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590 そうだと思い込んでいた認識を変えるには真実の一言があればいい

 

 俺だって過去に好意の有無を聞かれた経験は何度かある。


 それは学生の頃の友人同士揶揄い交じりの何気ない会話の中であったり、成人して社会人になってからの酒の席であったり。


 しかし、そのどれもが人づてという間接的な言い回しだ。


 どこどこの誰誰がお前の事好きみたいだとか、あの子のことどう思っているとか、そういった言い回しが多い。


 なので、こうやって直接的に好意を問われた経験と言う面だけで言うなら、ないと断言できる。


「……好きですよ」


 好悪の感情だけで問われて、そこにどんな意味があるかなどこの場の空気を考えればわからないわけがない。


 だけど、俺はあえてその部分には触れず、人として好きだと答える。

 問題の先延ばし、この質問の意図が読めない。


 しかし、どういう意味かと質問で返し決定的な意味としてとらえるよりも良いかと思い素直に答えた。


「それって、どういう意味?同僚として?仲間として?それとも」


 体をカウンターに預けながら、突っ伏すような姿勢で顔だけを俺の方に向けてケイリィさんは俺に問いを飛ばす。


 ショートヘアの髪が、重力に従って左頬にかかり、そっと目元を隠すか隠さないかのラインの所為で彼女感情を片目で判断しなければならなくなった。


「さっきまでは同僚や仲間として、ですね」


 しかし、ここまで信頼しともに仕事を頑張った彼女に向けてここで白を切るのは信頼していないと言う言葉と同意義になってしまう。


 ならば羞恥心など放り投げて、関係の変化など恐れず彼女の気持ちに素直に答えるのが良いと考えた。


「じゃぁ、今は?」


 婚活パーティーでどんな心境の変化があったのかはわからない。


 俺の見ていない間に、何かがあったのかもしれない。

 そう思うと、彼女には真摯に向かわないといけないと思わせる何かがあった。


「さっきの一言で、絶賛考え中です」

「なによそれ」

「俺からしたら、ケイリィさんの質問の意味がなによそれなんですが」


 今まで上司と部下、あるいは仲間、もっと言えばスエラの親友と思っていた女性からの意味深な質問。


 勘違い込みで純粋に考えるなら遠回しな告白。

 無難な思考で行くなら、女としての魅力があるかどうかの確認。

 マイナス思考で考えるなら、酔った勢いでからかっているだけ。


 どれもあり得そうではあるけど、彼女の心を傷つけないことを考えるなら無難な方法で答えを返すのがベター。


 しかし、これだけは言える。


「私の質問の意味?そうね、なにかしら。今日まであったことがいっきに来すぎて整理しきれていない。だからその整理のきっかけになればいいって感じかしら」

「整理?」


 この質問のやり取りで良くも悪くも、俺とケイリィさんの関係は変わる。

 心の整理と答えたケイリィさんは、体を横たえていたカウンターから起き上がり、そしてマスターに頼んでいた酒を口にする。


 俺たちのように魔紋で強化され、高水準のステータスを持っていると酒に対する耐性というのも上がる。


 並大抵の量じゃ酔いつぶれることはなく、二日酔いもしない。


 しかし、ケイリィさんの酒量は俺が待たせている間に大分飲んでいたようで、目に見えてわかるくらいに酔っていて、マスターから大丈夫かと視線が俺に飛んでくるほどだ。


 酔っぱらっていて心の整理とはできるのか不安なのだが、逆を返せば酒の力を借りないといけないほどその整理が追い付いていないと言うことだ。


「そう、私が心で思っていることの整理」


 心は人間の行動の柱となる大事な分野だ。


 ここで適当なことを言えば、中途半端な気持ちになる。

 それはいずれ自分の中で後悔を呼び、心の中で歪みになる。


 それを避けるために取り除いて欲しいのか、導いて欲しいのかの意図はわからない。


 だけど、助けを求めているのはわかる。


 グッと酒を一気に煽り。


「マスターもう一杯頼む」

「かしこまりました」


 お代わりをする事で話に付き合う姿勢を見せ、新しい酒が運ばれたのをきっかけにマスターに距離を取ってもらうように視線を送れば、彼は頷き、カウンターの端でグラスを磨き始める。


