591 なぜその結論になったか
一人の女性を愛せるかどうか、その価値観というのは人によって異なるのではないかと俺は考える。
直接的な表現ならその異性と一緒に子供成せるかどうかという表現になり、詩的な表現になるのなら一生をその女性と添い遂げられるかと思想的な表現になる。
様々な理由で異性への愛情を表現できるだろう。
だったら俺は何を思ってケイリィさんを、いやケイリィを愛せると断言したか。
「顔、真っ赤ですよ」
「う、わかってるわよ。でも仕方ないじゃない。あんなこと言った後に愛せるって言われたらこんな顔にもなるわよ。お酒って言い訳したいけど、正直砕け散るかもしれない告白だったから、うれしい気持ちが溢れてるの、悪い?」
「いいや、今は俺も正直になると覚悟を決めたからな。喜んでくれるなら俺も嬉しい」
「……あなたってそんな性格だったっけ。妙に女の扱いに慣れてるんだけど」
「嫁が四人もいて、女慣れしてない方が問題だと思うんだけどなぁ」
その理由をどう説明したものかと頭を悩ませつつ、少しケイリィさんを揶揄いつつゆっくりとしたテンポで話す。
「それもそうね」
「でしょ?」
「ええ、納得も理解もできたわ」
ガヤガヤと騒がしい居酒屋ではなく、広い空間で二人っきりの時間を楽しむバー。
その雰囲気も相まって、男女という意識を強く認識させる雰囲気が漂う。
自分の脳裏に思い浮かぶ自問自答。
これでいいのか、この答えでいいのか。
そんな迷いはケイリィさんだけにはっきりと心情を告白させておいて、自分は言わないのかと尻を蹴り上げるような小さい教官が俺の脳裏に出てきた時点で言うべきなんだろうと覚悟を決める。
グラスに入っている濃い目の酒を一口。
酔ったからという言い訳は後々言わないけど、本音を出すためだと言う自分への言い訳に使い。
「ケイリィ」
あえて敬称を外して、彼女の名前を呼ぶ。
いきなり真面目なトーンで話し出す俺に彼女はビクッと背筋を伸ばして、照れながら髪をいじり始める。
「なんだか、慣れないわねあなたに呼び捨てにされるのは」
「さん付けの方がいいか?」
「嫌、距離を取られているみたいで寂しくなるわ」
何で今日の彼女はここまで素直なんだと、男心をくすぐる彼女の動きにドキリとして俺の頬も若干赤くなっているような気がする。
酒の魔力は恐ろしいと思っておくとして。
「それに愛せるって言ってくれた後に、そんな野暮なことはしないで欲しいわね」
「理由も言ってないのにか?」
「あなたのことをなんでも知ってるわけじゃないけど、嘘や冗談でこんなふざけたことは言わないでしょ。真面目に考えてくれてるのだけはわかるから」
「……随分と高評価してくれてるなぁ」
ケイリィを愛せるかどうかの話しで言うなら、多分だが愛せる。
愛情的にも身体的にも、どちらの理由でもできる自信はある。
その理由は端的に言えば距離感の話だ。
女友達的な感じで距離感を保っていた彼女が踏み込んできて、そこで俺は一切嫌悪感を感じなかった。
もし仮に、彼女のことを愛せないなら俺はこの段階で弾いていた。
では具体的に彼女を愛せる理由があるのかと聞かれれば。
「俺はただ、ケイリィが一緒にいてくれたら嬉しいと思っただけなんだよ」
そんなモノはない。
直感的に、感情的に、ただ彼女がそばに居たいと言ってくれたことが嬉しかっただけだ。
散々いい男はいないかと問われ、眼中にないと言われ続けてきた俺であったが仕事面や、プライベートでも色々とサポートしてくれた彼女に悪い感情はなかった。
むしろ面倒ごとを色々と引き受けてくれても、真っすぐに感情をぶつけてきて、ニカッとひまわりのような笑顔を見せる彼女に淡い気持ちを仕事中に何度も抱いた。
だが、可能性がないと思っていたし、真っ向から男として見ていないと言われ、それなら幸せを願うということで背中を押そうとした。
