それとも距離感と雰囲気で察せられたか、バースはさらにからかうように目を向けてくるが、ここで照れると余計につけ込まれるから肩を竦めるような仕草を見せ余裕を持って対処する。
「惚気けるねぇ、まぁいい。いい話ってのは獣人連合の方で新しい遺跡が発見されたってことだ。そこで色々と出物があるってよ」
そのおかげか、それ以上深くは聞かれず話は進む。
内容は俺たちにとっては好都合、それこそ異世界の醍醐味と言うべき内容だった。
まぁ、俺にとっては通い慣れた仕事場であるが、ここいらでこっち側の情報を得るのはいい機会だ。
「人間の俺が行っても問題ないのかメモリア、獣人が治める土地なんだろ?」
「問題はないでしょう。交流もありますし、冒険者や傭兵はその職柄定住しない人もいます。そして商人は言わずもがな利益があればどこにでも行きます。獣人連合もその対象からは外れませんから」
「当然例外はあるがな」
「例外?」
「奴隷商人や犯罪者だよ」
「ああ」
確かに獣人でなくてもそれは警戒するな。
治安のいい日本と違ってこっちは日常的に見られる光景だからな。
「獣人連合は奴隷身分がない国だからな。奴隷商人は出入りができないんだが、中には獣人の奴隷を欲しがって入国する奴もいるんだよ」
「よく聞く話だな」
「へぇ、どこの世界でもあるんだな」
よく聞く話というのは、日本でそういった知識がある奴らのことなのだが、バースは地球でもそういうことがあるものだと勝手に納得していた。
実際、歴史を遡ればそういった話もあるからな、間違ってはいない。
訂正するのも面倒なのでこのまま話を続けよう。
「ところで、身分証の準備と移動手段の確保はどうなっていますか?」
「ああ、あんたの商人ギルドのギルド証とジロウの傭兵組合の組合証の準備はできているぜ。馬車は明日には入ってきて、馬を休めてからだから明後日には使える」
「そうですか、でしたら私たちもその予定に合わせて準備をするとしましょう。部屋は用意できているんですよね?」
「ああ、いつもの裏の離れだ。しっかり掃除はしといたぞ」
「では代金のスプライトベリーです」
「確認するぜ」
「問題ないでしょうが、踏み倒さないでくださいね」
「しねぇよ、俺の首がなくなっちまう」
メモリアは黒い遮光瓶をカバンから取り出しバースに渡す。
イスアルに渡る前に用意したスプライトベリーだ。
それ自体は確かに高級品だが、馬車や身分証の発行には到底足りない値段の代物。
当然、本命は別のものだ。
バースも理解しているのか、手慣れた手つきで嬉しそうに黒い遮光瓶の底部分を回し本命を取り出す。
二重底になっていた底からころりと白銀の鉱石が零れ落ちる。
それを手に取ったバースはじっと真剣に見ると…
数秒後には口元に笑みを浮かべる。
「確かに、料金はもらったぜ」
「では部屋のカギを」
「これだ、頼むから失くさないでくれよ」
「ええ、次郎さん行きましょう」
「壁は厚いがヤルならしっかり防音しろよ!!」
「余計なお世話だ!!」
物を確認したバースはニマリとして、腰の鍵束の中から一本取り外しメモリアに放る。
それを取り落とすこともなく、メモリアはすんなりと手の内に収めた。
部屋の場所をメモリアは知っているのか、迷わず店の奥に入っていく。
それを見送る下世話な酒場の店主に向けて中指を立ててから、俺はメモリアの後に続いた。
「いつもあんな感じなのか?」
「ええ、どうやら相変わらずのようで、そしてこちらが拠点になりますね」
裏口を出て少し歩いた先にあったのは、酒場の裏手に位置する平屋の一軒家だ。
扉の鍵を開け中に入ると、思わず感嘆の言葉が漏れた。
「意外と広いな。1LDKくらいはあるか?」
「私たちのような存在が使う場所ですからね、設備は整っています。それで次郎さん今後の予定ですが」
「ああ」
「さっそく使いますか?」
「そっちじゃないよな!?」
想像よりもいい部屋に喜ぶ。
部屋に入り荷物を棚に置いてさっそく変更になっただろう旅路の話でもするかと思ったが、メモリアの指差した方向は寝室だ。
言わずもがなナニを意味しているかははっきりと理解できる。
「なんで、スエラもお前もそこまで積極的なんだよ」
「種族的に繁殖しにくいのでチャンスは逃さないようにしています」
思い返せばスエラもこういったことには積極的な場面が結構あった。
溜息こそ漏らさなかったが頭痛をこらえるような仕草は出してしまった。
「頼むからそういうのは夜にしてくれ」
「わかりました。では旅路の話に入りましょう」
「最初からそっちにしてほしいのだがな」
「私でも嫉妬はしますので、最近はスエラさんばかり構っていたようですし、聞きましたよ夏祭りのことは」
「ああ~今晩はがんばらせてもらいます」
「言質はいただきましたよ。では楽しみのために仕事は手早く終わらせるといたしましょう」
そう言われてしまえば、男である俺は白旗を振るしかない。
言質を取ったメモリアは満足気に笑みを浮かべ次の行動に移っていった。
今晩の予定が決まったところで、今度こそ旅路の予定を決めることになりリビングに位置する部屋に移動する。