「ありがと」

「いえ」


 その対応を嬉しそうに笑い、そして感謝するケイリィさん。


「そう言えば、ケイリィさんと差しで飲んだのは初めてでしたね」

「そうね、流石の私も婚約者のいる男と飲むのは気が引けるから避けて来たわ」


 心の距離と言えばいいのだろうか、彼女との会話の距離感もあやふやになりつつあるこの状況で無難なことしか言えない俺の語彙力に悲しくなる。


 しかし、ケイリィさんはその話がちょうどいいと言わんばかりに話に乗り、グラスの口付近を指で撫でながらゆっくりとしたテンポで話を進める。


「……なにかあったかって聞かないのね」

「聞かれたいことと聞かれたくないこと、話したいことと話したくないこと、人によってそれは変わる。ケイリィさんは今は話したいことを整理している最中でしょ。なら、俺はそれをゆっくりと待つだけ」

「本当に、あなたは」


 先を促すのは会話のテンポをよくする。

 だけど、時には話したいことをじっと待つのも必要だ。


 人によっては話を適当に流しているように感じるかもしれないが、ケイリィさんの場合はその受け身の姿勢を求めているように俺は感じた。


 そしてそれが正解なようで、俺に同意を求めているのでもなく、意見を求めているわけでもない。

 ただ、自分の気持ちを聞いて欲しいと言わんばかりに語り始める。


「私ね、自分の気持ちには結構素直でいたつもりなの。言いたいことは言ったし、やりたいことはできるように行動で示してきたわ」


 視線をグラスに移して、まるでそのグラスに入った酒に浮かぶ氷に語り掛けるように。


「だから恋愛に関しても、自分の理想を追い求めてやるって頑張ってきたつもりよ。いずれはいい男捕まえて、軍を辞めて、幸せな家庭を築いてやるんだって」


 彼女の家庭環境は、普通とは言い難い。

 村の中でそれなりの地位。


 幸せであると言える部分と、そうではない部分の入り混じった家庭環境。

 そんな彼女は、自分なりに人生観をもち、理想というものがあった。


「そんな理想を持ってた。それを叶えた人がいた。それが自分の親友だった」


 何を言いたいのか、何を話したいのか、何を求めているのか。

 自分の中でごちゃごちゃになっている部分をすべてさらけ出して、そこから心の棚に整理しようとしている彼女の言動。


「最初に思ったのは嬉しさだったわよ。色々と男運のない親友が幸せそうに笑っていた。それだけで、良かったって思えた。だけどね、少ししたらその親友に嫉妬してた。そんな幸せそうにしていて羨ましい。私もそんな人生を送りたいって」


 それは親友には聞かせられない、本来であれば親友の婚約者である俺にも聞かせてはいけない感情。


 だけど、それでも聞いて欲しいと願い、この席で待っていた彼女の意志を俺は無下にはできなかった。


 先を待ち、ゆっくりと溶ける氷の入った酒にも手を付けず、沈黙を貫く。


「いつからなんてわからないわ。気づいたらそう思ってた。始まりが嫉妬で、羨望で、そこからずっとどうしたいか考えていたんだと思うわ、けど、悉くあなたたちが理想だったのよね。一緒に仕事して、気づいたら子供ができて、命を賭けて守ってくれて、全力で自分の居場所だと思える場所に帰ってこれて、本当に、他に何かないかって考えたけど」


 黙って聞く、それだけのスパイスでケイリィさんは吐き出せるところまで全部吐き出そうとする。


 これ以上にない、これが私の本音だと言わんばかりに吐き出し続けて。


「だからかしらね、気づけば私は現実の男性にあなたを比べていた」


 話の核心に至った。

 話の振り方、ニュアンスそこからなんとなく彼女の気持ちが俺の方に向いていると言うのはわかっていた。


 けど、この婚活パーティーに向ける彼女の熱意、覚悟が、その認識を直前の直前までそんなことがないと俺に思わせていた。


 彼女に幸せになってほしいと願っていた俺に、いきなり矢印が付きつけられて戸惑う気持ちもある。


「本当に、何が素直になっているつもりよ。全然素直じゃなかったわ。イベント中どころか終わって、ここで酒を飲んでイベントの反省会を一人でしていたついさっきまでよ。気づいてしまったら頭を抱え込んだわよ」