そんな状態だった俺に対して、いきなりの手のひら返し。
鈍感で自分の感情に気づいていなかったというケイリィの言葉に俺も見事に踊らされているわけで。
グッと飲み込む酒の味で、無理矢理頭の中を整理しようとしているだけだ。
「深い理由はない。シンプルな理由だ。ケイリィに幸せになってほしい。その幸せを俺の手で叶えられるなら嬉しいことはない」
昔の俺なら絶対に言わないし、海堂たちが聞いてたら大笑い間違いなしの気障な台詞が俺の口から吐き出される。
「……あなた、スエラに反則だって言われたことない?」
しかし、それ以外の理由が思いつかないので言えることだけど言った数秒後にそっと体を起こして身を寄せ、俺の肩に体を預ける彼女がいた。
「さてな、目が離せないとは言われたことは多いが」
「嘘よ、絶対スエラはそう思ったことがあるわよ」
「何を根拠に?」
「親友として、いえ、今の私の少しばかりの意地かしら」
顔を見せないように、けれど体温はしっかりと伝わるように密着してくる。
「そんなこと言われたらもう後戻りできないじゃない」
「あんなこと言われて、後戻りするつもりはなかったよ」
「責任から逃げないわよねあなたは」
「喜んで請け負うことはない。だが、放り投げる勇気もない」
まったく、今朝の俺はこうなることを想像できただろうか。
いや、出来ていなかった。
唯一予想できていたのは霧江さんだけだろうな。
あの意味深な笑みの理由はこれだったかと思いつつ。
「なによそれ、私のことは仕方なくってこと?」
「言い方が悪かったな」
ケイリィの少し機嫌が悪くなった声に向けて、俺は言葉を選びなおし。
「ケイリィも含めて、俺は守ると決めた人のことは責任で守っていると思わない。俺が守りたいと思っているから守っているんだ。義務感も責任もない。ただ、そうしたいからそうしている。それだけだ」
しっかりと、言いなおした言葉は。
「はぁ、だめ。その言葉ダメよ」
なぜかダメだしされ。
「絶対、他の女にその言葉言っちゃダメ。日本じゃわからないけど、あなた位の実力者がそんなこと言ったら何人でも女が寄って来るわよ」
目を潤ませて上目遣いで、女を意識させる表情でケイリィは俺を見てきた。
「誰にでも言ってるわけじゃないんだが」
「わかってる、あなたが貴族の令嬢たちと距離をしっかりとってきているのは私がよく見てきているからわかっているのよ。だけどね、こんな整った雰囲気でそんなこと言われたら」
そしてそのまま俺に口づけをするケイリィ。
「スエラにもエヴィア様にも負けたくないって、思っちゃうじゃない」
「出来れば仲良くしてほしいんだが」
それを拒まない時点で共犯が成り立ってしまった。
「わかってるわよ、私は一番下。順番はしっかり守るわよ」
「いや、俺は平等に接しているんだが」
「それもわかってる。でもね、男にはわからない女の序列っているモノはしっかりとあるの。特に今回のような横恋慕の場合はしっかりと筋を通さないと後々で面倒になるの」
キスをしたと言うのに、甘い雰囲気にはならず。
かと言って冷めた空気になるわけでもない。
ただ熱くこの繋がった関係を手放してなるものかと燃える女性が一人生まれただけだ。
「それに、もう多分エヴィア様にはバレているんじゃないかしら」
「バレてるだろうなぁ、ここ、彼女のダンジョンの中だし」
「不倫してるって思われたかしら?」
「そう思ってるならすでに俺の顔の横ギリギリに魔剣が刺さってるだろうな」
ケイリィは体の距離を離すことなく、そのまま今後のことを話し始めてしまった。
告白し、意志を確認し合った。
だったら後は筋を通すだけだと言わんばかりに段取りを考え始める。
「もしかして、私ってわかりやすかったかしら?」
「少なくとも俺はわからなかった。鈍感と言われてもそうかもと思ってしまう男だから参考にはならん。だけど」
「だけど?」
