594 もう一つ結果に、上司は満足できるかどうか
Another side
「おかえりー!!霧江!どうだったどうだった?」
ほのかな疲労。
普段相手している、老害共からのグダグダと長い無駄話と比べれば随分軽いと感じるストレスを抱えて、色々と課題が多いお見合い会場から帰ってきた私を出迎えたのは、侍従でも部下でもなく、私が仕えるべき神だった。
「ミマモリ様、そんなほいほいと下界に顕現されては部下たちが恐縮してしまいます。できればもう少し自重をしてください」
「むー、だって気になったんだもん。別世界との交流だよ?下級神の私じゃ到底できないような経験だよ?長生きしていても絶対に気になる案件だよ?」
興奮覚めやらない勢いで近寄ってくる少女。
幼いとも言えるような容姿で、全力で玄関口で待機していたことがわかるくらいにジャンプして、訴えかけてくる我が神。
その背後に控えているこの家の管理をしている者たちが困り顔でミマモリ様を見守っている。
本来であればこの里を見守る方なのに、こういう無邪気な姿を気を許している者に見せているからこの方を慕う者は多い。
「それで、どうだったどうだった?」
「この場で報告するのもよろしいですが、場所を変えませんか?」
「わかった、お茶の用意よろしく!!」
「はい、ですがもう夜中なので、お茶だけですよ」
「はーい」
色々と後始末をしてきたので、予定よりも帰ってくるのが遅くなった。
尋問に、調書の作成、馬鹿をしでかした輩の処分方針。
それをもろもろ終わらすために二日も時間を使ってしまった。
それも終わって帰って来てみれば、すでに日付が変わるまでさほど時間も残っていない。
神であるミマモリ様にとっては月狐様と戯れる絶好の時間だろう。
神に先導されると言う巫女にとっては名誉なことを普段からされている私は、目的地までテクテクと軽い足取りで歩く彼女の背後に続く。
その際に通った庭先には巨体を庭に横たわらせて、大きなあくびを晒す月狐様の姿もある。
ミマモリ様の護衛も兼ねているかの存在は、ちらりと私と目を合わせたが、すぐに目を伏せて眠る姿勢になる。
知己朋友と言えばいいのだろうか。
彼の存在からすれば、私の生涯など短い時間での出会いの一つでしかない。
その中でも印象に残れる。
神という人とは比べ物にならない時間で記憶に残れる存在。
そういう人物で、立場で、関係で、様々な条件が揃い、こうやって神使にも記憶されるような立場に気づけばなっていた。
「さぁさぁ!早く教えて教えて!!」
「落ち着いてください、今順を追って説明しますので」
そんな立場になったから、異世界との交渉役を任される大役にも応えようとしている自分がいる。
応接室に座り、向かい合って座るのではなく、隣り合って座る。
まるで子供が母親にじゃれつくように、正座した私の膝に体を預け見上げてくるミマモリ様。
実の子はとうに成人して、こんなことをするような年頃ではない。
だけど、この方は知り合ってからずっと、こんなスキンシップを好んでやる。
最初は威厳とか、マナーとか風聞とかを気にしてその都度、苦言を呈してきたが、神には人の言葉を聞くことはあっても、それに従う義理はない。
信仰される対象と、信仰する側というのは人が考えるほど近くはない距離をしっかりと持っているのだ。
こうやって、触れ合うことを良しとするミマモリ様が例外中の例外。
そしてこうやってスキンシップをしようとする相手も私以外にはいない。
誇らしく、嬉しい反面、そのことで妬み、恨む輩は多い。
「そうですね。まずは……」
そのことを踏まえて、隠して報告することもできる。
しかし、人の嘘が神に通用するわけもなく、もし仮に私が言の葉に虚言を混ぜても彼女は何かあると勘づく。
なので、私は包み隠さず今回のパーティーで起きたことを全て彼女に報告するのだ。
「へーふーん、そう」