そこのテーブルに地図を広げる。
こうして見ると、この大陸はかなり広い。
アジア大陸ほどの面積があるのではないかと思える。
その地図上で交易の街は、地図のやや東方に寄っているが概ね中心付近にある。
囲んでいる各国にすれば辺境に位置するが、それが逆に痒いところに手が届くような配置になっている。
この国は、周辺のいずれかの国同士が戦争になれば真っ先に被害にあう配置だとも取れるが、国同士の抑止力が絶妙なバランスを取っており利益が出ているという話だ。
この街を作ろうと思ったやつの気がしれない。
木を隠すなら森の中、火薬を隠すなら火の中と、火に囲まれ空白となった場所に火薬庫を作り利益を出すために博打するような奴だろうなと勝手に想像する。
そんな地図の上をメモリアの白い指が走る。
「当初の予定でしたらこの街を拠点に王国、帝国、連合のいずれかに向かう予定でしたがそれができなくなりました。ですので、バースさんの言うとおり南の連合に向かうのが無難でしょう」
「確かにな、安全を考えるならそうなる」
その指がサカルを指差してすっと南に位置する連合に移動する。
それなら大きなずれもなく予定を遂行できる。
逆に言えば、今までの情報を統合して土地勘のない俺に判断できるのはそこまでが限界ということだ。
「しかし、他の国に行くことも可能です」
「できるのか?」
「ええ、国境封鎖はまだ起きていません。リスクがあるだけで可能か不可能かの判断で行けばまだ可能です」
「余計なリスクを負うなとのお達しだろう。俺の好奇心でそれを破って何かあったら目も当てられない」
ところが、メモリアはそれで終わらず、新たな判断基準を提示するようにぐるりと残り三国を示すように地図上に指を滑らす。
だが、それにはのれない。
興味がないと言ったら嘘になるが、やるなと言われていることを自分の都合で破ってまでやりたいかと言われたらNOだ。
「なら、このまま順当に」
南に行こうと言おうとした。
だが、それを遮るように身の毛がよだつような強大な魔力を感じ取り、続けることができなかった。
咄嗟の行動だ。
鉱樹の柄に手を伸ばし周囲を見回す。
別に敵が来た、魔獣が現れた、先ほど噂になった異端審問官が現れたわけでもない。
部屋の中は至って先程と変わらず平穏そのもの、外にも何か気配があるわけではない。
だったら一瞬とはいえ感じたあの魔力は?
「メモリア?」
「まさか」
俺が周囲を警戒している中でメモリアが一点の方角を凝視していたのに気づく。
さっきの魔力の発生地がそこだとわかっているようなしぐさに、鉱樹の柄を離せないままに俺は問いかけるが、目元を寄せ可能性的にありえない現象を垣間見たようなメモリアはそれに答えず代わりの言葉をこぼした。
「っ」
「メモリア!」
余裕がない彼女を見るのは初めてかもしれない。
何も言わず口元を固く結びメモリアは焦るように部屋を飛び出す。
カツカツと走り出すことを抑えることで冷静になろうとする彼女の感情が伝わり、いつもより強い足音が石畳に響く。
「……」
俺はそんな彼女に対して黙ってついていくしかない。
声をかけようにも現状何が起きているかすらわからないのだ、何かを思いついたであろうメモリアも何が起きたかと聞ける雰囲気ではない。
そんな状況では黙って考えるしかない。
強大としか言いようのない魔力の波、これを感じたそれだけの行為で何が予想できるか。
考えろ。
あれと似た現象はないか?
魔力は何が起きたらあんな巨大な反応を引き起こす?
感じ取れたのは一瞬となると攻撃魔法か?
それにしては爆発や衝撃といった音が聞こえないのが腑に落ちない。
それが感じ取れないほどの遠方でそれが起きたのか?
何か違う気がする。
「バースさん」
「おう、やっぱあんたも気づいたか」
考えがまとまらないままにさっきまでいた酒場に戻ってきた。
さっきと違い今度はバース以外にも人がいる。
皆が皆さっきの異常な魔力を感じ取り集まったということか。
何人かは店員というわけではないようだ。恰好が違う。
「では、やはり」
「現状では可能性の段階だが、それ以外に考えられねぇ。裏ギルドに連絡を取って情報を取らせている」
その中で気づいていないのは俺だけなのか、話はどんどん進んでいく。
「メモリア、すまんが何が起きているんだ?」
「そうでした、次郎さんは初めてでしたね」
ここで沈黙を続けてはダメだと思い口をはさむ、タイミング的にも最後だと思った故の行動だ。
今気づいたと言わんばかりのメモリアの言葉で、今回の出来事は珍しいがあり得る事態だというのは察することはできた。
「勇者が召喚された可能性があります」
そしてそれは、聞けばなるほどと納得できる可能性であり、可能であれば聞きたくはない言葉であった。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
「なぜこのタイミングに」
今回は以上となります。
これからも本作をよろしくお願いたします。