「スエラは俺に冗談で告白してきた日、ケイリィが帰って行った後にこう言ってたぞ」
『ああいう性格だから苦労するんですよ』
「あの子」
「今の状況だから言うが、多分スエラはケイリィの婚活パーティーがうまくいかないことは予想していたと思うぞ」
「はぁ、そうみたいね」
エヴィアの事だから、俺とケイリィがバーで飲み始めたことも知っているだろうし、そういう雰囲気になったことも察しているだろう。
邪魔する気ならもうすでにこの場に登場して、俺とケイリィを問い詰めている。
それがないのなら、黙認していると言っていい。
そしてある意味で正妻のスエラに関しては、素直になれない親友に対して呆れている始末。
「もう色々と考えるのあきらめて、土下座しながら私も次郎君のハーレムに入れてくださいって言おうかしら。メモリアさんとヒミクさんだけならこれでいけそうな気がするわ」
「止めてくれ、それ俺も隣で土下座しないといけない流れだろ」
「あら?一緒に土下座してくれないのかしら?」
「何で土下座縛り?」
段々と考えるのが馬鹿らしくなっているのか、ケイリィはそっとカウンターに残していたお酒に手を伸ばして一口酒を飲むと。
「普通に考えて、エヴィア様に朝一に報告して、スエラにアポとってヒミクさんとメモリアさん集めてもらって事情を説明するのが妥当かしら」
「それが普通だろうな。奇をてらって変なことをする必要はないんだし」
土下座押しを撤回して、まともな方法を考え始める。
「そうね、あとはエヴィア様にどれだけからかわれるか覚悟することくらいかしら」
「百年先まで語られるだろうな」
「百年で済むかしら」
「済めばいい方だと考えるべきだな」
「私、子供ができて子供に頭が上がらなくなるのだけは避けたいわ」
「流石のエヴィアもそこまでのことはしないだろう?」
「私、泥棒猫のポジションになりつつあるのよ?」
「俺がスエラたちを捨てたらそうなるな」
「私だけを見てって言ったら?」
「関係を悪化させてでも断る」
「やっぱり」
「わかって聞いてるだろ」
「ええ、子供がいるスエラとポッと出の私じゃ勝負にはならないのくらいはわかってたわよ」
妥当なのは後で場を用意して、真剣に話して許可を取るしかない。
スエラの説明には俺も当然行くし、むしろ事前説明でも何でもする気はある。
「面倒な女だって思った?」
「悲しい本音と、嬉しい嘘どっちがいい?」
「その二択なら、悲しい本音かしら」
「教官と戦う覚悟を決めるよりは楽だと思った」
「比べる対象がおかしいわよ」
悲観的な空気にはならず、ケラケラと笑い明るい雰囲気を漂わせ。
だけど、現実とはしっかりと向き合う。
「異世界で良かった。日本でこれやったらただのクズ野郎だ」
「異世界でも、だれかれ構わず女に手を出す男はクズ野郎よ」
「……俺は?」
「まだ、クズ野郎ではないわよ。私を含めて全員幸せにすれば甲斐性のある男ってことになるわね」
「やりがいのある人生だな」
最後に残った酒の一口を流し込み。
マスターに目配せすれば、会計の準備をしてくれる。
「時間は?」
「朝一と言いたいところだが、準備もある。エヴィアとスエラには説明しておくから昼一に来てくれ」
「了解、刺されないでね」
「刺されそうになっても、避けないと思うぞ」
「その時は一緒に刺されてあげる」
「そいつは重畳」
冗談を言い合い、そっと互いに席を立ち。
そこで見つめ合うが、キスはしない。
するりと俺の腕から離れ最後にトンと俺の胸を叩いた彼女は振り返らずバーを後にするのであった。
「さてと、明日と言わず今から説明しに行くか」
俺は俺で、自分がやりたいと思うことを貫くための行動をするのであった。
今日の一言
結論には過程がつく
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