案の定、そんなことを報告したミマモリ様の機嫌は一気に傾いた。
私の膝にうつぶせで体を預け、はしたないと言っても直してくれない姿勢。
足をゆっくりと揺らし、頬を私の太ももにつけて漏らした言葉は不機嫌の一言。
なにせ今回の企画の立案者はこの方だ。
この方が良いと思い、計画し、実行までに移した内容が蓋を開けてみれば色々とケチをつけられた形で終幕したのだ。
完全に失敗していれば、この程度の機嫌で済むはずもない。
「申し訳ありません。私の力が及ばないばかりに」
「うーん、霧江は悪くない。悪くない」
今度は顔を隠すように、完全にうつぶせになり、くぐもりつつもしっかりと聞こえる声で私の謝罪を受け入れてくれる。
そしてこの仕草をするときにどうしてほしいかを私は知っている。
そっと右手を彼女の頭に手を伸ばし、さらさらと触り心地の良い、人であれば嫉妬して羨んでしまうほどの艶やかな髪を優しく撫で始める。
親が子にするかのように、優しく。
人が神にするなど不敬極まりない行為であるが、ミマモリ様曰く、うつぶせで視界を覆うことで私は見ていない。
ただ風が髪を撫でているだけと、どう見てもそうじゃないと言われるような理由で神に人が触れることを許す。
「どうしよっかなぁ、どうしようかなぁ」
そしてその感触を楽しむには些か以上に、不穏な言葉が神の口から洩れているから心境穏やかではいられない。
「私の方で処分は決めておきました。ミマモリ様の手を煩わすことはありません」
「そう~かぁ、でもねぇ。最近ちょっと調子に乗りすぎている人が多いと思うんだ。いっそのこと今回やらかした家の霊脈の流れを逸らすくらいのことはしてもいいと思うんだけど?」
「……やめてあげてください」
「あ、一瞬それもいいなって考えた」
神が何かをしようとしている。
それだけで、普通ならかなりの大事になるのが予想できる。
神罰。
庶民の方々からすれば、眉唾ものであるかどうかもわからないようなことなのかもしれないが、神事に携わる私たちからすれば冗談抜きで大問題なのだ。
人的被害は出さないが、家的に損害を被る罰を一瞬でも有りかもと思ってしまったことはミマモリ様には筒抜け。
「お止めください」
「え~。霧江も結構怒ってたじゃん。いいじゃん、やろうよ~神罰」
「それをやるためだけにあなた様を消耗させたくはありません。霊脈をずらすなんて行為、並大抵の力の消費じゃすまないんですから」
霊脈というのは私たちのような職に就く者たちにとっては、かなり重要なものだ。
霊脈の強さは等しく、その家格に通じる。
強い霊脈の上に家を建て、土地を確保している家は強い霊能力者を生み出しているのだ。
当然、この相模の家の下には〝神〟が通れるほど日本でも有数の霊脈が存在している。
おかげで私や姉といった強力な霊能力者が生まれるわけだ。
そんな大地に流れる特別な力を操作できる存在など、神以外に存在するわけもなく。
その神でさえその力を動かすには多大なる力が必要だ。
わかりやすい例えをするなら、河川工事をするようなもの。
それも川の向きを変えるような大規模な工事。
いくら神であっても、それをやるのはかなりの労力が必要だ。
「ええ~大丈夫だよ。微妙にずらすだけならそこまでの力使わないし」
「絶妙に私たちにとっては嫌な嫌がらせですね。それをしますと一から家を建て直さないといけなくなります」
私たちのような職の持つ家というのは、その建物自体が儀式陣のような役割を持っている。
霊脈の流れに合わせその流れをくみ取る術式、その流れを流用する家屋の配置。
全てが計算しつくされ、その霊脈に合わせて最高の状態で使えるようにその家を建てる。
もし何らかの影響で霊脈がわずかにでもずれればその機能は完全に機能しなくなる。
機能を保全し、景観をしっかりとした家を建て直すのに一体どれだけの金銭と時間が必要か。