 自嘲気味に笑う彼女は、どれだけ鈍感なのよと口ずさみ。

 若干薄まった酒を飲みこむ。


「まったく、自分の素直じゃない性格が憎たらしいわよ。スエラに真面目に考えればいいって許可をもらえたのに、ひねくれた答えを出しちゃうし、イベント中にあなたから好みの男性がいないかって聞かれたときにあなたって言えたらどれだけ気楽だったか」


 もうすでに告白したような言葉ですら、彼女は言葉の整理だと割り切って吐き出し続けていた。

 どうリアクションを取ればいいのか迷っている間にも、彼女は暴走した機関車のごとく吐き出し続ける。


「今回来てくれた人たちには本当に申し訳なかったわ。真剣に考えれば考えるほど、あなたと比べてしまってたわ。ここはあなたが良かった。こういう所はあなたなら、こんな会話をしたらあなたは喜んでくれたかしらって、何でここまであなたを意識してるのに気づかないのよ私って、イベント中に真剣になりすぎて終わった後に恥ずかしくなったわ」


 すでにさっきの質問の意図など、わかりきり強制的に俺にどう思っているのかを考えさせるような時間になってきているような気もする。


「言い訳もたくさん考えたわ。親友の男に恋するのかどうかとも思うし、上司と部下と言う関係を続けてきてどうなのかって思うこともあるわよ。エヴィア様との関係に割り込めるかって不安もあるし……ああ、もう。どうなの!!」


 終いには自分の言葉の羞恥心に耐えられず、静かなバーと言う雰囲気にそぐわないほど完全に自棄になった勢いで俺に同意を求めてくる。

 冷静ではないケイリィさん。


 珍しい彼女を見ているのは新鮮な気持ちにさせられているが。


「真面目な答えでいいか?」

「……ええ、それでいいわ」


 勢いで、しかも雰囲気も情緒も一切合切関係ない。

 そんな流れで、自分のことを女として見ているかどうかと聞かれて、俺も頭の中を整理した結果を彼女に伝える。


「ケイリィさんを愛せるか愛せないか、俺なりに考えた」

「い、いきなりそこから入るのね」


 好きか嫌いかで問うなら、俺は間違いなくケイリィさんに好意は抱いている。

 それは人柄的な話で、女性的な話になればそこに愛があるかどうかだと俺は思う。


 だから好きか嫌いかではなく、愛せるか愛せないかと言う基準で考えた。


「ここで濁してもしょうがない。ケイリィさんの質問は、好きか嫌いかではないと判断し、愛せるか愛せないかという問題だと俺は解釈した」


 相手も勢い任せなら、俺も感情を勢い任せにする。

 スエラたちへの義理、愛情、そこを踏まえていては理性が本能にストップをかけて、ロクな結末にならないのは目に見えている。


 であるなら、本音をぶつけてきたケイリィさんに俺も本音でぶつかり合った方がいいと判断し、余計なことは一切合切排除した。


「え、ええ。それで問題ないわ」


 俺の言葉に彼女も納得し、俺の答えを待つ。


「俺は」


 その静寂は、まるで音など俺の声以外はないと言わんばかりに静かで、ヴァルスさんの影響で時が止まったような錯覚を感じるほど長く時を引き延ばし。


「ケイリィさんを……」


 この一言を言わせた。


「いや、ケイリィを愛せる」




 今日の一言

 思い込みは一言で考え直せる。




毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] 裏今日の一言 吐いた唾は飲み込めない
[良い点] よく言った [一言] ハーレム物で嫁を増やす時、問題になるのは純粋なヒロインの数ではなく、それらのヒロインを描く描写や背景の数やディテールだと思います。 「この娘誰だっけ」と読者が思ったら…
[一言] う~~~ん
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