私が記憶している限り、今回やらかした家の霊脈の規模と資産を考えるとかなりの大打撃になる。
少なくともそれをやられたら、家の立て直しをするのに、オリンピックが二回か三回ほど見る必要があるくらいには被害が出る。
「はぁ、最初に私があなた様の言葉を家に書状で送りますので、その後御前召喚、面談、その際に反省していたら情状酌量として執行猶予をつけまして奉仕活動を命じ、本心で反省しておられなかったら執行という形でいかがでしょう?」
流石にそれをいきなり予告なしでやったら問題が出てしまう。
神罰と言ってもいきなりやられてしまえば反感が出る。
ただでさえ、今は異界との交流を控えているのだ。
余計な荒波は起こしたくはない。
実際こちらで処分の内容は既に検討し伝えているのだ。
家からしても処分を受けているのだからもういいだろうと言う気持ちが生まれているに違いない。
しかし、それは人の裁き、神の裁きではない。
「ん~霧江がそういうなら。それでいいよ~」
神というのは人の常識には縛られない。
人から見ればわがままに見えてしまう存在。
だけど、きちんと接すればその常識は人でも理解できる。
渋々という感じで納得してもらえる妥協点は探れるのだ。
「ありがとうございます」
「うん、じゃぁ、あとは向こうとの繋がりだよねぇ。そろそろ他の国の神がうるさくなってくる頃だし」
「まだ連絡はないのですか?」
「様子見だね。高天原に引きこもっているお上たちには伝えて知っているからそっちが牽制している可能性もあるよ」
「となると、そちらの神々が降臨される可能性もあると?」
「うーん、霧江が生きている間にあり得るかなぁ程度の可能性?向こうの神が実体で来るとかそれくらいの規模のことがない限り面倒ごとは全部私に任せている感じ~」
むくりとミマモリ様が顔をあげて、私の顔を見てきたので髪を撫でるのを止める。
人への裁きの方針が決まったのなら、次は異界との交流の話になる。
ミマモリ様が言う通り今回の出来事は他の国よりも先に交流の場を持ち優位に立つことが目的とされている。
組織的には一歩先を出れた。
後はどれだけ優位を保ち続けるか。
足を引っ張る輩をどれだけ減らして、歩を進められるか。
そしてミマモリ様みたいな存在がどのタイミングで介入してくるか。
「私たちのような存在は土地に縛られるからね。直接神が訪ねてくることはまずないけど、神降ろしを使える人柱くらいは送り付けて来るんじゃないなかぁ。もう、陸地に拠点が作れればそんな心配もないのに、なんで私も手が届きづらい海に拠点を作るかなぁ」
「それが人なのです。未知を恐れ、身を守るため利権を守るためと距離を取る」
「私の力で守った方がどっちも安全だと思うんだけどなぁ」
その不安もこの方に仕えていれば大丈夫だと思えるのは神故だからか。
それともこの方の精神の在り方故か。
ミマモリ様は長い時間、人を見守ってくれていた。
人の好い所も悪い所も全て見て、それでも見守ってきた。
人が見えないところでそのお力を使って、色々と手を伸ばしてくれた。
そんな神であられるからこそ、この方に苦労を強いられても仕えたいと思えるのだ。
「ええ、そうですね」
「まぁそれも異界との交流が始まればすべて認識が変わるだろうね。懐かしい時代が戻って来るかもね」
「人と神の距離が近かった時代ですか」
「うん、車座に座って人と神が酒を飲み交した時代。そんな時代がまた来るような気がするんだ」
例えそれで未来の世界が変わろうとも。
今日の一言
善き未来が来ると信じて。
Another side End
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今回で今章は終了予定です。
次話より、新章突入です。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!